第25話 新たな目標

 愛璃咲を通して俺は、今まで知らなかった隠された自分の意外な一面を見ることができた。


 漲る気持ちと積もった想い。俺はそれらをオブラートに包むことなく愛璃咲に全部注ぎ込んだ。


 愛璃咲はこんな俺の全てを受け止めてくれた。


 思い返してみれば、俺が愛璃咲にやったことは側から見れば通報されてもおかしくないような行為であった。処女である彼女に俺は……


 少し後ろめたさに顔を引き攣らせる俺はベッドで横になっている愛璃咲の寝顔を見てみる。


「ん……」


 俺のワイシャツを着ている愛璃咲。


「っ……」

 

 幼馴染と関係を持ったがために感じる気まずさと、もっと深い関係を探し求めていた俺の欲求が少しでも満たされた事による安心感。そして、汚れを知らない子供のように実に幸せそうな表情を浮かべながら寝ている彼女を見て芽生えてくる独占欲。


 さまざまな感情が入り乱れる俺の頭は、疲れることを知らない。


「……」


 そこへタイミングよく目を覚める愛璃咲が、目を擦って口を開いた。


「ん……ゆう」

「愛璃咲、おはよう」

「朝ごはん、早く作るから」

「ゆっくりでいいよ」

「昨日はだいぶを使ったから、これからは食事にも気をつけないとね」

「……」

「あら、ゆうったら……がいいね」

「すまん。昨日、愛璃咲にあんなことをしたばかりなのに……」

「ゆう、昨日、私……とっっっっっても幸せだったの」

「っ!」

「私はゆうの所有物って言ってたよね?」

「……」



「一緒にシャワー浴びよう」


 俺のワイシャツを着たメイドさんの目は、また色褪せている。



X X X


「それじゃ、また会社で」

「ああ、気をつけて帰ってくれ」


 美味しい朝ごはんを食べ終わった俺は、車に乗った愛璃咲に手を振ってやった。


「ゆう……」

「ん?」

「私たち、待っているからね」

「……ああ」


 去っていく車の後ろをぼんやりと見つめながら俺は錯綜とした表情を浮かべた。


 一緒に住むことを望む3姉妹。この一戸建ては少し築年数が長くてセキュリティが弱い。3姉妹が住んでいる高級タワーマンションに俺が行くのが筋というものだろう。


 ともあれ、俺は愛姉とも愛璃咲とも関係を持ってしまった。


 誰もが憧れる美しい女性と激しい夜を過ごしたのだ。


 嬉しい気持ちもある。


 だけど、心の片隅には、得体の知れぬ感情が蠢いている気がしてならない。


 短く息を吐いてから俺は家の中に入った。


「……」


 誰もいない部屋。


 桐江3姉妹と出会う前までは、この閑古鳥が鳴くような静かな空間にいても特になにも感じられなかったが、今となっては心が心が苦しい。


 苦し紛れにため息を吐いてから、俺はお父さんの部屋に入った。


 ここで俺は愛璃咲と……


 俺が恍惚とした表情で部屋中を見回すと、机の上に綺麗に立てられた額縁が目に入った。


 中には、幼い頃の俺とお父さんとお母さんが映っている写真が飾ってあった。


 俺を産んでくれた大切な人たち。もう帰らぬ人たち。


 両親と一緒に過ごした懐かしい日々を思い浮かべてみる。だが、一瞬にしてかき消された。


 なぜなら、


 愛璃咲の香りが充満していることに気づいたから。


 俺を甘やかして可愛がってくれる愛姉と俺の欲望を全て受け入れてくれる愛璃咲。


 これ以上の幸せが果たして存在するのだろうか。


 正直に言って、ちょっと怖かった。


 幸せすぎて、そして不安で……

 

 昔、桐江3姉妹と一緒に過ごしていた時も、俺は毎日が幸せだった。この幸せが永遠に続くと思っていた。


 だけど、俺たちの身の上に災いが降り掛かってしまって、結局離れ離れになった。

 

 だから、同じたたらを踏まないための方策を、俺は無意識のうちにずっと考えていた。


 今も考えている。

 

 すると、額縁周りに亜麻色の髪の毛が目に入る。俺はそれを摘んで見つめてみる。


 とりあえず、3人を一生懸命守ろう。


 3人が幸せになるにはどうしたらいいのかだけを考えよう。


 それ以上考えたら、を思いついてしまいそうだ。


「……」


 俺は無言のまま、家族写真を優しく撫でる。それと同時に、大人になった桐江3姉妹の姿が俺の脳裏を掠めた。


 愛姉


 愛璃咲


 そして……





 マイペースで生意気だけど、可愛い千愛。


 短い金髪を靡かせてエメラルド色の瞳を光らせるレガンダの専属モデル。美しい体と爆のつく大きいなマシュマロ。


「っ!」


 俺はつい、愛姉と愛璃咲と関係を持った時のシーンを思い出してしまった。


 血が繋がっている姉妹ではあるが、性格といい身体といい、似ているようで違う。


 だとしたら


 千愛は……


「……なに考えてんだ俺は」


 俺は両手で自分の頬を叩いてから、お父さんの部屋から出た。


 綺麗になった部屋を見て、清々しい気持ちになるが、俺の心の中での3姉妹の存在感はますます大きくなっていくのを感じながら、俺は自分の部屋に戻って、


 携帯を取り出しては、


 これまで千愛が送ってきた写真を鑑賞した。




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