第1章 その7

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 TOYOSU―SYO屋上――二種の足音が中へと遠ざかり、連絡するドアがカチッと閉じる。


 捜査課――観音ゲートの出入口。上に円時計。別壁に大きなテレビモニター。上に神棚。Uの字の大きなデスクに、ながらスマホの舞花と、ながらPCの鮫須係長と真中が話す。

「……ⅯYNCBって、忠告したしぃ」と、目線を上げる舞花。

「……一度先輩が、言っていたな。臭わせテキに」と、真中がぼんやりと口を挟む。

「……んーん。警官人生三十五年猶予の逸材でもある叩き上げ。プライベートなときも含めると、その世界観ははかり知れんな!」と、鮫須係長が観音ゲート口を見る。

 ツカツカとスニーカーと床の擦れる足音が近づいたかと思うと、沖勇作が観音ゲートを入って来て、鮫須係長のところに立つ。

「デカ長、すまん」と、一言謝罪する沖勇作。

「毎度のことですよ、警部補」と、鮫須が苦み笑う。

 不思議そうに眺めていた舞花が口火を切る。

「だーから、ⅯYNCBだし。オジちゃま」と、強め口調の舞花。

 舞花に向かって、わざと微笑む沖勇作。

「…………」と、意表を突くクールな態度に、言葉を選びきれずに口をパクつかせる舞花。

 失笑した表情で頷くばかりの鮫須係長。

「絶対奴だ!」と、沖勇作。

「え! 何? 話のごまかしかな?」と、舞花。

 目を一旦、舞花に向ける沖勇作。

「デカ長。奴に関する情報は?」と、沖勇作。

「ああ、それなら、恋人を見つけて」と鮫須係長が真中を見て、「なあ、真中君」

 真中がPパッドを起動させ見る。

 デスクから出してPパッドを見る舞花。

 ――冷凍マグロ蒸発案件のタイトルの捜査情報開示閲覧ファイル――画面に、内海の顔写真とデータ。チーフに、廊下ですれ違ったイケ女三人の一人の女子の写真付きデータ。

「……従業員の女性。水下澄子さん二十二歳によれば。仕事内容の割に安月給だと、ぼやき合っていたようです」と、真中。

「ヤバ旨お寿司、食べていたし」と、舞花。

「おお、嬢ちゃんもデカだな」と、沖勇作。

「でもー割引券とかで、たまの御褒美とか」と、舞花。

「やあっぱ、奴だ」と、沖勇作。

「でも、その彼女さんはいなかったし」と、舞花。

「ま、男ならおごりたくなるよね、舞花さん」と、ウインクする真中。

「真中さんって、モテないでしょ、女子に」と、舞花が上半身を思い切り引く。

「ええ、そんな、ことは……」と、一瞬考えて、「先週も合コンで、ペアになった女子とご飯食べたけど」と、真中。

「合コン、ねぇー」と、思わせぶりな上目遣いの舞花。

「そんな話は後だ、トール。嬢ちゃん」と、沖勇作。

「え、うっちーさん。どうして、オジちゃま」と、舞花。

「直感の第六感っていうやつだぜ、嬢ちゃん」と、沖勇作。

「でもー映像と証言、完璧だし」と、舞花。

「よし、再度洗い出ししよう、警部補」と、鮫須係長。

 と、言い切る前にはもう、素早い挙動で観音ゲートを出ようとしている沖勇作。

「あ!」と、デスク下のショルダーバッグを手にして舞花が席を立つ。

「どうした、嬢ちゃん。行くぜ」と、観音ゲート手前で、振り向く沖勇作。

「え、あ、本当に五十五歳なの? オジちゃまって。動きがヤバ早だし」と、追い越して捜査課を出て行く舞花。

 小首を傾げた沖勇作も、行く。


 豊洲市場魚市場出荷フロア――ガラーンとした閑散な風景。

 朝のセリも終わり、荷だしも終了し、残ったスタッフらが床掃除などを手分けしている。中に、腰巻エプロンをして白い長靴を履いた内海も、モップ掛けしている。

 通用口から、ブラウン革ジャン姿の沖勇作と、肩にバッグを下げたポニーテールスタイルの舞花が入って来て、目で探した内海の様子を窺う。

 事務所の窓に、中から気がついたチーフが出て来て、沖勇作と舞花に話しかける。

 時頼、交互に、内海に、視線の矛先を向ける舞花と、沖勇作。

 その視界に映った次なる光景は、二十代作業着女子が内海に話しかける。親し気な感じは、若い世代の体質なのか否かはこの時点では確証もないが、沖勇作の目がクールに緩む表情をする。

「出荷時は……ですね。運転手らは、モールの飲食店で食事したりと、休息しているようですが」と、チーフが話す。

「ま、それなりの距離を運転してくるんだ。頷けますなー」と、沖勇作。

「じゃあ、トラックってカギかかってないの? かな」と、舞花。

 ブフッと! 吹き出し笑って、チーフが話す。「荷積みや移動と、こちらもあります」

「なら、装えば、なりすましも、部外者でも」と、沖勇作。

「ですが、セキュリティIDは万全です。無許可では、ここには」と、チーフ。

「あ! あの女子だし」と、舞花の視線に先の女子は……。

 チーフに手で挨拶して、背を向ける沖勇作。

 会釈して事務所に入るチーフを、見送る舞花。

「パッドにいた、昨日オッパイ魅せイケ女のお姉ちゃんだよな、あれって」と、沖勇作。

「ん。って!」と、振り返る舞花の目つきがいつになく鋭い。「あれって、女子だし。物じゃないし。魅せは谷間だし」と、どことなく切れている舞花。

「ああ、ま、そうだな」と、舞花の肩をポンっと叩く沖勇作。

「セクハラだし」と、プリプリと怒っている舞花が、スタスタと行く。

 そんな何時にない仕草の舞花に、頭を傾げるばかりの沖勇作も、行く。

 ツンとする舞花の後ろ姿に問う、沖勇作。「腹減ったか?」


 豊洲市場ショッピングモールの回転寿司屋――『NEWS RICECAKE SHOP』と、ロゴ看板の入り口。手かざし自動ドアを開くため、今時女子に手の甲が近づく。

 鼻先を突き出し、肩のバッグを直しつつポニーテールを激しく揺らし入る舞花。

 無視され続けている沖勇作も後に続いて入る。


 NEWS RICECAKE SHOP店内――奥壁から大きく五つの回転レーンが突き出ていて、停車駅の如くカウンター席とボックスシートタイプの四人掛け席が多くあるフロア。

 入ってきた舞花がパッと見、混んではいないので、カウンター席に着くと。

 後から入ってきた沖勇作も、続いて舞花の右横の席に座る。

「なんだ、腹減っていて、機嫌悪いのか、嬢ちゃんは」

「……」と、無視するようにそっぽ向いて、タッチパネルのメニューを指タッチしたりスラッシュしたりして見る舞花。

「どうした? なんか、俺、したか?」と、沖勇作が湯呑に粉のお茶をすくって入れて……レバー式の蛇口からお湯を注ぐ。

「……」と、無視継続中の舞花がメニュータブレットで注文する。

 一貫ずつ小皿に乗った大き目握りのマグロとタコ……ウニ、ホタテがレーンの台車で運ばれてきて……前の衝立が空いた位置に来る。と、舞花がとって、タブレットをタッチして、台車を返す。

 沖勇作が、タブレットで注文する。マヨコーンに、トビっこ軍艦巻きをタッチする。

 店内が急激に混んできている中、店員に通されて……内海と水下澄子がカウンター席の、舞花のクリアな衝立越しの左横に並び座る。

 衝立があることで、グループだったり、単独だったりでもプライベート感が確保される。

「今日は、私、おごろうか?」と、水下澄子が朗らかな顔で問う。

「え、いいよ。こっちがおごろうか? 澄ちゃん」と、内海。

「じゃあ、割り勘で」と、水下澄子。

「じゃあ、銘々で」と、内海。

 クリア衝立を挟んではいるがそれなりの話し声で、混雑しはじめたお昼時の店内でも、それらの声は聞こえてくることもある。

 横向く舞花。

「あ! うっちーさんとそのカノジョさんだし」

 舞花を通すように見る沖勇作。

 隣り合った水下澄子(以後、澄子)がその声に顔を向ける。

「あ! 昨日の、見学親子さんね」と、愛想笑う澄子。

「記憶いいし、カノジョさんって」と、舞花。

「え、だって、昨日のことよ」と、澄子が答え、「私の名は、水下澄子よ」

「ん。舞花。澄ちゃんさん」と、舞花。

「舞花さんね。でも、なにか中国系の言い方ね」と、澄子の表情にゆとりある緩み。

「あ! けいじ……」と、目を上に一瞬向け記憶をたどった内海が口を開く。

「俺! 勇作だぜ、ケイジじゃないくて」と、言葉をかぶせる沖勇作。

「名前なんて、ちっちゃいし、オジちゃまのくせして」と、舞花。

「ま、お邪魔虫だ。そちらはそちらでごゆっくり」と、沖勇作が醤油チョイつけコーン軍艦を食べる。

 会釈なのか? 首部を些か垂れたような動きで、愛想笑いする内海と澄子が、プライベートゾーンタイムに入り、昼食を楽しみはじめる……。

「軍艦巻き、コーンにトビっこって、オジちゃまって、おこちゃま系だし」と、小馬鹿にする舞花。

 沖勇作がタブレットで注文する。ハマチ、赤貝、イクラにウニと!

「意識したかな? 大人メニューだし」と、実況中継じみたイジりする舞花。

 クールにイジリを薄笑みで受け止めつつ……舞花の向こうのカップルを窺い見る沖勇作。

「でね、この前言ってたあの、世直し女子って、使えるかも……」と、タブレットをタッチしている澄子の唇を、読む沖勇作の緩んだ表情の中の眼光。

 舞花が感じ取った視線の矛先に視線を向けると。タブレット画面をタッチする澄子の指はカツオのたたきを注文している。

 内海の向けた顔に被る澄子の後頭部は、ツインテールヘア……。


 水下澄子の部屋――スマホ画面をタッチして、『申立サイト黒板』でチャットする澄子。

 澄子が膝にいったんおいたスマホ画面に、『世直しアラサー女子』からの「4トントラックを……」書出しのメッセージが着信する。


 魚市場出荷場――ターレでカツオ明記の木箱を牽引して運ぶ澄子……。


 専用駐車場――ターレ牽引の木箱を、フォークリフトを操作して、太柱陰の駐車スペースに止まっている4トントラックへと搬入する。

 澄子が閉める観音開き後部扉に『TKNHOTEL22020530』のナンバー。すぐ隣の駐車枠にも数ミリズレた同様のトラックが止まっている。


 NEWS RICECAKE SHOP店内カウンター席――内海カップルの右横の、見学者親子の舞花と沖勇作。

「臨時ボーナス入っちゃったよ、内海君」と、澄子。

「ああ、ぼくも先日、あったんだ」と、内海が返す。

 注文していた……一貫皿の大トロ、中トロを手に取る舞花。

 続いて、ハマチ、赤貝、イクラにウニが到着し、沖勇作がチョイつけ醤油して、頬張る。

 お茶を啜る舞花。

「マグロ大好き女子だな、嬢ちゃんの正体は」と、ガリを食する沖勇作。

 お茶を啜り終えた舞花が、イーを沖勇作に放つ。

 お茶を啜る沖勇作の眼が、舞花を見る。

「ん。お先だし」と、内海らに告げた舞花が、タブレットで会計ボタンをタッチして立つ。

「お二人さん」と、ニヒルVサインをかます沖勇作も立ち上がる。


 豊洲市場ショッピングモールのアーケード街――NEWS RICECAKE SHOPの看板の店舗を後にして……歩く舞花と沖勇作。

 沖勇作が前を歩く舞花に手を伸ばして、声を掛けようとするも。

 舞花がスマホを手にしていた、画面をタッチしている。

 その画面に――申立サイト黒板が出ている。

 REDMATTERからのチャット――俺を切った奴よ! ぶっちぎってやる。

 ⅯIK――高見するし。

 スラッシュして他のチャットを閲覧する舞花。

「嬢ちゃん、一応立場上、歩きスマ……」と、沖勇作。

 立ち止まって振り向く舞花。下げた手のスマホ画面に――。

 ――また、教えてね。世直し女子さん――水下――のチャットメッセージ。

「あ。なに? オジちゃま」

「だから、歩き……」

「ん。分かってるし。ここからは別行動だし。オジちゃま」と、舞花。

「じゃ、Pパッド貸してくれよ、嬢ちゃん。映像が見たいんだ」と、沖勇作。

「使えるの? オジちゃまって?」と、ショルダーバッグからPパッドを出す舞花。

「ま、なんとかな!」

「しょうがない、サービスしておくし」と、舞花がPパッドを起動させ、「バッテリー95パーセントだし」と、防犯カメラ映像を画面に出して、一時停止状態にする。

 画面を正面から覗き込む沖勇作。

「近いって!」と、舞花もさらに距離感ごと詰め、「いい、オジちゃま」と、画面を沖勇作に見せる舞花。

沖勇作が歩んで、舞花の斜によって覗き込む。

 そんな沖勇作を怪訝顔でガン見を一瞬するも、童心の眼で画面を見つめている沖勇作に、鼻で息を吐いて、表情を緩めた舞花がパッド操作を進める。

「ホームボタンで、暗証番号を入れて、まではできるのよね」

「ああ、ま、初歩的な操作だからな」

「でね、いきなり防犯映像、出るようにしているから、ここをタッチすると大きくなって、真ん中のこれを指タッチすると……」と、まずまずの気分顔で説明する舞花。

「分かった。が、俺、それはできるんだ。以前トールに何度もレクチャーされて……」

 突き出すようにPパッドを沖勇作に渡して、「フン! せっかく、教えてあげているし。そう! じゃ、もう教えてあげないし」と、ポニーテールを揺らし、バッグを肩掛けしてそっぽ向いた舞花がスタスタと行ってしまう。

 小首を傾げつつ……Pパッドを左手で内側に持って、ゆったりと歩きはじめる沖勇作。


 豊洲市場魚市場事務所――デスクに着いているチーフが、固定電話の受話器を耳に当てて、「え! つかない、のですか! カツオが!」と、激怒しつつ、立ち上がる。


 豊洲市場通用口――警察IDを防犯カメラに見せて、入って行くパッドを持った沖勇作。


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