第6話 「そうだったのか」は、後の祭り
「お待たせしましたご主人様。こちらが浄化ジュースです」
卓蔵は麗花が運んでくれたジュースを眺めていた。前世で言うクリームソーダのようなもので、麗花の説明によるとクリームにあたる処が魂でソーダの部分の炭酸でクリームが溶かされ、機能するらしい。卓蔵は一気に飲み干した。前世でも視覚過敏が嘘のようにスーと喉を通過した気分がした。
「これでいいのか」
「あれ?変化がありませんねぇ、ご主人様」
「どういう事だ」
「前世の生き様で味が変わるはずなんですが…」
「どう言う事?」
「普通に暮らしていたらほのかに甘い。人に害を加えた者には、物凄く苦く感じるはずなんですが…」
「私は人に危害など加えず円満に暮らして来た。甘く感じていいはずだ」
「ご主人様、残念」
「何が?」
「ご主人様の判断は無意味です。判定するのは閻魔様です」
「どんな基準で判断するんだ」
「お答えしますご主人様。聞き及んでいるのは生き様だと」
「生き様って…」
「ご主人様が衝突を恐れ、薄っぺらい表面上の人間関係を作っていたとしたら知らず知らず周りを不幸な道に誘導していることも多々あるということです」
「知らず知らずって…」
「だから本人には分からないんです」
「知らず知らず人を傷付けていたとして、このジュースを飲めば罪は、軽くなるのか?」
「さぁ。このジュースは浄化ですから何処まで効くか…。でも、軽減されるかも知れませんね」
「飲んでも無駄かも知れないってことか?」
「う~ん、でも、味を感じないって可笑しいなぁ…。あっ、ご主人様、もしかしてご自分が何故、ここに居るのか死因をご存じですか」
「いや、目覚めたらここに居て。不思議に死んだんだ、と思っただけだ」
「それですよ。死因を自覚していなければ、魂が納得していない状態ですから、浄化出来ないと聞いています」
「じゃ、無駄だったのか?」
「ご安心くださいご主人様。記憶を少し蘇らせる回想ジュースを飲めば、浄化ジュースの効果も表れると思います」
「じゃ、それを頼むよ。自分が裁かれる理由もわからないままゴキブリか蚊か蠅に…いやいやいや、それを早くくれ」
「畏まりましたご主人様。回想ジュース、オーダー入りましたぁ~ぷっぷ~」
暫くして、二杯目のジュースが麗花によって運ばれてきた。卓蔵は、得体の知れない緑色の海藻をジューサーに欠けたような見た目は濃い茶汁でお世辞にも美味しそうに見えなかった。卓蔵は一気に二杯目をも飲み干した。
「美味しくないって思った。美味しくないわよ、人によっては」
「どう言う事?」
「自分の死因を受け止められる方は多くはありませんから」
「私の場合は…」
卓蔵は、飲み干して暫くして夢見心地に襲われ、自分の姿を斜め上から見ていた。その日は、新人の仲間の歓迎会の日であった。新人と言っても子供は中二。離婚後、病気がちの元夫に娘を預け、遠く離れた都市で契約社員とし勤め、月一回は元夫の元を訪れていた。その女性は酒好きで開放的と言うか酔いが回ると体に触れたり、触れさせたりと酒池肉林一歩手前の盛り上がりを見せ、解散した。隅林卓蔵は、いい思いをしたと掌の感触を思い出しながらホームで電車を待っていた。その時、怒鳴り合う声に視線を向けると男たちが口論しており、その一人が揉み合う中、線路に落下。そこへ列車の進入を掲示板が知らせ始めた。落下した男のそ連れが緊急停止ボタンを押してくれと叫んだ後、線路に飛び降りた。卓蔵は最も近い場所にいたが関わりたくないと背を向けその場を離れ始めた。強い視線を感じ振りむくと連れが落ちた男を救出していた。口論していた男はいなかった。途轍もない恐怖が卓蔵を襲った。卓蔵は靴紐の解けていたのに気づかず、その紐を踏みよろけてバランスを崩し、線路に落下。そこへ列車が…。誰も押されていない停止ボタン。あっという間に卓蔵の視界は真っ暗になり、明かりが差し込んだのは、ここ三途の河原だった。
「私の最後ってこんなものなのか」
「どうでした?知らず知らずに、思い当たる記憶と死因は分かりましたか?」
「あ、ああ…」
卓蔵は、記憶回帰をしたものの余りにも無様な死因を麗花に話すことはなかった。知らず知らず…かと卓蔵は肩を落としていた。同時に普段押していない緊急ボタンなんて押せないよ、と自己弁護で慰めていた。すると、肉体がないので口内とは言えないが感覚的に喉の辺りからおえっと嗚咽が込み上げてきた。苦い味か…。卓蔵は、やっぱり私は罪悪人かと思い知ると自覚のない罪に、はぁ~と溜息混じりの落胆を覚えていた。
「ご主人様、気落ちなさらないように。捨てる神あれば拾う神あり、です」
「裁きをするのが神ならばね…」
「あっ、地獄の沙汰も金次第…は慰めになりませんね」
「私はお金を持ちあわせてないが、そうなのか」
「番人たちには多少有効でしょうが、閻魔様の領域では全くの無意味です。だって、閻魔様の領域では、賄賂やお金は必要がないですから」
「確かに」
「さて、ご主人様。ジュースのお陰で死因も苦みも得たところで、渡し船に乗られては如何ですか。決断されずに留まっておられると生前に未練がある低級霊として扱われ、浮遊霊かそんなにおっとりしたければすればって木に生まれ変わらされますよ。それはそれでどーんと構えられていいのかもしれませんけど退屈でしょうね、きっと。あっ、木になれば退屈何て思いは消し去られ、それが当たり前になるのか」
「他人事だと思って」
「はい。他人事で御座います、ご主人様」
「はぁ~」
「ジュースの御代金と乗船代、番人へのチップは私の方でご主人様から預かった貴金属品で済ませておきますので、気兼ねなく先へお進みください。ご利用、有難う御座いました。またのご利用…、あっ、いや、御無事で、も変ですね。ご主人様のような方は珍しいので慣れていなくてすみません」
「他の客はどのように会計を済ませるんだ?」
「大概、黙って入ってきて、黙って出て行かれます」
「会計を済ませられない者もいるんじゃないか」
「おられます。その時は、荒波に呑まれて幾度かここへ戻ってこられる方も。それだけ、生まれ変わるのに時間を要するみたいですよ」
「そうなのか?」
「渡し賃を持たない方の中には、賽の河原の番人や三途の川や河原の清掃などで補うって方法もあるみたいです」
「生きていても死んでも働けと言うことか」
「いいえ、目標を明確に努力しろ。そうしなければ魂は磨かれないって聞いています、ご主人様」
「魂が磨かれる?」
「くすんだまま審判を受ければ、浄化に影響がでて、生まれ変わっても犯罪者や悲運なことに見舞われると聞いています」
「浄化…ねぇ~」
「事故死、病死、虐待死など当事者に非がない場合は、問題なく浄化され、簡単な書類審査のような手続きで生前過ごした年月の短い方を優先に生まれ変わりの順番が決められと聞いております、ご主人様」
「じゃ、私も事故死だ、すんなりいくんじゃないか?」
「それは私の預かり知らぬことで御座います、ご主人様」
「はぁ~」
卓蔵は、落胆を隠せないまま店を出た。すると憑き物が取れたようにす~と軽くなり、乗船への列に並んでいた。番人へのチップが効いたのか揺れの少ない船の中央に座らされた。その後ろは全く揺れない場所。その後ろは、暴れ馬に乗っているように上下左右不規則に揺れ動き、何人かは川に落ちて消えて行った。一艘の船なのに乗っている場所で揺れが違う。前世では想像もできない光景だった。
隅林卓蔵は、以上のような行程を踏み、閻魔様の裁きを受けたのだった。
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