男の可愛いは需要あり

 僕は最近まで春夏秋冬では秋が好きだった。暑くも寒くもない、過ごしやすい空気感になんとも言えない良さを感じれるからだ。


 でもそれももう変わった。夏休みという長期休暇を経て、忘れられない過去1番の思い出を作ることが出来たからだ。


 夏休みなんて僕からは遠い世界の話だと思っていたから、いつものメンバーに加えて流川さんたちも参加してくれてめちゃくちゃ嬉しかった。これが友達との思い出作りなんだって始めて知ることが出来た。


 そんな夏休みも、もう1か月以上前の話になる。


 今日は10月の始めであり、学校全体が騒がしくなり始める時期だ。なんでかって?この学校の文化祭が始まるからだ。


 毎年クラスで決めたことをクラス一丸となって取り組む行事。演劇や出店、さまざまな案が出され決められる行事としては1年生の僕たちにとっては初めての体験で、ワクワクドキドキが今から止まらないものだ。


 そして今、当たり前のように文化委員となった森くんと陽菜さんはノリノリで出し物を決めようとしている。やはり2人はこういったことに向いている。お似合いだと思うんだけどな。


 「出し物何にするかって聞いてもどうせ何も出ないか、やりたい事が出まくるかの2択だろ?ならもう俺らでこれいいんじゃね?って思ったやつあるからその中から選んで決めてもらってもいいか?」


 否定の声は上がらなかった。あっても少数派だし、案を出せって言われると困るので口には出さない。


 「よーし、なら言っていくからよく聞いててくれよ。メイド喫茶、スイーツ店、演劇、お化け屋敷の4つだ。自分はこれってのを決めたらもう1回聞くときに手を上げてくれ」


 この中で楽なのはスイーツ店だ。僕はそんなに動かなくても良さそうだからな。1番面倒なのは演劇。準備から練習まで放課後と休日が飛んでいく地獄の出し物。


 周りがザワザワし始める。男子はメイド喫茶1択であり、女子はそれを阻止するためにスイーツ店かお化け屋敷に偏らせようとしている。女子が男子に人数が勝っているので、負けはほぼ確定みたいなものだ。


 「あ、メイド喫茶は男子もメイドの格好するから、もしかしたら神代のメイド姿を見れるかもよ、女子の皆さん」


 「え?……」


 何を言っているのか分からない。え?これは僕だけだろうか。森くんの発言に僕の頭は処理が追いつかない。


 すると女子のザワザワが更に強くなり空気も変わる。


 めちゃくちゃ怖いんですけど。


 「みんなが考えてるときに1ついい情報教えまーす。文化祭はその出来栄えによってポイントが決められて、高い順位を取れば取るほどいい景品が貰えるらしいよ。だからそれを求めるならクオリティ高くできそうなやつを選んだ方が得策。ラッキー過ぎることにこのクラスには蘭と鞍馬くんを始めとした、美男美女揃いだからメイド喫茶したら絶対に1位取れると思う。アドバイスとして言っとくよー」


 陽菜さんのアドバイスにザワつきが更に強まる。そして背後に何か不吉なオーラが漂い始める。


 自分のことを言われて怒ったのだろうか。美女って言われたんだからいい意味として捉えてくれたら良かったのに、ムワッとする空気感は戻るのに10秒は必要だった。


 「それじゃそろそろ時間切れ。やりたいと思う出し物に手を上げてくれ」


 順番に読み上げられる。最後まで読む必要のないほど圧倒的な差がつけられて、僕たちのクラスの出し物は決まった。


 「みんなが神代と景品に目が眩んでくれたおかげであっさり決まったな」


 「ってことで私たち1組の出し物はメイド喫茶に決定ーー」


 クラス中が盛り上がる中、僕はみんなが僕に目が眩む理由を知りたい一心で僕は喜ぶことも悔しがることもしなかった。感情はどこかへ行ってしまったようだ。


 こうしてメイド喫茶に決まったわけだが、魂を取り戻すと少なからず楽しみにはしている自分がいた。男子のメイドなんて面白そうだし、流川さんのメイドを見れるかもしれないと思ったら今から鼻血が止まらないレベルだ。


 「詳細はまた後日決めるからとりあえず今日はお終いだ」


 これらを帰りのホームルームで終わらせるのだから、どれだけ2人の手際が良いか分かる。統率力があるのだろう。引っ張る力が絶妙だ。


 そしてホームルームも同時に終わりとなりそれぞれ解散となった。部活に行く生徒は少ない。この期間の1年生は相当部活に必要とされている生徒以外、文化祭の準備に専念するようになっている。


 まぁ、まだ本格的な作業じゃないのでだいたいが部活に行っているが。


 その1人である森くんに僕は座りながら先の理由を聞いてみる。席はそんなに離れていないので小さい声でも全然会話できる。


 「僕がメイド喫茶したら何になるんだよ」


 「知らないのか?お前女子から意外と人気なんだぞ。神代くん可愛いって」


 「……バカにしてる?」


 「全くしてないが?むしろ羨ましいぞ。俺なんてなんの興味も持ってもらえないんだからな」


 「それはないと思うけど……」


 森くんもなかなか人気ですよ。


 どうやら僕は可愛いキャラとしていつの間にか定着しているようだ。そういったことをしたことはないんだがな。それより可愛いって言われるの何か嫌だな。ムズムズして痒い。


 「そんじゃ俺は部活行くわ。メイド姿楽しみにしてるぞ」


 「するなよ」


 男子に楽しみにされると女子よりもゾワゾワするものが鳥肌となって現れる。

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