第1章 その3
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豊洲署捜査課――掛け時計が8時59分から……只今秒針が12を通過して9時となる。
Uの字配列のオフィスデスクに五つのデスクトップ型パソコン。沖勇作と真中透がパソコンに向き合っている。
「ま、交通課と地域生活安全課、以外の部署は……」と、鮫須係長の声。
「本社のお膝下ですしね、係長さん」と、舞花の笑いを含んだ声。
ともに、観音ゲートを横並びに入ってくる鮫須係長とポニーテールの舞花。
豊洲市場魚市場――出荷フロアの片隅の事務所の中で、制服警官の所謂お巡りさん二人に事情を話すチーフ。
「宇都宮の卸市場の魚市場のチーフから連絡をもらった時には……耳を疑いましたよ」
「まるっと、冷凍マグロ五匹が行方不明とは?」と、巡査階級のお巡りさん(以後、巡査)が問う。
「木箱を開けたら鮫が入っていたと」と、巡査部長階級のお巡りさん(以後、巡査部長)がありえない否定的文言で首を振り、「連絡先、伺えますか?」と、チーフから番号を聞いて、スマホを出して電話する。028からの局番……を押す指。
「飯しま~す」と、ドアを開けた内海が、チーフに告げる。
「おい、ウチ」と、手招きするチーフ。
「なんすか、チーフ殿」と、何気に近づく内海。
「運んだ冷凍マグロ5匹どうした?」
「それなら指定のトラックに搬入しましたよ、チーフ殿」
「それがな~あ……」
「どうやって、何処で、搬入したのかね、貴方は」と、巡査が問う。
「どうやってって……出荷専用駐車場で、フォークで摘みましたよ、指定の4トントラックに」
チーフから番号を聞いて電話していた巡査部長がスマホをスピーカー機能にする。
「そちらのチーフさんにも申しましたが、とにかく、うちのバイヤーが競り落とした本間の冷凍マグロ五匹。箱、開けたら、なんとびっくりの仰天で、まるっと一匹の鮫が出てきただべよ! 大事かってね。ま、鮫も売り物にはなるが、んでも寿司ネタにはなんねぇんだ」と、宇都宮の卸市場のチーフの声。
「また、事情をお聞きすることも、では」と、巡査部長が電話を切る。
「兎に角防犯カメラの映像を確認しましょう」と、巡査。
「そうですね。では警備室へ行きましょう」と、チーフ。
動き出すチーフとお巡りさんら三人。事務所を出たところで、ともに出た内海が別方向に一歩歩む。
「おい、ウチもこい」と、チーフ。
「ええ、僕は……」と、不満顔の内海。
「当事者だ、立合え」と、チーフの声に、二人のお巡りさんも頷く。
三人についていく内海の後ろ姿……。
豊洲署捜査課――観音ゲートを横一線で入ってきた鮫須係長と舞花が自分の席に向かう。
山積み資料を入力中の真中が二人を見て、「お帰りなさい」と、声をかける。
眼鏡をして、画面に顔を近づけて目を細めている沖勇作。左手に開いた手帳と画面を交互に見て……何やら奮闘中の様子。手帳にIDとパスワードが書いてある。
「昔のは文鎮になった。これは扁平で感触もないから……」と、ぶつくさと言う沖勇作。
パソコン画面に『捜査行動報告書』タイトルの日報、書き込み欄が出ている。
「え、IDとかって、記憶していないとだし。オジちゃま」と、上から覗いて言う舞花。
「あ~?」と、面倒くさそうに顔を一瞬顰めて、舞花を見て、「度忘れするんだ、此奴の暗証ナンバーだけは、不思議とな」と、沖勇作が目を凝らし、画面を見る。
「ま、自己責任で管理していればいいさ、警部補に限っては」と、鮫須係長が助け舟を出す。
引きつったような笑顔で鮫須係長を見て、舞花を見る沖勇作。続いて左手に持った手帳を伏せおいて、しゃにむにパソコン入力する沖勇作。
「え、器用だし、オジちゃまって」と、舞花。
両手の人差し指二本でキーボードタッチ入力する沖勇作。
――本部三課、窃盗案件聞き込み捜査応援――
――本部四課、指名手配犯の聞き込み応援――
と、沖勇作のパソコンに入力される。
「え、応援バッカだし」と、小馬鹿にする舞花。
沖勇作が口角を一瞬左に歪めて、水泳のクロールの息継ぎのように顔を上げて一瞬舞花を見る。
「ま、豊洲署管内では市場がメインだ。上がこの署を設けたのは、本庁の影武者的部署としたことと、俺は考えているんだ」と、日報の詳細な言動を備考欄に入力する……沖勇作。
「……」まともな答えが返って来て、面食らって返す言葉を失った舞花が、また弄る。
「それって、カマキリみたいだし」
「じゃあ、マンティスタッチだ」と、沖勇作がドヤ顔する。
「じゃあ、マンティスのオジちゃまに昇格だし」と、舞花が笑う。
小刻みに頷く沖勇作。
と! 舞花が着席して、パソコンを再起動させ……沖勇作が左を見る。
豊洲市場警備室――チーフがお巡りさん二人を警備室に案内する。
警備員が二人いて、事情を訊き、キーボード操作で映像を再生する。
「駐車場各ゲートもここで監視します。昨今は、現場にいると危険が及ぶ場合もありますし」と、警備員の一人がお巡りさんらに説明する。
傍らでチーフが頷いていて、内海が仏頂面してそっぽを向いている。
モニターに、内海がトラックに搬入している様子のカメラ映像が再生される。
お巡りさんらとチーフが椅子に腰かけている警備員らの後ろに並んで立ち、映像を見る。
内海も三人の後ろから横目を向ける。
防犯カメラ映像――地下駐車場の柱の陰に、保冷4トントラックが荷台後部扉を柱と駐車枠の白線が垂直になって止まっている。
ターレで大きな木箱を牽引してきた内海が、手前で止めて、トラックの後部扉を開ける。
観音開きの扉にTOCHIGI2022529表示が開いたことによってカメラアングルでも確認できる。
「あの英数表記が宇都宮の市場のトラック番号です」と、チーフが映像を指差し説明する。
内海が柱に陰に行って……フォークリフトを運転してくると、開いたはずのトラックの扉をもう一度開くような行動をとる。再びフォークリフトを操作して……トラックの荷台へとフォークリフトの爪を差し込み……レバーを操作。
ハッとした内海が降りて、開いている扉の陰に歩む。
すぐに戻ってフォークリフトを操作して……トラックから『TOC』の部分がこすれてはいるが『TOCHIGI2022529』焼き印の大きな木箱を出して……一旦トラックの死角に行って木箱を置いたのであろう……空のフォークリフトで戻って来る内海。そのままトラック後ろに少しだけ映っているターレで牽引してきた木箱を、フォークリフトで持ち上げてトラック荷台へと搬入する。が、トラックの荷台にもう一度フォークリフトの爪を入れて箱を出してトラックの陰にそのまま行って……カメラの秒数で30秒ほど内海も映らない映像が続く。
「ああ、フォークが充電切れで。別のを使いましたが」と言い訳する内海。
「ここの市場内では、ターレもフォークリフトもEVでして」と、チーフが補足する。
「二度ほど摘み直しているようだが、何故?」と、巡査が問う。
「ああ、乗せ位置がよくなかったもので、荷崩れやトラックの加重バランスを……」と、答える内海。
渋りつつも納得するお巡りさんら。力強く頷くチーフ。
「内海さんの言い分も合点がいきますな」と、巡査が問う。
「いいですか、飯、いって?」と、内海。
「今、別の木箱も入れたのでは?」と、巡査部長が問う。
「はい。でも、普通に……」と、切り出す内海。
「今はリサイクル時代でもあるもので、空箱を引き取って、洗浄した箱に競り落とされた魚などを入れます」と、チーフが内海の言葉を遮って説明する。
チーフの説明に小刻みに頷く二人のお巡りさんらが映像の続きを見る。
一旦床に置いた木箱をターレの台車に乗せて、フォークリフトを物陰に戻す内海。
と……小走りに戻った内海がトラックの扉を二度ほど閉じる動作をして、ターレに乗って……にやける。
「見た目は真新しいのですが、型は古く。買い換えようにも車両自体が未だ高級品扱いでして、業務上に申請するものの、それでもけっしてトラックも安くはなく。経費維持費がかかるもので」と、映像を見ながらチーフが卸売業者の事情を説明する。
木箱を牽引したターレを走らせ……構内奥へと自動ドアを入って行く内海――。
警備員に、チーフが映像を止めるよう手で合図する。
防犯カメラ映像が一個24インチの36分割の各セクション監視映像に切り替わる。
巡査部長がスマホで――警視庁へと報告する……。
警視庁捜査三課――沖勇希がパソコン画面を見て、悩む。
パソコン画面に、首都高の俯瞰マップ。横浜方面からベイブリッジ――羽田から湾岸線を着てレインボーブリッジ――と伸びる赤い太ラインに『REDMATTER』の文字。
館内放送――「只今豊洲市場において高級マグロの行方不明事案……発生との報告有り、対処願います」と、ウグイス嬢バリのアナウンス美声。
「三課長。豊洲署に!」と、勇希が見る。
三課長がしっぽりと頷く。
勇希がパソコンのキーを叩いて、エンターキーを押す。画面に『豊洲署捜査課』の文字が出て、テレビ電話(リモートワーク状態)となる。
豊洲署捜査課――捜査課の面々が内勤している。
沖勇作が、画面を見て、手帳を見て、流し目で左を見る動作を繰り返している。
舞花がパソコンを滑らかなブラインドタッチで使って……画面に豊洲管内のマップを画面に出して、スクロールして見ている。
「みんな。今夜。事件が起きなければ、舞花君の歓迎会を。舞花君はどうかな?」と、鮫須係長が問う。
沖勇作が鮫須を見て、舞花に目を流す。真中が入力の手を止めて、舞花に笑顔を向ける。
「有難う御座います、係長さん。あたしったら、平気ですよ」と、答える舞花。
「その、平気っていうのは、どっちなんだ? 嬢ちゃん」と、沖勇作がすかさず聞き返す。
「平気っていうのは、平気っていうことよ、オジちゃま」
「だから、平気は、他者には二択の取り方があるんじゃ?」
「もおーウザイし、オジちゃま。おじいちゃまに降格!」
「だから俺には……」
二人の押し問答を見守っている鮫須係長。真中は舞花に笑顔を贈り続けている。
「……遠慮と、OKのどっちにも……」と、沖勇作が言いかけたとき。
と! ビービービーと警報が鳴る。
神棚の下の壁掛けモニターに反応ありで、警視庁捜査三課の沖勇希がアップで映る。
「豊洲市場で、冷凍マグロ五匹が行方不明事案発生。直ちに捜査されたし。鮫須係長」と、モニターに映る勇気が告げる。
「はっ! 直ちに捜査いたします。沖勇希警部」と、起立して姿勢を正す鮫須係長。
「冷凍マグロ、五匹って……」と、舞花が顔を歪め。ポニーテルも傾げたように垂れる。
「ここまでの地域課交番勤務警官らからの報告書は、Pパッドに」と、モニターの勇希。
「はっ」と、鮫須係長。
沖勇作も真中も起立して、聞いている。
が、舞花は……今、空気を読むように周囲の動作を見て、立つ。
画面の中で、微笑みを残し、勇希の映像が消える。
「警部補と舞花君は覆面4号車で、わたしと真中君は3号車だ、出動!」と、鮫須係長。
出て行く面々の最後に、沖勇作が観音ゲートを出る間際に、ブラウン革ジャンの上から腰を手で探る。「お仕事だぜ、嬢ちゃん」と、沖勇作の声。
道中。覆面4号車の車内――運転する沖勇作。助手席に舞花。舞花のポニーテールが些か揺れると、その指がスイッチをタッチする。
ウゥーウ!
赤色灯の明かりが車窓外の街並みに、昼間でも些か干渉し。サイレンが鳴る。
スイッチをタッチして、所謂サイレンを止める沖勇作。一瞬舞花を見て、前を向く。
「サイレン、無しだぜ、嬢ちゃん」
ルームミラーを見る沖勇作の目。後続する覆面3号車のフロントガラス越しの車内に、運転する真中と、助手席の鮫須係長が苦笑の色を見せ……笑っている。
「え、事件で出動だし」
「事案段階だ。それに緊急を要すことでもないんだぜ、嬢ちゃん。無関係な巷や、知らなくていい輩に何事かとをわざわざ知らせることもないんだぜ。しかも、行き先が特定されると、どこぞやに潜むマスコミも嗅ぎつけて来て、大ごとになるのは必至だぜ。ややもすればいわれなき誹謗中傷の的になる。なるたけ厳かに事案を処理するんだ」
……じい―っと沖勇作を見る舞花……。
「バズるっていうんか? トーシロ(素人と言う意味)もイイね欲しさに、裏付けもなくフィクションでもフェイクにしちまう、インスタバイ連中にゃー庇いきれないだろ」
「別に。あたしったら案外得意だし。火消するのって」
「火消?」
「ん。炎上したインスタネタを、一日間で消したし。オジちゃま」
「一日間……。二十四時間でか?」
「ん。したよ。オジちゃま」
「ま、今時女子ってやつか。俺もそん時は、手、借りるぜ、嬢ちゃんの」
「ん! いいよ、オジちゃま。バディだからしゃあないし」と、ポニーテールを揺らして頷いて、左の窓の外を見る舞花。
通りすがる『豊洲市場外来駐車場入口』の看板……間もなく覆面4号車と、後続の覆面3号車が……地下駐車場へと入って行く。
舞花がダッシュボードからPパッドを取り出し、起動、使用状況チェックする。
沖勇作がゲート手前で徐行して、舞花を見て鼻で笑って、そのまま覆面車を走らせる。
外来駐車場――奥のがら空き駐車場の白線脇に……徐行してきた覆面4号車が車庫入れバックして止まる。横に、真中運転の鮫須係長が同乗する覆面3号車も止まる。
4号車の中の助手席に舞花。運転してきた沖勇作と。課の面々いずれも下車しようとはしない。3号車助手席の鮫須係長が右手を前に伸ばし、口パクをはじめる……。
「まずは全員で防犯カメラ映像チックする。その後二手に分かれて市場構内を洗う」
敬礼し真中が下車する。鮫須課長がPパッドを手にして下車し、手渡されたPパッドを使って、豊洲市場見取り図を出す真中。覗き見る鮫須係長。
舞花がPパッドを持って下車する。ドアを閉めるときの動きで、ポニーテールも揺れる。
下車した沖勇作がブラウン革ジャンの両襟を掴んで直しつつ……三人の横に並ぶと。横一線で歩きはじめる豊洲署捜査課の面々。
出荷フロア――朝の競りや出荷時の世話しないときは何処テキな、今は閑散とした出荷フロア。事務所の外で、チーフと話す沖勇作を含む豊洲署捜査課の面々。
手を差し伸べたチーフについていく……沖勇作を含む豊洲署捜査課の面々。
中廊下――壁伝いにいくつかのドアを通過して……『警備室』のドアに、沖勇作を含む豊洲署捜査課の面々をお案内してきたチーフが、首に下げていた名刺タイプのIDをドアのセキュリティに翳す。ピッ! と鳴ってグリーンシグナルの『解除』表示が出て、チーフがドアノブを回し内開きドアを先に入る。
Pパッドを持った真中がまずは入って。鮫須係長と沖勇作が手のリアクションを着けて……どうぞどうぞ……の譲り合いをする。その間隙を縫うようにPパッドを持った舞花がするッと入る。ポニーテールがドア口に入り切った時、ようやく鮫須係長が入って、沖遊作が入り、ドアが閉じられる。
警備室――豊洲署捜査課の面々が入り、沖勇作がドアを閉めたときにはもう、チーフが警備員に話をつけていて、モニター全面に、事案の監視映像が再生される。
防犯カメラ映像――地下駐車場の柱の陰に、荷台後部扉を柱と駐車枠の白線が垂直になって止まっている。
ターレで大きな木箱を牽引してきた内海が、手前で止めて、トラックの後部扉を開ける。
観音開きの扉にTOCHIGI2022529表示が開いたことによってカメラアングルでも確認できる。
内海が柱に陰に行って……フォークリフトを運転してくると、開いたはずのトラックの扉をもう一度開くような行動をとる。再びフォークリフトを操作して……トラックの荷台へとフォークリフトの爪を差し込み……レバーを操作。
ハッとした内海が降りて、開いている扉の陰に歩む。
すぐに戻ってフォークリフトを操作して……トラックから『TOC』の部分がこすれてはいるが『TOCHIGI2022529』焼き印の大きな木箱を出して……一旦トラックの死角に行って木箱を置いたのであろう……空のフォークリフトで戻って来る内海。そのままトラック後ろに少しだけ映っているターレで牽引してきた木箱を、フォークリフトで持ち上げてトラック荷台へと搬入する。が、トラックの荷台にもう一度フォークリフトの爪を入れて箱を出してトラックの陰にそのまま行って……カメラの秒数で30秒ほど内海も映らない映像が続く。
一旦床に置いた木箱をターレの台車に乗せて、フォークリフトを物陰に戻す内海。
と……小走りに戻った内海がトラックの扉を二度ほど閉じる動作をして、ターレに乗って……にやける。
木箱を牽引したターレを走らせ……構内奥へと自動ドアを入って行く内海――。
警備員がスイッチをタッチすると、一個24インチのモニターが、三十六カ所の各セクション監視映像に切り替わる。真中がPパッドに映像コピーを依頼する。
沖勇作が目を細めて、右手で口を擦って、ふれたままで、にやけつつ小刻みに頷く。
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