第2章 その2

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 都心の夜明け――湾のゲート口の如しのレインボーブリッジより東の半島から……今正しく晴れの日を予告する恒星が顔を出しはじめている。

 都心と言えども早朝の五時ごろまでは、街の騒音も穏やかだ。が!

 ド、ド、ド、ド……ド! ブローン!

 と、耳馴染みの単車のエンジン音が……TOYOSU―SYOビルへと近づいていく。



 TOYOSUーSYO正面門扉と中に玄関を臨む外観――お馴染み桜の警察マークとと『TOYOSU―SYO』表札のビル敷地へと、一メートルほど開いている門扉を通って、黒ヘルメットに、ブラウン革ジャン、ブラックジーンズと、シューズカバーをしたライダーが入って行く。

 ブローン! ド、ド、ド、ド……。

 建物横に『関係車両駐車場・出入口』の迂回路矢印案内看板。

 ビル陰へと見えなくなるブラウン革ジャンを着た沖勇作が運転する単車。



 TOYOSU―SYO屋上――零華が手摺から景観を臨んでいる。

 東京湾の対岸左にレインボーブリッジと晴海線の高架橋。

 赤いスポーツカーが豊洲署脇の大き目な通りを通過する。



 その地下射撃場――ブラウン革ジャンの袖に包まれた左右の手が交互に、この朝もコンバットマグナムで的を撃つ。

 ドヒューン、ドヒューン……ドヒューン!

 と、銃声が納まると。奥から戻って来る的の黒点に大きな穴は、ど真ん中を六発射抜いた証だ。

 得意顔して笑って、銃口を吹く沖勇作。



 竹の宿ビジネス――このビジネスホテルにも当然日朝日は注ぐ。

 玄関前の路肩に赤いスポーツカーがハザードランプを焚いて横付けする。



 その客室の今朝は――無造作に捲られたベッドの掛け布団……バスルームからは朝シャンの水の音が漏れている。

 ベッドヘッドのデジタル時計は、07時30分。



 TOYOSU―SYO屋上――零華が手摺から景観を臨んでいる。

 東京湾を照らす恒星の、この時季の光は些か激しい。

「お早う、桐溝零華警部補」と、後ろから声をかけた主は、早川晶子署長。

 振り向く零華が。

「お早う御座います。お母さん」と、零華が返す。

「キリタク君の遺志を継ぐあなたは、もうすっかり……」

「はい。でも、まだまだ人情は奥深いですね、お母さん」

 手摺際で、零華と並ぶ晶子も、湾の景観を臨む。

「そうねー。おぎゃーと生誕してからの世界観は、たとえ双子でも違って来るわ」と、晶子。

「双子でも?」

「そうよ。左右に位置取りが決まれば、一人は右を向き、もう一人は左を意識するわ」

「なるほどね、コピーのずれカンのような……?」

「ううん……? ! ま、あなたの思考ではそれでもいいかな? でもね、もっと複雑な情が絡んでしまうから……いいや、まーぁ。シンプルに思考すればそれもあり寄りのありで、単純になるんだけれどね」と、一つ頷いて細めた目を零華に向ける晶子。

「計算できないね。人情は。お母さん」と、微笑み返す桐溝零華。



 赤いスポーツカーの車内――ビルの狭間に朝の恒星が見え隠れしている。

 煙たそうな顔で隼田恭介が運転するスポーツカー車内は、鋼鉄パイプで補強されている。

 フロントガラスの外に都内の街並みが流れゆき……助手席に……ポニーテールの舞花。

「なら、一緒にお泊りすればいいし。ラブホも入れるよ、恭ちゃん」と、ルンルンな舞花。

「歩いても十五分だろ」と、隼田。

「いいでしょ。車なら迂回するからニ十分だし」と、舞花の膝にショルダーバッグ。

 横目に舞花を見た隼田。「舞だけには敵わないよ」



 TOYOSU―SYO正面玄関――一般男性が自動ドアを入って行く。

 門扉外に、路肩に止まった赤いスポーツカー助手席から降りるポニーテールの舞花。



 その1階オープンフロア――『免許書更新』の受付カウンターに制服警官の豊川海晴、二十三歳がいる。入ってきた一般男性が、海晴に、免許証とハガキを出して、待合椅子に座って何の気なしに前を見る。階段と、稼働する音が僅かにするエレベーター。

 玄関から若井舞花がルンルン気分で、得意のポニーテールも些か跳ねている。

 海晴が舞花を見て声をかける。

「どうした、舞花。朝っぱらから……」

「ん、海晴。おはだし」と、舞花が掌を回すように振る。

「おはよ、舞花。今朝はご機嫌ね。っで?」

「ん、う」と、首を振って、「なんにも」と、顔にも喜びが滲み出ている舞花。

「ほんと、お天気さんだね、舞花は」

 掛け時計八時二十五分。

 舞花、掛け時計を見て、

「あ、ミーティングだしィ。じゃ」

 と、ポニーテールを縦に揺らしつつ……バッグを密着し軽やかに階段を駆け上がる舞花。



 TOYOSUーSYO捜査課――観音ゲート。Uの字デスクに五台のデスクトップモニター。鮫須係長と真中巡査と桐溝零華らが、各々のパソコンを使っている。

 沖勇作が、目の前のパソコンを顰めた顔つきで四苦八苦なマンティスタッチで、コンバットマグナム文鎮代わりに紙手帳をデスク上に開いて、入力作業をしている。

 観音ゲート上の掛け時計08時29分。

「ああ……セーフ」と、ゲートを声を共に駆けこんできて、ポニーテールも跳ねて、着地した舞花。ショルダーバッグがずれ落ちる。

 鮫須係長と真中が見て、表情を緩める。

「おはよ、舞花ちゃん」と、パソコン画面をガン見したまま、うっすら微笑んで入力を続投する零華。

「ん。おはー、零華ちゃん」と、舞花が近づく……。

 零華の座っている無法地帯化していたデスクの上の紙ベースのファイルが可成り減っている。

「これって、零華ちゃんが……」と、自分の席に向かう舞花。

「ん、そうよ。真中先輩では役不足だと考慮してね」と、ブラインドタッチと目の集中を切らさず答える零華。

「にしてもぉースゴ! 鬼スゴ」と、席に座って、ショルダーバッグを下に置く舞花。

「うんそうだよね、この処理能力の速さは、神ってるよね、若井さん」と、真中が右に顔を振って口を挟む。

 ――八時半の鐘の音音声――が、カランコロンカラァン! と鳴る。

「では、ミーティングをはじめよう、諸君。おはよう」と、鮫須係長。

 零華。真中。舞花。そして沖勇作が鮫須係長を見る。『お早う御座います』の声が揃う。

「まずは、本日から正式にこの課に執行となった桐溝零華君だ。よろしくお願いするよ、諸君」と、鮫須係長が周知する。

「ん。よろしくね、零華ちゃん」と、舞花。

「改め真中透です」と、横を見てちょこっと頭を下げる真中。

 沖勇作が鼻から息を抜き微笑む。

「改めまして。本日、早川晶子署長から執行を命じられました桐溝零華です。今、何件かの事案を追ってもおります。詳細を告げずにご協力を求めることもありますが、御料地下さいね」と、笑顔を見せて、ちょこっと小首を傾げる愛らしポージングをかます零華。



 銀座三丁目ホコ天――都市型迷彩服で目出し帽男が大時計を乗せたビル陰から出て来て、叫ぶ。ビル上の古くからのアナログ時計が十時、ジャストで鐘の音がカランコロンと鳴る。

「うォおおおおおお……我は桐島拓郎! この国の無能なお歴々に物を申す者也! タァー」と、腰の弾帯にぶら下がる鞘からアーミーナイフを居あい抜き――無差別に斬りつける……。



 TOYOSU―SYO捜査課――観音ゲート上の時計が10時01分を表示する。

 ビービー!

「各局各局。只今銀座三丁目交差点付近で、ナイフを持った通り魔が通行人を襲っていると、通報あり。警視庁管内各署の捜査員は直ちに出動願います」と、館内放送が鳴る。

「諸君。行ってくれ」と、鮫須係長。

 と、口火を切った時にはもう、ブラウン革ジャンをはためかせ……観音ゲートまで飛び出している沖勇作。

「え、早、オジちゃま」と、ハンドバッグを鷲掴みに、ポニーテールを揺らして続く舞花。

「零華君も頼めますか?」と、鮫須係長。

「オーライ。ボス!」と、二つ返事を放って急ぐ零華。

「真中君と組んでくれ」と、鮫須係長。

 頷いた真中が些かルンルン気味に、零華の後を追うように行く。

 落ち着き払って鮫須係長が座って、パソコンのマウスをクリックする。



 銀座三丁目ホコ天――野次馬の大枠垣根が出来た中に、アクリル盾で囲って武装している機動隊集団。ちらほらと各テレビ局の取材カーも見え始めている。

 野次馬は遠慮しらずに……パシャパシャと写メや動画を撮るため、スマホのレンズを向けている。

 現場ホコ天には、両若男女問わずの、出血、流血様々に痛手を負って倒れ込んでいる被害者の数々……十数人!

 機動隊集団に盾を割って出てきた拡声器を持ったスーツ男が二人。

「えー君。投降しなさい。もう逃げられない」と、機動隊らを手で示し、「完全に通り魔殺人犯だ。生かしたまま捕まえたいのだが」と、些か年配のスーツ男が交渉する。

「うっさい! お前みたいな平和ボケがヘッド張っているから、この国はダメなんだ」

 と、抱えていたボディコンスーツ女の背を押して、刺す。

 フリーになったところで、捕まえようと動こうとする機動隊集団に。

「いいぜ、きな!」と、迷彩戦闘服の上着の前ボタンを外して捲る。

 と、胴体に巻かれた遠隔式爆弾。

「自爆する気か?」

「だったらどうなんだ」

「ええ……その量では銀座三丁目が吹っ飛ぶ」

「だから何だ! 我らの遺志を継ぐ者は、もう……」

「何を言っている。さっきから。言いたいことがあるなら、生きて、検察で言えばよい」

「お前らじゃ、話にならんさ。じゃあな」と、ポケットから出したスマホにタイマーが。『START』のコマンドに指を近づけたとき!

 ドヒューン!

 と、銃声が轟いた瞬間にはもうスマホを弾き飛ばしていた。

 宙を行くスマホを、目出し帽の通り魔が追おうとするが、建物陰から美脚のおみ足が真一文字にそのほっぺたを射抜くように蹴って!

 宙を飛んでいるスマホがついに軌道を低くした一瞬に、ポニーテールヘッドの手が掴んで……キャッチする。

 伸びた通り魔犯に手錠を嵌めた真中が、爆弾ベストを肩のマジックテープを剥がして脱がせて、コンプリート。

 コンバットマグナムの銃口を吹いて腰裏に格納し、ニヒルVサインをかます沖勇作。


 TOYOSU―SYO捜査課――12時34分。観音ゲートを入ってくる真中。舞花。零華。デスクで迎える鮫須係長。

「コンプリートです。鮫須係長さん」と、零華が報告する。

「即決解決だし」と、舞花。

「いいんじゃないか、このチームって」と、沖勇作の声らしき耳鳴りを聞く舞花が自分の席に着く。

「さあー出番かな」と、真中が伸びをして、「では、係長。行ってきます」と、敬礼して再び観音ゲートへと向かう。

「零華ちゃんって、鬼強だし」と、舞花。

「そんあー嗜む程度ですよー舞花ちゃん」と、零華。

「仲がいいのですね、お二人は」と、鮫須係長。

「ん。高級魚失踪事件いらいだし、ねぇー、オジちゃ……」と、見渡す舞花。「……まぁー」

 沖勇作がいない。

「あれ? オジちゃまは」と、舞花。

「え、いたと思いましたが……」と、零華。

「ああ、きっと手入れしているんだろう、相棒の」と、鮫須係長。

 いない沖勇作の席。



 TOYOSU―SYO屋上――

「彼は、桐島拓郎ではないわ。先輩」

「ええ? どういうことなんだ、晶子」

「確かに、二年前。キリタクこと、桐島拓郎は……」

 沖勇作が右手の指に挟んでいるタバコの灰が……長くなってポトリと落ちて散り散りになる。



 TOYOSUーSYO捜査課――Uの字デスクに五台のデスクトップモニター。観音ゲート上の掛け時計17時26分。

 沖勇作が顰めた顔でパソコンを使っている。

 沖勇作を横目で見つつ……スマホする舞花。画面に『申立サイト黒板』のチャット欄。

 鮫須係長が課内全体を見る。

「おおー真中君。半年溜まっていたデータベース入力は済んだようだね」と、鮫須係長。

 真中が右隣りを見て目を丸くする。

 零華がすべての紙ファイルをデーターベース入力を済ませて。久々のピッカピカデスク天板状態になっている。

「そういえば零華さんは?」と、真中。

 画面に目を奪われつつも沖勇作が両腕を広げて肩を竦め――「don‘t know」のポージングを真中に送る。

 ――カランコロンカラン……と終業時間を知らせる音声――

「よし、帰る。みんな、そこそこにな。お疲れ様」

 と、立って、観音ゲートに行く鮫須係長。

「お疲れ様です」と、全員が口遊む。

 鮫須がゲートの扉を揺らして出る。

「じゃ、アタシも」と、立って周りを見る舞花。

 沖勇作がキーを押す指を止めて画面を睨む。

「パソコンNG? おじいちゃまって」と、舞花。

「……ううん、ああ。まあーこれでも、なんとかな」と、沖勇作。

「真中巡査部長って、パソコン得意だし」と、舞花。

「ううん……」と、真中。

「そもそもどうして溜まったの、かな?」と、舞花。

「ううん……それがね」と、真中。

 舞花が真中を見ながら首を傾げる。

「バディだった婦警が寿退職してね」と、真中。

 舞花が眉をひそめた顔をする。

「それで、前年度下半期の捜査記録をデータ入力していたんだよ」と、真中。

 舞花が机の下からハンドバッグを出す。

「零華さんが神っていて、救われたよ」と、真中。

「終わった。帰る」と、沖勇作。

「オジちゃまは、手伝わないの?」と、ハンドバッグを肩にかける舞花。

「俺」と、鼻を指差す沖勇作。

「ああ、先輩のお手はいいんですよ」と、真中。

「どうして、です?」と、舞花。

「自分の捜査日誌さえ。途中お出かけがあったとはいえ、出勤時から今で」と、真中。

「ああ、納得だし」と、舞花。

「なんか? 今日は変なのが邪魔で」と、画面を指差す沖勇作。

「言い訳だし……ハッ!」と、目と口を開ける舞花。

「ワープロする途中、反応が……鈍る」と、舞花を見て、口を左右に動かす沖勇作。

 小首を傾げる舞花。「それって、バグる、かな?」

「じゃ、トール。お先。ああ、嬢ちゃんも」

 と、革ジャンの両襟を持って上にあげ着直す沖勇作が、観音ゲートに向かう。

「今夜もですか、先輩」と、真中。

「まあな。お疲れ」と、ゲートを出て行く沖勇作。

「今夜もって? 何ですか? 巡査部長」と、舞花。

「ああ、先輩。交通課の手伝いをしているんだ。マグナムとバイクテクでね」と、真中。

「交通課? バイクテク?」と、舞花。

「そう。警視庁通達の第一級検挙通達さ。案件名爆走野郎制圧の」と、真中。

 舞花がバッグの中のスマホを握る。

「若井巡査は、運転は?」と、真中。

「ぼちぼちな感じ……」と、舞花。

「ううん、じゃあ、足手纏いだな」

 と、真中がマウスの右クリックをして立つ。パソコン画面がシャウトダウンする。

「ええ……足手纏いって」と、舞花。

 真中が窓を覆うブラインドを開ける。

「爆走野郎……って?」と、舞花。

 観音ゲートに向かう真中に、舞花が続く。

「先輩でも、手強い、爆走野郎は」と、真中。

「腕って、マグナム?」と、舞花。

 真中が頷いて、無固定の扉を出て行く。

 舞花が開いた扉の前で振り向く。

 沖勇作の席を見る舞花。

 窓の外に、暗くなった空と、湾対岸の東京タワーと周辺都心の夜景。



 TOYOSUーSYO1階のフロア――掛け時計が五時四十四分でも、外光が明るい。

 免許更新受付の海晴が、中年女性と言い争っている。

 沖勇作がエレベーターから降りて来る。

「もうこんな時間。お夕飯の買い物が。本当に融通が利かないんだから警察って」と、ヒステリーオバサンがプリプリと玄関を出て行く。

 軽く笑顔を湛えた表情で見送っている海晴。

 沖勇作が来て、「お疲れさん」と、声をかけ……ニヒルVサインをかまして通用口を出て行く。

 一変した表情の朗らか笑顔で革ジャンの背を見つめる海晴。

 閉じたドアの外から聞こえてきた、ブローン! と、沖勇作の単車のエンジンの音。

 ……ド、ド、ド、ブローンっと。正面門扉を出て行く沖勇作の単車が玄関から見える。



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