第2章 その6
その6
TOYOSU―SYO屋上――東京を覆い囲む稜線の上もすっかり藍色の空模様。
崖下に突き出た煙突は、スーパーな銭湯の『梅野屋』印の煙突。切妻の小屋根で暖簾のかかる玄関口にはもう『男湯』『女湯』ともに明かりが灯っている。
ラブホ・希浜の客室――ラブベッドに入ってフワフワ布団を口まで被っている桐溝零華。
ガチャッとドアの開閉音がして……バスローブを着た沖勇作が来る。
零華がモゾモゾと横にずれつつ……「こっちで寝ます? オジ様も」
「ああ、いいや。俺は床でいいよ」と、床に座り込む沖勇作。はだけた股間にボクサータイプのパンツが垣間見える。
「意識し過ぎでは? オジ様ったら」と、微笑む零華。
「添い寝も悪くないが……」と、顔を下げて照れ隠しする沖勇作。
「ああ、平気です。でも、私って魅力無しですか? やはり」
「ふわぁ……」と、沖勇作が欠伸して、大の字に床に寝そべる。「お休み。明日ももう少し探って……」と、睡魔に襲われいきなりの爆睡状態に陥る。
「うふっ! オジ様ったら!」と、体を横向きにして、沖勇作の寝姿を安堵して見る零華。
スーゥ、スゥー、スーゥ……と寝息が漏れはじめる。
全裸姿の零華がベッドから出て、床に立ち、囁く。
「普通の女子より、私、色々とありまして」
と、全身を青い輝きに包まれると……ライダーズウエアに包まれる。
「ごめんなさい、オジ様」と、拝んで……こっそりとドアを出て行く桐溝零華。
ひとひらのメモ紙が……舞い落ちて、床に寝る沖勇作の顔横に落ちる。
藍色の空の下の警視庁――通用口を出てきた望月遥と沖勇希が肩を並べて歩き出す。レディースルックにハンドバッグはそれぞれのお好みながらの、一般女子的格好は言うまでもなく……人の流れがある歩道。
「お風呂行かない? 遥ちゃん」と、勇希が遥を見る。
「ええ、お風呂ですか? 勇希さん」と、擦れ違う通行人らに気を配りつつ勇希を見る遥。
「風情がある銭湯があるのよ」
「最近銭湯も減りましたね。めっきりスーパー銭湯的湯屋になってます」
「でも、そこも。影響は受けていそうよ」
「行きつけですか? 勇希さん」
「ううんう。ガンマンからの受け売り。ネットで探ったらよさそうだったから」
「ガンマン……ああ、沖勇作警……ああ、さん。ですね」
「うん」
「……」と、前から来る横並び三人に、体を横にしてゆずる遥。
「なんか! もやもやが取れなくて」と、勇希の一瞬の煌めく眼光が、前から来る別の横並び通行人らをよけさせる。
「はい。付き合います。私もあの二人には、もやもや感で、許されるなら殴りたいですよ」
遥にも勇希の眼光オーラが連鎖したが如くで、前から来る通行人らが……二人を避けるばかりとなる。
「それと。あのクソな上司もね」
「はい。あ! デパート、寄って行きませんか?」
「え? どうして」
「下着とかタオルとか……」
「ああ平気よ。お風呂セットは現地調達有りだから。それに着替えは、人待ち状態連日ケースもありきで、慣れっこだわ、私」
「そうですね、OKですよ」
「ああ、そっちは、人待ちはないか」と、頭を掻く勇希。
勇希の顔を見て、にっこりと微笑む遥。
と、都会の街明かりの中に消えてゆく……望月遥と沖勇希の姿……。
ラブホ・希浜――『マーメードの間』表記の駐車場からヘッドライトを点灯させて出て行くRGV1100の単車。カウルお揃いのグレー地にピンクラインのライダースーツは桐溝零華。
(ごめんなさい。オジ様)との思いを残して……高い塀の出入口からフオーン! と、高らかな乾いたエキストロノーズを名残にして……夜の巷へと走り去っていくRGV1100に跨るバイク女子の桐溝零華。
東京駅――各ステータスカラーを前面に出すディスプレーウインドウのデパートが向かいに並ぶ……東京駅は八重洲口。
若井舞花が、駅の八重洲口乗車口で、タクシーに乗る。
「豊洲の竹の宿ビジネスに、お願いです。お兄様」
と、煌びやかな街明かりに溶け込むタクシーの赤いテールランプ。
「あ! やっぱ、スーパーな銭湯の梅野屋で」
スーパーな銭湯の梅野屋――『梅野屋』印の煙突に切妻小屋根で暖簾がかる玄関口。『女湯』文字表記のすりガラス引き戸を開けて……入って行く、沖勇希と望月遥。
「へい、らっしゃい。また今夜はエライ別嬪さん連れで」と、社柄声が外まで聞こえそうに……恥じらう素振りが容易に巡る遥の境地に。勇希の悪乗り返しの声が中でする。
「あら、そう。嬉しいわ、お兄さん」
「てへっ、此奴は参った! いける口だねお姉さん。別嬪はそのぐれえ度胸も持ち合わせてないとな。ふわはっはっはは……」と、乾いた笑い声が高らかに外まで聞こえる。
「あんた! またあー。もうごめんなさいねー。御一人五百円ね。消毒済み貸タオルは只よ。使い切りシャンプーも自販機に」と、女将の声。
「はい。お姉さま」と、返す勇希の声。
「ははあ。いいね、お姉さん。いいよ。おまけよ。試供品使ってみて」と、女将の声。
横であっけにとられる遥の様が思い浮かぶ。
「じゃあ、おいらがお背中流そうかね」と、社柄声。
バシッ!
と、ビンタをつる音が!
「あんた、いい加減にしなよ。このお二人にセクハラ発言だよ。バックヤードで窯焚きでもしてなよ。ごめんなさいねぇーさあー入って」
「いいえ、楽しいわ。気に入ったわ、女将さん?」と、勇希の声。
「御贔屓にね。ごゆっくりね。閉店は二十三時よ」
「うん。ありがと、女将さん。じゃあいただくわね、お湯」
と、内ドアのガラガラと開閉する音がして……ワイのワイと女子トークの井戸端の話し声などもして……トン! と閉じる音と共に井戸端声もシャットアウトする。
高速道路(神奈川)――『K2』表示の三ツ沢線を『東神奈川方面』へと走り行くカウルにRGV1100表示の単車。一体化するグレー地ピンクラインのライダースーツ流線形ビッジラインの女子の――桐溝零華。
梅野屋の浴場――洗い場で、湯煙に包まれ、鏡に向かってバスチェアに座って体を洗う勇希と遥……。
「いいにおーい」と、遥のシルエットが鏡との様子から前をタオルで洗っている……。
「うん! ボディソープとシャンプーに、コンディショナー。儲けたね、遥ちゃん」と、襷掛けで、左斜めと後退して右斜めへと、大胆に背中を洗う勇希が、遥を見る。
「デカ! オッパイ!」と、一瞬目が点になり、背を擦る手が止まり、自ら胸を見る勇希。
「てへっ。ああ先輩。お背中……」と、遥が勇気を見る。
「うん。終わったら遥ちゃんもね」
と、洗いっこして、年甲斐もなくワイのワイのキャッキャ状態で……シャンプーにトリートメントまでをも!
混浴ではなく……恥じらう術もない状況に……湯煙の中に、立ち上がる、全裸のセクシー女体が二つ!
「ああああー」
「ぐわぁー」
と、暗黙の了解的にハモリつつ、ゆっくりと……湯船に、おみ足……腰を下ろしたお尻……腰、お胸と、肩までとっぷりと浸かる二つの流線形ビッジ女体……。
『次こそ! REDを!』
高速道路(神奈川、東京の境)――『K1』表示の横羽線を『平和島方面』へと走り行くカウルにRGV1100表示の単車。一体化するグレー地ピンクラインのライダースーツ流線形ビッジラインの女子の――桐溝零華。
梅野屋前――タクシーから降りた若井舞花が、右手で左肩にかけたショルダーバッグの紐を抑えて、ポニーテールを些か上げて暖簾をくぐって、左手で『女湯』引き戸をガラガラと入って行く。
玄関戸は閉じているのだが、入った番台あたりで……なされる会話の模様が容易に展開される!
「お! 来たわね、お嬢ちゃん」と、女将さんの声。
「あれ? 旦那さんは」と、舞花の声。
「今しがたね、お嬢ちゃんぐらいの美人連れがね」
「ああ、それで。また女将さんの逆鱗にぃ」
「悪気はないんだけれど。こんなご時世だから、変な噂がねぇ、商売人には致命傷だわ」
「そうーねぇー」と、カシャっと番台に五百円玉を置く音がする。
「アタシ。平気よ。旦那さんなら、裸、見られても。人畜無害な感じ、半端ないし」
「あら、そう。まあ、あっちはもう役立たずは確かね」
『うわっはははははは……』と、高笑う両者の声。
「いただきまーす。お湯」と、ガラス戸がレールを滑る音。
「ごゆっくり……」
と、トン!
ラブホ・希浜客室――床に寝ている沖勇作が、スーッと上半身を起こし……キョロキョロと見渡す。
「あれ? ああー」と、立って、トイレに行く。
誰も寝ていない……ラブベッド!
高速道路首都高(東京)――『芝浦Jct』表示の螺旋状の道を、密着した体ごと倒して……スムーズに走り行くカウルにRGV1100表示の単車。一体化するグレー地ピンクラインのライダースーツ流線形ビッジラインの女子の――桐溝零華。
目深にかかる大橋は、レインボーブリッジ!
間もなくストレートに出た視界の道端に『湾岸線・大井・有明方面』の道路表記。
これまたスムーズな危なげないライダーテクで――突っ走って行く桐溝零華の単車。
(ああー充電がー切れ、そー)
テールランプが赤く……小さく……点となって、闇に溶けていく……。
梅野屋の浴場――立ちこむ湯煙に曇ることない掛け時計は9時!
バスケットのお風呂セットを持ったポニーテールの若井舞花が入ってくる。
「あら、お嬢ちゃん」
「ああ、オジちゃまのー」
「あれ? 常連?」と、バスケットに気がつく沖勇希。
「ああ。洗っちゃうね、体」と、ニコッと笑い返して、洗い場に行く。
ラブホ・希浜の客室――床にしゃがみこんでいる沖勇作!
ポカーンとした感じの表情で虚ろ義な様子。
後ろ手に両手を床につけ、背を逸らして……天井を仰ぐ……。
ううん? と、その右手がひとひらの紙に触れたことを手触りで知る!
探り拾って見る沖勇作……。
読んで、笑って、立って、かけたブラウン革ジャンのポケットに二つ折りに手入れて、ベッドに潜り込む……沖勇作。
ううん? と、鼻を動かす仕草の沖勇作が、首を傾げる。
(しねえな、香り!?)
と、勘ぐるも、
「ま、どうでもいいっか!」
と、布団をかぶってすぐさま爆睡する沖勇作。
ヘッドセットのデジタル時計は、21時21分を表示している。
梅野屋の浴場――湯煙に曇ることない掛け時計は9時半!
浸かっている沖勇希と望月遥の側に……足を入れるロン毛ビッジは……若井舞花。
「おお! そっちのが、大人的じゃないの」と、勇希。
「大きなお世話ですよ、勇希さん」と、舞花。
「ああ、訳あり?」と、勇希。
「ゲス勘(ゲスな勘繰り)です、勇希さん」と、舞花。
「晩御飯おごります、お二人さん」と、遥が口を挟む。
「じゃあ、ここのお食事処で、閉店までまったり……」と、勇希。
「え? なに。まったりって」と、舞花。
「ゆっくりすることですよね、勇希さん」と、弁護する遥。
と、湯煙の湯船に肩を並べて湯につかる遥、勇希、舞花。
TOYOSU―SYO屋上――梅野屋明記の煙突。湯屋の明かりが小さくなって、暖簾を入れる女将さんの姿が……。前の道を零華が運転する単車RGV1100が通過する。
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