第15話 メイドさんの訪れ

 あれから、数日が経って土曜日となった。


 でも、千愛の姿は心の中で鮮やかに残っているままだ。


 千愛とは個チャでも結構話すようになった。


 朝ごはんは何を食べるのか、今日は何する予定なのかなど、内容は多岐に渡る。


 でも、ちょっと気になるメッセージも送ってくるわけで……


 俺がベッドに座ったまま肩を竦めていると、携帯が鳴った。


 この時間帯にメッセージを送ってくるやつは一人しかいない。


 そう。千愛である。


 ロックを解除してアインを立ち上げると、一枚の写真が送られていた。


『これ、どう?レガンダの新作のブラトップだよん( ^ω^ )(露出多めだから他の人には送らないこと)』


 こんな内容のメッセージの上には、濃い目のメージュ色のブラトップを着てピースをしている千愛の姿が写っている写真があった。


 短い金髪に、エメラルド色の瞳、整った目鼻立ちは補正が加わったことによって、実にかわいい。でも、下にある巨大な二つのマシュマロの存在がこれみよがしに俺の本能を刺激する。


 俺は写真をタッチして全画面表示にした。


「……」


 大きいな……


「いや、だめだ。千愛ちゃんが今の俺を見ると、軽蔑するんだろうな」


 俺は首を振って、返事を書こうとした。


 すると、千愛からメッセージがまた送られてくる。


『私の身体、見てるの?(๑╹ω╹๑ )』


「っ!」

 

 なんなんだよ……またからかってんのか。


 俺は顰めっ面をしてシャイニングフィンガーばりに早く文字を入力して送る。


『かわいいから、他人には絶対送らない』


 千愛は俺のメッセージに既読をつけているが、返事をしない。


 もしかしてひいてるか?ひいてるよね?いくらお兄ちゃんでも、こんな独占欲丸出しのメッセージはどうかと思います。


 俺が少し冷や汗をかいていると、千愛がメッセージを送ってきた。


『その独占欲は嬉しい』


「っ!」


 違う。これはひいているのにわざと俺をガッカリさせないために送っただけだ。いや、千愛にそんな気遣いができるわけがない。いつもマイペースだからな。


 そう思ってため息をついていると、千愛がまたもやメッセージを送る。


『今日は頑張って!』


「ん?」


 何を頑張れって言うんだ?


『何を頑張るの?』


 千愛はそれっきり既読をつけず、俺のメッセージに返事してくれなかった。


X X X


 千愛とのやりとりで朝っぱらから少し疲れた俺は、いつものおにぎりを食べるために、冷蔵庫へと向かう。


「今日は潰さないようにしよう」


 そう言って、俺はおにぎりを手に持ちテーブルにある椅子に座ろうとした。


 すると、

 

 玄関からベルが鳴った。


 珍しいな。今の時間帯には誰も来ないはずだけどな。訪問販売業者とか宗教関連の人とかかな?


 怪訝そうな表情でそう考えながら俺は玄関に向かう。


「どなた様ですか」


 だけど、訪問者は俺の問いかけには反応しない。それを不思議と思い、再び「どなた様ですか」と言ったが、やっぱり返答はない。


「ちょっと不気味だな」


 そう呟いて訝しむ面持ちで玄関ドアを見つめた。


 俺はこの手のシチュエーションには弱い。昔のトラウマを思い出してしまうから。


 でも、それと同時にある思い出が蘇ってきた。


 何も言わずに俺の家のベルを押し続ける女の子。そして、さっき千愛が送ってきた意味深なメッセージ。


 これらを組み合わせることで、ある結論に達した。


「まさか……」


 俺は、はやる気持ちをなんとか抑えてドアを開ける。


 すると、そこには一人のメイドが立っていた。


「ゆう、おはよう」


 肩まで伸びる亜麻色の髪は揺れ動き、白と黒を基調としたメイド服は美しい愛璃咲の体を覆っていた。


 スカートから伸びる真っ白な脚はとても魅力的で、上に行くに従ってメリハリのある体が俺の目を惑わす。


 千愛が健康美人だとすれば、こちらは淑やかで慎ましい美人である。


 胸は全然慎ましくないが……


 メイド姿の彼女の訪れに俺は戸惑いつつ返事をする。


「おはよう愛璃咲……えっと、その格好は?」 

「メイドなの」

「いや、知ってるけど……その格好でここまできたの?」

「うん」

「……大丈夫だった?」

「大丈夫。車で来たから。ゆうの家、一戸建てで駐車スペースもあるから使わせてもらった」


 愛璃咲はそう言って、細い手を上げ、俺の家の駐車スペースを指差した。そこには最新型の高級車がとまっている。


「そ、そっか……ならよかった」


 いや、よくない。なに安堵してんだ俺は……


 俺が苦笑いを浮かべてまた口を開いた。


「くるのはいいけど、連絡くらいはしてくれよ」


 だけど、愛璃咲は首を横に振って視線を逸らした。俺は彼女の反応に心当たりがある。


 愛姉と千愛もそうだが、俺は愛璃咲ともずっと一緒にいた。俺が風呂を浴びる時も、寝る時も、ずっと俺の後をついてきた。俺はそんな彼女を拒むことはせず、嬉しがっていた。


 お母さんが亡くなったことによる寂しさを紛らすことができたから。


 愛姉と千愛と比べて言葉が少ない愛璃咲。彼女は言葉より行動で示すタイプの人間だ。


 この前、会社ではいっぱい喋った気がするが、愛璃咲は元々こういう人間だ。こういう女の子なのだ。


 だから、俺は彼女を安心させるために、いつもの言葉を伝える。


「愛璃咲、またきてくれてありがとう」


「っ!」


 すると、メイド服の愛璃咲が急に上半身をくねらせて息を弾ませる。そして、潤んだ赤い瞳で俺を捉え、新鮮なチェリーを思わせる唇を動かした。


「今日は、ゆうをためにきたの」


「っ!!」


 そんな姿でそのセリフは色々誤解を招くから、やめてほしい……


 だが、俺の切実たる思いは彼女には届いてないらしく、吸い込まれてしまいそうな視線を俺に送り続けている。


 その瞬間、手からベトベトした気持ち悪さが伝わってきた。なので、俺の右手に視線を送ると、


 おにぎりが


 潰れていた。


「あら、おにぎり潰れてる……」

「い、いや、気にしないでいいよ」

「私がいっぱい作ってあげる」


 愛璃咲の声に謎の迫力を感じた俺は、無意識のうちに彼女を見た。


 真っ先に目に入るのは、


 豊満な二つのマシュマロ。


「……」


 俺は目を逸らしてから、顎で家の中を指し示した。


 それから、俺と美人メイドさんは、家の中に入った。









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