第8話 死厄所に寄せられた啓示

 冥土喫茶の麗花は、先人から教えられていない報告を役人から受け取っていた。それは、予約名簿だった。その文字の幾つかの文字は、濃淡が変化したり、くねくねと蛇が泳ぐように揺らいでいた。それは生前の行いを表すものだった。

 麗花の疑問を読み取るように心に言葉が響き届いてきた。文字の濃淡は生死を表し、揺らぎは欲による決断のブレを表していると。


 「これらの者は、この大和の国、日ノ本を守るため幾多の決断を課せられた者たちだ。決断を誤ったり、関わる者を見定め出来ぬ場合は、生まれ変わりを許されない無限地獄へと送致される。生前に私腹を肥やし、この国を衰退させるのはたかが人間の成せる物ではない。生前の楽を地獄で苦として償わさせる。これからの決断、人との関りは奴らの死後の世界での在り方を決めるものとなる。日ノ本では邪悪な欲に侵された者、商いの粛清に審議委員会は取り掛かり始めた。天国から地獄へを身を持って知らしめるためだ。しかし、暗天界で育った勢力が常に邪魔に入るのは間違いない。

我らとしては人間が決めた約束事など眼中になし。周りを巻き込もうと躊躇うことなく粛々と定めを遂行する。輩にすれば、良心に問いつつ正規軍か非正規軍に属するかをそれこそ命がけで行わせるものである。正規軍に属すれば名は消え、非正規軍に属すれば名が記載される台帳だ。人間を人間とも思わず、歴史を直視せず、改竄する輩は天に吐いた唾を苦渋と言う名の唾として受けさせるものである」


 麗花は、今までにない怒りを言葉の端々に感じていたのと同時に、もし、自分が渡し船に乗る時が来た時、厳しい裁定が待っているのだろうとこの世界に来て初めて恐怖心を抱いていた。


  麗花は啓示に関して意味が分からず戸惑っていると黄泉の国の役人と連絡が取れるホワイトボードに「死厄所に行け」とあり、地図が浮かび上がった。麗花は初めて出向く死厄所に興味が沸き上がっていた。日本には本・死厄所が雪国地方の北と死国・九州・沖縄などを統括する南と名古屋を中心とした東と西の四つがあり、各地域に分所が必要に応じて設けられていた。死者は死んだ場所が本籍となり、災害などで死者が多数出れば、開いている所に回され処理される仕組みになっていた。

 麗花は、喫茶店を出て指示通りに洞窟に着き、中に入ると蛍光管のガスが切れかかったようにパチパチと点滅する昭和初期の電飾看板を見つけた。そこには、死厄所とあり、その下に金メッキが剥がれ落ちたドアノブがあった。ドアノブを回し中に入ると極普通の生前に見た市役所と何ら変わらない佇まいが広がっていた。「普通~」と思わず声を出すほどだった。生前の記憶と違うのは、来訪者の姿だったが、麗花にとっては見慣れた光景だった。天井からぶら下がる札が面白かった。経緯課、生前課、故籍課、死脆課、暴災課、死民窓口課、相談窓口など目新しい名称ばかり。キョロキョロしていると男が近づいてきた。


 「お迷いですか?」

 「あ、はい。啓示が届いたんですが意味が分からないでいると死厄所に行けって」

 「あっ、道理でお客様がすんなり入ってこられたわけですね」

 「えっ、どう言うこと」

 「あのドアノブ、入所許可を得ていない者が触れるとビリビリって静電気が」

 「防犯されている死厄所ですか」

 「嘘ですよ。死者に開かれた死厄所です」

 「冗談何て超久しぶり~」

 「あなたはメイドさん?ですか」

 「はい、三途の河原で、冥土喫茶をやっています」

 「たまにメイド姿の方もおられますが…」

 「どうしたんですか?大概の事には動じませんから、はい、どうぞ」

 「じゃ、ここで出会うメイドさんの殆どが常連客のストーカー行為の延長で殺害された方でしてね。中にはコスプレヤ―のコアなファンによる行為もあります。いやいや、変な事を言ってすみません。私もいつか行ってみたいものですね、その店に」

 「いつでもどうぞ」

 「有難う御座います。でも、私たちはここから出られないんですよ。出ようと試みた者もいなくはないんですが、見えない壁のような結界があるのか、一歩も動けなくなるんです」

 「そうなんですか」

 「で、ご用件は、啓示に関するとでしたね。あっ、申し遅れました。私、案内係の柴山錬三郎といいます」

 「私、麗花」

 「では、麗花さん、相談室でお話させて只来ます、こちらへどうぞ」


 案内係の柴山に導かれて部屋に入った。


 「あの~話を聞く前に質問してもいいですか」

 「どうぞ、どうぞ」

 「今、メイドをさせて貰っているけど、いつか後続の方に譲る時が来ます。でも、渡し船に乗るのが怖くて…。ここで働くことは出来ないんですか」

 「ここで働くには資格がいるんです」

 「公務員試験のようなものですか?勉強、苦手~」

 「いえいえ、そう言うものではありません。私も詳しくは知らないんですが、職員の統計を取ってみて、あることがわかったのです」

 「何?何?何?」

 「共通したいくつかの死因です」

 「死因?」

 「はい。職員の殆どが冤罪で死刑になったか獄中死した者、戦争下での大量殺戮でも英雄視された者、大臣秘書自殺でニュースになるような身代わりまたは代理で亡くなった者です」

 「柴山さんも該当するんですか」

 「それが、私には当てはまらないんです」

 「調べた本人が該当しないってお笑い種でしょう」

 「じゃ、柴山さんはどうして職員に」

 「神様と言われる方々がおられる天界に通じている徳を積んだ仏様に使える者から聞いたのは、どうやら私は戦争下での大量殺戮でも英雄視された者の一部に置かれたが余りにも内容が違うので長期勤務の案内係にされているみたいです」

 「柴山さんは生前、何をしていたの」

 「私は、スナイパーです」

 「スナイパーってゴルゴ13みたいな」

 「はい」

 「言っちゃ~悪いけど狙撃犯でしょ」

 「はい。それが偶々なのか偶然なのか、私がターゲットしていた人物の全てが反正規軍の人物だったらしく、これは飽くまで噂話ですが命を管理する部署が関わっているんじゃないかって、飽くまでも噂ですよ」

 「管理する部署?それって死神とか言われる方々がいる処」

 「いいえ、彼らは、名簿に載った者を導くための道先案内人のようなもので、彼らが決めるものではありません。彼らは職務を遂行されているだけです」

 「そうそう、聞きたいのはそれよ。名簿とか非正規軍とのことよ」

 「はい、存じております」

 「知っていたの?」

 「はい、通達が回ってきていましたから」

 「では、簡単に説明致します」

 「お願いします」

 「今回の啓示は、人間の生き方に悪影響を与える者が多く発生し、心優しき者が非正規軍の悪行に仕方なく従い、人類を窮屈で愚かな環境に導こうとしている事への警鐘と修復だと理解しています」

 「そもそもその非正規軍とかは何なの?」

 「遡る事、神が天界より降りられ、人間に生き方を教えていた時代の話とされています。食物連鎖で生命の均衡は保たれていた。しかし、一方で増え過ぎたり、地球そのものガス抜きが必要であることから、その調整を知能を当てが得た人間に託されたのです」

 「だから、人は木材や鉱石、石油やガスを使う文明を築けたってこと」

 「簡単に言えばそう言う事です」

 「それでそれで」

 「神は人間を一つにしたかった。他を重んじ、自我を捨て、奉仕する精神を持たせてね」 

 「それって、人類、皆、兄弟とか人類平等ってやつ」

 「そうですね。そこで人間の中から徳を積んだ者を選び天界に近いとされる天竺にその者を集められた。天竺は、謂わば神の教えを直接授かれる修行者の宿場町のようなもの。そこまでの道のりは大変厳しいものだったそうです。それでも何人かはその過酷な修行にめげることなく天竺に辿り着いた」

 「えっ、それって、孫悟空の出てくる西遊記じゃない」

 「そうですね。私も似ていると思います」

 「じゃ、妖怪とか出てくるんだ」

 「残念ですが妖怪は出てきませんし、妖術もありません」

 「なんだ、つまらないの」

 「だから、皆が興味を持てるようにしたんでしょうね」

 「そうか…、それで」

 「神の中で人間教育係、エジプト神話では知恵・医術のイムホテプや創造の神とされるアトゥムなどがありますが、実際のお名前は今となってはわかりません。ここでは、道徳の神とでもしておきましょうか」

 「はい」

 「天竺に辿り着いた者たちは先駆者が神から聞いた教えを巻物にし多く残していた。それを貪り読んだそうです。ある時、神が降りてこられ、学んだ優秀な者を選び教えを披露された。その教えは、教わる者に忠実に伝わるように脳の一部に焼き付けられたそうです」

 「今でいうメモリーバンクですか」

 「私には麗花さんの言う今が分かりませんので何とも言えません」

 「気にしないで、どうぞ」

 「教えを説いたのちそれぞれの地へ帰路へと送り出された。この時点でその教えをそのまま伝えられていれば全て正規軍です」

 「それが出来なかった。何で?」

 「帰路についた修行者は欲にまみれた者に幾多も襲われたのです。その時に受けた恐怖が記憶の一部を欠損させた。それに気づいた修行者は残っている記録の前後から推察し補った。その過程で影響を与えたのが欲です。欲には大きく分けて、生存欲・食欲・障害回避欲・性欲・安全欲・優越欲・愛情欲・承認欲などがあり、詳しく知りたければご自分でお調べください」

 「それ、狡~い」

 「簡単に言えば、性欲や金銭欲、出世欲、支配欲と言えば分かり易いでしょうか。それによって本来はひとつの教えが、修行者が受けた恐怖と言う被害によって幾多の宗教が生れたのです。とくに劣等感を持つ者に襲われた修行者はその影響を強く受け、他の宗教を見下すものとなり、それが新たな争い事を産むことになります。お互いを認め合う教えを無視した邪教・カルト宗教は人を破壊しかしない。その行為を信じる者を非正規軍とされているのです」

 「えっ、てことは、啓示されたのは、間違った考えを正しいと思い込んで正規軍をやっつけようとする輩が増えてきたってこと?」

 「簡単に言えばそう言う事になります」

 「ねぇ、ねぇ、簡単に言うと何度も言われると馬鹿にされている感じがするんだけど」

 「あっ、すいません。口癖で。直さないといけませんね、以後、注意します」

 「そういうことか」

 「何ですか?」

 「人の言う事をまず受け止め、謙虚に判断するってことよね」

 「簡単…いえ、そういうことです」

 「相手の意見を聞かず、我が物顔で相手を捻じ伏せる不逞野郎が蔓延ったこの世を立て直すぞ、というお知らせだったのね」

 「分かって貰えてよかった。麗花さんは処罰された者たちと会う立場にいます。これらの者には改めて何が間違っていたのかを知らせる必要があり、改心させるきっかけとなる浄化をより効果的に行わさせるための設計図を担ってもらう事になります」

 「難しそう、だね」

 「いいえ、麗花さんはその者に代わって記憶を辿り直し、閉鎖的になっている心の煤を払ってあげるだけですから、難しくはないと思いますよ」

 「いま、簡単って言わないように言葉を選んでしょう」

 「流石です」

 「褒められちゃった」

 「名簿は、死神への通達前の候補者であり、関連する者への影響やその後を配慮・考慮され確定していくと聞いています」

 「なるほど~」

 「私の推測ですが、麗花さんはその者たちを通して自分自身を見直す機会を得られると思いますよ。でなければ、とっくに三途の川の渡し船に載せられているはずですから」

 「そうなんだ。ねぇねぇ、柴山さんも含めて他の職員の人達は、審議を受けられないの?」

 「いいえ、受けられますよ」

 「どうやって?」

 「職員の死に関わった全ての人の記憶から忘れられた時、または、ニュース記事なども風化したと審議する調整機関の方々が判断されれば、審議の場に呼ばれるんです。それを私たちは退所と呼んでいます」

 「柴山さんも早くその時が来ればいいのにね」

 「有難うございます。でも私の場合、そうとう後の話になるでしょうね」

 「なぜ?」

 「私が手を掛けた方々は要人が多いので、テロや襲撃などの事件が起きるたび、掘り起こされますからね」

 「テロ・襲撃のない次の世代を願うためにも私が、しっかり浄化への道筋をつけてあげることが超微力だけど役立つのね」

 「そうですね、頑張ってください」

 「頑張るね、じゃ、これで戻るわね」

 「お疲れさまでした」


 麗花は、来た道を戻った。寂しくなったらまた死厄所に行こうと今一度、道を確かめようと戻ってみると洞窟の中にあった入り口が消滅していた。「はぁ、また独りぼっちだ」と冥土喫茶に戻り、いつものように迷える霊を渡し船に導いていた。

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