第2章 その1

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 TOYOSU―SYO屋上――PV撮影中のドローンがそのビルを撮っている。ローアングルからの屋上シチュエーションで注ぐ夕日の中。

 ポニーテールの若井舞花とスレンダーボブヘアの桐溝零華が左右から沖勇作に寄り添っているオレンジ空を背景にしたシルエット。

 動じずオーシャンビューを眺める革ジャン姿の沖勇作のシルエット。

 二人のハニートラップイジリを諸ともせずの沖勇作がスマホをだして眺め、電話する。

「どうした、勇希。おお、明日は花金か……」

 キンコンカンコン! と、音声の鐘の音が聞こえてくる。

「よし、解散。終業時間だ」と、画面をタッチした沖勇作がスマホをポケットに仕舞う。

 そのまま線対称に振り返った三人が……手摺の陰に縮むように去り行く……。

「ねえ、今日はいい? 泊まりに行って。零華ちゃん」と、シルエット化した舞花の声。

「ダメって。本当に散らかっているの。私以外の布団も何もないのよ。ごめんね、舞花ちゃん」と、シルエット化した零華の声。

「嬢ちゃんのアパートって、どこらへんなんだ?」

「ああ、まあーって。セクハラだし、オジちゃまは」

「セクハラってぇぇぇぇぇ……そうか? この質問も」

 と、沖勇作を左右に引っつく舞花と零華の頭部も手摺の陰に見えなくなる。



 TOYOSUーSYO地下射撃場――ブラウン革ジャン姿の沖勇作が黒いマグナムを乱射する。赤い箱がもう四箱目を空にしようとしている。

 自然に求めず逆らわず、漂うような人生上の流れの身を投じたような、純粋で純真な目つき顔つきの沖勇作が、コンバットマグナムを撃ち続ける……。

 ドヒューン!

(純粋に、己を貫くぜ、俺は!)



 TOYOSU―SYO屋上――夜空は都心の街明かりの干渉で一番星のみが出ている藍色。対岸の臨む七色電飾の高架橋レインボーブリッジ。上り車線で各車両のヘッドライトがお行儀よく止まっては、一定の時間をおいて、まるで堰を通過した川を漂う大小様々な流木の如く流れていく。



 TOYOSU―SYO地下射撃場――三重の円の的が戻ってくる。ブース天板モニターに結果表示が出る。『54発中・黒点命中率100%』『EXCELLENT』

 薬莢をシリンダからこぼしだす沖勇作。

(此奴だってそうだ。銃が悪いわけじゃねえ、悪用する奴らが悪いんだ)

素早く器用に三発ずつ指に挟んでシリンダに込める。



 さびれた町工場の閉じたシャッター口――裸電球が優しい光を瞬きつつも注いでいる。裸電球が照らすシャッターに組み込まれた通用ドアを開けて、入って行く桐溝零華。

 町工場の近隣にはTOYOSU―SYO屋上と、別方向に赤色灯を瞬かせた梅野屋の煙突が。他には、街並みに垣間見える『竹の宿ビジネス』のビル上電飾看板。

 ……間もなく裸電球が、一定に瞬く……。



 TOYOSU―SYO地下射撃場――ブラウン革ジャン袖に包まれた右手にコンバットマグナム。右手で二発。宙に浮かして即座に左手で掴んで二発。またまた宙に浮かしたマグナムを、ターンして右手で掴んだ瞬間に二発撃つ!

(要は、扱う奴らの考え方次第で、善にも悪にもなるんだ!)

 コンバットマグナムのシリンダを開いてから薬莢を鉄の皿に、パラパラと零し出す沖勇作。



 豊洲市場付近の街並み――『竹の宿ビジネス』電飾看板を頭に乗せた七階建てビルは、ビジネスホテル。正面玄関に、ショルダーバックを肩に下げ入って行くポニーテール娘は……言わずと知れた若井舞花だ。

「お帰り、若井さん」と、きっぱり口調の女性の声が中で迎える。

「ん。只今。今夜もお願いします、女将さん」と、舞花の声。



 竹の宿客室の中――舞花が入って来て、間接照明機器が反応し明るくなる。

ドアを閉めた舞花がショルダーバッグをシングルベッドの上に荒くおいて、ポケットからスマホを出して、起動させる。

 その両手にしたスマホに『申立サイト黒板』のチャット画面。左右の親指を使って舞花が文字入力したり、スラッシュしたりする。



 REDMATTERの車庫兼住処――コンテナ倉庫の一角。赤さびのついた表面の二つ並んでいるコンテナ中は、一つ分がガレージ化している内装に、半分内壁の住居。

 リヤーエンジンをオープンした赤いスポーツカー。鉄板の壁に綺麗に並ぶ工具やカー用品。手洗い用の桶と蛇口。

 赤いレーシングスーツ姿の隼田恭介、二十四歳優男が台車に寝そべって車体後部のエンジン下部に潜っている。

 隼田が出てきて、真っ黒なオイルが入ったバットを手袋をはめている手で引っ張り出す。

 隼田がジャッキをかけてリフトアップして、シャーシーを固定していた馬を取り除いて、ジャッキで上げた車体を下す。

 隼田がオイルピッチャーに入った琥珀色のオイルをエンジン注入口に注ぐ。

 隼田がオイルゲージを抜いて、ウエスを添えて量を見る。

 隼田がボンネットを閉めて、手袋を外し――道具置き場の水道に『オイルもバッチし落ちる!』と、明記してある液体石鹸で手を洗って……ウエスで拭って、運転席に乗る。

「よし。今夜も行くよ。レッドビッジちゃん」と、言った思いを表情に秘めつつ……フロントガラス越しの隼田がハンドルの下に右手をやる。

 軽やかなエンジン音が二回高鳴る。

 目を細めて、耳を澄まし、頷いた隼田が少し口角を広げ、助手席シートに目を落とす。



 竹の宿ビジネスの客室――ベッドの上のショルダーバッグの更なる上に、舞花が来ていた衣服が乱雑に重なっている……。

 シャーっと、バスルームの中からシャワーの音が漏れている……。



 赤いボンネットのスポーツカーの中――車窓外はコンテナガレージの光景が。壁伝いに、それぞれの工具などのカーメンテナンス必需品一式などがお行儀よく並んでいる。

 エンジンがかかった赤いスポーツカーの運転席に乗っている隼田。

 助手席にスマホが置いてある。

 そのスマホ画面に『申立サイト黒板』の着信を知らせるコマンドウが出ている。

 隼田、画面を指タッチして、スマホを起動させる。


 ――サツにパクられた? どうしたら……ぱっくりマン――

 ――こちらはただ、ノリでコメント返ししただけよ。世直しアラサー女子……――

 ――世直しアラサー女子さんの影響で、REDさんに何かなかった? ⅯIK――

 ――うちの親会社が、追ったらしいのよ、そのサイトを。黒板サイトから足がつくかもだし!? ⅯIK――

 ――同郷の峠族女子だし(=^・^=) ⅯIK――


「舞は。今の立場を考えろよな、ったくぅー」と、隼田が口遊む。

 隼田が垂らした左手でスマホを持って、右手でハンドル上部を撫でて、前方を見つめる。

 左手に持ったスマホが鳴る。画面コマンドに080……の携帯番号が出る。

 隼田が目の前で見て、電源ボタンを押して着信拒否して、切る。が!

 直ぐ受信の音が鳴る。コマンドに同じ080……の番号。

 顔を顰めた隼田が、置いたままのスマホをスピーカー機能にして、電話に出る。

「ん。舞花だよ」と、テレワーク画面に、裸にバスタオル巻き付け状態を思わせる上半身の舞花が映る。

「いひっ!」

 ちらりとオッパイの頭頂部ギリギリまでタオルを捲って画面アップに見せる舞花。

「あーあ、もぉー。興味なくなちゃった? アタシの裸?」

「舞。もうするなって……」



 竹の宿ビジネスホテルの客室の中――ベッドの端に座ってスマホ画面を見つめている舞花。

 画面に、黒く塗られたパイプや鋼板で補強された車内の天井が映っている。

「ん。でもぉーそれって、オッパイ魅せること? スマホすること?」

 と、ハンドタオルで濡れ髪を拭いはじめる……舞花。

「もう別れたんだ、俺たち」と、隼田の声がごにょごにょと漏れる。

「それは、恭ちゃんの言い分で、アタシはオッケーしてないし」

「舞にとってはリスキーだろう。今の俺では」と、隼田の声。



 コンテナガレージの赤いスポーツカーの運転席――隼田がエンジンをひと吹かしする。

 フワーン!

 と、軽やかなトルクの回転音。

 助手席の置かれたスマホ画面に、客室をバックに舞花が映っている。

「だあってぇー」と、甘える舞花。

「もう一年だぞ、あれから」

「ん」と、複雑化した心境を吐息に乗せて頷く舞花。

「新任を庇うどころか、トカゲのシッポ切に、責任転換する懐の狭い上層部に――」

「ん。いろはでも伝説的速さは健在だしぃね、恭ちゃん」

「今の俺は、警察権力の頭の固い上層部に反旗を翻した革命者だぞ。舞にしてはリスキーだろうが!」と、署長する隼田。

「アタシだってギリギリセーフだったし。恭ちゃん」と、舞花。

「で、今夜って?」

「ん」と、軽やかなトーンで頷いた舞花が、「ビジネスシングルかな?」

「いい加減に。今の給料ならアパートくらいは住めるだろ、舞は」

「ん……。ん! 気に留めてくれているし、恭ちゃん」

「しゃあないだろ、元カノだろ、舞」

「じゃあ、明日八時に、お迎えいいよね、恭ちゃん」

「仕事場まで、徒歩でも十五分だろ」

「でもぉ……」

「車の方が迂回するからニ十分で、遠いだろ」

「いいでしょ。近道だけの生涯って、つまんないし」

「ま、試運転かねて行くけれど」

「ん。やっぱ、やっさしぃーし。好きっ、恭ちゃん」

「うっさいから」

 と、スマホ画面をタッチして、ひと吹かしする隼田恭介。

 フワーン!



 竹の宿ビジネスの客室――スマホを持った舞花がベッドの上に寝そべって、スラッシュする――画面に、『赤いスポーツカーの前でピースサインヤングバージョンを出して朗らかな表情で写っている隼田と舞花のツーショットスナップ――。



 TOYOSU―SYO地下射撃場――天板上に、赤い空箱が五つ。

 殻薬莢をダスト穴にガラガラと入れ……空き箱を分別の紙用ゴミ籠に入れるブラウン袖。

 ブラウン袖の手が……青い箱から三発、赤い箱から三発交互にシリンダに詰めて、マグナムを振ってシリンダを閉じる。

(よっしゃ! 動くまともブレはないぜ)

 と、確信を頷きに変えて、マグナムを腰フォルダに収めて、ブースを後にする沖勇作。



 さびれた町工場の閉じたシャッター中の一室――コンクリートモルタル壁で床面積四畳半のフローリングの部屋。

 前進を覆った流線形ボックス型ベッドに零華がすっぽりと納まっているのが、覗き窓から窺える。

 サイドチェストにシステム化されたPCの画面に、『充電率80%』のコマンドサイン!

 そのシステムPCにUSBで繋がったPパッド。

 他には、三百六十度パーンしてみても……ドアのみで窓すらない殺風景な零華のプライベートルームだ。


 人工頭脳内で――モニターに投影するが如く――今日の捜査課での様子と、警察採用書類のデータから……舞花の過去などを探っている――零華。

「舞花ちゃん。そうなのねぇ」

 と、特異点を超えた頭脳では、ひとの境地を思いやる零華。



 TOYOSU―SYO正面玄関表の五階建てビル――ダビットソン社の基本黒の単車がビルの横を来て……幅一メートルほど開いた門扉を出て行く。

 ド、ド、ド、ド……ド! ブローン!

 顎紐止めヘルメットに偏光レンズサングラスをして、ステイタスルックのブラウン革ジャンに裏ポケットはWをもじったロゴ糸縫いのブラックジーンズ、シューズカバーを纏った黒のハイカットシューズを履いたライダーが……夜の街並みへと消えていく……。



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