第2章 その8

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 TOYOSUーSYO捜査課――観音ゲート上の時計は8時59分。Uの字デスクに、真中透巡査部長と、鮫須保係長が自分の位置に座って、スタンドに立ったPパッド型タブレットの画面をスラッシュするなどして、情報を得ている。

「きのうは、ごちでした、遥さん」と、若井舞花の声がして……ゲートを入ってくる必然的にポニーテールを左右に振った舞花と、望月遥と沖勇希の三美形女子。

 鮫須係長が懐からスマホを出して、電話を受ける。「ああ、もしもし、お疲れ様ですね、零華君」と、入ってきた舞花と遥、勇希らを見て、表情を緩める。

「いいえ、お近づきの印っていうことで」と、遥が鮫須係長を見てお辞儀する。

「ああ、お早う御座います、鮫須係長」と、勇希が鮫須係長にちょこっと首部を垂れる。

 神棚下のブリーフィングテーブルに勇希と遥がついて……舞花は自分のデスク位置に座る。

 椅子に腰かけ電話している鮫須係長が、くるりと回って、窓を見る。

「はい。今日も休暇ですね、お二人は。こちらで出しておきますよ」

「……あ! PCが、Pパッドに更新されたのですね」と、遥。

「くれぐれもよそ様にご迷惑を掛けぬようお願いしますよ」と、電話を切る鮫須係長。

「ペーパーレス時代です。充電できるし、印刷不要で情報共有が瞬時です」と、真中。

「はい、おはようです、お二方」と、くるりと回って戻って挨拶を返す鮫須係長。

「ところで? ガンマンさんは」と、勇希。

「ああ、本日も非番ですが」と、鮫須係長。

「え? 非番! あ! ああ……あ」と、手をポンと打って、「もしかして別の縄張りを探っているのでは」と、勇希。

「……ふふふふぅ……」と、啜り笑う鮫須係長。

 その表情から察した勇希が、口に特徴のある渋った感じの表情をして……小刻みに頷く。

「え、オジちゃまって、何処行ってるのかな、係長さん」と、舞花。

「ああ、ええ。零華君とデート中ですよ」と、鮫須係長。

「ええー。零華ちゃん!」と、いきりだって、「抜けがけ。アタシが、バディだしぃー」と、デスクを両手で叩く舞花。

「舞花さんって、沖勇作さんのことが気になるのねぇ」と、遥。

「あ、え、いいや、そんなことぉ……」と、すぐに脱力して椅子にもたれるように身を引いて、「無しよりのあり程度だしィー」と、平常心を取り戻した顔色で舞花が言う。

「そうですよね、親子ほどの年の差」と、真中が口を挟む。

『いいえ、それは関係ない(し)(わ)(よ)』と、美形女子三人の語尾は違えどマジ顔と声が揃う。

 椅子に腰かけているものの、その三人の迫力に威圧され身を引いてせせら笑う鮫須係長。

 ……テヘテヘと頭を掻く真中。

「では、本題に入ります」と、勇希。



 ラブホ・希浜の客室――うっすら開いたカーテンの窓から外光が筋をなして注いでいる。

 エアーシューターのパイプに、ベッドヘッドに『bの4』ラベリングの備え付けの電話。

 バスローブを着た沖勇作が内線をしている。

「ああ、bの4行室ですが、モーニングをお願いします」

 ピンポン! と、呼び鈴が鳴って、隠し小窓外に物音がする。

 シューターカプセルに千円を入れて、発射ボタンを押す沖勇作。

 シューっとエアを吸う音がして、アクリルパイプの中を吸い込まれていくそのカプセル。

 間もなく……カプセルが戻って来て、開けると鍵が入っている。沖勇作がカギを使って小窓を開けると、サンドイッチにホットコーヒー、サラダとハムエッグの小皿が乗ったトレーがある。

 そのトレーを取ってテーブルの上に置き、沖勇作がナイロン袋に入ったスプーンとフォークを使って食しはじめる……。

 床にころがる……いいや、置いてあるメモ紙に目をやって、スマホでラインする沖勇作。

 ――現着10時。金沢八景駅ロータリーで待つ――

 と、入力して、送信する。

 間もなく――OK。オジ様――と、1秒間で返信してきたことに、頭をひねる沖勇作。

 が、モクモクとモーニングを食べ続ける沖勇作……。


 高速道路横羽線下り――グレー地ピンクラインRGV1100の単車で走り行くライダースーツ姿の桐溝零華。標識『横浜方面』の横を通過する――。



 TOYOSU―SYO捜査課――Uの字デスクに、鮫須係長と真中、舞花がついている。

 沖勇希と望月遥が座っているブリーフィングテーブルの壁モニターには、高速に走るREDMATTERが映っている。うっとりとモニターを魔が寝ている舞花。

「遥ちゃん。神奈川県警には、情報協力のお願いしているのよねー」と、勇希。

「はい。上経由でしているはずですが」と、遥。

「上?」と、首をひねる真中。

 同時に考えていた鮫須係長が、「ああ係長の風見君ですか」

「いいえ。そのまた上の……」と、遥。

「ええ? ああ上原公一警視殿ですか」と、変顔する鮫須係長。

「珍しいですね、係長がそんな困ったちゃん顔を見せるのは」と、真中。

「同期採用でしたが、よろしくやるのが一枚以上上手ですよ、奴は」と、鮫須係長。

「そうなんですね、係長さん」と、勇希。

 別次元に心を置いていて……話についていけていない舞花は……口を開く者を! 必然的なポニーテールの揺れを伴わせ首を向けて視線で追っている。

「で、遥ちゃん。有力な情報は下りてきているの?」と、勇希。

「はい、先輩。前回の取締の打ち合わせで開示された情報が最新です」と、遥。

「神奈川方面から羽田空港経由できて、レインボーブリッジを必ず通るという」と、勇希。

「神奈川県警は、REDMATTERの県内捜索はしているんですか」と、真中。

「そのことに関しては、依頼しているとは聞いていますが、結果はまだ何もで」と、遥。

「最新情報は何時のなの? かな、遥ちゃん」と、やっと舞花が口を挟む。

「ええっと……」と、目が天を一瞬見て、「二週間前の金曜日の……翌日です」と、遥。

「あれ? レッドの暴走行為が始まったのは、半年前だったわよね」と、勇希。

「はい。でも、まだ同一か否かはわかっていなくて、うちのボスがその二週間前の土曜日に、回収したカメラ映像をチェックしていて、同じ車が花金に暴走を……」と、遥。

 またまた視線で追う状態になっている舞花……戦ぐといった状態になっている馬の尻尾。

「ええ、どうして? そんなに鈍いの」と、勇希。

「上にあげていたんですが、捜査許可が一向に下りてきませんでした」と、遥。

「根が、鈍い奴なんですよ、奴は」と、低い声で囁くように言う鮫須係長。

 真中、舞花、渋い声質に些か慄く両名。

 勇希が納得の表情を向けると。とっぷりと、頷く遥。

しめしめといった感じで、笑みを浮かべる舞花。

「え? どうして、笑ったの、舞花さん」と、遥。

 ともに見ていた勇希も、頷く。

「え、ああ、別次元のこと、だしぃー」と、首を左右に振って、笑顔を見せる舞花。

 首を一瞬傾げるも、緩んだ表情で舞花を見る勇希。

「まあー。先輩が何か持ってきますよ、皆さん」と、真中。

 深く頷く鮫須係長。

「そうね。伊達に、ガンマンじゃないものね」と、勇希。

 不思議そうに三人の顔を交互に見る遥。

「ⅯYNCBだしぃ!」と、舞花。

 勇気と遥が見合って、不思議そうに舞花を見る。

 苦み笑う感じで表情を緩めている真中と鮫須係長。

「ⅯYC……えええーっと。それが、何だって?」と、勇希が問う。

「あはっ! 勇希のあねさんったら、クリソツだしッ。オジちゃまに」と、お道化る舞花。

「次の金曜日はきますかね、勇希先輩」と、遥。

「ううんん……でも、来なくても金曜日。仕掛けないわけにはいかないわよね」と、勇希。

「オジちゃまたちの情報待ち、かな?」と、小首を傾げてぶりっ子顔をする舞花。

「先輩なら……」と、顔の中心に向かって力を込めたような表情の真中。

 深く頷く鮫須係長。

 時計は、10時。見る勇希。

「では、私たちは、このへんで」と、同時に立った遥と共にお辞儀して……観音ゲートに向かう沖勇希。それぞれ微妙に違った微笑で二人を見送る、真中。鮫須課課長。若井舞花。



 神奈川県金沢八景駅ロータリーに――連絡する通り。本日も雲が多少沸いているもの……天気は晴れ。街頭時計は9時55分。付近を行き交う通行人は疎らだ。

 見通し困難な角道から曲がってきた黒い単車が、ロータリーにあるコンビニ前に止まる。

 黒い単車に跨ったままの沖勇作がヘルメットの中のサングラス越しに……風景を見る。

「オジ様。おはようです。間もなく到着します」と、インカムを通じた馴染みある女の声がして……。上半身を捻って……振り返る沖勇作。

 フォーン! と、あいさつ代わりに乾いた音をひとつ棚引かせて……RGV1100のグレー地のピンクラインの単車を走らせる同種のライダースーツ姿の桐溝零華の姿が見えて……すぐに停車中の黒い単車に気がついて、横に来る。

 フルフェイスメットのバイザーを開けて、コクリと頷くようにお辞儀して、その目が微笑むと。沖勇作も口角を緩めてニヒルVサインをかます。

 ヘルメットの上から耳アタリを指で示し、乾度良好のOKサインを示す沖勇作。

 またコクリと頷いて、口を動かしはじめる零華。「その後、私が掴んだ情報によれば……」

 ピピッ! と、両者のインカムに音の反応が!

「はい、こちら沖勇作のインカム」

「ああ、先輩。おはようです」

「誰だ?」

「僕ですよ、沖先輩」

「だから誰だ。そんな呼び方する奴、俺は知らん」

「横浜の交通課係長の」

「ああトール。神奈川のトールさんか。何だ」

「横須賀の持ち主情報が上がってきたもので。周知しようと」

「で」

「海上自衛官の持ち物で、その男はいたって真面目な自衛官だそうですよ、沖先輩」

 目の前道路に、ツーシーターミッドシップカーが来て、『止まれ』の標識を白線に従って、丁度いい位置で、一時停止する。

「ああ、たった今、見た」

「ええ?」

 フリーウェイ道路では時速60キロ未満走行は可能で、準じた走りをしている――を、黙認する零華と沖勇作。

「推定時速59キロ平均よ、オジ様」と、赤いスポーツカーを見たままの零華。

 沖勇作が零華を見るが、両手をハンドルに添えていることに、首を傾げる。

「タイヤがポテンザックだ。俺を襲いやがった奴のは……何だったか、違う感じが」

「グッドランナーよ、オジ様」と、合の手を入れる零華。

「え、なんでわかるんだ、零華。俺は回っているタイヤしか……」と、サングラス下の頬が引きつる沖勇作。

「昨夜、帰りながら署に報告をしたら。科捜研が映像を解析した情報が」と、薄笑う零華。

「ああ先輩」

「何だ?」

 横で笑みを浮かべて見守っているRGV1100に跨った零華。

「横浜の鶴見区の持ち主も確認しましたよ」

「で」

「うちの総務課の女性警官の所有物でした」

「わかった。で、ラスト一個は?」

「一台でしょ、オジ様」

 渋った顔で零華を見る沖勇作。

「それが、川崎区で登録しているようなんですが、そのマンションには駐車場がないんですよ、先輩。その付近の駐車場も調べたが、あの特徴的な車が止まっていた形跡はここ数年無いようですよ。沖先輩」

「そうかー。ま、行けば分かるさ。サンキューな。浜のトール君」

「Pパッドにその住所を……」

「持ってないんだ、俺」

「平気よ、オジ様。私が受信しので。横浜のトールさん、受け取りましたよその情報を」

 ……遠巻きに見るような目で零華を見る沖勇作。単車に跨っている零華は、ショルダーポシェットをも所持している様子はない。

「ま、そういうことだ。その旨を警視庁の交通課にも知らせてやってくれ」

「はい、沖先輩。以前のと追加でPパッドのZドライブ通信で追加報告していますよ」

「ああ! 以前の?」と、小首を傾げた沖勇作が、「以前も情報提供はあったのか。トール」

「はい。上がってきた情報提供は怠っていませんが」

「ううんー分かった。じゃ、行ってみるぜ。サンキューな浜のトール君」と、手で合図して、走り出す沖勇作。

 バイザーを下して追随するRGV1100の零華。


 と、少し走った道沿いで、ガソリンスタンドへと入って行く沖勇作の単車。

 通りのスタンド出口で停車して待つ……RGV1100の桐溝零華。



 豊洲市場のアーケード街広場――街頭時計は、10時ジャスト!

 ガラガラと大型トラックの音がして……プスッ、プスッと、エアーブレーキの音と共に大型トラックが二人の制服警官が乗って、赤色灯を焚いたパトカーに誘導されて、アーケード広場に入ってくる。

 停車したトラックの荷台がウィング状に片側を開いて……色付きライト装置が装備してある上半分が見える。スタッフジャンバーを着た男女四人が機敏に動いて――ステージ後部隅でミキサーシステムを用意する。

 アイドルチックなオープニング曲が流れ出し……下半分を覆っていたサイドパネルが開いて! 荷台ステージが完成する。

 荷台ステージ奥壁に『リサボーノ・ゲリラライブ』の看板を掲げたオーロラビジョン。アイドルステージをするイタリアンレッド胸隠しトップスに、ローライズホットパンツ、ニーハイブーツルックの世直しアラサー女子のリサが、キレッキレダンスパフォーマンス……美声を奏でる。その芸名は、リサボーノだ。

 何処からわいたのか? ステージ前に陣取っている男女同コスプレTシャツのオタク系のファンが、顔入り団扇や赤く輝くペンライトを振って、曲に合わせて揺れだしている。

 ステージサイドに制服警官が一応警戒している。

 と! 間髪撃入れずに二曲目……三曲目の絶頂に達した時!

「ウーーゥワー―ァ!」と、奇声を上げる見た目に二十歳そこそこのイタリアンレッドカラー特攻服のオタク系男子が懐に手を入れる……。



 TOYOSU―SYO捜査課――10時10分の時計下の観音ゲートを出ようとする沖勇希と望月遥。

 Uの字デスクで見送っている鮫須係長と真中。ポニーテールヘアの若井舞花。

 ビービービーィ! と、警報が鳴る。

「豊洲市場アーケード広場にて、ゲリラアイドルリサボーノが包丁を持った男に襲われている模様。豊洲署捜査課も応援急行されたし」と、アナウンス。

「若井君。真中君行ってくれ。1号車で」と、鮫須係長が立ち上がって指示を出す。

「行ってきまーす」と、Pパッドを入れたショルダーバッグを肩に下げて、舞花が観音ゲートを走り抜けていく。続こうとする真中。付近にいた勇気と遥が。

「私たちも」

「はい、いきましょう、勇希先輩」

「お願いできますか。お二方も」と、鮫須係長。

 もう行ってしまっている舞花に続いて……「垣根は無いですから、私たちは」と、勇希、遥が続き……。真中がキーを持って出て行く。



 豊洲市場のアーケード街広場に横付けした大型トラックの荷台ステージ。『リサボーノ・ゲリラライブ』の看板を掲げた片側開きウイングステージで、イタリアンレッドルックで、キレッキレダンスパフォーマンスと美声を奏でているリサボーノ。

 無数のファン男女の垣根に、外側に集まっている通行人らが、見ている。

「ウーーゥワー―ァ!」と、奇声を発してステージに駆け上がった二十歳そこそこのイタリアンレッドカラー特攻服のオタク系男子が、包丁をリサボーノに向けて斬りつける。

「キヤーア」と、悲鳴を上げた観覧女子の声に。駆け付けてきた制服のお巡りさんが二人。

 ストップする音! フリーズ状態のスタッフジャンバー男女四人。ステージ下でオタク男子、正味三十人がわなわなとペンライトを胸前に両手で震えもって見守っていて。ティーン女子ら正味二十名も隣同士の女子らと寄り添いフリーズして、薄目して見ている。

 スタッフ男子二人が袖からステージに上がり、手を翳す。

「リサボーノは、魔性の女子さ」と、羽交締めしたリサボーノの喉元に刃を添える。

 ステージ下で二人の制服警官が、「おい君」「リサボーノさんを解放しなさい」「どうしてこんなことを」「何か、不満なのか」と、問う。

「僕はぁー」と、力が籠り過ぎて籠った声になる。

 ステージに上がろうとする二人の警官。

「来るな!」と、オタク男子が、「僕はこの女子にどれだけ尽くしたか」と、不満をこぼす。

「尽くした?」と、オーム返しする一人の警官。

「意味が分からないから、もう少し詳しく」と、ステージに手を置くもう一人の警官。

「来るなって」と、イタリアンレッドの肩紐なしトップスの胸の谷間あたりに逆さに刃を向けた包丁先を入れて、切る。やや左のカップに切り込みが入って、リサボーノの左の頂点近くまで膨らみがお目見えする。

「リサボーノ・SNSサイトの友達アプリ。その中でも親愛のおけるファンが立ち入りできるチャットで、この女子に、僕は頼まれたのさ」

「そんなの、知らないわ、アタシは。SNS上では。ナリスマシだっていくらでもいるわ」と、切られて左のふくらみが曝け出されたことなど、諸ともせずに弁解するリサボーノ。

「ほら、主たち、お宝ショットチャンスサービスだよ」と、リサボーノのホットパンツのボタンを外して……ゆっくりとファスナーを下げるオタク男子。



 高速道路――走る二台の単車。グレー地ピンクラインのRGV1100は桐溝零華。ダビットソン社の黒い単車は沖勇作。

「そっちのはガソリン使わないのか? 零華ちゃんよ」と、インカム越しの沖勇作の声。

「ん。EVですよ、フル充電で1000キロメートル走行可能よ、オジ様」と、零華の声。

「でも音が出てるぜ」

「ん。無音は後ろから近付いていることを通行人らへ周知できないでしょ」

「ああそうか。なるほどな」

 と、快適ランデブー走行中の二台の単車。

 向かう先を示す『横浜・川崎方面』と、道路標識を潜る二台の単車……。



 豊洲市場のアーケード街広場――大型トラックのウイング開きの荷台ステージ。『リサボーノ・ゲリラライブ』の電飾文字看板の下で、イタリアンレッドルックのリサボーノが、包丁を持った二十代男子オタクに、羽交い絞めにされて、辱めもうけている。

 警官二名が事態を収めようと説得を試みてはいるが、硬直状態になっている……。

 覆面車が徐行してくるが、運転席に真中透のみ。

 正面切って……人垣を謝りつつかき分けて、「君。放しなさい」と、近づく……望月遥。

 コックピットの陰に回っていた沖勇希が、忍び足でステージ横から近づくも、羽交締めしているオタク男子に見つかって、包丁を突きたてられる。「来るな!」

 が! 荷台後方の人混みに紛れ込んでいた若井舞花が……スーッと近づいて――勇希に気を取られた隙をついて……「トゥーリャ―」と、気合を入れたときには! オタク男子が手にしていた包丁を蹴り飛ばす! 飛んで、落ちて、滑り行く包丁が縁で止まる。

 スローリプレーを検証できたなら……

「来るな!」と、オタク男子が勇希に向かって突き出した時にはもう、人混みの陰から荷台後方の死角に隠れ――舞花が得意のポニーテールすら寸分も揺らすことなく……スーッと身軽にスチール製のステップをも音を立てずに駆け上がっていて……リサボーノの視線にも引っかかることなく、その足を前に蹴り上げていて! 包丁を弾き飛ばした瞬間! ハッとした顔でようやくリサボーノが舞花を見る。瞬き二つ分ほど遅れてオタク男子も見るが、すでに包丁は遥の目に前に金属音を立てて転がっている……。

 蹴り上げた足の勢いを殺さずに舞花は……宙で踏ん張ったかのような動作をして、回転し、バックの左足回し蹴りをオタク男子の頬に見舞わせる。

 吹っ飛んだオタク男子が――照明アングルにぶつかって弱る。

 すかさず勇気が! 遥が! 合わせることもない息ピッタリでオタク男子を確保して、

「11時33分。殺人未遂容疑で現行犯逮捕します」と、遥が告げて。

 勇気が手錠を嵌める。

「今日は、ライブはお開きにして」と、勇希が警察バッジのIDを掲げる。

 ハンカチで包丁を掴む舞花。「これって、鑑識って、無いかな」

「リサボーノさんも事情をお聞きしますので。同行願えますか」と、遥。

 スマホしていた女子スタッフが画面をタッチして、リサボーノに向かって頷く。

 Ⅼ社のゴールドカラーの高級車が来て、高級スーツの紳士が降りる。

「私、リサボーノ様の顧問をしております。リサボーノ様は同行しません」と、ステージ下まで来て手を差し伸べる紳士弁護士。バッジも付け入る。

 舞花。勇希。遥にメンチ切ったリサボーノが、弁護士の手を掴んで飛び降りて……歩く。

「どうしてもとおっしゃるのならしかるべく手続きを。ねー警察屋さんたち」

 と、高級車に乗って行ってしまう。

 真中が来ていて、「では、君。署で話し訊くから」

 遥。勇希。舞花に囲われて、覆面車で連行されていくオタク男子。



 マンションの屋上――手摺沿いに、ブラウン革ジャンルックの沖勇作とライダーズルックの桐溝零華の姿。街中の『川崎大師前交番』明記の交番前に、駐輪中の黒い単車とグレー地ピンクラインの単車。一遍突き抜けたかのような十階建てのマンション。

 屋上で一望している零華と沖勇作。


 マンション屋上――少しの陸地や架橋の向こうに広がる大海原の風景を、指差す沖勇作。

「あそこらいったいがコンテナ倉庫街で、貨物船の港だな」

「うん。オジ様の言うとおりよ」と、風になびく前髪を指で流し戻す零華。

「あの中に、いたりして。レッドの奴は」と、勘ぐる沖勇作。

「とはいっても、浮島だけでも無数に……」と、青く輝く目を凝らし見ている零華。

 一個の浮島のコンテナ倉庫。敷地の自動で開いた門扉から……若気男子(隼田)が運転する4トントラックが……出て、通りを通常走行で出かけていく。

「ああ。一カ所だけでもあのコンテナの数だ。令状でも取って一斉ローラーでも展開しないと、日が暮れるどころではないぜ」と、遠くを見渡し微妙に動く、沖勇作の目線。

「ここからでは、流石に、私でも……」と、心の声が呟き程度だが漏れている零華。

「ううん?」と、零華を見る沖勇作が、確かに青く光っている零華の瞳を確認する。

「カラコンかい。その目」

「え! そうよ、オジ様。私は生粋のメイドインジャパンよ」と、微笑む零華。

 零華を振り向き見たその背景に。大河の向こう岸に突き出す建物に、目を凝らす沖勇作。

「あそこ!」と、指差して……反対の手摺まで歩き……つつ、「同じぐらいだな、高さ」と、沖勇作が指摘する。

「え?」と、振り向き沖勇作の後ろに続いて動いた零華が、また目を青くする。

「うん。鎌田の同じ十階建てマンションよ、オジ様」

「そうか。目がいいんだな、零華って」

 と、零華の方に向き直した時にはもうその瞳がブラウン系に戻っているのを確認した沖勇作。「さ、帰ろうぜ、署に」と、ドアに向かう沖勇作。

 走り寄って……腕を握って引っ付き歩く零華。

「だから、歩きづらいって」と、含み笑い声でクレームする沖勇作。


 コンテナ倉庫集荷場――一つのコンテナの中から数台のフォークリフトで、チーフの監視する中、パレットに乗った荷を出している作業員ら……。中に隼田恭介の姿も。

「おい、隼田。このコンポを、空港に配達してくれ」

「はい。チーフ」と、二つ返事でせっせとフォークリフトでトラックに積み込む隼田。

「今回も金土でいいのか。週休」と、コックピット(運転席)窓越しに話しかけるチーフ。

「はい、チーフ。週休二日で、終業時間厳守。この会社はホワイトです」と、徐行走行でトラックを運転していく隼田恭介……。



 TOYOSUーSYO捜査課――に戻る舞花と真中。鮫須係長がデスクにいる。

「コンプだし、係長さん」と、舞花が入って来て、席に着く。

「どうにも、アイドルオタクの勘違い行動による――殺人未遂容疑です」と、一緒に入ってきた真中がPパッドに取った調書を鮫須係長に見せる。

「中田太郎。二十二歳。都内大学四年生ですか」と、調書を読む鮫須係長。

「真中さんって意外と凄くってだし」と、舞花。

「てへへ」と、照れ笑いながらデスクに着く真中。Pパッドを自分のスタンドに立てる。

「好きだし」と、素っ気無く口遊む舞花。

 立てたPパッドで報告書を書く真中が、「俺も好きですよ、舞花さんが」と、言う。

(あの赤も)と、心で呟く。


 首都高横羽線――左から差し込む日光……単車ランデブー走行で走り行く沖勇作と零華。


 TOYOSUーSYO捜査課――ゲート上の時計は5時29分。終業時間の鐘の音。

 早川晶子署長が入って来て、「あれ? 勇作、ああ、沖勇作警部補は」と、問う。

「はい、休暇でして。でも、先ほど一旦署に戻ってくると、一緒の零華君から連絡が」

 U字デスクの自身の席で……様子を窺う舞花。カランコロンカランと、終業の鐘の音。

「戻ったら、私のところに来るようにお願いします。係長」と、晶子。

「畏まりました」と、会釈する鮫須係長。

「係長、報告書送りましたよ。署長。係長。お疲れでした」と、真中がゲートを出て行く。

「アタシも」と、バッグを肩にして立った舞花……「お先です」と、出て行く。



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