第1章 その4
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TOYOSU―SYO屋上――より天上に移動した日光が降り注ぐ空は、雲が浮かんでいるものの晴天。広がる東京湾を頂く景観の崖下に、豊洲市場の屋根俯瞰の見晴らし。警視庁のエンブレムと『FORENSICS』の文字を天井につけた大き目紺色ワゴン車が、その屋根の下に見えなくなる。
豊洲市場警備室――防犯映像コピーを受けたPパッドを、真中が警備員から受け取る。
真中が舞花にジェスチャー合図して、映像データを転送する。舞花も持つPパッドにも豊洲市場魚市場出荷専用駐車場での内海が保冷4トントラックに搬入する三十分前後の防犯カメラ映像を受ける。パッと見て言葉無く頷く舞花。と、ポニーテールも頷く。
鮫須係長と沖勇作が真中を挟んでパッド映像確認していて、納得の表情を見せる。
チーフに鮫須係長が問う。
「では、チーフ。捜査を厳かに実施します。よろしいですね」
「はい。上司からも私にこの件は一任されておりますので。よろしくお願いします」
「この時点ではマスコミに嗅ぎつけられても、何も」と、真中がPパッドを左手で持つ。
Pパッドを肩掛けバッグのポケットに差し込んだ舞花が、チーフ、鮫須係長、真中はスルーぎみで、沖勇作といった順で様子を窺うように視線を送る。
「では、二班に分かれて、聞き込む。落ち合う場所は駐車場とする」と、鮫須係長。
舞花がポニーテールを揺らして頷き、沖勇作にさらに近寄る。
踵を揃えて姿勢を正し敬礼をする真中。
「了解。デカ長」と、沖勇作。
沖勇作を含む豊洲署捜査課の面々が、舞花が先に出る形で、ドアを出る。チーフが続いて出ると、開いたドアを手でキープしていた舞花が、「お邪魔でした」と、警備員らに告げて閉じる。隙間に、一瞬振り向いたポニーテールが揺れて。ブラウン革ジャンの上から腰に手を当てる沖勇作が窺える。
その通路――『警備室』表示のドア前の所謂廊下。背を向けて鮫須係長とチーフが横並びに歩き。Pパッドを持つ真中が後ろを行く。
Pパッド側辺がはみ出すハンドバッグを肩にかけてポニーテールの舞花と、ブラウン革ジャンの沖勇作が別方向に正面を向いて歩き出す。遠ざかる三人が壁の角に見えなくなる。
と、擦れ違って三人の作業服姿のイケ女スタッフが来る。
沖勇作と肩を並べて歩く舞花が、前から来る作業服姿のイケ女らにいきなり話しかける。
「あれー。このインナーって、今時の……」と、オーバーリアクションの舞花。
「ああ、しってる。バズってんだろ、このシャツ」と、沖勇作。
立ち止まり沖勇作と舞花を見て、寄り添い引っ付いて愛想笑いするイケ女ら。
遠慮しらずにイケ女らの谷間を見る沖勇作。
イケ女らのインナーが、トップス、V開きブラウス、素肌と、胸の谷間魅せルック。
「こら、オジちゃま。スケベ視線、浴びせだし」と、沖勇作の目を手で覆う舞花。
「いいじゃん。それってわざと見せているんだろ。魅せオッパイの谷間ファッションを、こんなスケベなおっさんがいやらしく見ても……」と、沖勇作が返す。
「視線が超スケベで刺さるし」と、舞花。
「だったら、作業服のジッパー、締めて見せなければいいじゃん」と、沖勇作。
沖勇作と舞花のやり取りを目深で見ていたイケ女らが、引っ付きあってクスクスと笑う。
「でね。バズってるって、意味わかって使ってるの? オジちゃまは」と、舞花。
「ナウい、ってことだろ、毛糸地の魅せブラとかいう下着が」と、沖勇作。
舞花が目を細めて見る。
「やあっぱ。オジちゃまだし。トップスだし! ねえーイケ女さんたち」と、舞花。
三人連れ女子が引っ付きあってクスクスとまた笑う。
「で、どーここって、ホワイト?」と、舞花がフレンドリーに聞く。
……沖勇作。「いいじゃないか。もう三十年くらいだぜ。平均寿命で言えば、俺」
「ま、オジちゃまだし」と、軽めトークなのか、意味深なのかだが、舞花が沖勇作をイジリネタにして、「ごめんね、イケ女さんたち。スケベオジちゃまで。でね。魚の出荷って、イケ女さんたちもするの?」と、懐に入るようにフレンドリーに聞き込む。天然なのか、狙いなのかは心情を読み取れるエスパー的能力がない限り判明できないが……。
三人が見合って、舞花と沖勇作を見て、頷く。
「するする。給料安いけどね」と、谷間魅せインナートップスのイケ女が答える。
「じゃあ、仕方ない感じで今お仕事キープって感じ?」と、舞花。
三人が見合って、笑いあって、舞花に頷く。
「で、ここはイケメンいるのか?」と、沖勇作。
首を傾げるイケ女ら。
「ああー栄えメンズ、いる?」と、舞花。
「え、ここで」と、インナートップスのイケ女。
「ありえないしー」と、インナーブラウスのイケ女。
「私は、いるよ。外にね」と、インナー鎖骨魅せ素肌のイケ女。
「ところで、貴方方って……」と、トップスイケ女。
上目に見開いた目を左右に動かす舞花。
「ああ、なに。通りすがりの見学者で、ちょっと用足しにな」と、トイレを指差す沖勇作。
その先に凹んだ壁のところに、WC表記。
「あ、そうそう、おトイレ、来たし」と、舞花が恥じらう演技する。
イケ女らに手を振って歩みだす舞花と沖勇作……。
「栄えメンズって」と、沖勇作。
「インスタ栄えする、可愛いオーラ出まくり男……」と、舞花。
「要するに、イケメン……」と、沖勇作。
「オジちゃま、ワード古いから」と、舞花。
と、トイレの凹みに入る舞花と沖勇作。
「本当に、していこうぜ、連れション」と、沖勇作の声。
「あたし、女子だし」と、舞花の笑い声。
「いいじゃないか、減るもんじゃない」と、沖勇作の声に一瞬エコーがかって消える。
出荷フロア事務所――日常の出荷状況。オートメーションで荷造りされた魚が入った木箱をターレなどで運搬する作業着姿のスタッフ男女のモニター映像を流し、眺めつつ……チーフと鮫須係長と真中が話す。
「自動化の理由は、人件費削減です」と、チーフ。
鮫須係長と真中が頷く。
「ただし、すべてを自動化してしまっては、雇用問題が……」と、チーフ。
「皆さん、手慣れたターレ裁きですね」と、鮫須係長。
「女性も滑らかに、スレスレのように見えますが、きちんと譲り合ってもいる」と、真中。
「メインに、四時から六時の出荷時までが勝負時でして。その後は、出荷状況確認と、清掃と言った残務整理です」と、チーフがパソコンを使い。出荷状況確認データをパソコン画面に出して、見せる。
『TOCHIGI2022529』の伝票欄に不明不可の文字。
「どうですか? ここまでで何か分かりましたか?」と、チーフ。
「ま、もう少し探ってみないと、なんとも」と、鮫須係長。
お辞儀するチーフに、会釈して事務所を後にする鮫須係長とPパッドを持つ真中。
専用駐車場――出荷専用駐車場では鑑識作業がなされている。
沖勇作が柱の側の天井を見上げて、防犯カメラの下に立つ。
舞花がTOCHIGI2022529表示の保冷4トントラックが止まっていた駐車枠を見ている。
Pパッドの防犯カメラ映像を参考に白墨でチェックして、あらゆる角度から撮りまくられる写真……『FORENSICS』バックネームの作業着の男女。
一人の男性(班長)沖勇作に近づく。
「沖警部補」と、敬礼して、「検証作業完了です」と、機敏に班長。
「班長、お疲れ」と、敬礼する沖勇作。
検証結果票を見ながら班長の初見に耳を傾け、斜にPパッドの画面を見て、頷く沖勇作。
引き上げる鑑識員たち……。
舞花がハンドバッグから出したPパッドを見る。
「これって、オジちゃま。やっぱ、窃盗だし」と、舞花。
「班長の初見もそうだった」と、沖勇作。
「やっぱ、ウッチーさん、かな?」と、顎に右人差し指を立て当て、小首を傾げる。ポニーテールも傾く。
「ああ、濃厚だが、初動段階では。もう少し、検証立証が……」と、沖勇作。
「はいはい、オジちゃま。長くなるしー。学校で習ってるし」と、呆れ顔を向ける舞花。
「対象のトラック以外に、この辺に止まった車両は……」と、売り言葉を買わずの沖勇作。
「高崎や甲府ナンバーの関東近郊のトラックが数台……」と、Pパッドを見て話す舞花。
「やっぱり、怪しいのは出荷作業をした内海だが……」と、口を右手で擦る沖勇作。
「でも、どうやって? マグロだし。五匹、凍った超ド級の重量モノだし」と、舞花。
「まあな。運ぶのはトラックとしても」と、沖勇作。
映像をもう一度見る沖勇作と舞花。
Pパッドの映像……4トントラックに木箱を搬入する内海の様子が流れる……。
舞花の持つPパッドを右後ろから斜に……覗き込む沖勇作。
「この角度以外はないのか? 映像」と、沖勇作が呟く。
「近いし。香し、タバコとか、火薬? とか」と、舞花。
沖勇作が、一瞬舞花の顔を流し見て、また視線を落とす。
舞花が持つPパッドに、防犯カメラ映像が繰り返し再生される。
ブラウン革ジャンの中から腰のマグナムに触れて顔を顰める沖勇作。
豊洲市場来来駐車場――沖勇作を含む豊洲署捜査課の面々が戻って来る……。
正面を向けて奥に止めた二台の覆面車に銘々が乗り込んで、無線で話す。
ダッシュボードを探る舞花と、隣の車内の鮫須係長……ⅬEDランプが光る。
「やはり、警部補。このケースは窃盗事件」と、鮫須係長。
同様なアタリをつけているものの……渋った顔で唸る沖勇作。
「マグロ、五匹って……お財布じゃないし。擦られたとか、落としたとかっていう話には、ね、オジちゃま」と、舞花。
「うん。舞花さんの……」と、切り出す真中。
「ええ……ファースト名、呼び?」と、不服の声を出す舞花。
「あ、いいや、単なる、冒険!」と、笑顔で頭をかいて、「若井さんの言うように、何か、巧妙な手法で盗まれたとしか考えられないですよ、係長と先輩」と、真中。
「やっぱり、内海が怪しいよな、トール」と、沖勇作。
「はい勇先輩。ですがどうしたら。指紋や下足跡はゼンゼン普通に」と、首を傾げる真中。
フロントガラス越しの車内で、眉間を寄せた舞花の腹の虫がグーと鳴る。
「え?」と、真中の声。
沖勇作が舞花を見て笑う。
「もうお昼だし」と、舞花。
隣の覆面車から笑顔を見せる鮫須係長と真中。
「それでは、係長。若井さんの歓迎会、昼食会で」と、真中が切り出す。
「え! 飲み会じゃなくてか、トール」と、不服申し立て顔の沖勇作。
「今どきはね、オジちゃま。昼食会もありだし」と、舞花。
「まあ、いいだろう。事案が入ってしまったしな」と、鮫須係長。
「それでは決まりということで。係長のおごりで」と、真中。
「ごちになります」と、舞花。
舞花の顔を覗き込む沖勇作。
「では、市場の大将寿司で」と、鮫須係長が下車する。
手ぶらで真中、沖勇作が下車して、舞花が様子を窺いつつ、バッグを肩にして出る。
「仕方ない。今季の暑気払いは会費制な。諸君」と、鮫須係長がエレベーターへと歩む。
「デカ長って、大事っすか? 小遣い少なかったんじゃ」と、沖勇作が肩を並べて歩く。
舞花が沖勇作の後に続くと……真中が舞花に並んで何やら話しかける。
振り向く沖勇作の一瞬の流し目!
市場内のすし屋――『大将寿司』の暖簾のかかる市場ショッピングモール街の寿司屋。
暖簾をくぐり自動ドアを入って行く……沖勇作を含む豊洲署捜査課の面々。
その店内――カウンターとテーブル席が少々で、奥に隠れ座敷がある様子の店構えだ。
カウンターで内海が上寿司をパクついている。エビ、イクラ、アナゴ、ハマチにウニと……下駄の上に職人気質の若者が注文を受けて、握り出す。ガリや茶を挟みつつ……舌鼓の内海がご満悦顔で堪能中……。
若者の握りを見ていた大将が、口角を歪めるも、とっぷりと頷いて、別の客の前に行く。
チーフが入って来て、内海をすぐさま見つけ、隣に座る。
「よーウチ。いいか、隣」
顔を向けた内海。「ああ、チーフ殿。どうぞどうぞ」
「宝くじにでも当たったか、ウチ。羽振りがいいな」
「いいや、そんな雲をつかむようなことは……たまには贅沢もしないとですよ、チーフ殿」
来客のベルの音が鳴り、沖勇作を含む豊洲署捜査課の面々がこぞって入店する。
「ああ、チーフ」と、沖勇作が目ざとく声をかける。
「皆さんお揃いで」と、座ったままで会釈するチーフ。
横で会釈する内海の前の下駄に赤身、中トロ、大トロが握られて、並ぶ。
「それに、ウッチーさんまでいるし」と、舞花。
「お二人で、ランチですか」と、真中。
「大将、奥、いいかな」と、鮫須係長がチーフらに会釈をして、大将に声をかける。
「らっちゃい! 旦那。へい、空いてますよ」と、手を手拭いで拭って示す大将。
「ランチ1280セット四人前」と、鮫須係長。
「へい、毎度」と、大将。
鮫須係長が先人斬って奥座敷へと行く。と、真中が続き……沖勇作と舞花も行く。
そのまた奥の座敷――掘りごたつの様に櫓で組まれた食卓に、鮫須係長と真中が横並びで座り。対面にポニーテールの舞花が座ってショルダーバッグを降ろす。と、左と後ろが座敷の角を背になるように舞花と柱に隙間を通って座る沖勇作。
舞花が周囲に壁や、食卓を見るが、余計なものがいっさいない情緒ある和室。
「メニューって」と、舞花が問う。
「無いよ、嬢ちゃん」と、沖勇作。
「えー」と、舞花。
「平気だよ、係長のおごりだよ」と、真中。
「ああ、さっきのって? 自分へのご褒美贅沢かな?」と、舞花。
「それにしても、警部補!」と、何時にない鋭さを真奈子に見せる鮫須係長。
「ああ、デカ長」と、沖勇作が輪をかけた眼光で見返す。
「では、警部補。内海を洗ってくれますか」と、鮫須係長。
「オーライだ。そっちは戻って交通課と近郊街頭カメラチェックをデカ長」と、沖勇作。
女中姿の女子店員が、海鮮チラシセットをお膳で四人前を運んでくる……。
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