ついに見た天使の一面

 思っていたより早く合流した僕たちは早速クレーンゲームの前まで行くことにした。長時間僕と一緒にいたくはないだろうからなるべくスムーズにことを進めて解散したいので自然と早足になる。


 平日でも意外と騒がしいゲームセンター。台の音だけではなく人の声や鐘の音、アナウンスが混じり耳にうるさいと思えるほどの振動が伝えられる。


 休日に行ったのは何日も前なのでうろ覚えだが今日の2倍は人の声がしていたと思う。


 懐かしいことを思い出しながらも歩く速さは増していく。


 「さっきは暇だからたまたま来たって言ったけど、ホントはよく来てるんじゃない?」


 何も話さないよりは悪口でもなんでも流川さんと会話ができるならそれでいいと思い、ありふれた思いの中から1番気になることを問う。


 「……来てないって」


 「そうなんだね」


 流川さんはそう言っても流川さんのカバンは違うと言っていて、キーホルダーとして小さいハチがチャックにつけられていたため思わず笑いそうになる。が、なんとか堪えた。


 このときはもうすでに流川さんと話すことに怖いと思うことはほとんどなくなっていた。


 流川さんは意外と正直じゃないんだ。


 「じゃ、昨日はたまたまあのぬいぐるみを見つけて取ろうとしたところ僕たちに邪魔されたってとこだった?」


 「……取ろうともしてない。ただ見て回ってただけ」


 「そっか。ぬいぐるみは好き?」


 僕は聞きたいことを次々と聞く。


 「……好きでも嫌いでもない。ってか質問多すぎ」


 「あーごめん。流川さんと話せるいい機会だから聞きたいこと聞いちゃおうと思って」


 「仲良くなろうとでも思ってるなら無理だから諦めて」


 「うん。流川さんが嫌なことは僕もしないよ。でもクレーンゲームは昨日のお詫びとしてさせてほしい」


 「……そう」


 無理強いはしない。だけれど昨日のあのぬいぐるみを見る流川さんの横顔が一瞬だけど印象に残ってどうしても取りたいと思うのだ。きっとぬいぐるみは嫌いなんかじゃない。


 その後僕から質問することはなかった。もう目的のクレーンゲームの前まで来たから。


 あたりのクレーンゲームには歳相応の子が多いが、大人も少なくなかった。ガチ勢と言われる人もいて商品を取りすぎたのか袋を持つ手がプルプル震えていた。


 そんな中僕は約束を果たすために百円玉を投入する。


 「どれくらいで取れると思う?」


 僕はこの質問が好きだ。言われた回数で取るために頑張ろうと思うし、ヒヤヒヤして楽しめるから。なによりそうやって取ることが1番達成感がある。


 「20回」


 自己満とも言える質問に流川さんは流川さんの基準でシンプルに答えてくれた。


 「じゃ20回以内に取れたら昨日のこと許してくれる?」


 「……いや、確かクレーンゲームの名人とか言われてたよね?なら10回で許す」


 「10回ね。了解」


 ほんのちょっとのことだが覚えてくれていたことがなんだか微笑ましかった。


 10回で取るなんて正直簡単。昨日取ったクマと同じ仕様のクレーンゲームで大きさもハチのほうが大きいため昨日の7回に比べれば断然イージーだ。


 僕はカウントダウンが始まったクレーンゲームをボタンを押すことでスタートする。第一回目だ。


 手順は同じ。まずはできるだけ把握する。同じ仕様のクレーンゲームなら調べるはアームの力とどこまで開くかというところなので集中してアームを見る。


 そして知ることができたらその重心を前か後ろに集中させる。今回は頭から落ちてもらうためにお尻を何度もすくい上げ、傾ける。簡単そうに思えるが実際やってみると距離感がつかめなかったり、アームが揺れて思ったとこに降りていかないなんてことが起こるので難しい。


 1回目の百円玉をしっかりと情報収集で有効活用したとこで僕はぬいぐるみのお尻を突くことに集中する。


 そんな僕を無言で見つめる流川さんは失敗するごとにドキドキしているのだろうか。顔なんて見れないからどうなのかわからないけどもしそうなら嬉しいが。


 そして五百円を投入したのが最後、お尻の小さいハチのぬいぐるみは頭の重さに耐えられず微かな音を立てて商品となった。


 それを見つけて鐘を鳴らすのは鳳凰院さんで、僕が短時間で取ることを確信しているからこそ仕事をせずずっと陰から見ていた。


 バレたら怒られるだろうに……。


 予め袋を持っていたので大きめの袋にハチを投入。僕が持っていても意味ないのですぐ流川さんにプレゼントする。プレゼントなんて嬉しいものではないかもしれないけど。


 「はい、これで許してくれるよね?」


 「ホントに上手いんだね。許すも何も見られたこと気にしてなかったからいい。だからは君が持ち帰りなよ」


 「そうなの?」


 「うん……私は別にいらない」


 いらないと言われてもそれが偽りだと分かっているからこそ僕は持ち帰ってもらいたいと思う。


 絶対に。


 「僕が持って帰ってもそのまま放置するか他の人にあげるかしかしないんだけど」


 もちろん嘘。ホントは妹にプレゼントしたり、今ではもうなくなったが渚にあげたりしていた。渚ももうこの年になるとほしいと思わなくなってるかもしれない。


 「じゃあ、私がもらうよ。せっかく取ったのに自分のものにしないなんてそれは……なんていうか……ぬいぐるみってか君に申し訳ないから」


 「ありがとう、もともと流川さんのために取ったんだから貰ってくれて嬉しいよ」


 「し、仕方なく貰うだけだからね?私別にぬいぐるみ好きじゃないから」


 ツンツンは相変わらずだった。きっとこの先も流川さんと関わることがあってもこのままだと思う。男子にはツンツンして距離をとって――でもいつか笑顔ぐらいはみたい。そう思ったとき――。


 「ありがとう――神代」


 初めて見る流川さんの笑顔。そして初めて呼んだ僕の名前。どちらも僕の心臓をドキッとさせるには十分過ぎた。ゲームセンターという青春にも恋愛にも関わりの薄い場所。それでも流川さんの与えるインパクトは果てしないものだった。


 そう彼女、流川蘭の残り1%は――。

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