毛虫と写真は味方

 しばらく流川さんを背負ったまま言われる方向に歩く。右と言われれば右、左なら左。ここで従わなかったなら頭をグリグリされたり、キモいから降りると言われるだろうからしっかり従う。


 グリグリされるのはまだ肉体的なダメージなので耐えれる。でもキモいは精神的に来るものがあるので無理だ。生粋のドMなら耐えれるだろうが僕は違う。


 まさに女王様だ。絶対王政極まれり。


 男子は嫌いでも関わればそんなこともないのか、僕の首にはしっかりと腕が回されていて、男子嫌いのツンツン天使とは思えない行動だった。


 まだ高鳴りは収まらない。


 「そろそろ疲れてきた?」


 耳元でそっと囁く。ゾワゾワゾクゾクと刺激された渦巻管が喜んでいるのが分かる。


 「軽いからそんなに疲れないよ」


 「ならこのままでも良い?」


 「うん。こっちが聞きたいぐらいだよ」


 耳元でこんなお願いをされて、はい降りろ、って言える男子は存在していない。はい以外の選択肢はない。


 「身長高くて背中も大きいから乗り心地完璧。まだキモくもないし」


 まだってことは予想されてるってことかな。いつか僕が本能のままに触り始めるとでも思っているのか。そしたら逆にやってやるが。


 「キモくなったら言ってね。適当なとこに下ろすから」


 「キモくても言わないからちゃんとしたとこに下ろして」


 「いや、そういうことじゃなくて……」


 キモいと感じないでほしいものだ。意外と流川さんに言われるのは傷つくもので、雫や陽菜さんに言われるより2倍増しで刺さる。


 結局物申すことは諦めて再び人力車となる。


 ただでさえ夏真っ只中で暑いのに、くっついているんだからもっと暑い……こともないのが今思う最大の不思議だ。流川さんが背中に乗っているとそれだけで涼しく感じる。


 とうとう感覚までおかしくなったのか……僕は……。


 まぁ、実際はそんなことはなく、ただ片手に小型扇風機を持って風を送ってくれているおかげで涼しく感じているだけ。多少温風のようだが無より有だ。


 しかし先程までよく見ていた毛虫が見当たらない。遊ぶために毛虫くんが必要なのだが……。


 「神代右、あれシールじゃない?」


 「みたいだね。じゃあそこ行くから撮って」


 「おっけい」


 背負ったまま揺らさないように歩いていく。これだけでも大変なのだがなんとか頑張れているのは紛れもなく流川さんのおかげ。自給自足してるみたいだ。


 到着すると、ギリギリ届くか届かないかのとこに貼ってありこれを取るゲームなら協力不可欠だっただろう。しかし撮るゲームなのでスマホを取り出しシャッターを切るだけでいい。なんと楽な作業か。


 その時、やっと探していた毛虫くんを見つけた。見るだけで気持ち悪い。女子はこういうの苦手な人が多いみたいだからボコされる覚悟を持てば楽しめるだろう。


 「ねぇ、毛虫いるんだけど」


 「うわ、ホントじゃん。神代みたい」


 毛虫=僕と言われたのでもう遠慮することはない。


 「悪口言う人には良くないことが返ってくるらしいよ」


 そう言って僕は毛虫くんのいる木に背を向けてそのまま後退する。そうすることで流川さんが徐々に毛虫くんへと近づいていく。


 「え、神代、冗談でしょ?」


 「何が?」


 「待って待って!当たるって!」


 焦り始めても僕は降ろさないし止まらない。僕は焦りまくる流川さんを見て笑い始めていた。


 「やばいって!ごめんごめん!神代は気持ち悪くないって!!」


 気持ち悪くないと言われたとこで一旦止める。一旦。


 「あーこれは気持ち悪いって言ったのを撤回してくれた分ね。次は僕が人力車としてもらうべき報酬をもらうよ」


 再び後退を始める。距離は50cmあるが近づくほど声も大きくなるのは普通のことだ。蝉よりも風の音よりも響く声。僕は満足気にひたすらニヤニヤしては我慢を超えて声に出して笑っていた。


 「神代ぉ!!!」


 「んっ!?」


 叫ぶと共に首に回された手が首を締め始める。


 さすがにこのままでは落とされると悟ったのですぐに前進する。そして同時に首締めからも解放される。


 「はぁぁ、危なかった」


 あれだけされてもまだ背中に乗ってる根性はさすがのものだ。


 「僕も、気を失うかと……」


 「ホント、辞めてよね。人力車?にしたのは悪かったけど」


 「うん。背負ってるときにはもうやらないよ」


 他のタイミングを探そう。背中に乗せたままあれをすれば次はないな。


 思ったより強い首の締め方に驚いた。火事場の馬鹿力というやつが働いたのだろう。女子でもあんな怪力になれるなんて人間の可能性は計り知れないものがある。


 「今度こそちゃんと固定しとくから写真撮ってください」


 「分かった。約束だからね?」


 「うん、約束」


 スマホを取り出し1枚パシャっと。なんと2度目もライオンで合計8ptとなった。僕たちは黄色の棒を20本持っていて残りは18本。こんなにも見つけれないと思うができるだけ探してみようとは思う。


 これまでに相当な体力と時間を使ったがそれに見合う報酬を得ているので文句なし。


 ここからも同じように楽しんで行けたらいいとそう思ったとき、不意に1%はやってくる。


 「神代、シールに背を向けて。毛虫からは距離をとってね」


 「分かった」


 言われた通りにする。目の前には何もなく後ろにはシールと流川さん。何をするのか気になって仕方ない。


 「写真撮るよ」


 「え?あ、了解」


 スマホを僕の顔前に出して言う。その意味を理解するのに時間は必要なかった。


 木を背景に僕と流川さんが画角に入る。


 「せーの」


 パシャっ。


 シャッターが切られる。僕と流川さん2人が写った写真がブレなく撮れていた。僕の顔が前にあるから小顔がさらに小顔に見える。可愛い。


 「良いでしょー。このことは秘密ね」


 「もちろん」


 僕は麻痺していた。


 いつもなら慌てふためいたりするが今は落ち着きまくっている。きっとこうなったのも流川さんのせいだ。そう何もかも。

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