第1章 その13
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豊洲市場内廊下――前を歩く零華と、ポニーテールヘアでショルダーバッグを肩がけした舞花。後ろに内海と谷間魅せルックの澄子。その後ろを、ブラウン革ジャンを羽織り着てブラックジーンズの前ポケットに指先ちょい突っ込みの沖勇作が行く。
「警察、行く前に、いいですか? 刑事さん……」と、内海が振り返り切り出す。
「ああわたしも、御トイレ」と、澄子。
廊下の先に、向かい合う男女のトイレマークの壁の凹み。
歩みを止めずに振り向く零華と舞花。
「迎えに車が時期に来る。ま、トイレ、寄っておいた方がいいだろう」と、頷く沖勇作。
澄子について、舞花も女子トイレに一緒に入って行く。
内海と沖勇作が、男子トイレに入って行く。
「僕、大きい方です」と、呟く内海の声。
廊下で待つ零華がスマホで電話する。「あ、チーフさん。私、これから……」
肉体に当身をくらわす鈍い音がして、けたたましい足音を伴わせ女子トイレから出てきて、廊下を走り去って行く澄子……。
「……ん! あ! 立会同行します」と、電話を切った零華が、瞬時にただならぬ事態と把握して澄子を追う!
「お! しまった! 油断した!」と、沖勇作の声と共に……走り出て来て、廊下を澄子とは反対の方向へと走り行く内海。
男子トイレから沖勇作が出て、廊下の左右を見る。遠ざかる足音がする方を見て、走る沖勇作。が、若干足が遅い……。
「オジちゃま……ぁ」と、上ずった声がして女子トイレ口から顔を出す舞花。
振り返る沖勇作。「大事か?」と、戻ろうとする沖勇作に。
「行って、追って、オジちゃま」と、左手で項を抑え、右手を伸ばす舞花。
沖勇作がバックステップでニヒルサインを舞花に放って、ターンして内海を追う。
魚市場出荷専用駐車場――日中でも薄暗い出荷場に、トラックが未だに多少止まっている。出荷用口から姿を見せた澄子が柱の陰にまた見えなくなる。
別方向の通用口のドアを駆け、入ってきた内海も柱の陰に見えなくなる。
電動式なので、内海の手がパワースイッチを押す。音無しで起動状態になるフォークリフト。パネルにフル充電のグリーンランプが灯る。
静かなモーター音が二方向から……一方はトラックの陰からフォークリフトの二本の爪がゆっくりと出て来て……止まる。
もう一方も柱の陰からもフォークリフトの二本の爪が生えるように迫り出て……止まる。
沖勇作が革ジャンを棚引かせて入って来て、足を止め見渡す。
二方向に潜む四本のフォークリフトの爪が音もなく動き……狙いを定める。
電動式なので静止状態では無音のフォークリフト。
体がブルってスマホを出す沖勇作が、電話に出る。
「おお、トール。ついたか。出荷場にヘルプだ」
と、沖勇作がスマホの電話を切る際に目線が下がった隙を見て、二台の、各々二本の爪で、狙い定めている……フォークリフトが静かなるモーター音を伴わせて――二方向の死角から飛び出す。
沖勇作がパッと見て、間一髪! 左右から迫ってきた四本の爪を、体を捻りかわして回避する。
普段から操作慣れしている澄子と内海は、示し合わせたように交差して、瞬時にターンさせる。フォークリフトの小回り度は半端なく利く! クルっとターンした時にはもう――沖勇作の避けた体制が整う前にはもう……寸前まで来ている。
「おっと!」と、沖勇作がまた紙一重で、革ジャンをはためかせて身をかわす!
出荷用口からよろめきつつ入ってきた舞花が、見渡し……沖勇作を襲っている二台のフォークリフトを把握する。
「オジちゃま!」と、柱の陰に、顔を明らかに歪めつつ……駆け込む舞花。
フォークリフトに乗り込み、パワースイッチボタンで起動する舞花の手。
前を見た舞花の視線の矛先に……二台のフォークリフトの爪に襲われている沖勇作。
「これも、四輪車だし」と、アクセルペダルに足をかけた瞬間に、些か強気の色が濃くなる舞花の顔。前方直視した舞花。フォークリフトパネルの充電残量は……三分の一!
走り出すフォークリフト! 「う、わーお!」と、その意外な加速感にドライビング女子の心中に火が点く。舞花の心がありありと顔に出る。
沖勇作と二台のフォークリフトに、割り込んで……止まる。
以後に動作判断にまごつく舞花だったが……ペダル操作とハンドル操作、前進とバックをシフト操作で繰り返し……機動性を試みる舞花。ハンドルを切ってターンして舞花得意のドライブテクで、フォークリフトを手懐け応戦する。
「すごぉ! 小回り性ぇー」
と、フォークリフトドライブのコツを掴んで自信に満ち溢れた顔を見せた舞花が、澄子のフォークリフトに挑む舞花。フォークリフトカーチェースの攻防激となる。
舞花のフォークリフトを避ける、澄子のフォークリフトさばきも伊達じゃない!
一方――内海のフォークリフトが沖勇作を襲う。
紙一重で避けた沖勇作をやり過ごし……ターンしてと! 三度繰り返される内海の、沖勇作串刺し攻撃。
柱とトラックで二方向を塞がれた沖勇作に……正面切って串刺し攻撃で迫りくる内海の操るフォークリフトの爪!
「おい! いい加減にしろ!」
沖勇作がマグナムを抜く……警告の空砲を撃つ!
まさかの発砲に怯んだ内海がフォークの足を緩める。
「なんだ。空弾かい!」と、再び串刺し攻撃を実施する内海。
正面から迫りくる内海のフォークリフトの二本の爪!
沖勇作が素早く抜いたマグナムを構える!
フォークリフトのアクセルペダルを一気に踏み込んだ内海の足。
マグナムを撃つ沖勇作。フォークリフト前方爪に、被弾を証明する火花が散る。
焦った内海がフォークリフトを止めて、危険防止のスチールネットも手伝って、鉄製の頑丈な爪を支えるアングルにシールド性を見出す内海が笑う。
「くそー正面だとタイヤが完全見えねえぜ」と、沖勇作。
ゆっくりと動き出す内海のフォークリフト。
一瞬後方を振り返る沖勇作。
「チッ! 逃げられなくもないが……」と、下唇を上唇で咥える沖勇作。
迫りくる二本の爪を翳した内海のフォークリフト。
沖勇作がマグナムのシリンダを左腕で回す。
「しかたねえ、357かぁ!」と、心で呟く沖勇作。
後方に下がるにも目を切った瞬間に串刺しにもなりかねない、意外とスピードが出るフォークリフト。
「オジちゃまー!」と、舞花の声が響き渡る出荷場構内。
一方の舞花と住処のフォークリフトカーチェース展開中の攻防激は!
フォークリフトの横同志をぶつけ合う澄子と、舞花。ポニーテールが激しく揺れ動く。
三度繰り返される小競り合いフォークリフトカーチェース……の攻防。
澄子がフォークリフトを止めたことにより、舞花のフォークリフトが先に出る……。
再びフォークリフトを走らせる澄子。逃げる形になってしまっていた舞花のフォークリフトが、大きな輪を書くように鬼ごっこ状態になる。
クルっとその場ターンしてバック走行に入る。
パネルのバックモニターとサイドミラーに目を注ぎつつ必死の形相でバック走行している舞花の顔が!
「イヒッ! 掴んだよ」と、峠の繰り返されるヘアピンカーブの攻略の兆しを掴んだような笑みが漏れだし。思いっきりアクセルを踏み込む舞花のおみ足! 充電ランプレッド。
バックする舞花のフォークリフトが……澄子のフォークリフトと差がつく。
澄子が止めたフォークリフトの先を、舞花のフォークリフトの横に狙いを定める。
澄子の加速するフォークリフトが――前方の爪を高くして、舞花の串刺し攻撃を狙う。
ギリギリまで引きつけフォークリフトをバックして、澄子の串刺し攻撃を回避する舞花。
イヒッ! と、舞花がにやけて、フォークリフトを発進する。
澄子のフォークリフトの横に爪を……下部に突っ込んで持ち上げて一気にひっくり返す。大きく開いた乗車口からよろめき這い蹲って起き上がった澄子だが、項垂れる。
「オジ……ちゃ……ま…ぁ」と、気力が薄れてハンドルに項垂れるポニーテールの舞花。
そして――窮鼠状態の沖勇作に……狙いを定める二本の内海のフォークリフトの爪。
マグナムの引き金にかけた沖勇作の指先が白くなる。「査問員会。上等だ!」
「オジ様ァ」と、フォークリフト後方から真一文字に俊足を飛ばして現れた零華が――ジャンプして、柱を蹴って――内海に横からドロップキックを放つ。
もろにヒットした内海が……対面となっているトラックの荷台壁にぶっ飛んで伸される。
咄嗟にマグナムの銃口を上に向け、目を見開きフリーズする沖勇作。「零華って?」
TOYOSU―SYO捜査課――観音ゲートを出入口に。近代オフィスの仕切り壁のないUの字に備え付けられたデスク。その上にモニターとマウスのみでキーボードは天板一体型タッチパネルの五つのディスクトップパソコン。
ブラインド越しに太陽光が注ぐ大きな窓を背に、鮫須保捜査係長が座っている。
鮫須係長の正面の壁の上に神棚があり、その下にPパッド連動も可能な大型モニターがかかっている。モニターに、『高級魚蒸発案件の概要』――内海真二と水下澄子の事情取り調べ調書の内容が表式で映っている。
鮫須係長の左手に、ステータススタイルの沖勇作とその隣に若井舞花が座っている。
鮫須係長右隣りの席の真中透が立ち上がって、調書内容を説明する。
「内海も澄子も従業員ですので、指紋があって当然で、作業中は手袋を使用していましたので、関係者以外の指紋は出ないのが当然でした」
と、鮫須係長から一瞬目を右下の向ける真中。
その矛先に、紙ベースのファイルされた資料が山積みになっている誰も使用していないはずの席に、桐溝零華が座っている。
鮫須係長が両手を後頭部に回し指を組んで、仰け反る。
舞花がデスク下でスマホイジリをひそひそと……文字入力したり、スラッシュしたり。
「ま、そうだな。で、トール」と、沖勇作。
真中の視線を諸ともせずに、舞花を真っ直ぐ見ている零華。
右下に向けていた顔を正面に戻して、若干首を傾げるも、沖勇作に視線を向ける真中。
「先輩が銃弾で検証したように(モニター中央に検証画像が出て)同種のトラックが、そのとき並んで止まっていたと、ドライバーから証言を得ています」と、真中。
「真中君。そのトラックとは?」と、鮫須係長が問う。
「何故か? それらのトラックの、出荷場への出入りに関しましては、防犯映像にないのです」と、真中が首を傾げて、また、右下を見る。
大型モニターと、弄るスマホを繰り返し見ている舞花を――見ている零華。
「内海と澄子の話で共通点と言えば、申立サイト黒板というSNS書き込みで知り合った、世直しアラサー女子というハンドルネームの女が……ですがそのサイトを、本庁サイバーチームで追ってもらいまして。サイト主を突き止め、近藤……」と、真中。
『孝道』と、真中の言葉にリンクさせて、沖勇作も言う。
東京タワー付近のタワーマンションの近藤――タワービル最上階のリビング。
近藤孝道(以後、近藤)が苦笑するかのようなクスリ笑いを一瞬漏らして……ベランダへと出て行く。
テーブルに、眼鏡と飲みかけのコーヒーの入ったカップ、その横の蓋の開いたノートパソコン。画面には『申立サイト・黒板』のチャット掲示板に……利用者の書き込みが羅列されている……ノートパソコン画面の片隅の時刻表示は09:44!
――サツにパクられた? どうしたら……ぱっくりマン――
――こちらはただ、ノリでコメント返しただけよ。世直しアラサー女子……――
――世直しアラサー女子さんの影響で、REDさんに何かなかった? ⅯIK――
――うちの親会社が、追ったらしいのよ、そのサイトを。黒板サイトから足がつくかもだし!? ⅯIK――
――同郷の峠族女子だし(=^・^=) ⅯIK――
と、気ままな利用者のメッセージが以後も羅列し続けている……参加者数53万人。
東京タワー付近のタワーマンションの近藤――タワービル最上階のベランダ。
眺める外界に、東京湾のオーシャンビュー。対岸に豊洲市場界隈と、ICの首都高の道筋。豊洲署のビルもかすむ……。左手には銀座の街並みも……臨めている。
ベランダで、手を伸ばし伸びをする近藤。その右手に弾痕の古傷!
景観を眺める近藤の右側から太陽光――正面に煌めく海面の湾。
「なあ、勇作。息苦しいだろ、生真面目が故の世知辛さって」とぼやく近藤……。
右手首の古傷を翳し見る近藤の視界に――対岸に、うすら見える豊洲署ビルの輪郭……。
TOYOSU―SYO捜査課――
遠くを見るように瞼を細める沖勇作を。声が重なったことで驚き、沖勇作を見る真中。
「近藤孝道……先輩か」と、沖勇作を見る……鮫須係長。
「その近藤氏は、『わたしは、ただ、SNS上に場を提供しているのみ』と、全く関与していないようです。ま、サイト利用者のチャット閲覧を僕もサイバーチームとしましたが、日ごろの不満を吐き出すような内容のものばかりでした。チームと世直しアラサー女子をサイト上で追ったのですが、深追いすると途端に最終セキュリティトラップが」と、真中。
「トラップとは?」と、鮫須係長が問う。
「ウイルス感染で、画面がたちまち赤と黒の市松模様と化してしまうのです」と、真中。
「トラップ。トラックの線から洗い直す方が近道ね」と、零華が直視したまま口を挟む。
胸前で腕組みして唸る……鮫須係長。
「お! 流石、落としのトール」と、沖勇作。
「へえ……え、取り柄あるし」と、スマホ弄りを止めて、真中を見る舞花。
頭を掻く真中。
「トラックう……」と、斜に天を見る沖勇作。
デスクの下でスマホを握る舞花――それを見逃してはいない零華。
「あ! 花金ハイウエイで、見た、トラックか?」と、思い出し声を張る沖勇作。
「どうした、警部補」と、鮫須係長。
「REDMATTERをハッた夜に……」と、沖勇作が記憶をたどりつつ鮫須係長を見る。
REDMATTERの車庫兼住処――コンテナ倉庫の一角。赤さびた表面の二つ並んでいるコンテナ中は、一つ分がガレージ化している内装で、スカーレッドのミッドシップスポーツカーをメンテする赤いレーシングスーツを着た隼田恭介二十四歳。
リヤーエンジンにピッチャーでオイルを注入する隼田。
助手席のスマホ画面にチャットのメッセージコマンドウが羅列しまくっている……。
――世直しアラサー女子さんの影響で、REDさんに何かなかった? ⅯIK――
――うちの親会社が、追ったらしいのよ、そのサイトを。黒板サイトから足がつくかもだし!? ⅯIK――
――同郷の峠族女子だし(=^・^=) ⅯIK――
TOYOSUーSYO捜査課――壁掛けモニターを見る舞花の手に、握られたスマホ。
そんな舞花をガン見する零華。
「……羽田空港方面から都心に向かうトラックを」と、沖勇作。
「その件は、本庁交通課の……協力依頼の」と、鮫須係長。
「ああ、デカ長。あ! 勇希」と、スマホを出して電話する沖勇作。
隣の舞花が横目に、沖勇作を見る。
「……おお、勇希か。今、いいか?」と、沖勇作が堂々と電話する。
「OKよ、沖警部補さん」と、勇希の声がして、モニターにその姿が映し出る。
「え? あ! お、おぉぉぉ……お!」と、沖勇作がモニターを見て、びっくらこく。
「プフッ」と、笑った舞花が「驚きすぎだし、オジちゃまったら」と、イジリ節。
――モニターに映る沖勇希の背後は、本庁捜査第三課のオフィスで――他の捜査員らが蠢きあっていて、ざわついてもいる――
「で、何? 沖警部補さん」と、勇希が首を傾げる。
「ああ。花金のハイウエイで、羽田から都心方面に向かっていた妙なトラックのことだ。沖警部補」と、毅然と問う、沖勇作。
モニターに映る沖勇希が、目線をやや上に一瞬向けて、正面を見て、些か笑みを漏らす。
「気になったよな、お前さんも。トラック」と、沖勇作。
「ん」と、素っ気無い二つ返事の勇希。
「そのトラックのハイウエイカメラ映像って、あるか?」と、沖勇作。
「ん。交通課に言って、情報課に依頼すれば、だけど。どうして?」と、勇希。
「ああ、こっちで、今、追っている案件に関係がありそう……、イヤ、あるんだ!」と、沖勇作。
「じゃあ、REDMATTER案件のバディのモチハルちゃんに頼んでみるよ。沖警部補さん。あそこのは班長は私と同期で友人よ」と、勇希。
「ああ、たの(む)」と、沖勇作が言いきる寸前に。
「では、そのデータを直でここに(と、目の前にデスクトップモニターを指差して)お願いします、ビッジ沖警部補様」と、舞花。
「貴女ね、勇さんの新人バディは」と、勇希。
「はい。しくよろで……ぇす! ビッジ警部補様」と、舞花のポニーテールが跳ねる。
「こちらこそだわ、お嬢ちゃん!」と、沖勇希が笑顔で手を振りつつ……通信が切れる。
――モニター画面が移り変わって、『高級魚蒸発案件調書』に戻る――
「しかし、アラサー女子とは何者なんだ」と、沖勇作。
頷き……唸り……眉間に力が籠る鮫須係長。
真中が首を左右に傾けている。
舞花と零華を交互に見る沖勇作……。
ガン見している零華に……今更ながら気がつく舞花が、身を引く。
「世直し三十前女、かぁー」と、沖勇作が腕組みして、唸る。
リサの部屋――カーテンの狭間から太陽光が差し込みが、赤と黒の部屋。
毛布にくるまったリサが口をむにゃむにゃとさせ寝返りを打つ……赤いトップスがその床に脱ぎ捨てられている。
リサの背中が丸裸……斜にオッパイのふくらみが……そして、美尻も少し毛布からはみ出し見えている。トップスの下敷きになっている黒のパンティ……。
と、アメリカの70年代メイク四人バンドの重低音の音楽が流れる。リサが手を伸ばし……スマホを止める。
TOYOSU―SYO捜査課――観音ゲート上の時計は9時55分を回る……。
壁掛けモニターを見た沖勇作が、鮫須係長を見る。
ポニーテールの舞花が、口をやや尖らせて……うすら見る先に、にこりともせずのガン見している零華。
鮫須係長が零華から……舞花と視線を配って、隣の沖勇作が見ていることに気がついて、目を合わせる。
真中が目を泳がし……沖勇作、鮫須係長、舞花、零華の順で見て……沖勇作に止める。
「で、そこの美形さんは、何方です? 先輩」と、真中。
「ああ、この蒸発案件を追っている女デカだ」と、沖勇作。
ようやくガン見を解いた零華が、座ったままで満遍無く全員を均等に意識して口を開く。
「それが手口だったのね。豊洲市場で起きていた、横領を匂わしていた消失の実態は……遅ればせながら。私、桐溝零華です。公安部で追っていて、私がその工作員なのです」
「公安、部」と、真中。
「おおーぉ! 君か、品部長から窺ってはいたが」と、鮫須係長。
「絢爛豪華な花卉、レアものフルーツ、そして高級魚と」と、零華。
反応したモニターを見る沖勇作。
どうして遠隔されているかは誰も気に留めずのモニター画面に……。
――カトレア、胡蝶蘭の見事な鉢植え――
――『おとめベリー』明記のイチゴで一箱四パック詰めを、コンテナに乗せた百箱ラッピングの一山――
――レアな大きさで半透明な気泡が一つあるイエローダイヤ―
――『藍色夜空に銀河が無数で、大海原に波もグルグルと巻いている』ビンセントファンゴッホサインの未発表レアもの絵画――
――『雄略天皇』と刃に刻まれたレアな銅剣のケース入り古美術品――
と、零華の説明順に、盗難に遭ったそれぞれがモニターにピンナップで写し出される。
「他にも、宝石、絵画、古美術品等々が、レプリカとすり替えられて消えています」
と、話す零華の後頭部……スキャンして……その中の人工頭脳の内容状況は――今、舞花が弄っていたスマホの内容が演算解読解析して……『申立サイト黒板』のチャットデータを掴んだ人工頭脳が閲覧している。
――サツにパクられた? どうしたら……ぱっくりマン――
――こちらはただ、ノリでコメント返ししただけよ。世直しアラサー女子……――
――世直しアラサー女子さんの影響で、REDさんに何かなかった? ⅯIK――
――うちの親会社が、追ったらしいのよ、そのサイトを。黒板サイトから足がつくかもだし!? ⅯIK――
――同郷の峠族女子だし(=^・^=) ⅯIK――
と、気ままな利用者のメッセージが以後も羅列し続けている……参加者数53万人。
「今回の高級魚のように蒸発するかのように、何らかの後ろ盾を匂わす窃盗を疑って、追っています」と、零華。
観音ゲート上に時計が、十一時五分を回る……。
「では、教則時間も兼ねて些か早いが昼にしよう、諸君。午後はこれまでの捜査報告書をまとめて、零華君の案件資料に目を通すということで」と、場を仕切る鮫須係長。
「OK! デカ長」と、沖勇作が後ろに手を回しマグナムのシリンダーを開き見る。
TOYOSUーSYO屋上――沖勇作が煙草をくわえて、ジッポライターで火をつける。
ポワッと円い煙を口から出す沖勇作。ブラウン革ジャンの左ポケットから携帯用灰皿を出し……吸い込んで出来た灰を携帯灰皿に捨てる……両肘をついた手摺の向こうにぼんやりと視界に入っている……豊洲市場とその向こうの東京湾オーシャンビュー。
沖勇作の後ろから早川晶子本部長兼署長……が制服姿で来て話しかける。
「勇作先輩。今回はマグナム弾を使用しなくて済んだようね」
「ああ零華が。ああ、公安女子の……ポワッ!」と、振り向くこともなく煙を吐く沖勇作。
沖勇作の右横に並び立ち東京湾を眺める晶子。
「あ~あ、桐溝零華ね。実は私の差し金よ!」
「差し金?」と、小首を傾げつつ、晶子を見る沖勇作。
「警官と言えども人ですよね、先輩」と、晶子。
「そうだな」
「都内で起きている、盗難案件と兼務して、とある調査をするために零華工作員をウチで引き受けたのよ」
「そうなんだ」
「相変わらずね、先輩って。食いつかないクールな感じは」
「ああ。のちにわかるんだろ、晶子」
「うん。後々には先輩の力添えもいただくからね。では」
と、出入口に向かって去り行く晶子。
擦れ違いに……舞花と零華が来て……沖勇作の左右に立つ。
三人で見下ろす……東京湾風景……吸殻を携帯煙管しまう沖勇作。
「なんか? 刺さってたし、零華ちゃんの目」
「ごめんね、舞花ちゃん。私って、入れ込むと目が座っちゃうの」
沖勇作を挟んで微笑みあう舞花と零華。
TOYOSU―SYO屋上――俯瞰のローアングルシチュエーションで注ぐ夕日の中。
「オジちゃま」と、抱き着く舞花のシルエット。同時に抱き着く零華のシルエット。
動じずオーシャンビューを眺める沖勇作のシルエット。
ザッツ・昭和デカ! 第1章 了
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