第1章
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コンバットマグナムを連射する銃声が! 夏の風物詩都心大河の夜空を華やかに着飾らせる花火大会でも開催されているかの如しで……と、早朝射撃訓練中の早撃ち銃声が、その地下射撃場でお盛んだ!
が、そんなことなどどこ吹く風で――地階の完全防音施設内でのことなので、地上には一寸も漏れ聞こえることは皆無の『TOYOSU―SYO』表札の建物外正面門扉を、ゲートが推定1メートルほど開いている隙間を体を横にして……ポニーテールを揺らしつつ通り入って行く今時ファッションを取り入れOⅬ風に着飾って、ハンドバッグ肩掛けした二十代の今時女子.
正面玄関にいったん立つが、自動ドアは開かずで、ハッ! あっ! もぉーと言葉は定かではないが地団駄を踏むリアクションと共に口をパクつかせ……建物外を裏手へと迂回していくその今時女子……一歩歩む度、ポニーテールが左右に揺れる。
そこは間違えようのない警察署――豊洲署だ。
その地階――射撃場で、銃声が景気よく鳴り響きまくっている。
ドヒューン! ドヒューン……と、警察拳銃の銃声よりは重みのある、ガンマニアにはある意味心地よい音が矢継ぎ早に連射……六発鳴って、殻薬莢の鉄の皿に零れる金属的音がパラパラとしたかと思うと……カウンター台座の上にある『実弾50発』の赤い箱から6発を一つずつ手早くシリンダに詰め! 間髪入れずに突き出すように射撃を開始する――ブラウン革ジャンに、ブラックジーンズの側体より後方部が……前後に、銃声に見合った動きでスムーズかつリズミカルな出入りを、スケルトンな射撃ブースの衝立内で展開させる。
その一階。正面玄関口から入ったように見れば――今は人っ子一人の影すらない一般外来者用『免許更新』や『落とし物』といったプレート表示のある受付カウンターと、奥横のエレベーターと沿う上下階段の狭間に見える……通用口のセキュリティセンサーの赤ランプが、ピッ! となって、グリーンシグナルに変わって、レバー式ドアノブが降りて、ドアが外側に開く……と、暗がりで顔ははっきり拝めないが……この外で建物を迂回した今時女子が早々に外光の白い光に包まれ入って来て……警察IDのカードキー片手に……上を見る。シルエットがかった小顔の頭部で、ポニーテールが揺れる……。
壁上にかかる大時計は12目盛り表示のごくありふれたアナログ時計で、ⅬEDのグリーンランプが点灯する電波時計機能の時刻表示は、6時!
その今時女子がIDを手にしているということは警察官であることは言うまでもなく……IDをバッグに仕舞いつつエレベーター横の階段を降りていく……ローヒールの音を響かせながら……かわりに手にしたスマホに『申立サイト黒板』の書き込み(チャット)欄に……手慣れたタッチ操作で何やら書き込みつつ……揺れるポニーテールが地下へと去り行く。
――キンタカマスター申立サイトチャット自由意見書き込み黒板――
「必須の苦手お稽古訓練、朝っぱらから……嫌いだけど(顔にバツのスタンプ)仕方ないので早朝出勤で実施しま~す(涙目で大きく口を開けた眠い顔のスタンプ)ⅯIK」
と、ⅯIKの差出名でチャットの書き込み――
その地階射撃場は豊洲署地下射撃場――推定幅2メートル両衝立の中で、右手に持ったコンバットマグナムを突き出すように一発発射させた男は、襟足長めヘアースタイルでブラウン革ジャンを羽織るように前開き状態で着ている。二発目と三発目を連続で発射させる無駄がない動きの中で男の顔には透明に近いレンズの黒っぽい縁のサングラス……無邪気に眼光鋭く遊びに夢中な子供の如しの……素早い動作で、一瞬コンバットマグナムを、宙にでも置いたかのように、左手に持ち直し四発目を発射し、五発目も反動を操り撃つ! 銃口はさほどブレた様子もなく、また、一瞬宙にコンバットマグナムを置くように……右手で……右から左へと腕を回すようにキャッチして、体ごと左回転で一回分回って正面を向くといった――お道化たような片足立ちで、六発目を発射した男は――見た目には十は若くも見える――豊洲署捜査課警部補五十五歳の叩き上げデカの沖勇作だ!
ドヒューン!
ニタっと笑った沖勇作が、コンバットマグナムの銃口を上に向けて口で吹き、革ジャンの隙間の腰裏に握った右手を回す。フリーとなった右手で画面をタッチすると……奥にかかっていた三重円の的が……50メートル先から戻って来る……黒点部のみが風穴空いた的! ここまでの銃弾全てが黒点のみを貫通している証に違いないようだ。
台座上と、その床に散らばる空の赤い箱が三箱……計150発は撃ったことになる!
更に新たなる赤い箱を開け……鉄の皿に出していた殻薬莢をカウンター片隅の穴、回収ダスト穴に捨てて……5発分の弾を皿に出しコンバットマグナムを再び手にして、シリンダに詰め……。
と! コツコツと、大河の夜の花火大会の一時休憩状態の静かなるそこは、モルタル壁の地下室で、コツコツとヒールが床に当たる足音が聞こえはじめて……近づくと、沖勇作がチラッと黒目を向ける。
ま、ここは、絶対的な警察関係者以外は立禁(立入禁止)の場だ。
と、沖勇作がクールに判断し――再び手にしたコンバットマグナムのシリンダに――まだ詰めぬ穴、6発目の穴に……357Ⅿの雷管刻印の弾を込めて……シリンダを、銃を振って装填し、左腕辺りでシリンダを回すと、操作指示タッチ画面をタッチする。ヒトガタ上半身の的を選ぶ。
紙のヒトガタ上半身の的が目の前に出て……沖勇作の指が50メートルを入力すると……的が奥へと移動する……。
準備する沖勇作の体の陰に……見え隠れしている――カウンター上に、黒い箱。つまり、赤い箱は通常警察拳銃使用の実弾入りで、黒い箱はありえない沖勇作仕様のコンバットマグナム専用で、他に未開封の青い箱と……封印シールが剥がれている黒い箱が一つずつ置いてある。
沖勇作がコンバットマグナムを右手にし――両手を脇にだらりと下げる……目を閉じて、フーと息を吐き……束の間の精神統一に入って――と!
コツコツの足音がピタッと止む!?
若井舞花(以後、舞花)二十三歳……が、ブラウン革ジャンの男がいることはスケルトン衝立越しに認識するが、ま、一人ぐらいは訓練する者がいてもだし、と、気にも留めずに、その男(沖勇作)の一つあけた射撃ブースにポニーテールを揺らしつつ……入って、カウンター台座にショルダータイプのフォルダーに納まった警察拳銃を置く。
テレビドラマや映画などで知る人も多いであろう情報だが……警察拳銃は装弾数5発のシリンダ型。
ケースに入った耳栓をした舞花が、新品の赤い箱を開封し……鉄の皿に5個の銃弾を置き、フォルダーから拳銃を抜いて……シリンダを開く。
1発ずつ……詰めようとするが、何処かお互つかずの……舞花の指が、1発目の弾すら、パラっとこぼし落とす! カウンターの操作画面のガラスにカランと当たって……床にポトリと落ちるのが、物静かな射撃場に鳴り響き……束の間の精神統一に入った沖勇作の耳栓をしていない耳に届く。
にしても、気にせず2発目、3発目と、手にした弾を詰めようとする舞花の指が自然と震えて……何とか4発目を詰めるも、5発目の弾をまた床にこぼす。
目を閉じていても沖勇作には即断に何の物音かわかる。
何時になく気になる沖勇作が、おもむろに目を開けて横を向く……と、一つ向こうのブースに、見慣れぬ今時女子の屈んだ姿……スケルトン衝立でその訳も一目瞭然で、屈んだ舞花が床に転がった銃弾二発を、ポニーテールを揺らしつつ……拾っている様子が見えている。
沖勇作が、コンバットマグナム(以降、マグナム)を腰フォルダーに仕舞って……今時女子の元へと歩む。
起き上がる舞花の肩を、トントンと軽く――まあ、セクハラではなく、射撃場でのルールで、耳栓をした狙撃者を呼び止めるための決まり事で――叩くと、大きくびっくりのリアクションを伴わせて振り向き、慄きのあまりに下がった舞花が背をカウンターと衝立に当てて……必死な様子!
耳栓を外すようにと、ジェスチャーする沖勇作。
まあ、そこは従いつつ……委縮中の舞花――。
「大丈夫か? 君ぃ」
「え、あ」と慄いて、「ふん!」とそっぽ向いて、「触った、セクハラだし」と、強気口調をのっけから噛ます舞花。
「セクハラ? 危険防止のルール知ってるよな、君ぃ」
「……ああ、ううんーん。知ってるし、警官だし」
「新人さん?」
「え、あ、まあーって、関係ないし、おじいさんには」
気を取り戻しつつ、的の方を向く舞花。
目を細めて……返す言葉を脳裏で探るため、黒目を動かす沖勇作。
拳銃に拾った2発の弾をお互つかない様子で何とか込める舞花。
――基本設定は、20メートル先の三重円の黒点的――
「もおー、拳銃、大っ嫌いだし」と、舞花がぼやく。
沖勇作がまた舞花を見る。
拳銃をいったんおいた舞花が、耳栓をしようとする手が……明らかに震えている。
「なんか、震えてないか、君ぃ! それに、ちか……」と、沖勇作の言葉を遮って舞花が。
「ふん。武者震いだしッ!」と、銃を的に向けて構え、「チカじゃないし!」と、目を細めると――一気に5発乱射する舞花。
舞花と沖勇作が使用するブースの狭間のブースの閉じているアクリル透明シャッターに流れ弾が数発被弾する。警察警備部隊の盾仕様のアクリル板素材のシャッターで、割れたガラスの危険性防止――となる。
流石の沖勇作も、亀のように頭部を委縮させ! ……? 驚く!
「ちから、入り過ぎだって……」と唖然としたというか、呆れかえったというかの顔つきで呆然と手を前に出す沖勇作……。
繰り返し肩を揺らし、ハ―ハーと連続で息を吐く舞花。見るからにド級の緊張感の後の心身状態の様子が見て取れる。
見るに見かねた沖勇作が、再びその肩をノックする。耳栓を外した舞花。
「え?」と、ギロッと目を剥くよう睨む舞花が、「何? 今度はセクハラじゃ……だし?」
「お節介焼くタマじゃないが」と自らの胸に親指を向けて、「平気か?」と次なる言葉を考えた沖勇作が、「それでは自己防衛はおろか部外者までをも撃っちゃうな。見てな!」
ほっぺを膨らませて仏頂面の舞花だが……上目遣いで来て、沖勇作の的を見る。
沖勇作が手で自分のブースを示し……入って、5発、もうすでに50メートル先に移動完了している的に向かって早撃ちする。
1発ごとに身を竦める舞花の仕草には流石につゆ知らずで気づけず……沖勇作が画面をタッチすると……50メートル先の的が……。
薄笑み浮かべた沖勇作が、紳士的ジェスチャーで、「ご覧あれ」と言わんばかりに自身の的に向かって手を示す。
後方の立ち位置で、下を向いて竦めた体をゆっくりと戻しつつ……舞花が正面を見る。
「え、あ、クスッ」と、うかつに吹き出し笑いをしてしまって、何故かすぐさま否定するかのように真顔に戻した舞花が……見た、視線の先には……!
ヒトガタ上半身の的に、ニコちゃんマークの弾痕の顔が描かれている。
「君の銃貸して」と、沖勇作がボソッと要求すると、舞花が、「え? どうして、おじいちゃまに?」と言いつつも、警察拳銃を、グリップを向けて差し出す。
沖勇作が、「撃つのさ」と言わんばかりのジェスチャーをして、ニコちゃんマークの的をもう一度、50メートル先へと、画面タッチで移動させる。
と! シリンダを開いて、殻薬莢を皿にパラパラとこぼして、1発、赤い箱の弾を装填する沖勇作。
体の硬直具合は誇んでいるが、目を細めて見ている舞花……。
シリンダを、銃を振って閉じて、左指で摘まむようにシリンダを回転させて、舞花を一瞬、薄笑み顔で見て、グリップ下に左手を添えて、沖勇作が銃弾を放つ!
パピューン!
音に反応して、体を竦めてしまう舞花。が、後方にいるために、沖勇作には計り知れていない。
沖勇作が画面をタッチして、ニコちゃんマークの的を戻すと、無かった鼻が弾痕で加えられている。
「すごぉーいい!」と言葉が明らかにその口の中から突いて出そうになったが――寸前で気がついた舞花がゴクッとその感情の言葉を飲み込んで、嫌味を噛ます……。
「でもぉーそんな拳銃って、警察官がって、ありえないし。ⅯYNCBだし」
「ⅯY……が何だって?」と、眉間の皺を寄せ首を傾げる沖勇作。
「ああ、おじいちゃまだから、NGワード?」
「いいや、ええーと? Ⅿだからマ行の……」
「無用の長物よ、おじいちゃま」と、突然硬かった表情が綻んでしまっていることにも気づかずの舞花が、お道化笑い顔でアンサーする。
「コンバットマグナム! 唯一信頼のバディさ」と、右手にしたマグナムを左の掌で拭くように撫でる沖勇作。
「そ、ま、どうでもいいし! ああ、舞花ったら、練習だし! 邪魔しないで、おじいちゃま」と、手を振って、ポニーテールを沖に向けて……自分のブースに戻る舞花。
「おい、君ぃ」の沖勇作の呼びかけに。振り向いた舞花が「舞花よ!」
「舞花君。コツは標的に向かって若干突き出すように、放つんだ!」
「殺しちゃったら?」
「それは不可抗力さ。拳銃を使うということは、相当な最悪犯相手だろうからな。生きた状態で確保は必須だが、自身も仲間の警官も一般市民も、リスクを負うことよりは、仕方ないことも稀にあるかもだしな、嬢ちゃん」
自然と綻んでしまっている表情に気づいた舞花が……きりっとさせて、「嬢ちゃん? 舞花だし!」と、プリっと、ポニーテールを激しく揺らし、背を向けてブースに入る舞花。
警察拳銃のシリンダに5発弾を込めて、右手で持った拳銃を左手で支え持って、的に向かって構える……舞花。肩の力が入っている様子がせりあがる両肩の具合で見て取れる。
「おい、嬢ちゃん。もっと力を抜きな」と、スケルトン衝立にその様子が窺えている舞花に、沖勇作が至難の言葉をかける。
「うっさい。おじいちゃまは!」と、フーッと息を吐き……耳栓をする舞花。
多少の緊張感の色が消えた舞花が……左をやや前に出し半身状態になって、パピューン! と撃つ。
と! 20メートル先の的の長方形の紙が揺れる。
画面に、カメラからの映像で、紙の右下の隅に弾痕が付いている。
「やばっ」と言葉をこぼしポカンとする舞花。
「ま、それなら、味方に怪我人がでなそうだな。な、嬢ちゃん」
「だから、舞花って」と、構え直す舞花。
鼻で笑った沖勇作が、ブースに入り直す。
赤い箱から5発弾を出し……シリンダの357Ⅿ刻印の薬莢を指で押さえて、五つの殻薬莢をこぼし……弾を込め直す沖勇作。
横目で窺っていた舞花が目を正面に戻し……ペロッと舌をちょい出しして、微笑む。
1発ごとに、丁寧に間を置き、射撃訓練をする舞花――20メートル先の的が揺れ当たっていることを示している。
無意識にだが――舞花の銃声の直後に沖勇作のマグナムの銃声が……程よい間で行く!
舞花の2発目を、マグナムが! マグナムの間隙にハマったように舞花の銃声……。
で!
ドヒューン! パピューン! ドヒュン、パピュン、ドヒュン、パピュン、ドヒュン、パピュン、ドヒュン、パピュ……!
と、輪唱するかのように銃声が奏でて……5発目を放った舞花の銃声と音が被って!
バコーン! と、もっと重い銃声がフィニッシュを決めるが如く轟く!
耳栓を取って左横を向く舞花が真顔で息を、フーと吐く。
沖勇作が青い箱から弾を3発、赤い箱から弾を3発だして、殻薬莢を抜いたシリンダに交互に込めて――第2ボタンまで開けているネービーカラーの襟付きシャツの襟元から……出したネックレスの先に、銃弾型のペンダント! ネジ式の薬莢と弾の間を回して開けると、中に357Ⅿの刻印の弾が入っているのを黙認する。
小首を傾げる舞花。
革ジャンの中の腰にマグナムを持つ手を回す沖勇作。
シリンダの殻薬莢を鉄の皿にこぼして……赤い箱の弾を込め直し、装填して銃口を前に向けて構える舞花。
沖勇作が、舞花をチラッと見る。
真顔で的を見る舞花が、ニカッと笑って、強張っていた表情を緩め平常に戻す。
その後ろを通過する沖勇作が、横目でチラッと見ると! 背中で視線を感じたように舞花が構えを緩めて、振り向く。
革ジャン内の腰にしていた右手を出したついでか、沖勇作が人差し指と中指を伸ばし拳銃の形を手で指差して……自らの胸を拳でどつく。
再び的に体を戻す舞花の顔が……左に口角を歪めた色から……遷り行く。
沖勇作がクールな薄笑みを残し去って行く……。
的に向かって拳銃を構え直した舞花が、「え」を発生するときの口を無音でして、フーと息を吐いて、薄笑みを浮かべ表情から緊張感を消して――パピュン、パピュン……と射撃訓練を再開する。一発ごとにポニーテールがサラサラと揺れる。
ドアの前で振り返った沖勇作が、明らかに舞花を見る。
(今時女子が、ポニーってか!)と境地に思い……クスッと笑うと。
何か納得したように頷きを軽く繰り返して、ドアを出る沖勇作。
パピューン!
カチャッと音を伴って開閉するドアを出る黒ハイカットスニーカーの足下……。
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