第1章 その12

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 TOYOSU―SYO屋上――アーケード街の大きな屋根の奥ばったところのコンクリートボックスの大きな塊、長方形は豊洲市場。花卉。青果。魚を卸し売る市場だ。そんな崖下の光景にも、その向こうの東京湾の水面にも、新たな恒星の輝きが優しく注いでいる。

「これから話を聞こう。あの二人にな、嬢ちゃん」と、沖勇作の声。

「どうしてここなの? オジちゃま」と、舞花の声。

「このケース自供しか……」と、何時になく戸惑いをニオワす沖勇作の声。(冤罪注意さ)と、囁く沖勇作の心中。

「そうかもだし。優男チックな、オジちゃま、だし」と、何かを察したように、でもぉーその奥底までは察することができないもどかしさ注ぐ舞花の声。

「あ、出てきたぜ、嬢ちゃん」と、沖勇作の声。

 チャイムの音は鐘で、カランコロンカラン! と、八回繰り返し鳴る。


 豊洲市場休憩所――廊下に、疎らに出てくる人々の中に……親し気に肩を並べて出て来る内海と澄子。

 出口の外にいる舞花と沖勇作……。

 出てきた内海と澄子に……少し行ったところで声をかける……沖勇作と舞花。


 魚市場の事務所の中――チーフと、事務服を着た零華がデスクワークをしている。

 チャイムの鐘の音が、カランコロンカラン! と、八回繰り返し鳴る。

 チーフがふと天井を仰いで、伸びをする。

「やはり、ウチが疑わしいが……」

 涼し気に浮かべた笑みを注ぐ零華。

「そんなことするとは思えないが……」

「はい。でも、その時以来消失していますからね」と、合いの手を注ぐ零華。

「4トントラックの中の大きな木箱を、どうやって」と、囁くチーフ。

 合の手にさえ気がつかないチーフに、今朝の恒星のような眼差しを注ぐ零華。

「マジシャンか、ウチは」と、チーフ。

「あ、電話!」と、事務服ポケットからスマホを出して、クルっと椅子ごとターンした零華が、電話に出る。

 カチャッとスチールの物音が、シンキングゾーンに入っていたチーフを現世に戻す。

 再びパソコン打ちをしはじめるチーフ。

「あ! 舞花ちゃん。うん、うん、そう、了解よ。じゃ」と、電話を切って振り向く零華。

 零華の注ぐ視線を感じざるを得ないチーフが顔を上げる。

「チーフ。会議室を使用したいって、昨日来た刑事さんたちが」

 二つ返事で頷くチーフ。

「私、用意してきます」

 と、立ち上がって、ドアを出て行く零華。


 魚市場小会議室――ドアを入ると、正面にブラインドのかかった窓。コの字に組まれたそれぞれ三人掛け可能なテーブル。今は折りたたまれたノートパソコンと連動する壁掛けブリフィングモニターの、こざっぱりとした会議室。

 内海と谷間魅せルック姿の澄子を奥に座るようにと、ジェスチャーで示す沖勇作。

 誘導され……窓を背にして座る内海と澄子。

 と、舞花がドア側のモニター寄りに座って……ショルダーバッグからPパッドを机の上に出す。

 零華がノートパソコンにつないだUSBコードを舞花に手渡す。

 受け取った舞花が、Pパッドに繋ぐ。

 この間……ジーっと内海と澄子の様子を窺っていた沖勇作。ジーっとと言っても、その視線はブラインドからうっすらと見える……外の景色を見るかのようにだが……、梅野屋印の煙突が輪郭と共に……沖勇作の脳裏に認識済みの引き出しネタで描かれている。

「え? これって……刑事さん」と、澄子が問う。

 沖勇作を見て、舞花が答える。

「似かよった二件の消失事件での当事者で、参考に、お話を聞きたいだけだし」

「どうして? 事務員さんが」と、内海が問う。

 ……二人が口を開いてくれたおかげで、視線を合わせる理由が出来て、沖勇作が遠慮なくの必然性で視線を注ぐ……。

「チーフから、お世話をするようにと仰せつかっておりますよ。ウッチーさん」と、零華。

 羽織着ているブラウン革ジャンの両襟もとを掴んで直して、前に指を組んだ手をおく沖勇作。

「証言に、些かのずれが出てきたんで。確認するんだけど」と、沖勇作。

 と、舞花が持つPパッドのカメラ画像が、スクリーンに映る。

「これは今朝の映像だ。内海君……」と、沖勇作。


 スクリーンに防犯カメラ映像が映る。

 ――出荷駐車場でフォークリフトを操作して大きな木箱を4トントラックに積む内海。


「今朝はゴミなどなく。フォークリフトの不備もない様子で、作業がスムースだね」と、沖勇作。

 舞花がPパッド画面を指で操作する。


 ――別のスタッフもフォークリフトで保冷トラックに搬入作業する映像――を、介して、その向こうで――2トントラックの荷台にフォークリフトで木箱を搬入作業している澄子が映っている――


「澄子さん。いいかな? この行動について……教えてくれるかい」と、沖勇作。


 フォーカスされた防犯カメラ映像が、もう一度スクリーンに流れる。

 ――2トントラックの荷台に、フォークリフトで木箱を積み込みする澄子。

 ――荷台に積み込む直前でフォークリフトを降りて、木箱の底に手を触れる澄子。


 Pパッドの画面を舞花が指で操作して――映っている澄子の手元をアップにする。


 ――澄子の手に折りたたんだ茶封筒らしき包み紙が……胸ポケットに仕舞う澄子。


「あれは、ゴミがついていて、取りましたよ、刑事さん」と、澄子。

「アタシには、折った封筒にも、かな」と、口の下に人差し指を立てる舞花。

 様子を見る澄子。

「そのゴミはどうしました?」と、沖勇作。

「可燃用ゴミ箱に……」と、澄子。

 ブラウン革ジャンのポケットからスマホを出して、見る沖勇作。

「お二人の素性の調べが、しかるべく処から。ええーと」と、瞼を開く沖勇作。

 内海と澄子が見合って、沖勇作を見る。

 スマホを見る沖勇作が目を細めて、腕が伸びる範囲で遠ざける。

 隣の舞花がちぃっと手を伸ばして、二本の指でピンチアウトして――画面を大きくする。

「できるし」と、舞花を見た沖勇作が、「月収と生活はギリギリ様子……」

「それって、個人情報漏洩に?」と、内海。

「ですが、ここだけの話で。公には晒さない」と、沖勇作。

「でもー」と、指差す澄子。矛先に零華。

「私。私は、経理業務もあるます。魚市場の従業員のそれらを管理しているのですよ」と、薄笑みを注ぐ零華。

「では、もう一度先日の、こちらも見てもらおう、お二人さん」と、沖勇作が言う。

 と、舞花がPパッドをタップするなどして操作する。


 スクリーンに、切り替わり映し出される防犯カメラ映像――

 ――内海がフォークリフトで、冷凍マグロの入った木箱を、4トントラックに搬入している――映像……で、途中フォークリフトを取り換えたりしてはいる様子がトラックの開かれた扉と駐車場の柱に狭間に窺える――

 ――澄子がフォークリフトでカツオの入った木箱をトラックの荷台に入れる、柱と荷台扉との狭間の映像――明らかに木箱の底を手探る澄子――一旦入れた木箱をやり直す澄子。

 ――ほかのスタッフらの出荷作業の映像が流れる――


「どうです? お二人さん。ほかのスタッフらのも参考にしましたが」と、沖勇作。

 見詰め合う内海と澄子……。

 前を向いて微笑む内海と澄子。

「どうーってえー」と、澄子。

「熱心に、仕事をしただけです、刑事さん」と、内海。

「不自然だし。ズバリ聞くけれど。パクったでしょ! マグロとカツオ」と、舞花。

「さあ、知らないわ。何のこと?」と、直視したまま否定する澄子。

「ここ!」と、映像を止める舞花。「やり直し、しているのはなぜ?」と、舞花。

「真ん中に荷重がかかるようにと、荷台の真ん中に積み直してやっただけよ。刑事さん」と、澄子。

「隣に同種のトラックがあるようにも見えるが?」と、確信を掴もうとする沖勇作。

「僕らって、やっぱり疑われてます? 刑事さん」と、内海。

「私、何かしました?」と、下唇を噛む仕草に……自然と顔が赤くなる澄子。

 舞花が沖勇作を見る。

 正面をそれとなく見ている沖勇作。

 この場では、立ち合い協力スタッフに徹して空気感を貫いている零華。

 ショルダーバッグからスマホを出して、画面タッチを些か繰り返し、正面に向ける舞花。

「これって、あなたでしょ、澄子さん」と、舞花。

 向けた画面に――申立サイト黒板のチャット履歴。


 ――世直し女子さん。アドバイス頂きました。サンキューです。ライスケーキ女子――


「ライスケーキは、餅だし。三段腹なデブ女子かなって思ったけれど。固定観念をフラットにしてみれば、餅のような白い素肌もで、その谷間魅せコーデに見せている白い肌だし。前にも魚市場ニオワセセルがあるし。どー澄子さんでしょ。これって」と、舞花が問う。

 首を横に振り……内海を見て、また前を向く澄子。その目が明らかに泳ぐ……。

 を! 見逃さなかった沖勇作。無表情の些か笑みをたたえた顔つきに戻る沖勇作。その視線は……内海と澄子の狭間の窓に注がれている。


 スクリーンでリプレーされる――先日、内海が4トントラックに冷凍マグロの入った木箱を搬入する様子――の映像。


「内海さんも、この行動は、同じことを意味しているのでは?」と、問う舞花。


 スクリーンでリプレーされる――先日、澄子がフォークリフトで、トラックにカツオの入った木箱を、やり直し搬入する様子――の映像。


 内海が澄子を見て、「澄ちゃん……」と、呆れ口調で呟く。

「澄子さんも、今朝と同じことをしているし」と、舞花。

 澄子が、正面を見ている内海を見て、舌を出す。

 徹して空気感を貫いている零華が、右小指をパソコンのUSB穴に触れる……。


 ――木箱底に伸ばした澄子の手が、フォーカスされてクリアになる。その手に折りたたまれた厚みのある封筒。で、胸ポ県都に入れてファスナーを締める澄子。


「横領が疑わしい。署で、話を、詳しく」と、立ち上がる沖勇作。



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