第2話 メイド喫茶でなく、冥土喫茶。

 隅林卓蔵は、生前、得ていない知識が浮かんできたことを不思議に思っていた。賽の河原の過ごし方が分からず、さっさと審議とやらを受け、今後どうなるかを知りたくなり列に並ぶと係員が無言で近づき、元の位置へと戻された。

 卓蔵は、係員に「何故だ」と必死に訴えたがその声は係員に届いていないのか、相手にされないでいた。「どうなっているんだ、どうすればいいんだ」と思っていると急に若い女の声が聞こえた。


 「乗船待ちの方、お立ち寄りになりませんか。渡し賃のない方は稼ぐこともできますよ」


 卓蔵は、誰かと話したい欲求に駆られ、その声のする方へと移動した。そこには、似つかわしくないアニメチックな看板に「冥土喫茶」と書かれていた。


 「冥土喫茶だって?メイド喫茶のことか?」

 

 卓蔵は、灰色の世界に一縷の望みを抱いて、入店し、愕然とした。賑やかさを期待していたが着席する先人の客たちの殆どが、俯き暗い表情だったからだ。店員に導かれ着席するとメニューを渡された。そこにはハートマークを入れてくれるオムライスや愛の注入がなされるコーヒーなどの飲食のメニューは一切なかった。


 「ちょっと、メイドさん。飲食のメニューはないのかい」

 「お帰りなさいませ、ご主人様。榊原霊花です。ご主人様、飲食することに意味はありませんよ」

 「た、確かに、腹も空かないし、喉も乾かない。舌がないから味も感じられない。肉体がなければ栄養も必要ないな」

 「でしょ。当店では、ご主人さまに役立つものをご用意しております」

 「役に立つって?」

 「簡単に言えば、記憶の残像をクリアにして審議を有利に進めて頂くものをご用意・または手助けを行うものです」

 「記憶があると審議に不利になるのかい」

 「記憶は曖昧なもの。審議の際、証言の食い違いは審議官の印象を悪くしますからお気を付けくださいませ。ご注文が決まりましたらお呼びくださいご主人様」


 卓蔵は改めてメニューを見ると、審議を速やかに終わらされる心構え、渡し賃の工面、浄化など見たことのない項目が並んでいた。卓蔵は困惑し、辺りを見渡し人柄のよさそうな客を見定めて声を掛けた。


 「すみません。勝手が分からないので教えて頂けますか」


 その人物は、下を向いたまま無表情で反応を示さないでいた。「無視かよ」と怒り任せに店員を呼びつけた。店員は驚いた様に怪訝な表情で近づいてきた。


 「ご注文は決まりましたか」

 「注文も何も、何を頼めばいいか分からない。説明してくれないか」

 「説明?」


と不思議がる店員が思いがけない言葉を放った。


 「ご主人様。まだ、感情が残っているんですね」

 「感情?」


 卓蔵は、店員の放った言葉の意味が分からずきょとんとしていた。


 「周りを見て。ご主人様、浮いてらっしゃいますよ」


 そう言われて周りを見渡すと呆然としている者、穏やかな顔を見せる者、首を無言で掻きむしる者、落胆する者、頭を抱える者…。入店した時には解らなかった客たちの表情が目が慣れてきたせいか、克明に理解できた。


 「何て言う所に入ってきたんだ」


 そう思った卓蔵は、店を出ようと出口に向かい扉を開けるとまた店内が現れ、また扉を開けるとまた店内が現れた。


 「どうなっているんだ」


 卓蔵は、扉から退き店員に声を掛けた。


 「出口はどこだ、こんな場所にはいたくない。出してくれ」

 「出れませんよ、ご主人様」

 「何だって」

 「ご主人様、浄化されてませんから」

 「浄化?」

 「感情が残っていますよねぇ。生前、気づかずに周りを騙していましたね」

 「騙す?俺はそんなことはしていない」

 「気づいていないんだ。それが一番、悪い事なんだけど」

 「一番、悪い。どう言う事だ」

 「反省の仕様がないってことです」

 「意味が分からない。分かるように説明してくれないか」

 「私から言えることは、ここへ迷い込んで良かったってことです」

 「意味が分からない」

 「ここに立ち寄らず審議を受けていたら、酷い目に遭っていたと言う事です」

 「一体、どう言う事なんだ」

 「周りを見て。穏やかな顔をしているあのご主人様。冤罪で囚われ、獄中死したのち、真相が解明され、無罪が公になったご主人様です」

 「そうなのか?悔しかったろうに」

 「悔しい?そう感じる事自体、浄化されていない証ですよ」

 「浄化、浄化って、何なんだ」

 「あのご主人様が、悔しがっていれば、あの世にもこの世にも行き場がなく、浮遊霊として無限地獄に行く事になります」

 「無限地獄?」

 「はい、転生がない世界です」

 「転生って、生まれ変わりか」

 「はい。人間は人間として生まれ変わります。ただ、生前に罪を犯し反省をしていなかったり、その振りをしたり、絶望したまま審議を受けると、審議官の口車に乗せられ、虫や微生物、植物に生まれ変わる事を勧められます。その分、周りを幸せにした人間以外の生命体に人間として生まれ変わる権利が譲渡されます」

 「そう言えば、船に犬が乗っていたな」

 「きっとその犬は、ご主人を一心に愛し、愛され、救護や周りに大きな良い影響を及ぼした選ばれし犬だと判断されたのでしょうね」

 「あの犬は人間として生まれ変わるのか…。だとすれば、誰かが人間ではなくなるってことか」

 「はい。生まれ変わるにも定員があるんです。ただ、その定員がペットブームや環境の変化によって異変がおきていると噂で聞いたことがあります」

 「どんな変化なんだ」

 「人間の増加です。それも人間の量を調整するために世界を揺るがすような文化を持たない、要は何もしない、貢献しない人間を増やし混乱を招きさせるか、周りに気遣いできない主導者を生み出し、大量に増加した人間を削減させる。また、大災害を引き起こさせ、その数の調整を行うと聞いています」

 「その調整しているのって、神とかというものじゃないのか?」

 「私も生前はそう思っていましたが、ここに来てからどうもこの地球には、創造者と言われる方なのか方々なのか分かりませんがいるそうです」

 「創造者?」

 「地球を育てるために生物を作られた。ラッコがいなくなった海が死んだ。ウニや貝を大量に食べるラッコが人間の乱獲によっていなくなった。ウニや貝が増殖し、ケルプなどの海藻が食べられ、海の浄化や魚類の卵の産卵場所がなくなり、砂漠化してしまった。食物連鎖で生命体の数を調整していた。それを知能を持たせた人間の出現で壊されていった」

 「人間が悪いってことか」

 「人間が悪いのではなく、身勝手な欲がいけないと聞いています」

 「無欲と発展とは反面教師みたいだからな」

 「難しい事は分かりません」

 「じゃ、なぜ、創造者は人間を作ったんだ?」

 「地球は…そうですね車に例えるとマントルと言うエンジンで高熱を発し成長しています。その副産物・ゴミが石油だったり石炭です。これに引火すれば地球はお終いです。だから、火山帯から離れた所に貯蔵することになった。そしてそれを消費する必要があったのです。その役目を人間に任せるため知能を与えた。人間は海のケルプのような陸の森林を欲により伐採し、生活向上を理由に石油や石炭を無造作に燃やした結果、温暖化や大気汚染を招いた。健康を促進する頭寒足熱。地球で言う北極・南極が頭としてその氷を解かす嵌めになった」

 「やっぱり人間が悪いんじゃないか」

 「そうではありません。創造者がぼやいていたのは火山帯のある場所に住む人間が石油や石炭の処理、即ち大気汚染を制御し、コントロールしていないことが問題だと嘆いておられた。石油や石炭を大量に使う人間が火山帯の外にいる事を悔やんでおられた。まさに日本は火山帯に住む人間。大気汚染・水質汚染に対応してきている。ところが地震の少ない地域の人間は無計画・無責任に汚染と引き換えに欲を満たしていると。そこで、創造者は、文化・知能が未熟な人間を増やし、その逆を減らそうと出生率を欲の裏返しとして行わせた」

 「経済発展国は教育・子育てに費用が掛かり、控えるようになったってことか」

 「創造者は人間界でいう性善説が基本。また、動物の争いで生死を分けることは少ないのに対し、人間は殺し合うものになってしまった。その要因が欲です。創造者の過ちは、他の同類、他の生態への気配りに欠けた人間を良かれと増やしたことでした。無計画・感情に任せた生命の軽視が、地球全体のバランスを損なう事に。そこで愚かな人間に気づかせるため、エネルギー確保のための争いを起こさせ、凶器となる排出物への警告とするはずだったのです、それが…」

 「また、欲によって持てる者の利益とそれを使う者の身勝手な欲で、排出物の浄化に向かわず利権争いに発展したってことか」

 「はい。それが今の戦争です」

 「昔は領土、今は資源か」

 「資源は地球の物です。人間は地球の産物を使わせて貰っているだけで、産み出しているわけではありません。消費するだけの者に権限を持たせているのが創造者の意志とは異なるのです」

 「創造者は先読みが苦手な方々なのかな」

 「恐れ多くてそんな発言は出来ません」

 「これは言い過ぎたな」

 「私が指摘したのは、その危険な発言がつい口をついて出てしまうのがご主人様の

欠点で在り、今、審議官が一番、転生させたくない人間だと言いたかったのです」

 「危ね~」

 「それに気づいて頂けただけでも、当店にお立ち寄り頂けた甲斐があったと思います、ご主人様」

 「じゃぁ、あの、あれだ、浄化とかいうものを頼むよ」

 「畏まりましたご主人様。では、浄化のご注文、頂きましたぁ~ぷっぷ~」


 冥土の榊原麗花は、満足げに席を離れて行った。卓蔵は知らぬは地獄じゃないかと

危機感を感じていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る