第2話 獲物を見つけた狩人
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駅近くのカフェ
思わぬ再会に嬉しさと戸惑いという感情を覚えつつ、俺たちはオシャレなカフェに入った。
昔の幼馴染に出会ったことによる嬉しさ。
女優顔負けの美人になった3人が、手が届かない遠くへいってしまった事実がもたらす戸惑い。
俺たちは4人テーブルに座っており、俺の隣には高そうなブランド服を着ていて、短い金髪に緑色の瞳が目立つ2個年下の千愛ちゃん。前には胸のところが膨らんだスーツ姿に眼鏡をかけている愛姉。そして斜めには亜麻色の髪をかすかに揺らして、キャラメルマキアートを啜りながらしきりに赤色の瞳で俺を捉える愛璃咲。
俺は自分のコーヒーに刺さったストローをちゅうちゅう吸ってから口を開く。
「まさか、また会えるとは思わなかったよ」
俺の言葉を聞いた愛姉が、大人の女性がつけていそうな香水の香りを漂わせながら返答する。
「私もね……」
愛姉は感慨深げに吐息を吐き、自分の飲み物を飲む。すると、2個年下の千愛ちゃんが割って入ってくる。
「ゆうにいちゃん、大人になったね。ひひひ」
小悪魔っぽく笑っている千愛ちゃんの表情には昔の面影が微かに残っている気がする。
「ええ。背も私たちより大きいし、背中も手もおっきい……」
フリルのついた黒いワンピース姿の愛璃咲が少し頬を桜色に染めて言った。
「まあ、15年も経てばな」
俺がちょっと照れ臭そうに返すと、今度は愛姉が頬を緩めて言った。
「でも、ゆうちゃんのおでこの傷跡はそのままね」
在りし日に思いを馳せるように愛姉は頬杖をついて俺の額を見つめる。すると、残りの二人も息を漏らして、俺の顔を見つめた。
この三つの表情には、懐かしいさと申し訳なさが混在しているように見えてる。
俺の傷を言及したということは、多かれ少なかれあの事件を意識していることだろう。
でも、もう済んだことだし、3人が無事に生きていて何よりだ。
そう思った俺は、3人に向かって俺の気持ちを包み隠さず言う。
「無事で本当によかった」
「「っ!!」」
俺の言葉を聞いた、3人は体をひくつかせて飲み物をこぼした。
「みんな……大丈夫?濡れてないか?」
俺が心配そうに聞いてから、手元にあったナプキンでテーブルの上を拭く。これは、レジに行って雑巾とかもらった方が早い気がするな。
「ゆうちゃん……私、濡れたかも」
「ごめんね、ゆう……私もちょっと」
「ゆうにいちゃん……私……ベトベトなの」
「……レジに行ってナプキンとか雑巾もらってくる」
と俺が言うと、3人は申し訳なさそうに頭を下げて頷く。
「すぐ戻るから!」
「「……」」
俺はレジに走って、大量の使い捨て雑巾とナプキンをもらってきた。授業員はお客の対応で忙しかったため、俺たちでテーブルの片付けをした。
3人の服、結構高そうだからクリーニング代すごいんだろうな。
そんなことを考えつつ、テーブルを綺麗に拭き終えると、愛姉が俺のスーツを見て、心配そうに口を開く。
「ごめんね、ゆうちゃん。ズボン、濡れたわね……弁償させて」
「い、いや。別に大したことじゃないから」
「ううん。私たちをずっと助けてくれた恩人に、迷惑かけっぱなしなのはもう嫌だわ」
「うん?」
愛姉のちょっと違和感のある話し方に小首を傾げていると、今度は2個年下の短い金髪・千愛ちゃんが悪戯っぽく口を開いた。
「新しいズボン買ってあげるから、ここ出よう。ね?ゆうにいちゃん!ひひ」
「……」
確かに結構濡れて、飲み物が俺の肌に浸透してベタベタ感が半端じゃない。でも、いくら昔の幼馴染だからといって、こんな美人たちと一緒にズボンを買いに行ってもいいのかと、ちょっと頭が混乱してきた。
だから俺は、視線を送ってくる二人からちょっと目を逸らした。すると、その先には
「ゆう、行こう」
「……ああ」
結局、俺は3人の雰囲気に流される形で、店を出た。
俺たちは繁華街を歩いている。俺の左には愛姉、右には千愛ちゃんと愛璃咲が。美人3人を挟んで歩く男の姿は目立つようで、道ゆく男たちが嫉妬の視線を送っている。
苦笑いしている俺に千愛ちゃんが前のめり気味に上目遣いして俺の横顔を見て話す。おかげて着ているブランドモノっぽい白いニットの胸あたりが強調されて目のやり場に困るんだが……
「ゆうにいちゃんは社会人?」
「まあ、そうだな」
「どんな仕事をしている?」
「ん……小さなIT企業でシステム開発」
「し、システム!?」
「うん。そうだけど……どうした?」
千愛ちゃんは「システム」というキーワードを聞くや否や、目を丸くして、自分の姉たちを交互に見る。それから笑って誤魔化す千愛ちゃん。
「なんでもないよ。システムって大事だよね。私たちも結構苦労しているから!」
「ま、まあな」
それっきり、話は途絶え、俺たち4人はスーツ屋目掛けてひたすら歩いた。道中、左にいる愛姉と右にいる千愛ちゃんの巨大なマシュマロと俺の両腕が断続的に当たった。俺は歩調を緩めたり早めたりと、なるべくこの美人たちの胸に当たらないようにしていたけど、二人は、こともなげに俺の速度に合わせて胸を当ててくる。わざとではないと思うが、ちょっと気をつけてほしいものだ。
そう思いながら周囲を見回していると、愛璃咲が亜麻色の髪を色っぽく掻き上げて、俺たちを見て口角を微かに吊り上げた。
俺たちはスーツ屋にやってきた。そして俺が着ているものと同じスーツのズボンを愛姉が買ってくれた。
本当にいただいちゃっていいのやらと悩んだものの、3人はいいよと笑顔で言ってくれた。おまけに、今日俺が履いた汚れたズボンはクリーニングに出して後で返すとまで言った。
買い物を済ませた俺たちは店を出て、歩く。そしたら何か思いついたのか、愛璃咲が目をはたと見開いて俺を見つめる。
「ゆう」
「うん?」
「連絡先」
「ああ、そういえば、まだ交換してなかったよね」
「ええ。ゆうの連絡先がわからないと、会えないから……」
「そ、そうだよね。せっかくクリーニングまでしてくれるのに……」
そう言って、俺はスマホを取り出した。
そしてアインを立ち上げ、QRコードを映らせ、それを愛璃咲に見せた。
「……」
だけど、愛璃咲は俺の携帯画面をじっと見たまま何もしない。しばし立つと長いまつ毛をパチパチさせ、美しい赤色の瞳から発せられる視線を俺に向けて
「ゆうの電話番号の方がいい」
「あ、ああ……そういうことか」
と、俺は携帯を愛璃咲に渡した。すると、愛璃咲は頬を少し赤く染め、象牙色の細い指で俺の携帯を握る。彼女は少し震える指先を動かせ、自分の電話番号を入力して、通話ボタンを押した。すると彼女が手に持っているバックの中から携帯がなる。それを確認した愛璃咲は安堵のため息をついて、俺に携帯を返した。
俺たちのやりとりを観察していた長い黒髪の愛姉と短い金髪の千愛ちゃんが満足そうにふむと頷いて口を開く。
「愛璃咲、後で私にも教えて」
「愛璃咲姉ちゃん、私にもね」
「ええ、もちろんよ」
みんなに注目されながら俺たちは駅近くにやってきた。
「ゆうちゃん、本当にいいの?車持ってきたから、家まで送ってあげようと思ったのに……」
「俺はいいよ。じゃ、またね!」
「ゆう!」
「ゆうにいちゃん!」
「?」
俺が踵を返そうとしたら、愛璃咲と千愛ちゃんに呼び止められた。俺は視線で続きを促す。
「また会いましょう」
「またね!ひひ」
おそらく、3人は昔を思い出しているのではないだろうか。
さっきまで、俺はこの3人対して、手の届かない美女として捉えた。しかし、彼女らが見せる表情や仕草には昔の面影が微かに残っている。
だから、俺は昔のように
「ああ、またな!気をつけて帰ってくれ」
そう言って、俺はターンと踵を返し、改札を通った。
3人の笑顔を見るのは実に久しぶりだ。だけど、一つ気にかかることがある。気のせいかもしれないが、愛姉と愛璃咲と千愛ちゃんが俺に向けてくる視線に謎の迫力を感じる。
昔はあんな雰囲気じゃなかったのに……きっと俺の知らない経験を15年間してきたのだろう。
そう思うと、やっぱり壁を感じてしまう。
あの美しさだ。
きっとお金持ちや男優顔負けのイケメンたちが放っておくわけがない。
「転職先、探さないとな」
俺はそう呟いて、電車に乗った。
一人しかいない家へ向かうために。
そして、蘇ってくる昔の思い出。
3人が無事で本当によかった。
本当に
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