おいおい、どうしちゃったんだよ

 そしてこれと言ったハプニングもなく川に着くと、先程から聞こえるせせらぎが耳を心地よくしてくれる。落ち着くな。


 体感、蝉の鳴き声が暑くするのに対してせせらぎは涼しくしてくれる。風鈴に似た効果だな。音でも十分に暑さを感じるのは固定概念からくるものであって、その音自体に人を暑いと言わせる効果はない。


 だから涼しさを求める僕にはせせらぎは涼しいという固定概念があるので心地よく感じる。


 ただ横を歩くだけだがそれでも気持ちがいいのはここに来て疲れることばかりだからだろう。ほら、1人の時間を作ってよかっただろう?


 川を眺めながら歩くこと2分、まだ帰るつもりはなくただ無心に癒やされながらのほほんとしているとスマホが通知音を鳴らして知らせる。


 こんな時間に誰?


 すぐにスマホを開いて確認する。


 「また?」


 言葉にするほど意外だったのは流川さんからのメッセージだったから。


 『後ろ見て』


 と送られてきたのでその通り後ろを振り向く。するとそこにしっかりと流川さんの姿があった。そこまで離れていないが近くもない、10mぐらい。


 メッセージの相手を確認したときより驚きはしないものの、うわっとは驚いた。


 僕と目が合うことで流川さんはこちらに歩いてくる。寝巻きのようで、とても可愛い。可愛い以外出てこない僕の語彙力が悔やまれるほど可愛いかった。


 「おはよう、流川さん」


 「おはよう」


 寝ぼけてはいない。いつも早起きなんだと伝わるほどキリッとしていた。規則正しい生活をしているようでさすがとしか言いようがない。


 「なんで直接話しかけなかったの?」


 「私よく気配ないって言われるしいきなり声かけられたら驚くでしょ?そうなれば神代が川にドボンするかもしれないからだよ。ただでさえ足場悪いんだし」


 「そっか、ありがとう」


 ツンツンからは想像できない優しさを見せる。これがギャップというやつか。心臓に悪いな。


 「それにしても偶然だね。朝は1人歩きたくなるの?」


 偶然というか奇跡だ。話し合ってこうなることは決められてなかったのに2人同じ時間に1人でこの場所に来るなんて仕組んでないとどう説明ができるか。


 「うん。夏の朝が好きだからよく外に出るよ」


 「どういうとこが?」


 「んー空気感?曖昧だけど感覚的に好きって感じ」


 「分かるかも。僕も似たようなものだし」


 ん?なんでここまでこんなに普通の会話ができているんだ?いつもなら聞くなって突っぱねられるのに。ツンツンもしていない。朝だから?よく分からないな……。調子が狂う……。


 どんなものなのかボコられること覚悟でこっそり流川さんを見てみる。


 「何?何か変?」


 「え?いや、何も変じゃないよ」


 と言ってても心のなかでは「なんでなんで?おかしくない?あの流川さんが見られても怒らない?怒らないとかの前に睨むこともしないし!え?え?どういうことぉ!!」という混乱状態だった。


 これだけの焦りを心の中に留めておける僕は天才だと思う。


 「何かないと見ないでしょ?」


 「あー、寝巻きのままで来て良かったのかなって」


 ギリギリ適当な言い逃れを考えたと思ったが、これがまた適当でもめちゃくちゃいいことを聞いたと天才と思う材料になった。


 「別にいいでしょ。コンビニとかもよくこの格好で行くし」


 「へー、そうなんだ」


 なら、男性店員はみんな揃って可愛いって思ってるだろうな。釘付けだ。ってかコンビニも寝巻きで行くって可愛い過ぎだろ。


 普通ならだらしないと思うことがなぜか流川さんとなるとそんなことはない。やはり美少女パワーは素晴らしいものだ。


 そのまましばらく適当に歩く。隣に流川さんもいて、意識してしまうと落ち着かなくなり、いつでも睨まれて悪口で刺されるか分からないので脳内ではぐらかしながら。


 それにしても気になる、いや、気になりすぎるのはなぜツンツンしてないのかということ。これが1番の謎なんだがどうにも結果に辿り着けそうにない。迷宮入りになるかもな。


 「そういえば、神代って仲いい人とはよく話すよね」


 「え?」


 「あいつらとは友達みたいだから当たり前だと思うけど、雫と陽菜とも結構喋ってるとこ見るからさ。関わったことない私からしたら無口な方なのかって思ってたけど、案外そうでもない?」


 過去1番長く流川さんの話を耳にした気がする。こんなにも声を聞けるのは最高だ。


 あいつらというのは、おそらく森くんと鞍馬くんと彼方くんのことだろう。ごめんみんな、僕は神代って呼ばれてるんだ。先に行かせてもらうよ。


 「喋るのは得意じゃないけど好きだよ。だから気が抜ける仲のいい人とはついペラペラと話しちゃうかもしれない」


 「ふーん。そうなんだ。――」


 最後、よく聞き取れなかったが空耳と思いそのままスルーした。もし声を発していて聞けてたら――良かったかもしれない。


 流川さんは僕のことについて聞いてくることもありえないのだがこのとき僕の感覚は麻痺していた。これが普通なんだと。だからいつものように気が抜けてしまっていた。もちろん流川さんと話すのが好きってのもあるだろうが。


 「あ、そういえば昨日しりとり付き合ってくれてありがとう。いい暇つぶしになったよ。あとその後も」


 眩しすぎる笑顔に心臓がいろんな理由から爆跳ねした。まず笑顔を見せたこと、それも楽しそうな笑顔でよく雫と陽菜さんの前でするような可愛い笑顔。次になぜこうもツンツンしていないのかという『逆にツンツンしてなくて怖い』という現象からくる跳ね上がり。最後にまるでアニメの世界、漫画の世界の美少女のように手を後ろで組み、少し前かがみになりながらニッコリすること。


 これらにより現在の僕は心肺停止寸前に陥っている。やばいって!

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