第13話 告白 1-2


 飛行機を降り、ボーイーサングブリッジを空港内へと歩き始めた佑俐は、猛烈な蒸し暑さに包まれ眩暈がしそうになった。

「はぁ~っ。息苦しい」

 日本の秋ってこんなに過ごしにくかったっけ? と佑俐が疑問に思うのも無理はない。L・Aは日中こそ暑いものの気候がドライなので、湿気が無い分日陰に入れば涼しく感じられるし、朝晩はぐんと気温が下がり二十度を切ったりする。あの気持ちの良い気候を体験した後で日本に戻れば、サウナの中にいるように感じるのだ。

 あと二週間ほどで十月になり、大学が始まる。伯母のところには約二か月間滞在し、その間観光もしたが、佑俐はメイクアップスクールの校長の特別許可をもらっていくつかの授業の体験をさせてもらったことの方が印象深く感じられた。

特に特殊メイクの授業では、人間の顔を動物や爬虫類に変化させたり、歴史上の人物とそっくりにするための補正の型を作って顔に貼り付け、その上からメイクを施す技術を目の当たりにして、こんなに手をかけていたのかと驚き、その技術に感銘を受けた。

佑俐は映画を見る時に、ストーリーや演技だけでなく、特殊メイクはもちろんのこと、コスチュームのデザインの良さとか、史実に従って再現された髪型や衣装の数々に制作者の意気込みを感じたりする方だ。

授業の体験中に、イーサンの作品を手伝わせてもらった時も、もし自分が特殊メイクアップアーティストになって俳優たちが変身するのを助け、スクリーンの中で活躍する姿を見たとしたら、どんな気分だろうと想像してワクワクした。

「あ~。楽しかったな」

 窓の外のジェット機を見て呟きながら、このまま引き返せたらどんなにいいだろうと思う。 

伯母と校長には入学の意思を伝えたが、伯母は日本に帰って両親を納得させてから、返事をすることを勧めた。

『もちろん、佑俐がここで学ぶのを願っているわ。でも、才能を見出されて映画界で仕事をするようになれば、ずっとこちらに住むことになる。その点もよく考えて、答えを出しなさい。お父さんとお母さんとよく話してね』

 伯母の言葉を思い出した佑俐は、絶対に両親を説得して見せると拳を握りしめた。

 入国審査を通り、スーツケースを待っている間にスマホの電源を入れる。到着案内のアナウンスが入るまで映画を映画を観ていた佑俐は、時刻もまだ直していなかったことに気が付き、十六時に合わせた。

 ついでにSNSのメッセージをチェックすると、晧良が迎えに来ることが分かり、佑俐は驚いて声をあげそうになった。

 晧良が来る。どうしよう。どんな顔をして会えばいいんだ?

 さっきまでL・Aに戻りたい一心だったのに、現金なもので、晧良のメッセージを読んだ途端に晧良への想いが膨らみ、会いたくて堪らなくなった。

 なぜって、晧良が佑俐に対して独占欲を見せたことから、ひょっとしたら両想いではないかと思ったからだ。

イーサンが佑俐のことを好みだけれど相手にしてもらえないと、ビデオ通話で晧良に告げた時に、晧良は酷く怒って、佑俐に手を出したら殺しに行くとまで言った。

 電話を切った後、イーサンから晧良とはどういう関係だと聞かれ、親友じゃなくて恋人なんじゃないかと揶揄われた。

 本当ならどんなにいいだろう。

 でも、せっかく思いが通じても、L・Aに行けば離れ離れになってしまう。そう考えた時に、スーツケースが出てきた。

 税関審査を終えて、自動ドアに向かって歩く間も、心臓がどきどきする。

 もう来ているだろうか? 視線をさまよわせる必要もなく、迎えの人ごみの先頭に晧良が立ってこちらを見つめていた。

「お帰り。少し日に焼けたか?」

「あ、うん。あっちは日差しが強いんだ。晧良は少しがっしりした感じ?」

「ああ。イベントスタッフのバイトで機材運びとかを手伝ったから、筋肉がついたんだ」

 片腕を上げて力こぶを作ってみせる晧良のドヤ顔が可笑しくて、思わず笑ってしまった。

 調子にのって、どれどれと硬い筋肉に触れてから、肌の熱さに火傷をしたように感じて、パッと手を離す。あまりにも不自然な行動をどうカバーしていいか分からず、晧良の腕から視線を上げられない。

「何やってるんだ? ほら、駐車場に行くぞ」

 床に置いてあったスーツケースの持ち手を掴み、晧良が歩いて行く。

「晧良、待って。スーツケースは自分で持つよ」

「いいよ。俺が運ぶ。それより少し付き合ってくれないか。長いフライトで疲れているかもしれないけれど」

 晧良が父親から借りたというレトロカーに乗って、向かった先は海が見下ろせる小高い丘に建ったカフェだった。

 一見普通のカフェに見えたのが、中に入ると様々な色が溢れていて佑俐は、色彩の海に溺れそうになった。

 白く細い柱を幹に見立て、接している天井部分には色ガラスの葉っぱが広がっている。天井部分にあたる太陽の光が色ガラスを通して、エントランスの白い壁や床に、赤や黄色や緑の葉を投影しているのだ。

 真ん中に立っている佑俐と晧良も例外ではない。顔も身体も彩られ、自分たちが絵になった気分だった。

「佑俐の作品を見て、佑俐はこういうのが好きなんじゃないかなと思って探してみたんだ。どう? 気に入った?」

「すごい。すごいよ。ありがとう。写真撮ってもいいかな。この美しい色のまま撮れるといいけれど」

「店の人に撮ってもらわないか?」

「えっ? わざわざ頼まなくても……」

 佑俐が止める間もなく、席に案内しようと寄ってきた男性の店員に、晧良が自分のスマホを渡し佑俐の横に並ぶ。

 何? 何だこれ? 恋人同士のツーショットみたいじゃないか。

 焦った佑俐が晧良の顔を見上げた時に、晧良がこちらを振り返りにっこりと笑う。つられて佑俐が笑った時に店員がすかさず撮影したようだ。

この場所で撮る客が多いのか、店員は慣れたもので、今度は正面を向いてくださいなんて指示を出す。

 店員から画像を確認してくださいと言われてスマホを返され、晧良が目を通してお礼を言うと、店員が席まで案内してくれた。

 エントランスが色鮮やかな分、店内はシックにまとめてあり、ダークブランの艶のある床に光を落とす窓からは海が一望できて快適だ。

九月の平日のせいか客は少なく、テーブルの間を縫って窓際の席へと案内される途中で、佑俐は少し離れた壁際に置いてあるショーケースに目を留めた。

壁に貼られたプレートには[希望の色葉いろは]と書いてある。中身は葉をモチーフにしたアクセサリーが展示されているようだ。

普段佑俐はアクセサリーなど気にもかけないのに、希望という言葉が晧良との仲に繋がるようで、一つ買っていってもいいかなと浮かれる自分が可笑しかった。

席に着いて店員からメニューを渡されたが、夕食の時間が近いこともあり、二人共飲み物だけをオーダーする。店員が去っていく先に、見えるショーケースが気になり、佑俐は何度もそちらに視線をやった。

アクセサリーを見たいなどと言ったら、女みたいだと思われるだろうか? 

こんな些細なことで相手の顔色を窺うなんてことを、佑俐は今までしたことが無かったのに、晧良に全神経を引き付けられてしまって、自分じゃなくなったみたいだ。

「気になるなら、見てこればいいのに、佑俐らしくないな。一緒に見に行くか。そしたら恥ずかしくないだろ」

 佑俐が躊躇っている理由を、都合よく晧良が誤解してくれたのをいいことにして佑俐が頷くと、晧良が席を立って佑俐を促す。本当の恋人みたいで、何だか気恥ずかしい。

 ショーケースの上に置いてあるリーフレットによると、アクセサリーの種類は、ペンダントとブレスレットと指輪とイヤリングの四種類で、そのうちのペンダントとブレスレットが男女兼用になっている。

ペンダントとブレスレットは、長さが調節できるチェーンか革ひもを選び、トップとは別に別料金で小さなリーフの葉をつけられるようだ。

 トップのリーフの色よってかける願いが決まっているらしい。

 佑俐は透明のスクエアの中に赤いリーフと金の葉が重なるペンダントトップを手に取った。

 深く美しい赤に惹かれたのだが、意味は愛情・恋愛運ということが分かり、心の内を告げるような行動をとってしまったことが恥ずかしくて、頬がカッと熱くなる。

 ところが、晧良は黒の枠にはめた透明のアクリル板の中に、金のリーフが浮いているものを指して言った。

「メイクアップアーティストになるなら、これなんか芸術的イーサンじゃないか?」

「……あぁ、うん。そう……だね」

「でも、ちょっと佑俐のイメージとは違うんだよな。この透明な水色のトップはどうだ? 中にアイボリー色のリーフとのリーフ型の金の枠が重なっているのが羽みたいできれいだ」

 黒枠のトップの意味は意志の強さ、高級志向、芸術運で、水色が独立心、創造性、飛躍だった。

「そ、そうだよな。赤は女性の色だよな」

 佑俐は赤いトップをショーケースに戻しながら、晧良の気持ちを測りかねていた。

 多分、意味を見ずに、デザインだけで選んだのだろうと思うことにする。

「水色がいいかな。リーフ型の金の枠の中に葉脈があるのもしゃれているし、二枚のリーフが空を飛んでいるようにも、水中を漂っているようにも見えて空想が広がりそうだ」

「水中か……佑俐はL・Aの学校でも認められるだけあって、さすが想像力が豊かだな。ああ、そういえば、水中で思い出したけれど、母が人魚の恋を小説に改稿しているんだ。佑俐の案も入れるって言っていたけれど、どんなことを言ったんだ? 母は教えてくれないんだ」

「えっ? 本当にあの案を使うの?」

 晧良の家から離れたいばっかりに、佑俐がとんでもない案を出したのを、亮の母は使っていいかと聞いた。

 あんなものは、悲恋の雰囲気には合わないから、当然却下になるだろうと思っていたのに、採用するって本当のことだろうかと佑俐は口をパクパクさせた。

「何? そんなにヤバい案なの? 尚更知りたくなるじゃないか。さあ、吐け」

 晧良の指が佑俐の頬をチョンチョンと突く。触れられた箇所が発火しそうで、佑俐は晧良の手を叩き落とした。

「美嶋朝来先生が秘密と言うんだったら、俺がネタバラシできないだろ」

「ちぇっ。せっかくペンダントを買ってやろうと思ったのに、残念だな」

「ちょ、待て! 言う。言うから買って」

「お前、そんなにチョロくて、海外でやっていけるのか?」

 噴出した晧良を佑俐が睨みつけると、出た! 女王様と言って、晧良が余計に笑う。

「一生そこで笑ってろ!」

 腹を立てた佑俐が席へと戻りかけた時、晧良が佑俐の腕を掴んで引っ張った。

 片脚を前に出したところでバランスが取れず、佑俐が後ろに倒れて晧良の腕の中にすっぽりと納まる。

「そう怒るなって。プレゼントさせてくれ」

 一瞬後ろからぎゅっと抱きしめられて、佑俐は心臓が止まるかと思った。

 すぐに晧良は佑俐を離したが、空いてしまった身体の熱を背中が恋しがり、もう一度抱きしめて欲しいと思う。

 佑俐の視線からぎこちなく目を逸らした晧良が、席に戻ろうと言った。

 その日二人の会話のリズムはめちゃめちゃだった。機関銃のようにお互いの夏休みのことを話していたかと思うと、じっと見つめる相手の目に引き込まれて押し黙り、気まずくなって視線をさまよわせたりした。

 帰りの車の中は、ラジオからリズミカルに話すパーソナリティの声と音楽が流れていて、晧良は運転に集中しているのか黙ったままだ。

行きはもう少し喋ったような気もするが、佑俐はシャツに隠れたリーフを押さえながら、幸せな気分に浸っていた。


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