充実したキャンプ

 バカはバカらしく最低なことをするのもありだな。


 そう思った僕はそこまでいじわるではないが、今ならやられたくないことベスト3に入りそうなことをしてみようかと思う。


 「あっ、靴紐結び直すからそのまま力込めまくって耐えるか、一旦降りるかどっちがいい?」


 あえて選択肢を出す。


 「一旦降りる。そんな掴まってられる自信ないし、いつまで経っても神代が結べないでしょ」


 「なら降ろすよ」


 これで何度目だろうか、屈むことで背中にいた天使は名残惜しさを残して離れた。


 「ねぇ、靴紐ホントは解けてないんだけどさ、これからダッシュで帰っていい?」


 下に目を落とすとしっかりと結ばれ、永遠と解けないんじゃないかというオーラを放つ僕の靴があった。意図に気づいた流川さんはハッとした表情を見せる。久しぶりに見た感じがする。やはり可愛い。めちゃくちゃ可愛い。


 「ホントにダメだよ。もし走ったら過去最大の後悔させるから」


 「そんな言われたら逆に走りたくなるんだけど」


 「最悪私泣き出すよ?」


 「それはセコいって」


 「何が何でも私は1人になりたくないの。まじ怖いの無理」


 「でもおんぶされてる時はそこまで怖くなかったでしょ?」


 「まぁ、それは神代の背中にいたから最悪神代を犠牲に逃げれたからだけど今は無理じゃん」


 「はい、最低」


 こんな状況でも流川さんは流川さんだった。僕を犠牲にするつもりでいた事がどれだけ自分を不利にするのか分かっていないのは、あの秀才で有名である人からは想像できない。


 「ってかもう着くからおんぶしなくても良いんじゃない?少し走れば自然とみんなに会えるでしょ」


 「それはそうだけど神代の背中気に入ったから無理。だからギリギリまで使う」


 「使うって……僕はロボットじゃないけどな」


 気に入ってもらえたのはありがたい。身長高くて良かったと思う。でも表現がな……もっと優しい言い方ならズキュンしてた。


 そして残り少ない距離をまた天使を乗せて歩く。そろそろこの扱いも慣れてきて、天使を背負うのも好きになってきた。これが美少女マジック。


 「もう何も怖くなくなったでしょ?」


 流川さんを視界に捉えようと首をギリギリまで回す。するとちょこっと見える。それだけでも満足。


 「いや、神代が怖い」


 「あー、それはそうかもね」


 何もかもやりたい放題できる。下ろすことも、太ももを触ることも腕を噛むことも。でもしないのはそれが限界を超えているから。恋人同士のスキンシップとして有り得た範囲でも、友達として認めてない嫌いな男からそんな事をされたら警察へ一直線だ。


 そもそもそんなことしなくても今で満足しすぎてるからそれ以上は求めない。慣れたら限界を超えない程度に求める。それでいいと思う。


 「どう?楽しかった?肝試し」


 「まぁそこそこ。神代がパートナーじゃなかったらもっと楽しかったかも」


 「ホント、最後まで辛辣」


 「嘘嘘、神代とだからこうやっておんぶしてもらえてるし、肝試しも結構楽しめたよ。いい思い出になった、ありがと」


 「それはどーも」


 耳元で言われるもんだからドキドキがヤバい。きっとこの世界で僕が1番ドキドキしてる自信がある。贅沢言うなら顔も見たい。最高の思い出にするならそうしたほうがより良いだろ?


 そうしてなんだかんだありながらも、吊り橋効果をしっかりと利用して流川さんとちょこっと近づけた僕は満足して、5人の居る別荘前に、しっかり流川さんを降ろして到着した。


 「遅かったな神代」


 「めちゃくちゃ怖くて迷ってたら時間使っちゃった」


 いつの間にか魂を取り戻した鞍馬くんは元気になっていた。そして彼方くんも。


 「それじゃ俺行ってくるから、帰って来なかったら捜索してくれよ」


 1人で往復となると心細くて心配になる。男子には罰ゲーム過ぎるな。


 「待てよ光輝」


 まだ煽るつもりなのか鞍馬くんが森くんを引き止める。が。


 「さすがに1人はやべぇだろ。だから最後は全員で行って写真撮って帰って来ないか?みんなが良ければ、だけど」


 その引き止める理由は予想外で、でも友達思いの鞍馬くんなら有り得た提案だった。忘れがちだが、鞍馬くんも彼方くんも森くんもみんな仲良しなのだ。


 「僕は賛成。みんなで行けば怖くないし」


 「だな、俺もついて行ってやる」


 「私も賛成!」


 「森はいっつもこうだよね。なんだかんださすがは人気者」


 「……はぁぁ、じゃ私も良いよ」


 誰もが拒否ることはなかった。流川さんは嫌そうだったけど、それでも付いてきてくれる優しさは天使として不足なしだ。


 「みんな……」


 10m歩けば倒れる、そんな見た目の森くんが一変、楽しむ男の姿に変わった。


 そして、森くんを先頭に6人が付いていく。怖がらせながら、叫びながら、仕返しをされながら進むとあっという間に目的地には着くもので、楽しくなってきた頃にはシャッターを切らなければいけなかった。


 「せっかくだ、みんなで集まって撮るか」


 7人でのキャンプ最後の集合写真となるだろう写真が撮られる。きっと僕の顔は今までで1番幸せそうだろう。無音。僕たちしかいない空間での写真は一際目立った思い出になる。


 戻り始めると、流川さんを1番後ろ、僕がその前になる。すると、自然と誰にも見られないように裾を掴んでくる流川さんはきっと僕との距離を縮めてもいいと、そう思ってくれたのだろう。


 妙に涼しい風は肝試しによって冷やされた肌だからそう感じるのか、それとも別に原因があるのか。僕に答えを導き出せるほど、落ち着きは無かった。


 だって流川さんが――。


 ――そうして、僕たちの二泊三日のキャンプは全員が充実という二文字を残して終わりを告げた。

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