第11話 マイペースで小悪魔っぽい狩人
数日経って月曜日。だけど俺は会社には行かない。有給休暇がたんまり残っているからである。有給休暇は労働者の権利ではあるが、会社によっては使うことがなかなか難しい場合があり、俺が通っているブラック企業ならなおさらである。
だけど、当然もらうべき還付金を新たな収入と認識するように、溜まりに溜まった有給休暇も俺からすれば恵みの雨だ。
しかも、働いてないのにお金が入る。実に素晴らしい。本来ならもっと休んでも構わないが、俺はこのブラック会社を辞めてからすぐ、桐江3姉妹のいる「レガンダ」に入社する。
正直、少し緊張している。これから3人とともに仕事をしていくわけだから、お互いの嫌なところが見えてくるはずだ。
3人を喜ばせようと頑張る俺と、ずっと俺から離れなかった3姉妹。昔の俺たちはバランスの取れた人間関係を保ってきた。だけど、大人となった今はうまくいくのかな。
いや、そんな事考えたらキリがない。
「……」
ベッドから降りて昨日買っておいたおにぎりを食べるためにキッチンへと向かう俺。
今日はいつもよりちょっと遅い食事だが、とても心地よい朝を思う存分感じている俺の口角は微かに吊り上がっていた。
だけど、おにぎりを冷蔵庫から取り出そうとした時に電話がかかってくる。
「千愛……」
朝っぱらから何の用事だろう。俺はスマホに怪訝そうな視線を向けて電話に出る。
「もしもし」
『ゆうにいちゃん!おはよう』
「おはよう千愛ちゃん」
『早速だけど、今日暇?』
「今日?」
『うん!今日から休むんだよね?』
「ま、まあ……そうだけど」
『じゃ、私と遊ぼう。私、ゆうにいちゃんと遊びたい』
めっちゃストレートな言い方だ。千愛らしいな。
『ん?どうした?』
「いや、なんか昔を思い出してね。マイペースなところは相変わらずだなって」
『ふふ、人間そうそう変わらない生き物じゃありません〜』
「何その哲学者っぽいセリフ」
『まあ、ちょっと変わったけどね』
「え?」
『何でもない。それより今日大丈夫?大丈夫じゃなくてもきてもらうんだけど』
「今日は予定ないからいいよ」
『今日……はないか。わかった。私、午前の撮影終わればフリーだから時間と場所はアインで送るね〜』
「わかった」
『あ!ゆうにいちゃん』
「ん?」
『好きよ』
「っ!」
『ふふふ、じゃね』
千愛はまたもや小悪魔っぽい声音で色っぽく俺に囁いて電話を切った。
まあ、あいつは昔もゆうにいちゃん好きとか平然と言ったからな。それの延長線上にあるものだと思えばいいか。
「……」
だけど、あの時の俺は子供、今の俺は大人。それは千愛も同じだ。
深いこと考えない方が良かろう。
『ゆうにいちゃん……大好き』
この間、レガンダで千愛が放った言葉。
あの時は頭がくらくらしたから本当に言ったのか甚だ疑問ではあるが、千愛が着ていた白いシャツを押し上げるあの爆のつく胸の膨らみの感触は確かに覚えている。
短い金髪、エメラルド色の瞳、綺麗な体と顔立ち、色っぽい息遣い、柔らかくて大きいマシュマロ……
「いかん!千愛は妹みたいなものだ。何考えてるんだ俺は……」
俺は深々とため息をついて、手に持っているおにぎりに視線を送ってみた。
すると、
またあの時のように、白いおにぎりは
優しく潰されていた。
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