2回目のやらかし

 「おーい、大丈夫か?」


 誰かが僕の目の前で手を振っている。さよならとかここだよとかそういうものではなく、僕の意識があるのかを確かめるためのものだった。


 それに気づいたのは彼が手を振り始めてどれくらい経ったときだろう。それを知るのは彼だけだから聞く以外知ることはできない。


 「あ、ごめん彼方くん。ボーッとしてた」


 手を振っていたのは僕の幼馴染で親友。そして同じクラスの彼方楓斗おちかたふうとくんだった。彼方くんは僕の友達の中で1番似たような立場にいる人だ。


 「お前ずっとボーッとしてたぞ。寝不足か?」


 「ううん。昨日は23時には寝たよ」


 「じゃあなんだよ。お前が呼びかけに答えないなんてこと今までなかったのに」


 「ああー……それはね……」


 実は昨日、ゲームセンターで流川さんにぬいぐるみを取ってあげたら心臓に大ダメージを与えられて、それを思い出してた。なんて言っても信じないだろうし恥ずかしいから言いたくない。ってかそもそも言ったらいけない約束をしていたので何があっても言えない。


 まだ人生やり残したことある。いや、学校か。


 答えを濁す僕に彼方くんは首を微かに傾げる。不思議に思うのも無理はない。今まで隠し事とかしてきたことなかったし。


 それでも言えない。嘘をついたわけではないので悪いことをしてるとは思わない。でもなぜか申し訳ない。


 「まぁ何かあったら言えよな」


 「うん。そうするよ」


 いつだって相談役は彼方くんだ。森くんも優しくて相談するにはいい相手なのだが繊細なとこまで扱えるのは彼方くんだけ。


 「それにしても聞いたか?男子全員が目を飛び出すほど驚いた話し」


 「何それ。聞いてないけど」


 「まじで?あの流川蘭が男と歩いてるとこ見たって噂になってるんだぞ」


 「?!」


 聞いた瞬間ビクッと体が激しく上下した。


 「びっくりした。いきなり音立てるなよ」


 「ごめんごめん」


 行きは離れてゲームセンターに向かったが、帰りは家の方向が一緒だったので少しだけ隣で歩いて帰ったのだ。いつか隣に流川さんが――なんて考えてたその日に現実で起こるなんて奇跡だ。


 そらより誰に見られたのだろうか。いや今はそんなことは関係ない。僕は流川さんに社会的に終わらされる。もうこの学校に通えなくなるかもしれない。


 そんなことが刹那、頭の中で縦横無尽に飛び交う。


 パニック中だが決してそれは表に出さない。怪しまれることは今はしてはいけない。ずっとしてはいけないのだが、今回はそれ以上に気をつけなければ。こういうとき男子は細かいことに感づきやすいから。


 そして幸いビクつくだけで汗も出ない程度まで落ち着かせることができた。


 「それでさ、流川の友達が本人に聞いたらしいんだけど、私は昨日家にすぐ帰ったからって言ってるんだってよ」


 「そ、そうなんだね。なら見違えたんじゃない?」


 喋ることにも神経をすり減らす。もし言い間違いでも起こしたならその瞬間に流川さんの文房具が僕の体を傷つける未来が想像できるから慎重になる。想像というかドMの妄想かもしれない。


 「そう。それがあり得るんだよ。見たってやつがほんの少しだけしか見てないから見間違えって」


 「ふーん。だってあの流川さんだよ?男と歩くなんてそんな……」


 自分で言っててなんだがこれ以上喋ってはいけない気がする。僕は言ってはいけないことをポロッとこぼしてしまうことがあるので早めに口にチャック。


 でも良かった。ほんの少ししか見られてないのは不幸中の幸いだろう。


 まだ流川さんのことを知っていると言うには時間が足りない。だから今は自分の思っている性格を勝手に当てはめてるに過ぎない。


 そこを含めて言わせてもらうと正直一対一で話すことが怖くないと思った昨日の気まぐれを取り戻したい気分だ。


 怒ったら何をしてくるのか知らないし約束を破れば怒るのかすら知らない。なんなら好きな食べ物も嫌いな男子の中でも特に嫌なタイプも。


 「男子の中では流川と付き合ってはいけないって暗黙のルールがあるから歩いてたら他校のやつか家族か親戚とかだよな」


 いや初耳なんだけど。なにその、流川さんと付き合ってはいけない暗黙のルールって。


 「仲良さそうだったら家族かもね。緑生の男子だけが嫌いってわけでもないだろうから他校はないかもよ」


 彼方くんの発言の後10秒ぐらい脳内で大丈夫か確認して返す。これくらいしないと会話ができない。


 「気になるよな。っまあ噂は噂だし、ホントならいつかバレるだろ。気長に待つか」


 「そうだね」


 そうして僕と彼方くんの流川さんについての話しは終わった。でも周りからはちょくちょく流川さんの名前が聞こえる。それだけ人から注目を浴び、高嶺の花である流川さんに改めて申し訳ないと謝る。


 僕が女の子と歩いていてもこんなにザワザワしないのに流川さんなら嘆きまで聞こえてくる状態。それほどに流川さんの影響力はすごいのだと思わされた。


 「今日は良くないことが起こりそうだな……」


 すぐそこにいる彼方くんにも聞こえないような声でぼそっとつぶやく。そうでもしないと気が晴れそうにもなかった。家に帰れるのだろうか。


 そこでチャイムがなり学校が始まることが伝えられた。ざわつきも各々が席につくことで静寂へと変わる。僕の席は窓側から縦2列目の後ろから横2列目、流川さんの席はなんと窓側から縦1列目の1番後ろ。つまり斜め左下に流川さんがいるということになる。


 僕は流川さんがどういう面持ちなのか知りたくなってしまい、ほんの一瞬だけ斜め左下を見ると――流川さんと目が合う。すぐ黒板に顔を向けたが、その刹那が脳裏にこびりついて授業どころではなくなってしまった。

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