第24話 目が死んだ獲物

 突然の登場だが、掃除を手伝いにやってきてくれた律儀な姿に俺は感動し、そのまま愛璃咲を家にあげた。


「ゆうの家、結構散らかっている」

「すまん。人様にお見せできるような状態じゃないんだ」

「ううん。気にしないで。仕事が忙しかったから仕方ない。それより朝ごはんは?」

「まだ」

「持ってきてあるから一緒に食べよう」

「……色々ありがとう」


 俺は服が散らばっているリビングで愛璃咲から目を逸らして申し訳なさそうに後ろ髪を引っ掻いた。だけど、彼女は首を横に振って俺をじーっと見つめる。


 亜麻色の髪に赤い瞳、端正な目鼻立ちとメイド服を着ている実に恵まれた体の幼馴染。


 一瞬、部屋の片隅にほったらかしにされているかわいいメイドが登場するエロ本が頭の中をよぎる。


「ゆう」

「ん?」

「ゆうのをするのは私の役目なの」

 

 と言って、恋する乙女のように恥じらう愛璃咲に俺の体は一瞬謎の電気により固まってしまった。


 ちくしょ……


 エロ本に出てくるメイドさんよりかわいいじゃないか……


 俺たちは愛璃咲が持ってきてくれた朝ごはんを美味しくいただいて大掃除を始めた。


 愛璃咲は、全部自分がやると言ったが、流石にそれはないと思って一緒に掃除をしている。


 トイレ、リビング、キッチン、


 そして


「ゆう、ここも掃除する?」

「ここはお父さんの部屋だよ」

「……ね」


 お父さんという言葉を聞いた瞬間、愛璃咲は急に目を背けて俯く。しかし、俺の表情はもう暗くない。


「じゃ、ここは……」

「愛璃咲、一緒にやろうか」

「え?」

「一緒にお父さんの部屋、掃除しよう」


 俺に言われた愛璃咲は急に顔を上げて、ルビーのような赤い瞳を潤ませてから言う。


「うん!」


 俺だけの空間、俺とお父さんだけの空間に、昔の幼馴染が足を踏み入れた。

 

 有休消化期間中に愛璃咲がやってきた時は、少し抵抗感があったが、今となっては、愛璃咲が俺の家にいてくれると何故か安心する。


 感慨深げにため息をつくと、愛璃咲が積もった埃を掃除し始める。おそらく、俺たちの関係性においても、埃がいっぱい積もって蜘蛛の巣が張ったのではなかろうか。


 つまり、新しく始まるのではなく、錆びついた歯車が潤滑油を浴びて再び動き出したわけだ。


 それを思うと、なぜか昔の匂いが漂っている気がして、心が締め付けられるようだ。


 だけど、この感覚、嫌いじゃない。


 なので、俺は立ったまま、丁寧に掃除する愛璃咲の美しい姿をただ見つめ続ける。


 時間はあっという間に過ぎ、お父さんの部屋の掃除を終えた愛璃咲が小首を傾げて俺を見つめる。


「ゆう?」


 小さな愛璃咲と大人になった愛璃咲。


 二人の姿が重なって見えた。


 だから、


 俺は、


 頭に浮かんだ言葉をそのまま口にした。





「愛璃咲、今まで生きていてくれて本当にありがとう」





「っ!!!!!!!!!!!!!!!」


 俺の言葉を聞いた愛璃咲はビクッとなって尻餅をついてしまった。


「ゆう……」

「いや、なんというか……愛璃咲を見ていると、言いたくなったていうか……」

「いや……私……ゆうに優しくされたら、できなくなる……」

「できなくなる?」


 愛璃咲は座ったまま、体をぶるぶる震わせて俺から目を外した。ほんのり赤く染まった横顔を見ると、なぜかこっちまでドキドキする。


 しばし経つと、彼女は意を決したように、再び俺を見つめる。


 赤い瞳はすでに色が変わって、生気を失っている。


「ゆうは私のご主人様。だからができなくなるの」

「ご、ご主人様!?」


 な、何を言ってるんだ……


「ゆうは世界に一人しか存在しない私のご主人様なの」

「……」


 言葉が出なかった。愛璃咲の発する視線があまりにも強すぎて、俺は圧倒されてしまう。


 座っている愛璃咲は、長くて細い美脚をモジモジさせた。その度に、男の本能を刺激するフェロモンが放たれ、俺の鼻を刺激する。


 鼻だけじゃない。スカートが短いため、下が……ちょっと見えてしまう。


「ゆう」

「な、なに?」

きて」


 戸惑っている俺に愛璃咲はちょいちょいと手招いた。

 

 俺は、


 愛璃咲の方に行った。


 そして座る。


 すると、愛璃咲は突然俺の手を掴んで自分の爆のつく胸の方に持って行く。俺の手を優しく飲み込む極上の触り心地と指が沈み込むことによってもたらされる気持ち良さは俺を陶酔させた。


「愛璃咲……」

「前に言ったけど、私……私たち、ゆう以外の男に興味ないの」

「それは、まずいだろ」

「まずくない。だって、私、ゆうといると、とても幸せだから」

「……」

「頑張っているゆうを見ると、ゆうのことがもっと好きになった。だからね……ゆうをもっと感じたい」

「愛璃咲……これは……」






「っ!!」



 愛璃咲は目をカッと見開いて俺を凝視する。愛璃咲が発した「ご主人様」という単語は俺の意識と理性を徐々に破壊させるような気がする。


「6ヶ月間ずっと溜まっていたよね?愛するご主人様の世話をするのはメイドの役目。家事だけでなく、のお世話もね」

「……」


 だめ、これは……


 愛璃咲を幸せにしないといけないのに……自分の気持ちをぶつけたら……


 そんなことを考えたが、愛璃咲は俺の心を読んだのか、俺の手にもっと力を入れて、柔肉の感触をもっと強く味わわせる。

 

 それから俺の耳に近づいて、


「私はゆうの所有物よ。だから溜まっている気持ち、全部吐き出して。愛姉様には見せられなかった姿、たっぷり見せて。それが私にとってのよ」


「ああ、ああああ……」


 





 飲み込まれる。






 一瞬、昔、お父さんと交わした会話が脳裏をよぎった。



『愛璃咲ちゃんは本当にいい子だよね。大人になったら絶対結婚しろよ』

『結婚?』

『ああ』

『いや』

『え?なんで?あんなに良い子は滅多にいないよ』

『だって、結婚したらお母さんみたいにまた死ぬから……』



 昔の俺はずっと探し求めていた。


 結婚よりも深い繋がりを。


 愛璃咲と……3姉妹とより深く繋がるための方法を昔の俺はずっと探していた。


 大人になった今は、見えてきた気がする。


 なので、俺は、その繋がりが示す答えの一部を体現すべく、


 目の前の愛璃咲に


 俺のを包み隠さずぶちまけた。


 死んだお父さんの部屋の鏡に映っている俺の目は





 とっくに死んでいる。



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