第19話 怒る獲物
X X X
家
夕暮れ
愛姉の話をまとめると、ファッション関係の会社からなるなんちゃら会みたいな組織があるけど、そこが主催するパーティーに一緒に行って欲しいとのことだった。
パーティーには派手な人たちがいっぱい参加すると思うので、ファッションになんの関係もない俺が行く意味があるのかちょっと心配になったが、愛姉は俺が必要だと言ってくれた。
だから断ることはできない。
昔からずっとこんな感じだった。
だけど、別に嫌とかそういった感情は全くなく、むしろ、俺が粗相をしないか心配だ。なので、ようつべ動画などを参考して、ヘアスタイルとか、見栄えするスーツの着方などを一通り勉強した。
今の俺は、自分のスーツ姿を鏡で確認しながら、愛姉を待っている。
はやる気持ちをなんとか抑えていると、誰かが玄関のベルを鳴らした。
俺はそそくさと玄関に向かって、ドアを開けた。
「ゆうちゃん、おはよう」
「愛姉もおはよう……」
長いポニーテールに端正な顔。メガネをかけているため、とても知的に見えるが、彼女の恵まれた体を見ていると、健全な男なら戸惑ってしまう。もちろん俺も。
「ゆうちゃん、どうした?」
「あ、な、なんでもない。スーツ、とても似合うよ」
そう。今の愛姉はスーツを着ている。白いワイシャツに黒いスカート。このコントラストは愛姉の体の美しさを実によく引き立てている。押し上げるようなマシュマロと、黒いスカートから伸びる美脚を見ると、またもや愛璃咲の言葉が蘇ってきた。
『私……私たち、ゆう以外の男に興味ないの』
俺は愛姉から目を逸らすしかなかった。だが、愛姉は、俺を咎めることなく、妖艶な表情を浮かべる。だけど、目には少しクマができている。しかし、それも含めて働く美人感を醸し出していた。
「すっかり男になったわね。いい感じだわ」
「そ、そりゃ15年も経ってるしな……」
愛姉はふふっと上機嫌になって笑う。それから、俺の瞳を見て再びツヤのある唇を動かした。
「一緒に行こう」
「あ、ああ。運転、俺がしようか?愛姉、ずっと忙しいと聞いたから、パーティー会場に行く間は休んでいいよ」
「っ!」
俺に言われた愛姉は、急に体を竦めて頬をほんのり桜色に染めてから口角を吊り上げた。なんだか予想したのと反応が違うな。
「ゆうちゃん」
「ん?」
「気、使わなくていいの。今日はゆうちゃんが私のために時間を使っくれるわけだから、思いっきり私に甘えてもいいわ」
「っ!」
昔を思わせる会話だ。俺は愛姉を喜ばせるのに必死で、愛姉はそんな俺を甘やかしてくれた。これはそれの延長線上にあるものだ。
だけど、
違うものを感じる。
結局、俺は愛姉のお言葉に甘えることにし、高そうな外車の助手席に腰掛けた。
車にいる間、俺と愛姉は色んな話を交わした。会社の状況、俺が通っていたブラック企業の話、などなど……
一つ面白いのは、愛姉と愛璃咲も「レガンダ」のモデルをやったことがあること。物凄く人気があったが、人に見られることを嫌う愛璃咲と仕事が忙しくなった愛姉はモデルをやめたという。
隣に座っている愛姉がどれほどすごい人なのか改めて知った。千愛の話だと、ファッション系のビジネス雑誌の表紙に載ることも結構あるという。
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夜
パーティー会場は人たちで混んでいた。派手な服に身を包んだ男、スーツ姿の男女、露出多めのドレス姿の女性。十人十色とはよく言ったものだな。そう感心していると、愛姉が優しく話しかけてくれる。
「力まなくていいよ」
「あ、ああ。すまん」
「ふふ、謝らなくてもいいの。ゆうちゃんが一緒にいるだけでも、清々しい気持ちになれるから」
「……」
「ゆうちゃん?どうした?浮かない顔して」
「いやなんでもない」
なぜ、愛姉が俺をパーティーに誘ったのか、分かった気がする。
周りからの視線。
女性たちは俺に好奇心に満ちた目を、男性たちは俺によからぬ視線を向けている。
愛姉はこのパーティーメンバーの中でもかなり目立つ。スーツを着ているが、美貌と恵まれた体から放たれるフェロモンは男の本能を刺激してあまりあるものだ。
なので、愛姉一人できたら絶対他の男たちがほっとく訳が無い。あの手この手を使って、近づこうとするだろう。
つまり、俺は男除けとして呼ばれたわけだ。
確か、昔もこれと似たようなことがあった気がする。小学生だった頃、愛姉は学校の男子から告白されることが嫌で、同じ学校に通っている俺とずっとくっついていた。おかげで俺は愛姉に思いを寄せている連中たちに毛嫌いされる羽目になったが、別に構わなかった。
俺が愛姉を守っていることへの嬉しさと、俺を甘やかしてくれる愛姉に対する嬉しさで、俺は幸せだった。愛姉が彼氏を作ったら寂しいなと思いながら、ずっと愛姉の言葉に従い、俺たちはずっと一緒だった。
だが愛姉は彼氏を作らなかった。
きっとこのシチュエーションも似たようなもんだろう。
そう思いながら俺は愛姉を再び守ると決心したのであった。
俺はずっと愛姉と一緒に行動した。男たちが近寄って話をしても、俺という存在がいるせいか、なかなか話が進んでおらず、踵を返して持ち場に戻る。俺は心配になって愛姉に聞いたが、ナンパ目的の男だから別に気にすることないと返事してくれた。
女性たちも愛姉のところに来て、たくさん話した。途中、俺をチラチラ見てきたので、愛姉は「レガンダのシステム全般を見てくれる知り合い」だと俺を紹介した。だが、女性たちは、目尻と口角を細めて俺に意味ありげな視線を送ってくる。
一つ確かなのは、愛姉のコミュニケーション能力は実に高く、彼女と話している時の女性たちの目は輝いていた。男たちは悔しそうに俺たちを見て指を咥えている。
一通り会話が終わり、俺と愛姉は用意された食べ物を食べながらひと心地ついている。
「すごいね、愛姉は」
「ん?何が?」
「なんというか、愛姉と話している人たちみんな目が輝いていた」
「ふふ、大袈裟よ。私はゆうちゃんの方がすごいと思うわ」
「お、俺?別に何もしてないけど……」
「ううん。ゆうちゃんは素敵」
「……」
頬に細い指を添えて微笑む愛姉の姿に俺の体は固まってしまう。やっぱり愛姉のこんな表情を見てると調子がおかしくなってしまいそうだ。
「俺ちょっとトイレ行ってくる」
「うん」
X X X
「……」
お手洗いの鏡を見て、俺は小さくため息をついた。
「愛姉は幼馴染で、そんな目で見るのはダメだ」
鏡の自分にそう言い聞かせて俺はドヤ顔を作る。そして、愛姉のいる場所に戻った。
だけど、そこには、イケメン男が愛姉と話していた。
別に男と話すのは問題にならない。俺だって会社の同期の女の子と話すこともあるし、大学時代に知り合った女の子とたまに飲んだりするから。
でも、
血が騒ぐ。
あいつの表情、あの時の犯罪者が見せていた表情と瓜二つだ。もちろん顔は愛姉と話している男の方がイケメンで、背も大きいし、品があるが、あの男からは犯罪者が漂わせていた雰囲気と似たものを感じる。
愛姉もあいつに冷めきった視線を送っている。
なので、俺は足早に愛姉のところにやっていく。
「食事のお誘いは何度も丁重にお断りしたはずですが」
「そんなこと言わずに……愛さんのためなら、僕なんでもします」
「なら、お引き取り願います」
「……きっと満足すると思います。愛さんが好きな料理とワインを用意させますので」
みたいなやり取りを交わしている二人。
俺は愛姉の手首を強く握りしめて、引っ張った。
「愛姉、行こう」
「ゆ、ゆうちゃん!?」
俺は愛姉を会場の外に強引に連れて行った。
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