美人店員の余計なお世話
鳳凰院さんに案内されながらついていくと久しぶりに来たためかガラッと配置の変わった台が多くあった。
「ここって1か月少しでこんなに変わるんですか?」
「結構変わるよ、その度に私たち店員は腰を痛めてるけどね」
「はははっ、大変そう」
腰を軽くトントンする。まだ若い鳳凰院さんにこの痛みが響くのは何年後だろうか。その時に苦労しないことを願ってます。
「はい、この台の子たちを取ってみなー、なかなか難しいよこれ」
紹介された台には滑り止めの上に乗せられた寝そべり型のクマがいた。
「このタイプですか、なんとか千円以内に取れるように頑張ります」
「千円で取ろうとしてることに驚かなくなったのはいつからだろうなー」
いつからだろう。僕もはっきり覚えていないがおそらく高校入学してからだろうな。入学したときは友達が作れなくて何回ここに来たことか。
「じゃ私はさっきのとこ戻るから何かあったら呼んで」
「はい、分かりました」
そうして鳳凰院さんは鐘を鳴らす気満々のようでカラカラさせてねと1言残して戻っていった。多分鳳凰院さんが来る前に近くの店員さんに鳴らされると思うので叶わぬ願いとなりそうだ。
僕は財布から百円玉を取り出し1つ台に投入する。まずはこのクレーンがどこまで開いてどれほどの力があってどこまで可動域があるのかをこの1回で確かめる。
紐に引っ掛けるタイプではなく、クマの重心をどれだけ片方に寄らせて落とすかが勝負になる台なのでどこまで滑り止めが効いているのかも確かめる必要がある。
「絶対に連れ帰ってやるからな……」
クマに少し大きめに声をかける。周りの人には聞こえないほどの声だが。
矢印ボタンを丁寧に慎重に押す。間違えたら百円玉が無駄になるプレッシャーを感じながら。
「よし、ここだな」
降下ボタンを押すと従ってクレーンも降下する。そしてクマをがっしり掴む。これで取れたのならすごい奇跡だがうまくいくわけがなく、後ろ側をがっしり掴んだクレーンは紙でできているかのように弱い力でクマを微かに動かして上昇した。
でもしっかり得られる情報は得ることができたのでなんとか千円で取れそうだ。
二百円、三百円とお金を投入するとともにクマは前かがみになる。ついに七百円目、クマは重力と滑り止めに抗えず僕の商品となった。
それに気づいたのはやはり鳳凰院さんではない店員さん。カラカラと周りの人の注意を引き「おめでとうございます」と心のこもってない1言。
このときが1人で来たときの恥ずかしさであるのでなくならないかとずっと思っている。
視線が減り始めたときにクマに手を伸ばして取る。近くにあった商品を入れる袋にすぐ入れる。この間およそ10秒。さすがに慣れた手付きでいける。
商品を手に入れた僕は鳳凰院さんに伝えに行く約束を守るため先程の場所に戻る。近くの台にもなかなかいい子たちがいるので今度はこの子たちを連れ帰るとしよう。
ガヤガヤした中歩き始めると、俺は不意に足を止められた。止めたのではなく止められたのだ。
「流川さん?」
もちろん誰にも聞かれない声で。そう、目の前のクレーン台に流川さんがいたのだ。あの流川さんがこのゲームセンターなんて無縁そうな場所にいるのが信じられなくて俺は答えを出すことに全神経を注いでいた。
でも答えなんて出るはずもなく俺は再び歩き始めようとした。が、ここから真っ直ぐ行くと流川さんに会ってしまうのでそれだけは避けなければいけない。
少し遠回りになるが迂回して行くしかない。
慎重にバレないように、クレーンゲームよりも丁寧に歩く。悪いことをしてバレないように逃げようとする小学生のように。
でもバレることはなさそうなほど流川さんはクレーンゲームに夢中になっていたようで、可愛い顔で可愛いハチのぬいぐるみを見つめていた。
「映えるな」
何をしても映える。それが美少女というものだ。いや、天使。
何事もなく僕は鳳凰院さんのもとへとたどり着いた。
「取りましたよ」
名前を呼ばず肩をトントンして気づかせる。うるさいこの中で名前を呼ばれても気づかないことが多いからだ。
「えぇー、早くない?」
「千円以内なんで普通ぐらいですよ」
流川さんのおかげでここまで来る時間が延びたので本当なら遅いほうだ。
「ホントに千円で取るなんてね。さすがじゃん」
褒められると嬉しい。誰だって美人に褒められれば口角上がるだろう。上がらない人は俺は違う意見を言って俺って違うんだという理解できない優越感に浸る人ぐらい。言い過ぎかもしれないがホントにそれが過言ではないほどに。
「何円で取ったか当てるね。当てたら私にも何か取ってよ」
「良いですよ。じゃチャンスは1回で」
十分の一、まぁ勘だな。
「八百円!」
「惜しいです、七百円です」
「うわぁ、ホントに惜しいじゃん!」
こうやってはしゃぐ先輩を見ると自分が歳を取ってシワシワになる未来が見えないんだよな。今どき中学生でもこんな賭けではしゃぐ人いないだろうに。
「そういえば少年の近くに同じ緑生の子がいなかった?しかもめちゃくちゃ可愛い」
「あーいましたよ。それがどうかしたんですか?」
「いやーあの子、ハチを取り出そうだったけど取れないみたいでね、困ってたんだよ」
「僕が変わりに取れと?」
「そうしたらカッコいいじゃん、それにあんなかわいい子ゲットできたら少年も嬉しいんじゃないの」
「僕にはレベルが高いです。それにあの子、流川さんは男子とは関わりたくない主義なのでそれもまた無理ですね」
確かに取ってあげるのはいいが、それが流川さんでなければだ。もし僕が流川さんに取ってあげると近寄ったら「は?近寄んな、ってか誰?キモい」なんて言われる未来が見える……。
妄想で心にダメージを与えられるほどの人と関わったら精神力が最高値じゃないと耐えられそうにない。最高値でも怪しいのに。
「そっか、じゃ行こう!」
「えぇ!?話し聞いてたんですかぁ?!」
鳳凰院さんに背中を両手で押されて僕はなすすべもなくそのまま流川さんの前にまで来てしまった。
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