第6話 愛は愛を囁きたい
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朝
愛の部屋
目が覚めた愛は昨日の出来事を思い出してみる。ゆうちゃんとの食事。そこで交わされた会話。彼の仕草、言葉遣い、表情、体。
見た目だけだと普通の青年男子だが、彼は昔のゆうちゃんの優しさを持っていた。
今まで数え切れないほどの男性を見てきた。彼らは表面上は優しい顔で甘い言葉を囁くが、その内側からあの犯罪者のような雰囲気が漂っていた。
自分の昔の悲しい過去を知る人でさえも、自分の体を貪るために慰めるフリをするだけだった。
だけど彼は違う。
『離れ離れになってから、ずっと気になってた。でも、うまくやっているみたいでとても安心したよ』
下心など微塵も感じられない彼の言葉を聞いた時には救われた気がしていた。別の目的があるわけでもなく、かといって適当に言ったわけでもない。
自分を、自分たちのことを包み込むような言葉。
やっぱりゆうちゃんは15年過ぎてもゆうちゃんだ。
そんな彼が昔別れた時に見せた寂しい表情を浮かべて、トイレに行こうとした。すぐ戻ってくることはよくわかっていたが、心が締め付けられるように痛くて切なくて、普段の彼女からは考えられないような行動に走ってしまったのだ。
『行かないで……』
20〜30代の女性の間で絶大な人気を誇るアパレルブランド「レガンダ」。それを立ち上げたのは彼女である。
プライドも美しさも兼ね備えた自分が、男の後ろを追っかけて縋り付くような視線を送りながらあんな言葉を吐いてしまった。
恥ずかしいけど、後悔はしない。相手がゆうちゃんだもの……もう別れたくない。絶対いや。はなればなれになるのは死んでもごめんだ。
「はあ……」
そう色っぽく息を吐いて、思索に耽る愛。
今は金も名誉もある。だけど、無理やり自分の意見だけ主張しても迷惑をかけるだけだ。
もっとゆうちゃんの気持ちを理解して、ゆうちゃんが望む形でないといけない。だから、大義名分をずっと探していた。単なる昔の幼馴染として過ごすわけではなく、もっと特別な関係を築くための。
その時出てきたのが彼の転職の話だった。
心臓が止まるのかと思った。彼はシステムなどを作る開発者だ。そして、自分たちは日に日に増えていく仕事量に悩まされて、パソコンとシステムに詳しい人を欲しがっていた。
利害関係は完全に一致している。これは運命の出会いだ。だけど、急いではならない。と、いうわけで自分たちもシステム開発者を探しているから1週間後に自分の会社に来て話でもしようと誘った。彼は彼女の提案を引き受けてくれた。
「ゆうちゃん……」
いつも3人しかいない会社で彼が加わることを想像すると、
頭の中で電気が走る。
他の男たちは自分に、自分たちに近づきたくて躍起になっているけど、彼は真逆だった。
それを思うと、また胸が苦しくて苦しくて……
もう逃さない。
棘だらけの花園に彼を閉じ込めて、
自分の全てを捧げて、永遠に愛を囁きたい。
ゆうちゃんゆうちゃんゆうちゃんゆうちゃんゆうちゃんゆうちゃんゆうちゃんゆうちゃんゆうちゃんゆうちゃん……
無理やり自分の意見だけ主張しても迷惑をかけるだけだ。ついさっきまでそんなことを考えたりもしたが、
今の桐江愛は、迸るゆうちゃんへの想いを抑えることができず、やがて焦点を失ったような空虚な目をする。
彼女の頭はゆうちゃんでいっぱいだ。過去のゆうちゃんと今のゆうちゃん。
すでに彼女の体を支配している電気はお腹へ集まり始めた。
「ゆうちゃん」
ベッドで横になっている彼女からフェロモンが溢れ出す。
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