マフラーで隠したい

 翌日、僕は秋の風に吹かれ、薄めのマフラーを首に巻き、買い物に出掛けていた。なんの?それはもちろん文化祭に使う小道具や材料を買うためだ。


 僕が普段家の買い出しに行くわけもなく、久しぶりに何かを買いに行くため外を歩いている。


 すれ違う人に半袖半ズボンはいない。冬が近付いて来ていることを身に沁みて感じる。こんな日が続いたあと、本格的な冬が来ると思うと今から震えが止まらない。


 なーんてことは言い過ぎだな。


 「思ったより寒い……」


 でも隣の人は違ったようだ。


 横で見た目に似合わぬ格好――猫背で両手を反対の肩に載せ、今日の気温について文句を述べられる天使様。キレイな顔にはなんでも似合うと思っていたが、この天使はその時その時の状況によって、性格で可愛いとキレイとカッコいいを使い分けているようで、今の顔は寒さに負ける可愛い顔であり、可愛い態度を取っているので相違は無かった。


 ――学校を出て10分、風が強まった気がする。そうなればなるべく早く用事を終わらせなければ色々問題が起こる。


 「少しペース上げようか」


 寒がる天使に一声。そしてペースを上げる。


 目的地まではこのままで残り5分。短い距離ならより早く着く方が楽だ。どうせ教室に戻っても不器用な僕に出来ることなんて無いんだから体力を削っても問題はない。


 クレーンゲーム上手くても裁縫とかはめちゃくちゃ苦手って手先が器用とは言えないよな……。


 不器用な人が買い出し!って森くんに言われたので躊躇いなく立候補したら、偶然流川さんも手を挙げていて今こうなっている。意図したわけではない。これは自然となったことである。


 ちなみに流川さんは嫌がる素振りをしっかり見せ、僕にダメージを与えて来た。昨日の電話でやらかしたのは分かっている。だから覚悟もしていたが、電話の内容が楽しすぎて朝起きるとすっかり忘れていたのだ。ホントに緩急がえげつない。


 「神代」


 「なんでしょうか」


 女王陛下からお嬢様に位は下がったがそれでも敬語は辞めない。どうせ僕は良くて執事、悪くて下僕なのだから、タメ口は不可能。


 もちろん冗談だ。


 「寒い」


 「それは僕も同じです。我慢するしかないでーす」


 朝、気温を確かめると10度前後で右往左往。だから僕は一応マフラーをタンスから抜き取り通学した。流川さんはそんな準備はしないタイプなので、もちろん今は首が冷えている。


 首、冷えてるんだよな……。


 「仕方ないな……」


 「……?」


 僕は首に巻き付いたマフラーを無理矢理取る。瞬間接着剤を無理に剥がすほど覚悟が必要だった。コタツから抜け出せないあれと似ていた。


 「はい、使ってください」


 綺麗に畳んで貸してあげる。そうでもしないと僕の気が落ち着かない。女の子が横で冷えているのにマフラー巻いて堂々温まるのは気分が良くないしな。


 「そんな、悪いよ。あと少しで着くし、何とか耐える」


 「はぁぁ、そうですかー」


 無視して後ろに周り、巻き付ける。強制だ。これでセクハラとかちょろいって言われたら猛ダッシュで学校に戻ってやる。


 男嫌いの流川さんには嫌なことだろうが、そんなことは知らない。このまま寒がられても困るのは僕も同じだ。


 まぁ、本気で悪いと思ってるから嫌な気持ちはしないな。


 「はい、これで暖かくなったでしょ?」


 後ろからなのでお世辞にもキレイな巻き方とは言えないが、首は風に晒されないほどに隠せているので良しとする。


 「あ、ありがとう……」


 マフラーを両手で触り感触を確かめる。そんな天使の細くて小さい、でも気持ちのこもった感謝は僕の心を温める。これがWin-Winの関係である。


 「これ、めっちゃ温かい!」


 元気な声、そして太く1秒前よりも気持ちのこもった感想はその表情とともに僕の心臓へと甚大なダメージを与えて来た。


 めちゃくちゃ可愛いのだ。マフラーが似合うのもあるが、顔だけのインパクトが大きい。1度感謝するだけで終わると思っていたからこそ、さらに強く心に届くこの笑顔。


 罪だ……。


 僕はきっと今、顔が赤い。だって今は無いマフラーで顔を隠そうと手を首元へ伸ばしたぐらいだ。


 天使とはいえ、ズルいのは共通らしい。


 「そ、それは良かったね」


 満足気の流川さんに、満足気だけどその表情を見せないようにする僕。絶対にキモいなんて言葉は出てこないのに、分かっていても隠そうとするのは恥ずかしいから1択だ。


 こんな時期に心臓に悪いことはしないでもらいたいが、もっとして欲しいと葛藤の贅沢を思う。


 今ごろクラスに残る男子は羨ましがってるだろうな。それにこのことを知ればもっと……。


 ――まぁ、教えないけど。


 「でも、ホントに良かったの?神代も寒いからマフラー巻いてたんでしょ?」


 「今は十分温まったから全然問題ないよ」


 「そっか。助かるよ」


 「うん。これまで散々バカにされても貸してあげる優しさに感謝しまくってほしいよ。ホントに」


 「……それ言われると申し訳なくなるじゃん……」


 しょんぼりする流川さんも可愛くていつ見ても癒やされる。このままだとマフラー必要ないほど温まるな。特に胸中心に。


 「大丈夫、仕返しはしないし気にしてもないから。それに流川さんのメイド衣装見れるし、お願いも聞いてくれるなら完璧だよ」


 「……今初めて後悔してるかも。神代とこと」


 「辛辣過ぎるって」


 仲良くなった。そうか、僕は流川さんと友達と言える関係になったと認めてくれたんだと、1人ニヤニヤしてしまう。顔に出すのはホントに仕方ない。抑えるにも限界がある。


 だから、嬉しすぎる気持ちに限界がないのが悪いんだ。そう思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る