第2章 その3
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TOYOSUーSYOビル――俯瞰の夕暮れに染まる警察マークと『TOYOSU―SYO』玄関と同じ文字が屋上手摺下についている。
GPSマップでストリートビューを使用したなら――銀座から東京駅を隔てて――その外観はドラマやアニメでもうお馴染みの警視庁も夕暮れを迎えている。
警視庁ビルの正面――大きな通りを警視庁の裏手に行くダビットソン社の単車。黒いヘルメットに、時間に染まって赤っぽい革ジャンの背を膨らませているライダーは、沖勇作だ。
警視庁の会議室――外光を一切受け付けない窓のない部屋で、コの字型に用意された長机に、開いた先の壁には壁掛けモニター。
準備をしている望月遥が、ドア前の席でPパッドを起動して、『REDMATTER検挙対策本部』のタイトルとレインボーブリッジ中心の首都高の俯瞰マップをモニターに投影する。
ドアからPパッドを持った沖勇希と、それぞれの階級章が異なる交通課制服を着た男女四名も入って来て、席に着く。
ドアを開けて、沖勇作が入ってくる。ドア上にデジタル時計は、18時30分。
もう一席分しか開いていないので、選択の余地なく前空きブラウン革ジャンをはためかせ席に着く沖勇作。
望月遥巡査部長が姿勢を正して、口を開く。
「では、定刻ですので、REDMATTER検挙対策本部の打ち合わせをはじめます。では、本日は警視庁交通課課長兼管理官の上原公一警視をお迎えしておりますので、冒頭あいさつを賜りたいと」と、遥が司会進行する。
上原公一、三十七歳が座ってふんずりかえった状態で口を挟む。
「ああ、いいよ。時間の無駄を省こう。早速議題に入ってくれたまえ、諸君」と、苦味でもかみ殺したような笑顔を振りまいた上原公一が顔の前で手を振る。
「では、お言葉に甘えまして。本会議の本部長であられます、警視庁交通課高速道路交通取締班班長の、風見雅美警部お願いします」と、遥。
風見雅美、二十七歳が机に両手をついて立つ。
「えーこれまで四度検問にかかりましたが、洗練されたドライビングテクの前に未だREDMATTERを捕えるどころか、暴走を許しまくってしまっている状況です」と、雅美。
制服巡査部長階級章の男子警官が、「穴あきか、検問」「ふん。トロイのか?」と、ぼそぼそ言って、笑いあう。
沖勇希が望月遥と目が合って、薄笑みで会釈をしあう。
「REDMATTERが出没には、金曜日の22時から深夜1時の間で。必ずレインボーブリッジを通過します。皆さんのお力添えで今夜こそ。REDMATTERが現れたなら検挙願います」と、雅美。
「では、これまでのREDMATTERに関する出没状況を。その前に。警視庁交通課以外から出向していただいております方々の紹介を。豊洲署捜査課の沖警部補」と、遥。
沖勇作が起立して、お辞儀して、着席する。
「警視庁捜査第三課の沖勇希警部補」と、遥。
沖勇希が同様に起立して、お辞儀して、着席する。
「ほおーお二人は親子ですかな?」と、上原警視が問う。
「ですが、職務中は一介の警察官です。私情は挟みません」と、低い声で主張する勇希。
座ったままで沖勇作も、フォーカーフェイスで小刻みに頷く。
「ま、いいでしょ。それより今夜からはしんがり覆面車が使えるよ。風見君。Ⅼ社のレックーザ800がチュンナップ済みですよ」と、上原警視……ドヤ顔。
高山浩司、二十五歳と、芝山淳司、二十五歳が微笑みあって、
「俺たちにお任せを、女ボス殿」と、高山が得意顔で言う。
「こんないかれ暴走男は、即座に逮捕ですよ、女ボス様」と、芝山が笑顔を振りまく。
「おお頼もしいですなぁ、お若いお二人さん」と、沖勇希が口角左を歪めて言う。
「今回からこのお二人も? 遥の姉ちゃん」と、沖勇作。
「ああ、そうでした。自ら志願してきまして……」と、遥が頭を掻きつつペコペコと首を垂れる。
「俺、高山浩司巡査部長だ。おっさん」
「で、俺が、同じく芝山淳司。オッサンとオバサンの出る幕はないぜ。寝てていいよ」
「ほおおーそれはそれは……」と、にっこり笑って頷くばかりの沖勇作。
「ふん」と、そっぽ向いた勇希が、「鼻っ柱、高すぎると、へし折るのも簡単よ、お兄さんたち」と、横目にミスる沖勇希。
「まあまあ……活気があって、今夜こそお縄確実ですね、皆さん」と、遥がまとめる。
「では、今夜、レインボーブリッジを21時30分から検問所設立します」
と、風見雅美が、上原公一を見て、立って、敬礼する。
「ま、お若い二人と、レックーザで決まりでしょう、諸君」と、上原公一。
「お任せあれ、管理官殿」と、にやにやする高山。
「明日朝には吉報をお届けします、管理官様」と、鼻から息を吐き笑う芝山。
意味深に微笑む風見雅美。
(そうはうまくいくかしらねぇー)と、心中で疑う望月遥が、愛想笑いしている。
そっぽ向いた沖勇希が、振り返る。
沖勇希と目が合って、顔を縦に伸ばしつつ……頷きあう沖勇作。
「ま、捕まえられたなら、それでいいぜ、俺はな」と、沖勇作が立ち上がって、敬礼する。
「では、集合時刻は現場に21時としましょう」と、望月遥。
「オーライ。遥姉ちゃん」
と、ニヒルVサインを遥にかました沖勇作が、会議室を出て行く。
横浜ベイブリッジ――ふ頭の上を螺旋状に渦巻く道。
大黒ふ頭・大黒サービスエリア――大小様々な車両で混雑している駐車場に赤いスポーツカーが止まる。駐車場から壇上の縁石を経て……建物へと行く途中にある大時計は、六時三十分。この時季の夕方はまだ日が高く明るい。
運転席に乗っている隼田恭介が降りて、『FOODCOAT』看板の建物へと入って行く。
FOODCOATの中――食事する隼田。
隼田がスマホで『申立サイト黒板』のチャットを画面に出して、ⅯIKからのメッセージを見る。
――今夜、虹の大橋で、デートする? ⅯIK――
(だから俺にかまうなって。舞の奴は)と、思い起こす隼田……。
(回想)都心の焼けに栄えするレインボーブリッジ――一年前の路上に停車する白いスポーツカー(覆面車)。フロントガラス越しの車内に、巡査階級章の制服を着た隼田恭介が運転席にいる。
助手席にもう一人の巡査部長階級章の男子警官が乗っている。
「おい、隼田。初乗りのピカピカだからな、壊すなよ。GT4を」
「はい、先輩。任せてください。俺のテクニックで、鬼金です」と、口を動かす隼田。
ブザーが鳴る。目の前を赤いスポーツカーが猛スピードで通過していく。
隼田が速度測定器のスイッチを押す。
「時速130キロだぞ!」と、巡査部長がフロントパネルを指差す。
巡査部長と顔を合わす隼田。
「来たー! 追います」
と、GT4を発進させる隼田。
白いGT4の屋根に赤色灯が自動で出て光る。サイレンを鳴らす。
猛スピードで走る赤いスポーツカーを追う白いGT4。
巡査部長が警告を発する!
「そこの赤いスポーツカー、ナンバー品川・た・123。次の出口を出て、停車しなさい」
赤いスポーツカーの後ろに追いついて、追随する白いGT4。
赤いスポーツカーの後ろ――テイルズノーズをかます白いGT4。
白いGT4に追随される赤いスポーツカーが、前方のトラックを避けて縁石でジャンプして、高架橋から転落する。
翌日の警視庁――会議室の中で、机に並んだお歴々の中に警部階級章の上原公一。
ドアを背に立つ隼田恭介と早川晶子(当時交通課班長)。
「やり過ぎだよ。君の責任ね」と、上原公一がお歴々の顔色を窺う。
ただ頷くだけのお歴々。
「わたしは、ただ。側道超過違反者を」と、隼田が主張する。
顔を見合わせるお歴々……上原を見て頷く。
「ま、結果がすべてだよ、君。処分が出るまで、自宅待機とする」と、上原公一。
「しかし!」と、隼田が前に出る。
晶子が隼田を止めて、背中を軽く叩く。
隼田が顔を歪めて口を尖らせる。
回想中の闇の中――隼田の脳裏に声がする。
「査問委員会の決定を下す。隼田恭介巡査部長は、高額公用車両破損の罪で、解雇だが。早川晶子警視正の弁護に手依願退職処分とする」
「早川晶子警視正は、豊洲署署長を命ずる……」
「ま、世間体的にはクビよりましでしょ。君は若いからまだやり直しがきくわよ」と、晶子の優しい言葉……が、脳裏に浮かびあがってはフェードアウトする。
「グゥウウウウウ……」と、腹の虫を収めようとする隼田恭介自らの苛立ちと制御。
脳裏の暗闇にオレンジの光が差し込み……やがて薄明るい室内灯の光が注ぐ。
夜となったFOODCOAT――隼田が、ナポリタンに焦点を戻す。
隼田がながらスマホで『申立集団サイト』のチャットに文章を打ち込む。
――俺はただ、まじめに仕事をしただけだ。警察の本音懲戒免職。建前の辞職扱い。職務上のミスすら、下を庇えない情けないお歴々連中。捕まえられるものなら、捕まえてみろ! レッドマター――
と、食を終えた皿が乗ったトレーをカウンターの返却口へと運んで、店を出る。
警視庁――前を行く沖勇希と望月遥の覆面車と、沖勇作の単車の単車。
東京タワー付近のタワマンから、高速道路交通取締検問準備が進むレインボーブリッジを双眼鏡で眺めている近藤孝道。
竹の宿――客室のベッドでスマホを見つめる舞花。
「かかわるなよ、ⅯIK」と、REDMATTERハンドルネームからのコメント。
晴海インターチェンジ――晴海通り(有明通り)から首都高晴海線へと、単車で向かう沖勇作の横を、煽るように追い抜いていくレックーザ800の覆面車……。
構わずひたすらマイペースで……現場へと向かう革ジャン黒メットのライダー、沖勇作。
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