第29話 エピローグ

X X X


 長い時間が経過した。


 俺が桐江3姉妹の家に住んでから多くのことが変わった。


 まず、俺がお父さんからもらった古い一戸建ては売却せずに残すことにした。俺とお父さんの思い出が詰まった場所でもあるため、彼女らと週に一回ほど来て、過ぎ去った日々を語り合いながら、お互いの心を癒す場として使っている。


 レガンダは、成長を続けており、4人だけじゃ回せないほど規模が大きくなったため、人たちをたくさん雇った。


 なので、既存のレガンダ本社だけでは今いる職員たちをカバーしきれるはずもなく、新社屋を立てて、引っ越したり、もっと仕事を効率化するためのシステムを開発したりと、猫の手でも借りたいくらい忙しい日々が続いた。


 4人だけの空間がなくなる事は少し残念だが、仕事が終われば幸せすぎる時間が俺たちを待ち受けている。

 

 俺は現在、取締役としてレガンダのシステムを開発している。一人で全部やってきた仕事は今やたくさんの人と分担してやっている。


 だが、俺が取締役になったため、システム部署に部長は存在しなくなった。だから今日は新たな取りまとめ役になってくれそうな人が面接を受けに来てくれるので、愛姉と俺は会議室に座っている。


「ゆうちゃん」

「ん?」

「本当にいいの?あまりいい噂は聞かない人だけど」

「まあ、一応うちの会社に応募してくれたわけだし、話くらいは聞いて損はないだろ?」

「趣味悪いわね、ふふっ」


 みたいなやり取りをしていると、外から誰かがノックする音が聞こえてきた。徐々に開くドアの先には見覚えのある中年男性が立っている。


「久しぶりですね。山下さん」

 

 そう。俺がブラック企業に勤めていた頃、俺を散々こき使っていた山下部長である。


「たたた、高橋くん!?」


 禿げた頭のおじさんは、目をはたと見開いて、一歩後ずさった。


「はい。高橋ですよ」


 俺は満面に笑みを浮かべて昔の部長にちょいちょいと手招いた。すると、彼は渋々と前に設けられているパイプ椅子に座る。


「桐江社長、始めてもいいですか?」

「ええ、始めてください。高橋取締役」


 俺たちの会話を聞いている山下さんは顔を引き攣らせて、身震いしている。


「それじゃ、早速始めさせていただきます。えっと、履歴書、読んでみましたけど、ちょっと気になるところがありまして」

「は、はい……」

「部下に尊敬される上司を目指し、責任を持って仕事をやると書いてありますけど、内容がちょっと抽象的なので、詳しく説明してくれませんか?どんなふうに尊敬され、どのような責任を持つんですか?」

「……」


 山下さんは、俯いたまま、何も言わない。


「ん?」


 俺は気になり彼の禿げた頭に目を見やると、彼は急に席から立ち上がった。




「すみませんでした!!!!!!!」



「え?」

「はあ?」



 トンズラする山下さんの後ろ姿を見て、口を半開きにする俺たち。だが、愛姉は小さな咳払いを一つし、冷静な面持ちで俺に話す。


「開き直って図々しく嘘八百を並べると思ったのに、呆気なく終わったわね」

「俺にとっては、とても優秀な上司だったのにな……」

「どの辺が?」

「あんな上司にはなっちゃだめだということを教えてくれたところかな?」

「ふふ、それは大きな収穫だね」

「まあな」

「ゆうちゃん」

「ん?」

「家、早く行きたい」

「え?まだ真っ昼間なのに?」

「……愛音の顔が見たいから」

「……娘のためなら、仕方ないね」


 はにかむ愛姉。そんな彼女の頭を優しく撫でながら、俺たちは、



 ちゅっ


 キスをした。


X X X

 

 仕事を終えた俺と愛姉は別々の車に乗って家へと向かう。3人との関係がバレたら色々まずいので、会社の中ではなるべく気を使っているのだ。


 おそらく今家には千愛と愛璃咲がいるはずだ。


「はあ……」


 まるで余韻に浸かるように幸せなため息をつく。


 俺と愛姉が家に着くと、案の定、二人が迎えてくれる。


「ゆうにいちゃん!愛姉ちゃん!仕事お疲れ様〜」

「おかえり」


 愛姉は二人に微笑みをかけて靴を脱いだ。


 普段着に着替えた千愛の姿はやっぱり可愛い。

 

 だけど、ちょっと心配だ。


「千愛ちゃん、今日も撮影あったよね?」

「うん。写真送ったじゃん」

「……無理しない方がいいって言ってたのに」

「ひひ、心配してくれてるの?」

「……だって、千愛ちゃん妊娠してるから……」

「そうね。お腹膨らんでないからまだいいけど、考えてみればやばいことやってるね。ゆうにいちゃんの赤ちゃんが今お腹の中で絶賛成長中なのに、写真撮られまくるとか……」


 千愛は最初こそ俺を揶揄うような口調だったが、やがて頬を赤らめて俺から目を逸らした。


 その姿があまりにも可愛くてつい彼女の頭を撫でてしまった。


「ゆ、ゆうにちゃん……」

「可愛い赤ちゃんが生まれるといいな」

「だったら、お腹触ってよ……」

「……モデルの仕事は赤ちゃん産まれてからしような」

「……うん」


 俺は千愛にたっぷりスキンシップをしてから、愛璃咲に視線を送ってみる。

 

 結構膨らんだお腹を抱えて俺に微笑みかける亜麻色の美女。そんな彼女が浮かべる笑顔を見るたびに心が温かくなってしまう。


「もうすぐだよね?」

「うん!」

「どんな赤ちゃんが生まれるのかとても楽しみだ」

「私も」

「怖くない?」

「怖くない。ゆうが一緒だもの。こんなに心が満たされたことは今までなかった。へへ」

「愛音ちゃんは?」

「粉ミルク飲んで寝ているの」

「そんじゃ、ご飯食べる前に寝顔でも見よっか」


 俺が笑顔で言うと、3人も笑顔で頷いてくれる。というわけで、俺たちは愛音ちゃんの部屋へとやってきた。


「Zzz」

「やっぱり愛姉に似て可愛いね」

「……ゆうちゃんに似てるから可愛いの」


 愛姉が照れ臭そうに言って俺の脇腹を優しくつついた。


「やはり愛音は天使……」


 愛音の寝顔を見て恍惚とした表情を浮かべる亜麻色。


「私も、いずれゆうにいちゃんの赤ちゃんを……」


 お腹を優しくさすりながら色っぽく息を漏らす千愛。









 悠馬が愛の娘に愛のこもった視線を向けていると、愛はバレないような少し後ろに後ずさった。それから、スーツスカートのポケットに手を突っ込んで、あるものをいじっている。


 ジッパー付き袋に入っているそれは、二つの線が入っており、取り出したら、妊娠検査キットであることがすぐわかるだろう。


 だけど、愛は自分が二人目の赤ちゃんを妊娠したことを伝えることはせず、ただただ、愛音を見つめている自分の男に色褪せた目を向けた。


 愛の様子を見た愛璃咲の赤い瞳にも生気はない。


 二人の姉の反応を見た千愛もそれに倣い、ヤンデレのような視線を悠馬に送る。

 

 まるで獲物を狙う蛇のように見つめる彼女らの存在にまだ気がついてない悠馬は、あいも変わらず自分と愛の娘である愛音を見ているのだ。


 彼の目も3人同様、色褪せていた。









 4人の幸せはまだ始まったばかりである。






END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転職したら、昔助けた3姉妹しかいない会社で、全員とおおおおんでもないヤンデレだった なるとし @narutoshi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ