第28話 獲物は狩られる
昔の俺たちが住んでいた場所で大人になった俺たちはお互いの顔を見ている。
いつも俺をからかって困らせていた千愛は、すっかり男の本能をくすぐる匂いを漂わせる大人になって、俺の前に立っているのだ。
俺はいそいそと千愛のお腹から手を離そうとするが、彼女は空いている方の手をも使って俺の手をさらに自分のお腹に押し付けた。千愛の柔肉の真ん中にある臍と俺の手が擦れるたびに、名状し難い気持ちが芽生えてしまいそうだ。
「い、いや……俺は逃げないよ。ほら、レガンダに入社してちゃんと働いているじゃん」
「そういう逃げを言ってんじゃないよ」
「じゃ、どういう意味だ」
戸惑う俺に対して千愛は小悪魔じみた表情をした。だけど、そこには昔の彼女にはなかった色っぽさが感ぜられる。
「分かっているくせに」
「っ!」
年は俺より二つ離れているが、彼女の妖艶な顔と体は俺の身と心を締め付けるほど強烈な印象を与える。
分かっているか……
「大人になってもゆうにいちゃんは何をしようが、ゆうにちゃんだよ。だから、わかるの。ゆうにいちゃんずっと我慢してるよね?」
「……」
「ゆうにちゃんはずっと私たちと一緒よ。ゆうにいちゃんが心の中に秘めている感情を全部私の体と心に注ぎ込んでも、ずっと一緒……永遠に」
やばい。
千愛のお腹を感じながらあんなこと言われると……
「千愛ちゃん」
「何?」
「俺は、お前たちに幸せになって欲しいとずっと思っている。だけど、俺の気持ちを伝えると、どうなるのかわからない。この関係そのものがなくなるかもしれないから……」
俺が自信なさげに俯きつつ言うと、千愛が至近距離で迫っては、甘美なる吐息を吐いて、囁く。
「ゆうにいちゃんが幸せにならないと、私たちも幸せになれない。だから本音を言ってちょうだい」
「本音……」
「うん。本音。ちゃんとゆうにちゃんの口から聞きたいから」
俺の本音。
ずっと隠していた想い。
道ならぬこと
俺は吸い込まれてしまいそうな視線を送り続ける千愛のエメラルド色の瞳に向かって口を開く。
「千愛ちゃんの言う通り、俺たちのが死んだら、大切な思い出そのものがなくなってしまう。だから、俺は考えた。俺たちが築き上げてきた絆の証明となる存在をいっぱい作ったらいいんじゃないかと」
「証明となる存在……」
千愛は渋い表情で顎に手をやってしばし考えた。そして何か思いついたのか、クスッと笑って俺の目に視線をやる。
「だから悩んでいたんだね」
「……」
「ゆうにいちゃん」
「なんだ」
「一つ教えてあげるね」
と、千愛は俺の耳に優しく息を吹くかけてやった。
「それ、私たちも考えていたよ。離れ離れになってからずっと」
「っ!!!!!!!!!!!!!」
な、なんだと!?
「もう我慢なんかしなくていいよ。私たちの絆を証明してくれる存在、これからいっぱい作ろうね」
まるで電気でも走っているかのように俺の頭を痺れさせる千愛の言葉に俺はなすすべもなく
「千愛ちゃん……俺……俺!!」
「ふふ、ゆうにいちゃん」
「もう我慢できない!」
「おいで」
俺たちは千愛の車に移動した。
X X X
「もうすっかり夜だね」
「すまん。初めてだからもっと優しくしてあげないとって思ったのに……」
「ううん、気にしなくていいよ。でも、車結構汚れちゃったから掃除大変かもね」
「手伝う」
「ありがとう」
車の窓を開けっぱなしにしたまま俺たちは来た道を戻っている。でも、すっかり夜になったため、レガンダではなく、桐江3姉妹の住む高級タワーマンションに向かっている。
ここからタワーマンションまでは約1時間ほどかかる。子供からしてみれば気が遠くなるほどの距離のように見えるだろう。
だけど、直接来てみて分かったのは、ここはその気になればいくらでもいける場所であること。
つまり手の届く範囲にある空間である。
だとしたら、最初から彼女らと俺は……
運転しながら色々と想いを巡らしていると、隣からすやすやと寝息を立てている可愛らしい俺の千愛の姿が見える。
頬が緩んだ俺は、赤信号に引っ掛かっている時間を利用して、彼女の柔らかい頭を優しく撫でてあげた。
俺のものだ。
千愛の綺麗な体も心も。
千愛だけじゃない。
愛姉も愛璃咲も全部、俺のものだ。
俺の幸せが彼女らの幸せとつながっているとしたら、
俺のドス黒い気持ちを、余すことなく注ぎ込もう。
彼女らの心に、体にぶち込もう。
バックミラーに写っている俺の目は
とっくに色を無くしている。
これが俺の本当の姿なのかもしれない。
X X X
「ゆうにいちゃん、今日は本当にありがとう」
「こっちこそ、俺の気持ちを受け入れてくれてありがとう」
「……」
「千愛ちゃん?どうした?」
「帰っちゃうんだね」
タワーマンションの地下駐車場に立ったまま千愛は俺をチラチラ見てきた。今日は色々あったし、俺は自分の家に帰って休もうとしたのだが、どうやら千愛はそれを望んでいるわけではないらしい。
だとしたら、
遠慮なんかいらないだろう。
「千愛ちゃん」
「……」
「車ちょっと貸してくれる?」
「え?」
「家に寄って服持ってくるから。荷物とかもあるし」
「っ!ゆうにいちゃん……」
「どうしたんだ?」
「私も手伝う。私のゆうにいちゃんだもん」
千愛は自分の家に帰ることはせず、俺の家に向かった。そしてそこから服やらノートパソコンやらと、俺がいつも使っているモノ(エロ本以外)を車に乗せて再び桐江3姉妹のいるタワーマンションへと移動した。
駐車場は何回か来たことはあるが家自体に来たのは今回が初めてだ。
千愛がウキウキしながら玄関ドアを開ける。
「ただいまだよん」
間抜けた声で自分の帰りを知らせる千愛。
「思ってたより広いね」
「でしょでしょ!ゆうにいちゃんの部屋もめっちゃ広いよ!今日は一緒に寝ようね」
「あはは……それは」
「何その反応?車の時と全く違うんですけど?」
「そ、それはだな……」
俺と千愛が会話は交わしていると、突然リビングから二人が猛烈なスピードで走ってきた。
「ゆうちゃん!」
「ゆう!」
「こんばんは。二人とも」
「そのスーツケース……ゆうちゃんもしかして」
「ここに住むの?」
「ま、まあ……まだ荷物とかいっぱいあるからちょっと大変だと思うけど」
普段着姿の愛姉と愛璃咲は目を丸くし、体をブルブル震わせている。
そこへ千愛が俺の脇腹を肘で突いてきた。
「ゆうにいちゃん、お姉ちゃんたちにも本音、早く言ってあげなよ」
「っ!そ、それを今ここで言うの!?」
「だって、もう隠す必要ないから。それに、お姉ちゃんたち、全部分かっているからね。でも、ゆうにちゃんの言葉で伝えないと意味ないよ」
「……」
愛姉と愛璃咲は期待に満ちた目を俺に向けてきた。
俺は息を短く吐いて、15年間溜まりに溜まった本音を伝える。
「俺……ずっと寂しかった。俺たちが離れ離れになってからずっと感情を押し殺してきた。表面上はうまくやっているフリをしてなんとかやり過ごしてきたんだけど、俺の心を満たしてくれる存在はいなかった。お父さんが死んでからは、もっと辛くて……そんな時、愛姉と愛璃咲と千愛ちゃんに出会ったんだ。そして気づいた。3人だけが俺の心を満たすことのできる唯一の存在だと……15年経っても同じだ。いやむしろ長い時間が過ぎているからこそこの想いが強くなったと思う」
「「……」」
愛姉と愛璃咲は目を潤ませて口角を微かに吊り上げながら俺を優しく見つめる。
「でも、俺たちのお母さんとお父さんみたいに、俺たちもいずれ死ぬ。だから、この絆が無くならないようにするために俺は色々考えた」
一旦切って、俺は息を整える。
それから、俺は3人に向かって包みかくさず、道ならぬ事を言った。
「3人に俺を子供を産ませたい。そしたら、俺たちが死んだとしても、俺たちの絆は残り続けるから」
「「っっっっっ!」」
俺の話を聞いた3姉妹は、一瞬体をひくつかせる。
軽蔑、無視、嫌悪、憎悪みたいな感情を俺に対して抱くのではないかと、一瞬そんな不安が脳裏をよぎったが、燃え盛るこの熱い気持ちを隠すことはできなかった。
唇を噛み締めていると、千愛は俯いて愛姉と愛璃咲のところに移動した。そして、3姉妹は無表情のまま俺の名前を呼ぶ。
「ゆう」
「ゆうちゃん」
「ゆうにいちゃん」
「……」
もちろん不安な気持ちもあるが、それ以上に、俺たちが紡いできた絆が俺を安心させる。
俺はもう逃げない。
俺は逃げられない。
なぜなら、
俺の3姉妹の心をよく知っているから。
「「赤ちゃん、いっぱい作ろうね。貴方」」
「ああ。いっぱい作ろう」
「「お帰り」」
「ただいま」
俺は靴を脱いで3姉妹のところに歩く。
離れたところから見れば、蜜がたっぷりついている食虫植物に近寄る獲物のように映る思う。
それほど、俺の身と心は桐江3姉妹に落ちてしまった。
追記
次回はエピローグです。
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