思ったよりも辛辣

 結局今日は怒られることはなく、逆に得をした良き1日となった。今日の出来事、そしてそれに至るまでの経緯を聞くと誰もが羨むだろう。そんなことをこんな僕ができたことに嬉しく思う。


 そう思う21時、僕は夜ご飯と入浴を済ませて自分の部屋でゆっくりしていた。いつも通り何も変わらない夜……だと思っていたがそんなことはなかった。


 テレビをつけて垂れ流しにしながらスマホで動画を観ていると通知音とともにLINEが送られてくる。相手の名前を見て驚くのは必然だ。流川蘭。


 そうだった流川さんと連絡先を交換したんだと忘れていたことを改めて蘇らせる。流川さんという大物と交換したことを忘れるなんて最低極まりない。が、動画を観始めると自然と忘れてしまうのだ。さっきまで嬉しいと浮かれていたのに。


 内容を覗く。


 『よろしく』


 と簡単な挨拶。交換したなら何か送らないとって思ったのだろうか、用事もないだろうに律儀に送ってくれた。


 『うん。こちらこそよろしく』


 とこっちからも簡単に挨拶をする。これから流川さんから返信がくることはないと思いタスクを切り再び動画を見始める。予想通り5分10分と経っても返ってこない。気づけば僕は動画に夢中になっていた。好きなことに夢中になる速さだけは負けない気がするな。


 そして一本見終わるとなぜか流川さんのことを考えていた。ごく自然に。僕は今こうやって平日の夜は動画を見たりしているが流川さんは何をしているのかと気になったのだ。


 まぁ流川さん限定ではないな。彼方くんも森くんも雫も、何をしているのかと浮かんでくる。その中で流川さんが特に気になるというとこだ。


 今さっき連絡を交わしたからかな?何してるんだろ。


 そう気になっているとタイミングよく心臓はビクついた。


 『明日の放課後空いてる?』


 流川さんから1件通知がきたから。僕を見ていたのかと疑うほどタイミングが良いから声にも出してしまった。軽くうわっと。


 その内容は明日の放課後の予定を知りたいようでそのまんまの意味を伝えてきた。そして僕は明日なにかあるか考える。


 『何もないよ』


 部活に所属していなければ帰る友達もいない。


 しばらくしてピコンと返ってくる。


 『それなら放課後付き合ってほしいんだけど』


 流川さんからは想像できない、何かのお誘いだった。女子を誘うなら見たこともあるし実際雫と遊んでるとこも見たことがある。だが男子を誘ったりするとこは見たことも聞いたこともない。これまた何か奇跡が起きているのか。


 『いいよ。流川さんの頼みなら』


 素直に自分の気持とともに返信する。男として流川さんの頼みを聞 聞かないなんてことは許されない。


 『ありがとう』


 『いえいえ』


 『それじゃまた明日。おやすみ』


 文字とはいえ男で初めておやすみと言われただろう。なんだか特別感があって口角が上がるのを止められない。


 『うん。また明日、おやすみなさい』


 既読されてそこから送られてくるメッセージはなかった。それでもこの嬉しいと思う気持ちが収まることもなかった。


 「やったぁ!」


 と叫んでしまえば隣の部屋にいる妹から壁を叩かれる。うるさいから黙れという忠告だ。本当に申し訳ない。でも許してほしい。コップに入る水に溢れる限界があるように僕にも流川さんに対する嬉しさのコップも溢れそうなんだ。吐き出さないと零れそうで。


 僕は家で叫ぶことなんてあまりないと思っているがそんなことはないらしく、妹にはよく聞こえているという。変な話しはしてないから気まずくなったりすることはないが恥ずかしいと思うことはある。


 高校1年の男子は恥ずかしいことに敏感なので、あまり触れないでいてくれると嬉しいと壁を叩かれるたび思う。


 とにかく今日は今のことを含め濃い、濃すぎる1日となった。高校入学してから1番ぐらいに。


 ――翌日、放課後になると部活に行く人は教師に怒られない程度に早足で急ぐ。彼方くんも森くんも。


 どんどん人が減る。部活が休みの子も早く帰りたい、または友達とどこかによって帰りたいのか教室に残らず帰っていってしまった。僕からしたら好都合なので良かった。


 朝から流川さんとは目も合っていない。合わせていないというのが正しいか、関わりを持っていると誰にも察されたくないので他人のふりをしている。流川さんも同じだろう。


 そして机にノートを出して勉強しているフリをやめ、周りから流川さんの気配以外なくなったと思いあたりを背伸びしながら見渡す。


 「勉強してないくせにノート開くとか意味分かんないね」


 何してるの?と変なやつを見るような目と言い方でツンツン刺してくる。今日初めて目を見て話した。やはり美少女だ。


 「やってるフリでもしないとなんで無所属のやつが残ってるんだってなるから」


 「そんな気にしなくてもいいと思うけど」


 流川さんは人に見られようが気にしないらしい。めんどくさいのは嫌いみたいだが。


 「それよりなんでさっきからニヤニヤしてるの?気持ち悪いんだけど」


 っとこれまた僕が想像していたよりも100倍辛辣だった。そう、想像というか妄想をしていた僕の中の流川さんは全然ツンツンしていなかった。勝手に流川さんはこんな人だと思いこんで作り上げた理想の美少女で、実際は男子はまとめて類なく嫌いというツンツン天使だったことを目の前で証明された。言い方もツンツンよりチクチクだ。うー悲しい。


 「ごめんなさい。流川さんから誘われたことが嬉しくて」


 嘘がつけない僕はこういうとき正直に言うことを躊躇ってしまう。豆腐メンタルもいつ崩れるだろう、心配になる。

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