第2章 その4

   4


 大黒ふ頭から螺旋状に天に向かう高速道路。ゆるやかに走る赤いスポーツカーは、REDMATTER――。空はもうすっかり夜となっていて、路肩に設けられている薄明るい外灯にヘッドライトの視界。



 REDMATTERの車内――メーターパネルの針は時速60キロパーアワーを示している。フロントパネル並びのナビゲーションシステムのデジタル時計は20時20分。

 ステアリングを支える程度に右手で上を持って……その遊びを感じつつ……薄笑みを浮かべ腰を据えた状態でフロントガラスを見つめる隼田恭介。

 螺旋の道筋がやがて……まっすぐな高速道路連絡口へと差し掛かり、アクセルペダルを徐々に踏み込む隼田の右足。やがて時速100キロメートルパーアワーで安定走行となる。

 車窓の外の光景の流れ具合でスピードが上がったことを示しているREDMATTERのミッドシップツーシーターカー。


 REDMATTERの外観――夜の海を下界に従えた天の道筋を行く赤いスポーツカーのミッドシップツーシーターカー。時頼他の車両ともすれ違ったり追走したりとするが、今夜の道路状況は緩やかだ。制限速度表示も今夜は点灯しておらず、高速道路フリーの制限速度状態だ。

 ヘッドライトを焚いて。軽やかなエキストロノーズを奏でて。快走していくREDMATTER――。


 ライトアップのレインボーブリッジ――首都高湾岸線から『有明ジャンクション』を左折して……ブリッジへと連絡するジャンクション道路に検問を張る警視庁交通課の白黒パトカーや警察バスなどと、カラーコーンで規制したゲートで交通課制服警官数名が抜ける各車両を赤色灯の警棒を振って誘導している。抜けたところの路肩にカラーコーンで仕切られた簡易の安全地帯。中で二台の白バイが待機している。

 赤いスポーツカーを止める警官。

「どちらへ?」

「免許証を拝見願います」と、免許証を受け取り明るいところへと移動するその警官。

「え。帰宅よ」と、サングラスアラサーイケ女(リサ)。

「失礼ですが、お住まいは?」

「都心のタワマンですが、なにか?」

 グローブをした掌を見せて免許証を確認する警官のところへと歩み寄るその警官。

「これはミッドシップではないな」「そうですね。違反改造もなしです」と、ぼそぼそ。

「ねえー。行っていい?」

「あ、どうぞ」と、免許証を返す警官。

「安全運転で。ご協力ありがとうございました」と、もう一人の警官が敬礼する。

「にしても」「可愛っかったな」「はい。でもどこかで見たような……」

 と、後ろ五台目の赤いセダンを止めて、職質する二人の警官。後ろに控える機動隊防護装備の二人の警官。


 ――沖勇作の単車がコロシアムドームと多面のテニスコートの公園を崖下にして『有明ジャンクション』を右折して……レインボーブリッジへと向かっていく……。


 レインボーブリッジの検問所を抜けた路肩にカラーコーンで囲われた安全地帯に、レックーザ800が止まる。両サイドのドアが同時に開いて……場違いスーツのパンツの裾が、高級そうな革靴が、地に足をつけて……完全下車状態でドアが閉まる。

「淳司。一応声を」

「ああそうだな。浩司」

 と、降り立った足から上へとアングルをパーンすると、検問所に目を向けるサングラスをかけた高山浩司と芝山淳司。片耳にインカムシステム装置をしている。

 パトカーに控える二人の警官に歩み寄り、フレンドリーチックに声をかける高山と芝山……。

「お疲れっス」「どうです」と、両サイドから話す二人。

「一台の赤いスポーツカーに職質したようだが。ここから見てもミッドシップではなかった。それにしても、お前ら、交通課だよな」

 と、警部補階級章の交通課制服警官が物入りする。

「ま、いいじゃないっすか」と、芝山淳司。

「その時は捕まえればいいっすよね、警部補」と、高山浩司。

 呆れ顔で一定方向を見る警部補。その視線の先に……安全地帯のレックーザ800横に止まる白い高級セダンの覆面車。助手席窓が開き……沖勇希と、運転席から覗き見る望月遥が笑顔で敬礼する。

 受けて敬礼する警部補ともう一人の警官。

 背を向け歩き去る高山と芝山が、「じゃ、俺たち」「待機しまあーす」と、戻って行く。


 覆面車の中で再度敬礼する沖勇希と望月遥……見向きもせずに、ただただレックーザ800に戻る高山浩司と芝山淳司。

 一変させた仏頂面の勇希と遥……助手席窓が閉まる。


 ――視界に、簡易安全地帯が見えて来て……レックーザ800と白いセダンの覆面車が簡易安全地帯に止まっているのを黙認する単車を運転している沖勇作。

 黒メットうちのインカムの無線が入る。ピィー!

「ついたわよ、ガンマンさん」と、勇希の声がする。

「ああ、見えている」と、返す沖勇作。「間もなくだ」

 白いセダンから降りる望月遥と沖勇希がこっちを見るのが分かる。

 特別仕様のロックボタンでアクセルをキープして、右手でニヒルVサインをかます沖勇作。

 戻って来る場違いスーツの高山浩司と芝山淳司……安全地帯の方を向いたまま、サングラス越しに嘲笑う口元。

「スカシちゃって」と、遥。

「なんなの? あなた達って」と、勇希。

「俺たち二人で」と、浩司。

「見物してなよ。オバサン方も」と、淳司。

「お! 自信満々だ。頼もしいな、お二人さん」と、インカム越しに話す沖勇作。

「寝てていいぜ、オッサン」と、高山の声。

「単車じゃ無理か」と、芝山の声。

 黒ヘルメットの中の沖勇作の顔が……半透明のサングラス越しに微笑するその目。


 REDMATTERの車内――夜の高速道路の『湾岸線』を羽田方面へと進むフロントガラス越しの視界。80キロの速度制限標識が灯り……道が混みだす……。

「混んでるな」と、閃きの顔で、ウインカーを左に出す。

 フロントガラスや車窓の外が……右折して……『川崎浮島ジャンクション』から『K6』を『横羽線』へと流れ行く風景……。


 簡易安全地帯――ライトアップされたレインボーブリッジの路肩に設けたカラーコーンの待機エリア。白バイ二台と、レックーザ800。白いセダンの覆面車の横の余地に……止まる単車は――ダビットソン社の大型バイク。シューズカバーの左足がサイドスタンドを立てて車体を安定させる。

 両足を地につけてブラックジーンズに革ジャンスタイル……黒メットを取ったその主は、透け感レンズの黒マーブル縁サングラスをした沖勇作だ。片耳にインカム。

 腰位置の革ジャンの中に入れた右手が掴んだものは、コンバットマグナム!

 サイドスタンド立ちで立てた単車に跨って、沖勇作がコンバットマグナムのシリンダを開いてチェックする。六発弾は入っている。軽く振ってシリンダを戻し、腰裏の隠しフォルダーへとマグナムを収める沖勇作が、偏光レンズサングラスの透明感の中のその目が検問所を見て、やや下を見る。

 白いセダンの運転席の窓が開き、遥と勇希が敬礼する。と、沖勇作も得意のニヒルVサインを敬礼代わりにかます。

 レックーザ800の高山浩司と芝山淳司が口を挟む……。

「遅かったな、オッサン」と、浩司。

「まあその単車は、スピードでないもんな」と、淳司。

「……」と、些か口角のみで笑う沖勇作。

「それでどうやって、時速120キロ越えの相手を捕まえるのか?」と、浩司。

「まあー、体当たりか?」と、淳司。

 に、完全キレる勇希と遥……

「あのね!」と、遥。

「いい加減にしなさいよ、あなた達」と、勇希。

 白いセダンに掌を向けた沖勇作が。

「いいさ。イジられているだけ、意識されているって証だ」

「でも。いくら何でも親子の年差の沖勇作先輩に対して……」と、遥。

「レックーザ800と浩司のドライブテクで、コンプリートだよ」と、淳司。

「そううまく行くかしら、ねー遥ちゃん」と、勇希。

「レーサーライセンスゲットしているし、俺」と、浩司。

「ま、いいさ。捕まえられればな」

 と、静かな笑顔をそのサングラス越しでもはっきりと見せる沖勇作。



 首都高芝浦ジャンクション連絡で『台場線』走行中のREDMATTER――前ナンバープレートの大きな数字『・444』が『REDMATTER』文字へと回転して変わる。

 見るからに加速するREDMATTER異名の赤いミッドシップカー。

 とある視点を通過し――走り行くバックナンバーも『REDMATTER』だ!



 レインボーブリッジの簡易安全地帯――三台の単車と乗用車が二台。

 ……スローながらも軽めのエキストロノーズが!

 目を左右に動かして聞く耳を立てる沖勇作。

 ……徐々に轟が大きくなり――継続し――甲高さを増すエキストロノーズ!

「きたぞ!」と、インカム越しに周知する沖勇作の声。

 ――検問車線の対向車線を見る沖勇作。

 ゲートに阻まれ混雑の検問所状況にしては、エキストロノーズの響が継続している――。

 沖勇作の顔が一定方向に釘付けとなる。

 首都高『台場線』方面から来たのであろう……一回転ループする道を推定速度80キロ平均で来るスポーツカーであろう赤い屋根。

「対向車線から来るぞ」と、沖勇作の声。

「よし、行くぜ、浩司」

「ああ、淳司」

 と、自動で屋根の上に赤色灯を出し、動き出すレックーザ800だが、すぐ停まる。

「対面って?」

「下だ。パーキング」

 右のミラーの黒メットを被って発進し。レックーザ800を追い抜いて、ターンして、走行しつつのアクセルロックキープして、マグナムを三発撃つ。ドヒュッパヒュッドヒュッと前輪パンク状態のレックーザ800のフロントをジャンプ台にして飛び跳ねる沖勇作の単車!

「おおい、オッサン」

「この車は!」

「平気だ。少年だってスケボーで飛び越えたぞ!」と、着地した単車をターンする沖勇作。

『それはアニメって!』と、重なる高山と芝山の声。

 ――橋上ストレートに来たREDMATTERに向かって、正対した単車に跨ぐ沖勇作。


 REDMATTERのフロントガラス越しの……視界――運転する隼田恭介が、お! と言った口をして、「ふんー」と、鼻で息を抜き笑う。

(あの単車。勇作先輩か?)と、内心思う隼田。

 直線になった橋の入り口からの推定距離500メートルのところの、点の如しだった単車に跨りこっちを向いている沖勇作の姿が大きく見えて来る――。

(マグナム! やっぱりか)

 ――推定距離250メートルと迫る両者の距離。

(ふん。不足なしさ)

 と、真っ直ぐ突っ込んでいくフロントガラス越しの視界。単車の沖勇作が目深に迫る。

 ――勇希と遥が白い覆面車の外に出て、対向車線を見る。

 開きっぱなしの望月遥の口。への字眉毛で微笑した沖勇希。


 竹の宿ビジネスの客室――ベッドに上向きで、スマホを眺めるバスタオル巻きの舞花。


 レインボーブリッジの検問所の対向車線――大型の単車に跨ったまま直視しする沖勇作。

 ストーレートロードを快走してくる赤いミッドシップカー。ナンバープレート『REDMATTER』のフロントガラスの中で運転する隼田恭介。

 単車に跨って、腰裏からマグナムを取り出す沖勇作。

(実弾、残り一発!)と、内心確認する沖勇作がシリンダを一発分回す。

 その距離推定250メートルに近づくREDMATTER!

(弾注ぎ無しだ)と、両手でマグナムの狙いを定める沖勇作。

 その推定距離が100、50,30メートルと……迫る!

(くそ! 車庫が低すぎだ。タイヤを撃てないぜ)と、迷い銃口の沖勇作。

 20メートル……REDMATTERの中の隼田の顔が些か笑う。

 沖勇作の引き金にかけた指の先が白みを帯びる!

 その瞬間。もう10メートルとなった時! 右に急ハン切って、左を持ち上げ片輪走行するREDMATTER。

 上を行くREDMATTERの下部に向けて発砲する沖勇作。

 シャーシー(ジャッキアップする硬い箇所)に当たって火花を散らし跳ね返る銃弾。

 走り抜けるREDMATTERが去って行く――。

 ――反対車線の路肩まで来てしまっている沖勇気と望月遥が、『ああ、おしー』と、声を揃えて地団駄を踏む。

 マグナムを手早く収めて、跨った単車のハンドルを持ってスピンターンする沖勇作。


 タワマン――レインボーブリッジを双眼鏡で見ている近藤孝道が、目を離して笑う。


 レインボーブリッジの検問所の両車線――パトカーの外に出て、高山と芝山が様子を見ているレックーザ800を指差して激怒する警部補。

 大型の単車に跨ったまま、合掌して頭を下げる沖勇作。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る