第1章 その11

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 TOYOSU―SYO屋上――(例の如く)崖下に臨む豊洲市場アーケード街の大屋根。

「では、明日。オジ様。舞花ちゃん」と、零華の声。

「ああ、たい焼きオブジェだな」と、沖勇作の声。

「三時! 零華ちゃんっ家って、どこ?」と、舞花。

「え、なぜ、聞くの」

「ああ、あたしん家って若干遠いし。よかったら泊まってみたい、かなーって」

「ごめん。案外散らかっているのよ。だから」

「ああいい。いきなりだし。あたしこそだし」

「どうすんだ。嬢ちゃん」

「署の仮眠室にでも泊まるし。ひとっぷろあびたいけど!」

「あ、それなら。スーパーな銭湯が、あそこにあるよ」

「ああ、あんなところに、あるんだ。絵になり過ぎーかな」と、舞花の声。

 屋上からも、入母屋屋根に突き出て見える赤色灯を瞬かせた『梅野屋』文字入りの煙突。

「零華、ちゃん、一緒にいかない?」と、舞花の声。

「うん、舞花ちゃんなら付き合っていいけれど。でも、用事があるから、ごめんね」

「用事って……」と、沖勇作の声。

「女子には色々……」と、零華の声。

「ああ、カレシ、か?」と、沖勇作の声。

「いないから、カレシなんて」と、零華の本音で否定する声。

「詮索しすぎだし、オジちゃまは」

「ああ、すまん。そんなつもりじゃ」

「職業病ね、オジ様ったら」

 エコーがかっていた声が抜ける声になる……。

「では、三時に」と、零華の声。

 崖下のアーケード口に姿を見せる零華。続いて、舞花が姿を見せて……沖勇作も。

「じゃ、オジちゃま、付き合って」と、舞花。

「混浴ないしなぁ」と、沖勇作。

「え、興味ないくせして、バレバレだし」

「ま、娘でもおかしくない歳の差だからな」

「関係ないのでは……恋愛って」と、零華。

「じゃ、そこ行く?」と、舞花が指差す。

 矛先に『ONLYTOO』のピンクのラブホ案内看板。

「だめだ。それこそ!」と、声を張る沖勇作。

「ふふっ! 弄っただけだし」と、慌てて否定したような声の舞花。

「そういうところが、可愛いよね、オジ様って」と、笑い声の零華。

 照れて緩んだような仕草で頭を掻く沖勇作。

 そんな俯瞰の様子を伺って、頭上の月も笑っているようだ。


 TOYOSU―SYO捜査課――薄暗がりが、輝く。オート照明が感知し、観音ゲートを入ってくるブラウン革ジャンを羽織り着てブラックジーンズ姿の沖勇作。

 自身のデスク位置に座って、一番下の大きな引き出しを開ける。

 スポーツショップの膨らんだショッピング袋を出す。

 一番上の引き出しを開けると、引き出し用のカギのみであとは空っぽ。沖勇作がポケットから出した予備の実弾と空砲の弾六発とフォルダーごとマグナムを入れて、カギで施錠する。

 立ち上がって、『男子更衣室』ドアに入って行く沖勇作。

 物音がして……シャワーの音が漏れだす……。


 スーパーな梅野屋の暖簾口――バッグを肩かけしたポニーテールの舞花が入って行く。

「いらっしゃいませ。お姉さん、初顔だねえ」と、かすれ気味の男の声。

「ああ、はい。一見ですが。大事かな?」と、舞花の声。

「いいや。美形のお姉さんなら、大歓迎だよ。ぐわっははは……」と、高笑い付き男の声。

「仕切ってあるから、見えないよね」と、スケベ視線疑いで緊張感のある舞花の声。

「ババアばっかりで、たまにはお姉さんのような……」と、調子に乗った男の声。

「こらあ! (バシッ! と、頭をひっぱたかれる音)スケベジジイは交代。ごめんね、お姉さん。困るよねえ」と、肝っ玉の据わったような女性の声。

「いいえ、イジリでしょうから……、フレンドリーで……」と、若干安堵した舞花の声。

「ああ、五百円だよ。シャンプーとかは中の自販機で買えるよ」

「ああ、どうも。スマホで」

「有りだよ。リースのタオルもキャッシュレスOKよ。ごゆっくりね、お姉さん」

「フへッ!」と、緊張を完全解いた舞花の表情が、声のトーンで計り知れる。

 ガラガラっと扉の音がして、風呂桶がタイル床に置く音がする。

 ポン!

 暖簾がかった銭湯の煙突を、演出する満月の夜だ。


 さびれた町工場――裸電球が照らすシャッターに組み込まれた通用ドアを開けて、入って行く桐溝零華。

 その背景に、赤色灯を瞬かせたTOYOSU―SYO屋上と梅野屋の煙突が見える。

 ほぼ廃墟化している工場建屋には、内明かりは灯らない。が、その中では零華が歩く靴音が……している。

「十時。五時間分で、急速充電、開始」と、零華の声が中でする。

 ……間もなく裸電球が、一定に瞬く……。


 TOYOSU―SYO捜査課――

 ブラウン革ジャンを羽織り着て、ネービーのボタンダウンシャツで、ブラックジーンズの沖勇作が観音ゲートを颯爽と出て行く。頭上の時計が、十一時を回った。


 梅野屋の暖簾口――ピッカピカの若井舞花が出て来る。ポニーは結っておらず、ロングヘアで若干別人観を醸している。

 見上げる舞花。視線の先には、TOYOSU―SYOビル。

 ショルダーバッグを肩掛けして、向かって歩き出す腰上ロングヘアの舞花。


 さびれた町工場の閉じたシャッター口――裸電球が優しい光を瞬きつつも注いでいる。


 その中の一室――コンクリートモルタル壁で床面積四畳半のフローリングの部屋。嘗て流行した日焼けマシーンのような、ボックス型ベッドに零華が入っているのが覗き窓から窺える。

 サイドチェストにシステム化されたPCの画面に、『充電率50%』のコマンドサイン!

 そのシステムPCにUSBで繋がったPパッド。

 他には、三百六十度パーンしてみても……家財道具は見当たらない殺風景な零華のプライベートルームだ。ドアのみで窓すらない⁉


 TOYOSU―SYO内の一階フロア――階段を駆け下りてきたハイカットスニーカー……ブラックジーンズ……インナーにボタンダウンネービーシャツで、アウターはシンボルルックのブラウン革ジャン姿の沖勇作。そのまま地階へと姿を消す。

 間もなく。通用口のセキュリティランプの赤が、グリーンに変わって、ドアが開く。警察IDをバッグに仕舞いつつ……舞花が入ってくる。

 エレベーターの前で、上を見る舞花。掛け時計が十一時半を迎えようとしている。

「チッ、階段だし」と、ぶつくさ言って、上階へと上がって行く舞花。

「もー。どうして四階っ……」と、呟きを残して、ポニーテールをほどいているロン毛ヘアの舞花の後ろ姿が折れ階段で見えなくなる。


 TOYOSU―SYO屋上――都心の深夜は、赤色灯のチカチカクリスマスランプのようで、年中無休だ。

 夜空を煌々と照らしている青みがかって見える満月もやや西に傾いたような時分!


 豊洲市場アーケード街――たい焼きオブジェ前。

 沖勇作が腕時計を見る。

 二時五十五分。

 欠伸をしながら……バッグを肩掛けした舞花が来る。お決まりポニーテールで。

「やっぱ、眠いし。おはよ、オジ……ふあ……ぁああああ、あ! ちゃまぁ……ああ、あ!」と、目を擦る舞花。

「ああ」と、にやけ顔でニヒルVサインをかます沖勇作。

 自然体に下げた沖勇作の腕時計、二時五十九分……秒針が……五十五秒。

 人っ子一人、他には居ないアーカード入り口からスレンダーシルエットの明らかなる女人が来る……。

 沖勇作の腕時計、二時五十九分……秒針が……五十六、五十七、五十八……秒。

「おはようです、舞花ちゃん。オジ様」と、手を軽く上げて振る零華が、シルエットゾーンから抜け出て……明らかになる。

「ん。おはぁ……ああああ、あ……よう。零華ちゃん」と、未だ夢心地覚め止まぬ舞花。

「ああ、零ちゃん」と、にやけ顔でニヒルVサインをかます沖勇作。

 脇に下がった腕時計、ジャスト三時!

「あ!」と、いきなり完全目覚めた感を醸し出し、「零華ちゃんは、名前言ったし」と、沖勇作のほっぺをいきなり抓る舞花。

「ああ、たわいもないことで、僻むかよ。嬢ちゃん。格が下がるぜ」と、沖勇作。

「そうね」と、零華――「さあ、参りましょ」と、市場の方へと歩き出す零華。

 アーケードの『豊洲市場方面』の矢印案内看板が、今は人っ子一人いない道横ではっきりと主張している。

 零華についていく形となって歩く舞花と沖勇作。

「もー、オジちゃまったらっ」と、沖勇作の腕を取って引っ付き歩く舞花。

 気にして振り向く零華が、あの口をする。

 ヒヒっと上目遣いに零華をにやけ見る舞花。

「あ! ズルいのは、舞花ちゃんよ」と、零華が歩調を鈍らせ……沖勇作の空いている左腕に、舞花同様に引っ付き歩く……。

「歩きにくいんだがなぁ」と、さり気なく両手を左右の腰に回す沖勇作の後ろ姿。

 アーケードの頭上に大きく主張している『豊洲市場エリア』看板へと向かって行く三人の後ろ姿……が、シルエットゾーンへと入る。


 魚市場――もう盛んにセリや、出荷作業が行われているフロアで、内海と澄子がそれぞれにターレで牽引して荷物を運んでいる……様を、事務所の窓際で、中から見ている零華。

 その外で、腕組みして見ている舞花が、肩のバッグを背負い直して、窓越しの零華と微笑し合って、歩き出す。

(ここだけは。こんな時間でも、雑踏だし)

 と、思いつつ……『出荷専用駐車場口』のドアを出て行く舞花。


 魚市場出荷専用駐車場――4トンまでの様々な保冷トラックが止まっている中で、内海がターレで運んできた木箱を、保冷トラックの荷台へと、フォークリフトを使用して搬入する。

 通用度口から歩いて入ってきた舞花が、ポニーテールを揺らして、内海の位置を黙認し、また、別方向を探り見る。

 少し離れたところに止まっている2トン保冷トラックへと、内海同様に木箱を運び入れている澄子の姿。

 天井に設けられている各所の防犯カメラ!


 豊洲市場警備室――二名の制服警備員らが座って監視しているその後ろで、肩幅開脚姿勢で腕組みをして、モニターに目を配る沖勇作。

 モニターに、フロアでターレを操作する内海と、澄子が銘々に作業している様子が映っている。事務所窓の中で見ている零華の姿もアングルが移り変わり窺える。

 沖勇作が目を強張る。

 別のモニターには、ターレの荷物をフォークリフトでトラックへと搬入する内海と、澄子の姿を捕えている。その片隅で、柱に凭れて……黙認中の舞花の姿も時頼映る。

「ここって、今、アップに出来るかい?」と、モニターを指差す沖勇作。

「はい。出来ますよ、刑事さん」と、警備委員の一人がコンピュータキーボードを叩く。

 モニターに、専用駐車場で、フォークリフトで荷をトラックに入れている途中の澄子の様子が映る――いったんフォークリフトを止めて、降りて歩く澄子――荷をトラック荷台へと収める途中で、木箱の下に行って、手袋をした手を伸ばす澄子――(小さめ封筒的な)紙屑を作業服の胸ポケットに仕舞って、平然とした感じで作業に戻る澄子――再びフォークリフトを操作して……木箱を完全搬入する澄子――の映像に、睨みを利かせる沖勇作。

「こんな行動をとることがあるのか。こういった作業内容では?」と、尋ねる沖勇作。

「さあ? わたしたちは、こちらの青果市場も、花卉市場も監視していますから」と、見た目年上の警備員がモニターを見たまま答える。

「時頼、いますよ。専用出荷駐車場での作業途中で、トイレとかに行く者も」と、見た目二十代の警備員が監視の目を切らずに答える。

「ああ、そうですね。そう言われれば、ドライバーのほとんどは、朝食をとっている人がいますから。作業員らはこの作業時に、トイレとか小休止的行動をとる者がいますよ。刑事さん」と、年上の警備員が教える。

「……ううんん……」と、返事のような考えるときに出る唸り的な声を口にしつつ、顎を手で擦る沖勇作。

「作業途中の行動でだが」と、沖勇作。

「熱心に木箱の傷み具合を確認する者も」と、年上の警備員。

 顎に当てている手をすりすりして、口を左右に動かす沖勇作。

 モニターに、休憩所の様子が映る。今は疎らに作業服姿の男女が食事をとったり、喫煙所で缶コーヒー片手にタバコをふかしたりの、様子が窺える。

「ここ、何処にある」と、そのモニターを指差す沖勇作。

 二十代の警備委員がキーボードを操作して……「ここですよ。刑事さん」と、モニターで案内する。

 モニターに、市場の見取り図が映って、警備室から赤線矢印で……廊下を通って……左に折れた突き当りが、休憩所と示す。

「この休憩所は、多方面から作業員やドライバー、見学者などの来客も利用可能なんですよ。刑事さん」と、二十代の警備員が告げる。

「おお。サンキュー。なんだか腹減ったよ。俺も行ってみるぜ」と、ドアを出ようとする沖勇作に。

「ああ、刑事さん」と、呼び止めた年上の警備員が、ポケットらかプリペードカードの食券を三枚出して、「これ、使ってください」と、後ろ手に差し出す。

「え、ああ、こういった賄賂は……」と、拒む沖勇作。

「わたし、ここでは使わないので」と、年上の警備員。

「先輩は、愛妻弁当はなんですよ、刑事さん。僕もたまにカードをいただいていますが。支給されるので使えきれずです」と、二十代の警備員が。

「じゃあ、遠慮なく」と、入り直して、後ろ手に出されたままの食券をもらう沖勇作。

 食券カードの一枚に、『1100円』の文字がデカく記されている。

「もらったからって、何かの時は。こちらも遠慮しないぜ。ご両人」と、沖勇作。

「はい。今のところ犯罪をする予定は皆無ですよ、わたしたちは。刑事さん」と、明らかなる笑い声でイジリ応える年上の警備員。

「でも、刑事さんをお誘いするのは差し支えないのでしょ。女性として」と、二十代の警備員。

 モニターに、引き上げる作業員らを、遠巻きに見学している舞花の姿が映る。

「ああ、あれだ……彼女も女だ。プライベートラブは、いくらお歴々でも四の五のないさ。じゃ!」と、ニヒルVサインを癖で放って後ろを向く沖勇作。

 モニターを片時も目を離さない警備員らの後ろ姿で、ドアを出て行く沖勇作。

 閉じるドア越しに……フェイドアウトする沖勇作の声。

「ああ……嬢ちゃん。飯、食うか? おごる……」

 モニターに映っている舞花が、ながらスマホで通用口へと歩き出す。


 豊洲市場休憩所――入り口と出口が別で、仕事服だったり、私服だったりと、女も男もグループだったり、ペアーだったり、ピンだったりと、出入りしている。

 限度額五万円まで……現金でも、クレジットカードからでも、口座からでも入金可能なプリペードカードを説明書きのある入金マシンが五台ある。

「……あんだ、嬢ちゃん……場所っ、分からないって。人に訊けよ、嬢ちゃん。得意だろ」

 ながらスマホで入ってきた沖勇作が……目を動かし見渡す……二百席はある休憩所。

 混んではいるが空いている席もまあまああるので、椅子が十脚並びで離れて二人の客が利用しているカウンターの席に、ブラウン革ジャンをソフトに翻しつつ着く沖勇作。

 回転ずしなどでお馴染みとなっているレーンで運ばれてくる、タブレット端末機で画面タッチして、注文や、スタッフ御用聞きを承る方式の、大衆食堂チックで、ま、馴染みやすく言えば、ファミレスで、和洋折衷の料理が堪能できる食堂だ。価格は五百円、千円、千五百円と、税込み価格で、松竹梅の三パターンの迷い少なし、リーズナブル。

 その厨房では――しかも、それぞれの分野の一流料理人のようで、盛り付け台に出て来る料理はピカピカに旨そうな厳選舌鼓モノばかり。焼き魚に卵焼き、朝らかパスタのカルボーナーラですら、清々しく喉を通りそう。朝から働きづめのドライバーも含めた労働者の腹を満たして、優しい料理が……次々と盛り付け台滑走路から、フロアスタッフらの手によって、飛び立ってゆく!

 ――沖が席に着くと、内海が衝立の向かいのボックス席に来る。

 ……澄子もきて、内海の居るボックス席に座り……舞花がが来て沖勇作の右隣りに座る。

「澄子、追ってきたら……」と、舞花。

「俺は単純に腹減ったから……」と、沖勇作。

「零華ちゃんは?」

「ここの従業員だからな」と、カルボナーラを、開きレーンから手にする沖勇作。

「やっぱ、おこちゃまオジちゃまだしぃ」と、ブリの照り焼き定食手にする舞花が笑う。

 フンっと。鼻から息を吐いて、フォーク一本のみで、丸め、食しはじめる沖勇作。


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