第21話 獲物の決心
とても熱い夜だった。俺と愛姉は箍が外れたようにお互いを求めあった。正直驚いだ。俺がこんなに熱くなれるなんて……
愛姉はそんな俺の全てを喜びと共に受け止めてくれた。
愛姉は立場上、体裁を重んじらないといけない人だ。冷静な表情、賢さ、美しさを兼ね備えた彼女は、周りからすれば、近づくことさえも許されない孤高な女性。
だけど、俺はそんな愛姉に全てをぶち込んだ。
これから俺は……俺たちはどうなっていくのだろう。
関係を持ってしまった以上、単なる幼馴染だと線引きすることなどできない。
戸惑っている俺。そして、男としての本能が指し示す一つの答え。
俺は昨夜の行為による疲労感を覚えながら目が覚めた。
「ん……」
覚めやらぬ目を擦って、部屋のあちこちに視線を巡らすと、浴衣姿の愛姉が、テーブルの椅子に座って、朝のコーヒーを吟味していた。彼女は起きた俺に気がつき、頬を緩めて口を開く。
「ゆうちゃん、おはよう」
「おはよう」
「昨日はとっても激しかったわね」
「……」
愛姉は、自分のお腹に優しく手を添えてさすり始める。その動作はちょっと男として色々そそられちゃうのでやめていただきたいです……
困り果てている俺の気持ちを知ってか知らずか、愛姉はまた妖艶な表情を浮かべて、俺の体を見ながら潤った唇を動かした。
「また、甘えたい?」
「……」
「おいで」
X X X
愛と悠馬は車で家に向かっている。悠馬は助手席に座っているけど、座った途端に眠りについた。愛は運転をしつつ、すやすやと寝息を立てている彼に愛のこもった視線を向けてくる。
日差しに照らされた彼の姿は、健全な青年そのものであるが、愛にとっては、目に入れても痛くないほど愛くるしい弟である。そんな彼が、昨日、自分を求めてきた。
そのことが嬉しくて嬉しくて、思い出すだけでも、口角が吊り上がってしまう。
愛は、今まで女としての喜びは自分とは縁のないものだとばかり思っていた。経験は数回ほどあれど、いずれも吐き気がするほど悍ましい記憶だった。
しかし、悠馬は違う。
ゆうちゃんといる時の愛は、輝いていた。
社長としてでなく、司法書士としてでなく、桐江家の長女としてでなく、
一人の女として。
自分を幸せにできる人はゆうちゃんだけ。
甘えてくるゆうちゃんを見ると、頭に電気が走って、お腹がジンジンする。今まで一度も味わったことのない喜びを彼がくれる。
彼のまっすぐなところは変わってない。もちろん、彼は大人になったので、色々と気を使うところがあるが、その心の奥底には昔のゆうちゃんが存在する。
いつも自分を喜ばせてくれるゆうちゃん。
だから、自分もゆうちゃんを大切にしていきたい。
そんなことを思っている愛は、ふと、何か思いついたように目をはたと見開いた。
「私だけじゃだめ。私たちがゆうちゃんを……」
そう口にする愛の栗色の瞳は、すでに色褪せており、事故が起きるかもしれないと悟った愛はサービスエリアに寄って車を止めた。
そして、気持ちよく眠っている悠馬を
ずっと見つめ続ける。
愛璃咲と千愛はまだ処女だ。
だから、妹たちには辛い思いをせずに、昨日の自分みたいに、幸せを感じてほしい。
そう願いながら、愛は微動だにせず、悠馬をブラックホールのように何でもかんでも吸い込む勢いで凝視する。
私たちの寂しさをなくす事が出来るのはゆうちゃんだけ。
ゆうちゃんしかいない。
X X X
「……」
目が覚めた頃には、俺の家近辺だった。
「あら、起きたの?」
「うん……って、こんなに寝てたのか!?」
「ゆうちゃん、ずっと幸せそうに寝てたわ」
「悪い……」
ナビゲーションのディスプレイに表示された時刻を見て口を半開きにして驚く俺。
ちょうど赤信号に捕まったため、愛姉は車を止めた。それから、メガネをかけた知的で美しい顔を俺に向けて
「ゆうちゃん」
「ん?」
「好きよ」
「……」
愛姉は、明るい表情で俺にそう言った。だけど、俺は昨日の愛姉の姿が重なって見えたので、目を逸らしてしまう。そんな俺を見透かしているかのように、彼女はクスッと笑った。
車には、甘酸っぱい匂いが充満している。
そして、愛姉の目にできたクマは、
もう見えない。
「俺も愛姉が好きだ」
X X X
「送ってくれてありがとう」
「ううん。私こそ、パーテーに来てくれてありがとう」
「それじゃ、またね」
「……」
俺が別れの挨拶をして、踵を返そうとしたが、運転席にいる愛姉はもどかしそうに、視線を泳がせてから口を開く。
「ゆうちゃん」
「ん?」
また話したいことでもあるのか?
俺は小首を傾げて、車の中にいる愛姉に視線で続きを促した。
「ずっとそこで過ごす気?」
「あ、ここね……」
やっぱり気にしていたのか。
一人でこんな広い一戸建てに住むのはちょっと変だよね。
「まあ、近いうちに引っ越そうとは思うよ。固定資産税もバカにならないし、いらない出費がいっぱい発生するからね……それに……お父さんはもう帰らないし……」
俺の言葉を聞いた、愛姉は俺を心配そうに見つめて返事する。
「ゆうちゃんにとってお父様がどれだけ大事な存在なのか、小さい頃から私は見てきたの。だから……ゆうちゃんの気持ちの方が優先されるべきだと思うわ」
「人は死んだらそれで終わりだ。二度と会えない……だから、今生きている人たちを大切にしていきたいんだ。愛姉を愛璃咲を千愛ちゃんを……大切にしていきたい」
「ゆうちゃん……」
俺の話を聞いた愛姉は目を潤ませる。
「私……私たちの家は広いの。空いている部屋もあるし……だから、私たちはずっとゆうちゃんを待っているから……」
「ああ、ちょっと考える時間をくれ」
俺がそう告げると、愛姉は頷いてから、笑顔を浮かべる。
「もうすぐゆうちゃんもレガンダの一員ね。楽しみにしているわ。それじゃ」
俺は去っていく車を見ながら決心する。
受けた愛は倍にして返そう。
レガンダで俺が3人にふさわしい男であることを示そう。
そして、昔の俺がそうしたように、3人をまた幸せにしよう。
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