第12話 撮られて見られる狩人、それを見る獲物
俺は潰されたおにぎりを食してシャワーを済ませた。シャワーは昨日の夜もやったけど、なんというか、しないとまずい気がしてきた。確か汚い男なら嫌われてしまうんだよな。
いくら妹みたいな存在だとしても、相手は売れっ子モデル。レガンダとググったら綺麗な服を着ている千愛の写真が真っ先に表示される。しかもインスターのフォロワーは50万を優に超えていて、俺とは雲泥の差だ。ていうか俺は見る専だから別に気にしないけど。
高校、大学時代の男友達と会うこと以外、あまり人と一緒にどこかで遊ぶ機会もないので、いつもジャージ姿だが、今日はカジュアルなスタイルで行こう。そう考えながら俺はタンスを開けてガサゴソしていくつかの服を試しに着てみた。
「……」
どれも微妙だ。
まあ、友達と行くなら別に構わないが、相手が千愛だもんな。これが千愛の男友達とか女友達とかと一緒なら尚更俺浮くんだろう。二人きりで遊ぶとは千愛、言ってないし。
俺はため息を小さくついて家を出た。
X X X
某アパレル会社
千愛がアインで送ってきたメッセージの内容をみながら電車に乗ってたどり着いたのがこのアパレル会社である。千愛曰く、「レガンダ」は会社自体が小さいから撮影用のスタジオがなく、こうやって大手のアパレル会社と契約を結んで撮っているとのことである。野外での撮影だと女性カメラマンに頼むらしい。
と、いうわけで、俺はこの会社の中に入った。だが、厳つい警備員さんが俺を呼び止める。
「ちょっと待ってください!どなた様ですか?」
「あ、すいません。千愛ちゃんに会いにきましたけど」
「千愛さん?失礼ですがお名前を教えていただけますか?」
「は、はい。高橋悠馬です」
「た、高橋さん!?」
「ん?」
俺の名前を聞いた警備員さんは目を丸くし口を半開きにしたまま俺を見つめる。
「なんですか?」
「千愛さんのマネージャさんですよね?中へどうぞ」
「……」
千愛ちゃん……警備員の男になに吹き込んでんの……
でも、こんな朝早くに千愛に会いにここまでくる男って彼氏やマネージャ以外考えつかないんだよね。こういうことなら外で待てた方がいいと思うが、千愛のやつ、スタジオの中にきてとかいうから、本当に昔からブレないね。
なので、俺は苦笑いを浮かべてスタジオの中に入るために足を動かした。なんか物凄い視線を感じる。気になってちょっと後ろを振り向いたけど、なんで警備員さんそんな怨嗟の視線を送ってくるんですか?
X X X
「千愛、なんか今日はいつもと比べて表情明るいね」
「え?そうですか?」
「なんか、ウキウキしているというか……いいことでもあった?」
「ん……別に?」
「まあ、今日はその調子でお願い。いい写真が撮れそうだから」
「ふぁい」
撮影スタジオに入った俺。いろんなスタッフたちが忙しなく動いている中、女性カメラマンの前に綺麗な一人の女の子が立っている。やっぱり目立つな。雰囲気といい顔立ちといい、体つきといい、本当にかわいい。
白い照明を浴びている彼女は輝いていた。
そんな千愛を遠巻きに見ている男スタッフはうっとりとした表情をしていた。俺は彼女を見て、にっこりと微笑んだ。すると、千愛ははたと目を見開いて、俺のところに視線を送る。
「あ!ゆうにいちゃん!!!!!」
突然大声で言いながら手を振る千愛に周りが騒然とする。俺はちょっと恥ずかしくなってまたもや苦笑いして手を控えみにふる。そしたらスタッフたちが俺に目を見遣った。
なんだかめっちゃみてるんですけど……会社でずっとプログラミングしかやってないから、こんな視線はちょっと困る。
どうしたものやらと、固まっていると千愛がこちらにタタタっと駆け寄った。
「どうよ!私、格好いいでしょ?」
千愛はふんぞりかえるように上半身をのけぞらせて、ポーズを取った。この様子を見て俺は安心した。
「本当、相変わらずだな。千愛ちゃん」
「なんなのその反応、もっと褒めて褒めて!」
俺の返事を聞いた千愛は、一瞬頬を膨らませて上半身を少し揺らしながら拗ねる。わざとらしく上目遣いまでしてくるなんて……ていうか体揺らさないでくれ。今千愛が着ているニット、ただでさえ胸を強調してんのに、目のやり場に困る。
俺は少し当惑する姿を見せた。そしたら千愛が小さく漏らす。
「ゆうにいちゃんの視線で塗りつぶして……キモい視線なんか入る余地がないほど……」
「?千愛ちゃん、なんか言った?」
「ううん!なんでもないの!撮影終わるまで、ちゃんと……私を見ててね!」
「あ、ああ……まあ、せっかくきたわけだし、頑張ってね」
「うん!」
と、千愛は再び白い背景布のところに行き、ポーズを取る。
やっぱり綺麗だな。幼馴染でなければこんなかわいい女の子と会話すらできないんだろう。
ふとそんなことを思いながら千愛を見ていると、彼女は時々俺に視線を送っていた。
気のせいかもしれないが、その視線には重みがあるように感じる。
撮影が終わると、千愛は着替えるために、脱衣所へ向かった。女性カメラマンはカメラの画面を見て満足げに頷いている。おそらく、うまく撮れたのだろう。ひとしきり撮れた写真を見ながら笑んでいた女性カメラマンは、何か思いついたのか、あっと目を見開いて、突然、俺のところにやってきた。
年齢的には40代ほどか。
「確か、高橋くんだったね?」
「は、はい」
「本当に千愛のマネージャなの?」
「っ!ま、まあ、そんな感じですね」
女性カメラマンは、俺に鋭い視線を送り続ける。や、やめてよ。睨まれるのは山下部長だけで十分だ。あ、もう部長は顔見ることないからいっか。ていうかなんだよいきなり。
俺が当惑の色を見せていると、女性カメラマンが突然頬を緩めて話す。
「ありがとう。おかげさまでいい写真が撮れた。千愛、あんな表情もするんだね……」
「?」
俺はこの女性カメラマンの言っていることの意味がわからず、小首を傾げた。そしてそのまま静寂がしばし流れる。しかしそう長くは続かなかった。
「ゆうにいちゃん!!帰ろう!!仕事終わった」
サムズアップして俺に話しかけてきた千愛。短い金髪は微かに揺れていい香りを放っており、エメラルド色の瞳は俺の目を正確に捉えていた。ほんのり赤く染まった頬は食べ頃の桃を彷彿とさせ、ショートパンツから伸びる象牙色の形のいい長い足は微かに震えている。
なぜか、さっきより色っぽくなった気がしてならないが、これもまた俺の気のせいだろう
「あ、ああ……行こう」
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