第16話 獲物は惑わされる

 愛璃咲は散らかっている家の中を見て短いため息をついた。


「ごめん、結構散らかっているよね」


 いくら昔の幼馴染とはいえ、こんなところを見られるのはちょっと恥ずかしい。俺の部屋はリビングやキッチンよりもっと散らかっているから心配だ。


「ううん。いいの」


 愛璃咲はそう言って口角を微かに吊り上げた。ドヤ顔を浮かべてまた言う


「まず、キッチンの掃除をしてから朝ごはん作るから待っててね」

「え、え?い、いや。掃除をしないといけないのは愛璃咲じゃなくて俺だよ。ここ俺のキッチンだよ」

「だからやるの」

「……」


 愛璃咲の赤い目はなぜかキラキラ光っていた。


 これはあれだ。絶対引かないヤツだ。


「じゃ、俺も手伝う」

「私一人でいいの。ゆうが部屋にいてくれれば」

「……」


 昔の面影はあるものの、千愛と一緒にいた時に感じた謎の迫力が愛璃咲の視線からも感じられた。


「じゃ……お願いする」

「うん。私、ゆうの役に立つから」


 と言って愛璃咲はとても嬉しそうに自分の大きい胸に手を添えた。沈み込む細い指に視線が吸い寄せられてしまいそうになったが俺は首を振って、平静を装う。


「あ、ああ。俺、部屋で待ってる」

「掃除して朝ごはん作り終わったら呼ぶね」

「申し訳ない」

「なんで謝るの?」

「そ、それは……ほら、15年ぶりに出会った幼馴染にこんなことしてもらうのってちょっとおかしいというか……」

「ゆう」

「ん?」



おかしくないよ」


「っ!」


 目の前のメイドは、色っぽく息を吐いて俺に舐め回すような視線を送った。確かに愛璃咲の言動は昔と変わってないが、何かが上積みされたような印象を受ける。

 

 俺は逃げるように部屋に入った。


「まず片付けからか」


 とりあえず散らかっている服はタンスの中に放り込んでおこう。


 匂いは大丈夫かな?


 掃除は適当だが布団と服の洗濯はちゃんとしているから問題はないと思うんだが……

 

 部屋に女の子がいるだけでこんなに気が焦るものなのだろうか。と、俺は深々とため息をついていると、ドアの隙間から愛璃咲が動いている音が聞こえてきた。


 とんでもない美少女がメイド姿で俺の部屋で掃除をくれている。こんなシチュエーション……俺とは無縁だと思っていたが、本当に人生わからないもんだな。


 でも、昔の愛璃咲はずっとこうやって俺の世話をしてくれたり、お父さんの部屋を掃除したりしていた。お父さんは俺が大人になったら愛璃咲と結婚しろとしつこく言っていた気がする。


 やっぱり、俺が気にしすぎているのかな?昔のように接したら愛璃咲は喜んでくれるのかな?いや、今の愛璃咲は本当に綺麗で俺が勝手に馴れ馴れしくしたら嫌われる可能性もある。


 みたいな考えが迸るように増えていく。こんな感じで約40分ほどが過ぎると、下からふくよかな味噌汁の匂いが漂ってきた。


 それと同時に愛璃咲が俺の部屋のノアをノックしてきた。


「ゆう、朝ごはんできた」

「あ、ああ。行く」


 俺はドアを開ける。そしたらエプロン姿の愛璃咲がお玉杓子を手に持って俺を見つめている。


「ゆう」

「ん?」

「ゆうの部屋、あとで入っていい?」

「っ!そ、それはちょっと困るというか……あはは」


 一人暮らしの男には色々事情っつうものがあるわけで……でも愛璃咲は困らせたくない。


 どうしよう……


 そう悩んでいる俺の姿を見た愛璃咲はくんくんと匂いを嗅いで、クスッと笑った。それから色っぽく頬を染めて口を開く。


「ゆう」

「な、なに?」

「私、昔みたいにずっとゆうといたい。だから、これからゆうのこともっと知っていきたいの」

「っ!」

「ゆうは嫌?」


 いや流石にそんな上目遣いで見られたら断れることも断れないよ……


 まあ、答えは最初から決まっているけど。


「嫌いじゃないよ。俺も愛璃咲が15年間、どういうふうに生きていたのか気になるし、こんなしがないやつでもいいなら、また昔みたいにいつでもきていい」



「っ!!!!!」


 と、俺に言われた愛璃咲は少し後ずさってからお玉杓子を落とした。エプロンから伸びた細くて白い形のいい美脚は小刻みに震えており、いい香りを放つ亜麻色の髪が微かに揺れる。


「愛璃咲!?どうした?」


 彼女の突然すぎる行動に戸惑った俺。だが、彼女は俺をもっと惑わせる言葉を吐いた。


「ん?」

「ゆうは昔からずっと素敵」

「……」


 そう言って愛璃咲はお玉杓子を拾うために腰をかがめた。すると、巨乳によってできた大きくて扇状的な谷間が俺に姿を現す。


「っ!」


 もうちょっと、気をつけてほしいものだ……


「ゆう」

「は、はい!?」

「どうした?」

「い、いや……そのメイド服、他の人にも見せるのかなって……」

「ゆう」

「うん?」



「愛お姉様と千愛以外の人に見せたことないよ」

「そ、そうか?」

「うん。だって、ゆうと家族以外の人に見られるのはんだもの」

「……」

「ゆう、朝ごはん冷めないうちに食べよう」

「あ、ああ。そうだな」


 俺たちはキッチンがある一階に向かった。


 自分がちょっと嫌になる。


 さっきの愛璃咲の言葉を聞いて俺は心の中で喜んでいた。


 この美しい姿を独り占めできるんだ。綺麗な愛璃咲のメイド姿が見られる男は世の中で俺一人だけだ。


 みたいな醜い独占欲を隠している自分がちょっと情けなく見える。


 そんな俺に追い討ちをかけるように愛璃咲の言葉が俺の頭に駆け巡り始めた。


『ゆうは昔からずっと素敵』


 千愛といい愛璃咲といい、本当に手の焼ける女の子たちだ。


 そんなこと言われると



 




 誤解しちゃうだろ

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