初電話

 その日の夜、僕は想像以上に流川さんのサンドバッグとなっていた。


 『あそこで何とかするのが神代の役目でしょ?』


 家でのやるべき事は全て終わらせ、後はベッドの上で暇を潰すだけの時間となった頃、流川さんのメッセージは鋭さを増していた。


 実はあの後、ミスコンに出る人はクラスの出し物に出なくて良いと知ったらしく、それならミスコンに出たかったと駄々をこねられている状況だ。


 流川さんは陽菜さんに何とかお願いをしていたが、蘭のメイド姿見たい!とのことで断られていた。結果、その場にいた僕が被害を受けてる。


 今は僕の存在意義を聞かれているらしい。僕の役目はただ楽しく学校生活を送るだけだと思うが、流川さんと関わるようになってからそんな立場ではなくなった。


 圧倒的下僕感が否めない。


 『僕にも限界はあるし、むしろあれは良くやった方じゃない?褒めてくれてもいいレベルだよ』


 陽菜さんにあれこれ言ったものの無理の一点張り。そもそも流川さんのメイド姿を見ることに賛成の僕はそこまで言い寄らなかった。


 しばらくすると、メッセージではなく今度は電話がかかってきた。


 ドキッしたのは一瞬。すぐに現実に戻って来た。


 『もしもし……』


 『神代はまだまだだね』


 恐る恐る電話に出てみれば早速酷評。メンタル抉りの天才がいる。


 『じゃ、流川さんならあの時どうした?』


 『何とかしてた』


 『答えになってないじゃん』


 結果、流川さんが僕に頼ることでこうなってしまったのだが、それは自分で何とかしなかった流川さんが悪いことであり、僕は何も悪くないと思うのだが。


 しかしそれを口に出せば音波としてメンタルを殴られる。そろそろ本格的にドMへの道を歩もうかな……。


 ドM以外耐えられないからそうするしかないのかもしれない。険しい道のりになるのは確実だ。


 『まぁ、何もかもあの時僕をちょろいってバカにした罰が返ってきたってことだよ。しっかり反省すれば何とかなるんじゃない?』


 しかし僕は恐れなかった。音波が殴って来てもそれをしっかりと回避すれば、叩かれることもタックルされることもない。つまり、明日の学校でボコボコにされる覚悟があるなら今この時間は今までの鬱憤を晴らすいい機会となる。


 ならやるしかないでしょ!


 『頑張れよ。


 初めてさん付けしなかった。悪いことをする人の気持ちが何となく分かった気がする。きっとこのドキドキ感が堪らなく好きなのだろう。


 明日僕は何されるか分からない。そのドキドキがやるしかない!と言っているようで、後押ししているようで今の気持ちは何とも形容し難い。


 『……神代がそういうことするなら私も好きなように暴れるから』


 『暴れるって……具体的に何を?』


 『それは明日のお楽しみ』


 『あっ、やり過ぎたらこの先流川さんの言うこと聞かないから何もかも自分でやってね。僕は知らないよ?』


 『……それズルいって!』


 もう止める方法は知っている。これに関しては簡単に掌の上でタップダンスを踊らせれる。


 それに電話越しにも伝わる空気感。初めて電話したことに今気付いたのか、落ち着きのない流川さんが向こう側にいることが分かる。


 僕は思ったより普通。電話がそんなに大切だとは思わないし、今それよりも別のことで忙しい感情を、無理に移動させることもない。


 『どうせ僕も巻き添えにしようとか考えてたんでしょ?』


 『…………』


 『無言は正解って取るけど?』


 『ウザい』


 気持ちを読まれたことに対して1言。しかし柔らかく、刺さることもない悪口。これぐらいなら全然会話に混ぜてもらってもいい。むしろ混ぜてくれたらキュン死する。


 流川さんのやることなんてだいたい巻き添えだ。1人でするぐらいなら知り合い、それも男である僕を道連れにするなんて少し考えれば分かること。


 だからミスコンに出るのなら僕もミスターコンに強制参加させられていたはず。


 良かった、なんとかミスターコンは回避できて。


 『じゃあさ、僕もメイドの衣装着るから、1つお願い聞いてもらっていい?』


 『お願い?』


 『内容はまだ決めてないけど、悪いお願いにはしないから。どうかな?』


 正直、メイド姿になるのはそこまで苦ではない。流川さんのメイド姿を見れて、お願いを聞いてくれるのならどんなに可笑しな衣装でも着る。


 だからせっかくだ。流川さんと思い出を作れるお願いをすれば、きっと楽しい文化祭に出来ると僕は信じてる。


 『それって断ってもどうせ神代のことだからメイド衣装着るでしょ』


 『ま、まぁ』


 バレてた。


 『はぁぁ、仕方ない。今まで私のを聞いてくれたんだし、1つぐらい聞いてあげてもいいよ』


 やはりこの人はモテるだけある。緩急の付け方が上手く、思いもしないところから人の心を掴んでくるものだから自然と、あぁ好き、となってしまう。


 ギャップを超えている。そんな易しいものではなく、これこそ心臓を鋭利な物で刺されたようにギュッとされる。それを無意識にやってるんだから、どれほどこの人が恐ろしいか身を以って理解できる。


 『ホント?!ありがとう!』


 素直に嬉しさを伝える。


 隣の妹に聞こえないように、そっとゆっくり。


 『変なお願いなら絶交するからね』


 『ははっ、そんなことしないよ』


 『ふふっ、それもそっか』


 この時は気付かなかった。流川さんが素で笑ったことに。僕はこれを知ればきっと後悔した。でも逆に知らなくて良かったとそう思える日が来るかもしれない。それが近付いてることもあり得る。

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