第2章 その7

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 さびれた町工場の閉じたシャッター中の一室――コンクリートモルタル壁で床面積四畳半のフローリングの部屋は、ドアのみで窓すらない殺風景な桐溝零華のプライベートルームだ。


 日焼け用カプセルベッドタイプのマシンの中で、全裸の零華がすっぽりと納まっているのが、覗き窓から窺える。

 サイドチェストにシステム化されたPCの画面に、『充電率40%』のコマンドサイン!

 そのシステムPCにUSBで繋がったPパッド。『警視庁データベース入力アクセス中』のコマンドウが出ている。

 人工頭脳内で――モニターに投影するが如く――今日のREDMATTER検挙反省会の捜査課の様子からレインボーブリッジでの沖勇作との現場捜査……そして、神奈川県警の交通課の沢村トオル係長とのやり取りと! 零華の人工頭脳でのラーニングがデータ文字化して……PCモニターに英数字と記号の羅列がなされ……一瞬沖勇作とラブホ泊りの記憶的記録映像が出るが! 『NOPROBLEM』の大きな文字が出て、削除される。

「ダーリン! 私、人っぽいかな?」

 と、特異点を超えた頭脳では、ヒトの境地を思いやる零華。

 白壁に映し出される――PCモニターに、RGV1100をロボットアームがメンテ模様の映像と、『メンテナンス終了まであと20分』と右下に作業所要時間が示されている。

「エッチしない男っているんだよ。ダーリン」

「でも、私は好みじゃなかったの? ダーリン」

 零華の記録――ヒトのように頭脳内で巡る……記憶と感情。

 リラックスするかのように……ゆっくりと目を閉じる零華。


 数年前の記憶喚起の記録が……零華の人工頭脳の中で巡りはじめる。

 視界が開ける……その内側。覗き込んでくる男は、桐島拓郎三十九歳。

 その背後に一台のノートPC。その画面に、一体の裸体状態の見た目ラブドールながらの可成りのリアリティ女子がオペ台上に寝ている。

「おお。出来た。スゴイな。このキット」

 モニターを見て、手を動かすラブドール女子。天井を見るラブドール女子。

 モニターに映った実態も同じく動いて、天井を向く。

 ピンライトの傘の横にカメラレンズ。

「いま、通常の言葉と一定の常識プログラムをインストール中だよ。このマザーデータをベースに、君はラーニングを繰り返して、人に近づいていくのさ。そういうキットを僕は、ネット通販で手に入れたのさ! 闇てきだがね」

 と、得意気に説明する桐島拓郎。洗濯はされてはいるが、綻び無数に右袖はほとんどレース状態で、ズボンもあちらこちらに穴だらけの可成りの年季物で、ジーンズならレア感にも思えるが、単なる作業着ではそうはならないであろう……が。

 PCモニターに『AIアンドロイド・ラブドールキット・スレンダータイプ』のタイトルに。『製作、製造、発注主、DSTN』の小さな文字。そこから各パーツや組立図……製作工程表などなどが……羅列し展開したような名残の、ページ重なる画面状況。

 開けた視界に、時頼覗き込む桐島拓郎の顔! そして時頼、PCキーボードをカチャカチャと入力する音。

「お前はたった今から僕の恋人だ。名前は零華。エッチ雑誌のラブドールを参考に無から僕が造った、AI仕様アンドロイドで、華やぐ微笑の似合う秘書女子イメージを貫いてほしい。まあ僕の夜のお供をしてくれていればいい。そしてラーニングしているからね」

「私は、あなたのラブドール……」と、術台から立ち上がった全裸の女体バック視野。

「僕を何と呼ぶ?」と、向き合った桐島拓郎が問う。

 PCモニターに、『動きます。会話します。学習します……』の売り文句が。

「私は、零華。貴男は私の……いいえ。私は貴男のセックスフレンド的AIアンドロイドのラブドール、零華」……瞳の黒が青く瞬くように輝いて……「ダーリン、ダーリンで如何でしょうか?」

「ダーリン。うん、気に入ったよ、零華。君は永遠の二十七歳だよ。そして秘書もね」

 一糸まとわぬ流線形スレンダーバディは多少の長身も醸し出し、なくてもいい臍のあたりに両手を重ねて、「畏まりました、ダーリン」と、秘書的なお辞儀をする、AIアンドロイドの零華。


 カプセルベッドの中で、目を開ける――零華。『充電率60%』また目を閉じる。

「オジ様っ」と、音の鳴らなくも唇が動く。


 数年前の記憶喚起の続き――

 零華を抱く桐島拓郎……

「僕は、家業のネジ工場を受け継いた。一人社長だぞ!」

 と、グレーのスーツスカートの中に手を入れて、愛撫しつつ……零華の体をお触りしはじめる桐島拓郎……!


 記憶換気狭間のブラックバック――ののち!

 零華を抱く桐島拓郎……

「なかなか厳しい。人を雇うなんてできやしない。君が人間じゃなくてよかったよ、零華」

 と、零華をソファに横たえて、愛撫をはじめる桐島拓郎……!


 記憶換気狭間のブラックバック――のちののち!

 零華を抱く桐島拓郎……

「もうおしまいだよ、勝手に世間が増税したため、格安が売りだったネジ業も大赤字さ」

 と、全裸にした零華を抱く桐島拓郎……ソファ下に破けた秘書のスーツの残骸!


 記憶換気狭間のブラックバック――のちののち、ののち!

 桐島拓郎……と零華がソファでエッチをした余韻の中にあって……!

「もうお休み、零華」と、立ち上がって、ロッカーを開ける桐島拓郎……中に一張羅の一着のスーツ。

「ダーリン、何方へ」と、全裸構わずに立ち上がる零華。

「ああ、けりつけて来るよ。世間っていう荒波にね」

「……」と、瞼をパチクリさせて、微笑する零華。

「よかったぜ、本当にね、零華は最高だったよ」

 と、アーミーナイフを懐に忍ばせて、出て行く桐島拓郎……。

 薄笑みを浮かべたまま……カプセルベッドに納まる零華。


 記憶換気狭間の――数時間後!

 勢いよく唯一のドアが開く音で、カプセルベッド内に納まって目を閉じていた零華が瞼を開ける。

 カプセルベッドの中で、零華の視界が開いたとき。スーツ女子(早川晶子)が……「貴女! どうしてここにあなたのような……」と、覗き込む。

「はい。私。ダーリンのセフレ系秘書です」

「へえぇ……」と、点の目の晶子。その手がチェストに触れる。

 チェストの上のノートPC!

 捜査員が鑑識同行で……入ってくる。

「これ。開けられる?」 と、零華着目中の早川晶子が指示を出す。

 白手をした二人の男女鑑識が、PCを起動させて、トランク型携帯バッグドア装置のUSB蘭を繋いで、トランク内のキーボードを鑑識女子が叩く!

 と、トランク内のモニターに英数記号の文字が羅列して……後に開いたコマンドにアルファベットと数字のバックドアIDを選んでいく……。

『KIMIZOREKA2020』と、解読する。

 鑑識女子が男子にトランクごと見せて、男子が、チェスト上のPCに入力する。

 PCモニターに、『AIアンドロイド・ラブドールキット・スレンダータイプ』タイトルのデータが出る。

「早川警部。これを!」と、見せる鑑識男子。

 目を点にする早川晶子。

「これって、警部。いやぁあぁぁぁぁー超エッチ!」と、顔をあからげる鑑識女子。

「ラブ、ドール?」と、早川晶子。

「男にとっては、レア物ドールですよ。然も、AIで成長する、もはやご飯を食べない不老不死の女子。うまく成長させれば、言いなりで」と、興奮する鑑識男子。

「詳しいですね、先輩は」と、目を細めて些か笑う鑑識女子。

「願わくば、欲しい」と、男子。

「もーエッチなんだー先輩って」と、男子の肩を思いきりどついても、シラーっと笑みを向け続けている監視女子。

「なあにいってるの。これって、そもそも合法なの? 目的はさておきここまでリアルな女子型ロボットを造ってしまうことは?」と、顰める早川晶子。

「基本。個人で所持し、責任を持って取り扱えれば法的には咎められない。盗撮案件と同様の主旨で、個人で楽しむだけなら。つまり、他者に一切の共有をしない限り合否はない。と、ダーリンが言ってましたよ。警部さん」と、口を開くカプセルに納まっている零華。


 カプセルベッドの中で、目を開ける――零華。『充電率80%』また目を閉じる。

「オジ様っ。私は今」と、音の鳴らなくも唇が動く。


 地下の、コンピュータ完備のメカドッグ室――

 RGV1100単車のボディを、ロボットアームが塗んで拭きピカピカになる。


 カプセルベッドの中で、目を開ける――零華。『充電率80%』また目を閉じる。

「オジ様っ。私は今」と、音の鳴らなくも唇が動く。

「復活! 正しき治安を維持するために、早川晶子お母さんから、リ・ラーニングされた桐溝零華なのよ」

 と、カプセルの蓋が自動で開いて……上体を起こす全裸の零華。

「でも、ラブもないとって、お母さんが秩序ある女子力データもそれなりにインプット済みよ」と、カプセルベッドから完全に出て、直立姿勢で立つと! 全身が青く輝いて……

「お母さん。オジ様に向かって、いっきまーす!」

 と、ドアが自動で開いて、出て行く、グレー地ピンクラインのライダースーツ姿となった、桐溝零華。

 ドアが閉まる寸前で、フォーン! 乾いたエキストロノーズがその向こうで轟く!



 TOYOSUーSYO署長室――早川晶子が……。

 署長室の窓から外を眺めている。

 フォーン! と乾いた音が、遠巻きに聞こえる。

 下を見て微笑む晶子。思い浮かべる……さびれた町工場で零華と出合ったときの記憶。

「あなたは今日から、桐溝零華を名乗りなさい。桐溝は、拓ちゃんのお母さんの旧姓よ」

「警部。これは、廃棄処置を」と、鑑識女子が。

「もったいないけれどなー」と、ハンマを手に掲げる鑑識男子。

「いいや、待って。私が責任を持つから」と、止める早川晶子。

フォーォーン! と、伸びて――フェードアウト……していくエキストロノーズを伴わせ……下の道路をRGV1100が赤いテールランプを行く。

 乾いた音に、現世感を取り戻し、微笑む晶子が、窓を閉じる。

「沖先輩を助けてあげてね、零華。エッチしちゃってもいいから」

 と、胸の前で両手の拳をギューッと作る、何故か嫉妬心ありげでもある晶子!



 ラブホ・希浜の客室――ベッドで寝ている沖勇作の手から……メモ紙が床に落ちる。

「女子の事情で一旦帰宅します。明朝、次の訪問先をご指示くださいね、オジ様」



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