第13話 反応する獲物
X X X
オフィス街にある高級レストラン付近
千愛は高級外車に俺を乗せて近くにある高級レストランにやってきた。ちなみに千愛は運転をしている途中に何も言わなかった。きっといつもの千愛なら冗談の一つや二つ飛ばすに決まっているのに、彼女は終始運転に集中していた。おそらく運転苦手だろう。その証拠として、今向こうに座っている千愛はスタジオにいた時と比べると多少疲れている。
注文を済ませた俺たちは、水を飲みながらくつろいでいた。
「運転苦手?」
「……バレた?」
「そりゃ、顔見てるとな」
「じゃ、マネージャらしく私の車、運転してくれる?」
「いや、俺はお前のマネージャじゃねーし。まあ、時間あれば協力するけどな」
「ふん〜協力してくれるんだ」
「そりゃ当たり前だろ?」
「っ!」
「どうした?」
急に体をビクビクさせるものだから何か調子でも悪いのかと思った俺が千愛を心配そうに見つめたが、当の本人はこともなげにあははと笑っている。それから、俺を試すような視線を向けてきた。
「ゆうにいちゃん」
「ん?」
「好きよ」
「っ!お前……そういう言葉はな、頻繁に言っちゃだめだぞ!」
俺は口に含んだ水を吹くところだったが、なんとか飲み込んでから言った。もし吹いて、千愛の白いシャツが濡れたら透け……いや何考えてんだ。
「いや、別に好きな人を好きっていうのって間違ってないでしょ?昔もそうだったし」
「昔は昔、今は今だ。実際、千愛ちゃんはかわいい大人の女性になったからな。そんな言葉を軽々しく男の人に言っちゃうと色々誤解しちゃうよ」
「ゆうにいちゃんも、誤解しちゃう?」
「……千愛ちゃんはもともとこういう子だからな。誤解はせん」
「ふふ、そうなんだ。それよりゆうにいちゃんはどう?今の私のこと、私たちのこと」
千愛は意味ありげな視線を向けて問うてくる。ここで適当にはぐらかしたら千愛と二人の姉妹は傷つくんだろう。なので、俺は真面目な表情で口を開いた。
「正直に言うと、あの駅で出会った時は、3人ともめっちゃ輝いて見えたから、そのまま幸せな人生を歩んで欲しかった。でも、話をしていくうちに、なんというか、昔を思い出して懐かしい気持ちになって、もっと関わりたいなと……」
「関わっていいよ。ゆうにいちゃんなら」
「っ!」
色っぽい声音で俺の言葉を遮った千愛に戸惑った俺は、千愛の顔を見てみる。
吸い込まれてしまいそうなエメラルド色の瞳は俺を離すまいと俺の全てを手繰り寄せるように捉えている。
だけど、瞳の奥底には不安という感情が隠れているようにも見える。だから俺は、心の中で浮かんできた言葉をそのまま口にした。
「俺は千愛ちゃんと愛璃咲と愛姉が大好きだ。時間が経つにつれて少し薄れてきてはいるけど、俺は3人のことを一日たりとも忘れたことはない」
「っ!!!!」
千愛は、電気でも走ったかのように、ブルブルを身震いしてから自分の座っている椅子を動かした。
「千愛ちゃん!?大丈夫?」
「やば……ゆうにいちゃんには、勝てないかも……またこんな……」
息を弾ませて色っぽい吐息を吐きながら自分の巨か爆のつく胸に手を添える千愛。その仕草一つ一つに色気が感じられて俺は目を逸らしてしまった。
なんなんだよ……昔と反応が違うだろ……
「ねえ、ゆうにいちゃんって、どういう女性が好きなの?好みとか教えてよ」
「いや、俺の好みなんかどうでも……」
「言って」
また謎の迫力を感じさせる視線を向けて問う千愛に俺は固唾を飲んで答える。
「い、一緒に居て楽しい人」
「そうなんだ。ひひ」
「……そういう千愛はどうなんだ?どういう男がタイプ?」
「私はね……」
千愛は一端切って息を整える。それから、前のめり気味に身を乗り出しては、俺に耳打ちした。
「私はね……私を妊娠させてくれる優しい男が好きよ」
「っ!」
甘酸っぱい匂いを漂わせながら俺に囁く千愛。前のめりになっているため、真っ白な二つのマシュマロを包んでいる下着が丸見えだ。
こいつ……お兄ちゃんを舐めていやがる。
そう捉えた俺は、爆発しそうな心臓をなんとか落ち着かせて、千愛の柔らかい頭に優しくチョップをした。
「いたっ!」
「千愛、あんま調子に乗るなよ」
昔のように俺は彼女に裁きを下した。千愛はいつもこんな感じだった。でも、赤ちゃんが産める女性になった彼女の冗談はちょっと始末に負えないところがあるように思える。
「ゆうにいちゃん……また私の頭を殴ったな……」
悔しそうい頭をさすりながら俺を見つめる千愛。
いつもなら全力であっかんべーをする頃合いだが、今の目の前の彼女は、
ブラックホールのように全てを飲み込むような瞳から発せられる視線を俺に送っていた。
「料理をお持ちいたしました」
幸いなことに、従業員が料理を持ってきてくれたおかげで、俺はこの呪縛から逃れることができた。
X X X
「やっぱり人に運転してもらうのっていいね〜」
いつもブラック企業で働いた俺は、仕事以外にもいろんなお使いを頼まれることが多い。なので、会社の車を運転する機会がとても多いので運転には自信があった。
食事を終えた俺たちは桐江3姉妹が住む家に向かっている。千愛はメッセージで自分達が住んでいる家の住所を教えてくれた。携帯のナビゲーションに従い進んでいると、大きなタワーマンションが現れた。地下にある駐車場に車を停めて、車から出た俺たち。
「は〜今日は色々楽しかった!」
「そうだね」
「ゆうにいちゃん、私たちの家、部屋広いから今日は泊まっていけば?お姉ちゃんたちも喜ぶと思うよ」
「いや、さすがにそれはないだろ……」
「え?なんで?」
俺がげんなりしていると、千愛がはてなと可愛く小首を傾げた。そういえば、俺たちはずっと一緒にだったな。15年が過ぎているが、俺が桐江3姉妹の家にお邪魔するのは、別段悪いことではない。
でも、俺はちょっと混乱している。
だから、
「ごめん千愛ちゃん。さっきのは撤回する。いつか遊びに行くからね」
「撤回ね……ひひ、あ!ゆうにいちゃんの家の住所も教えて」
「あ、うん。そういえば教えなかったな」
俺は千愛に俺の住所が書いてあるアインメッセージを送った。それを見て満足げに微笑む千愛は、こともなげに言う。
「お姉ちゃんたちにも教えるね」
「いいよ」
「一人暮らし?」
「うん。ちょっと家自体は広いけどな」
「散らかってそう」
「……反論できぬ」
俺が苦笑いすると、千愛が意味深な表情で呟く。
「これは……愛璃咲お姉ちゃんの出番かも……」
「ん?なんか言った?」
「なんでもないよ!あはは!じゃ、ゆうにいちゃん気をつけて帰ってね!」
「お、おう。何かあれば連絡くれよな」
「うん!絶対するよ」
そう別れの挨拶をし、俺はこのタワーマンションから家へと向かった。
今日はいろんな千愛の姿を見ることができた。
『私はね……私を妊娠させてくれる優しい男が好きよ』
悔しいが、彼女の仕草に俺は反応してしまったのだ。
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