第4話 訪問
ゴールデンウィークの休みを利用して、佑俐は晧良と一緒に里帰りをした。
思えば同郷なのに、高校時代に佑俐が水泳部を訪ねるまでは、まるで接点の無かった二人だ。それが今ではゼミも同じで、フィルムを見せてもらうために帰郷まで一緒にするなんて、縁とは不思議なものだ。
せっかく一人暮らしの自由を手に入れたんだから、しばらくは実家に帰らないぞと思っていたのに、電車を乗り換え、晧良と隣同士に座って見る景色が輝いているのは、ホームシックでもない佑俐にとって、これまた不思議なことだった。
「あのさ、晧良のご両親って、嫌いなものある? いちおう手土産用意したんだけれど、ダメなら駅前のデパートで、代わりのもの買うからつきあってくれ」
「なんか初めて恋人の家に行きますって感じだな。そんなかしこまることないよ」
「こ、恋人⁉ な、何を言って……」
まるで自分の良からぬ気持ちを見透かされた気分になり、佑俐は顔から火を噴く思いをした。慌てる佑俐に目をやった晧良の顔が破顔する。
「何赤くなってんだ。こっちまで照れるだろ。冗談だって。佑俐はツンとしているかと思うと、急に挙動不審になるし、からかいがいがあって面白いな」
人の気も知らないでと腹が立ち、思いっきり肘で突っついてやったのに、何がツボにはまったのか晧良はしばらく笑い続けてから言った。
「友達なんだから気軽に遊びにくればいい。父は映画監督って言っても、五指に入るほど有名な監督じゃないし、テレビや舞台もあちこち手掛けてるせいで、誰か彼かが訪ねてくるんだ。性格は気さくでフレンドリーだよ」
「そっか。親しみやすそうで安心した。監督っていうと気難しいイメージが涌くからな。お母さんは小説家って言っていたけれど、ペンネームを使っているのか? 水島で調べたけれど、女性はヒットしなかった」
「美嶋
「知ってるも何も、女優から売れっ子作家になった著名人じゃないか。あの人が晧良のお母さんなの? すごいじゃん! 同じ市街に住んでいるなんて知らなかったよ」
「姉と俺が周りから特別扱いをされることで、変にプライドの高い人間に育つと困るから、周囲には専業主婦だと話していたんだ。顔をテレビに出すタレントや俳優なら隠すことが難しいだろうけれど、作家だから誤魔化せたみたいだ」
「いや、びっくり! 気軽にお邪魔なんかできないよ。改めて聞くけど、お母さんの好きな食べ物なに?」
晧良が弾かれたように笑った。
「だから、恋人の紹介じゃないって!」
楽しい時はあっという間に過ぎ去り、駅の大通りから離れて坂道を上り、歩いて十五分ほどの一軒家にやってきた。
この辺りは地主の家や昔からの家が多いため、一軒の敷地がかなり広く、豊な緑に囲まれた閑静な高級住宅街として知られている。
「うわ~っ。俺の家の二三倍の大きさだな。さすが金持ちは違う」
「そんなに金持ちってわけじゃないぞ。父が映画を作るのに継ぎこんでしまうからね。両親とも俺たち子供には、自分で稼いで早く独立しろって言うのが口癖なんだ。さぁ、入って」
大きな鋳物の門をあけ、煉瓦敷きのアプローチを通り、古いけれどよく手入れされた洋風の屋敷に入っていく。
玄関を開けるなり、来た来たと声がして、女性二人がいそいそと廊下をやってくるのが見えた。晧良はどうやら母親似らしい。背の高くはっきりした目鼻立ちの美しい女性は、晧良にお帰りと言った後、魅力的な笑顔を浮かべながら、佑俐にいらっしゃいと声をかけた。
「初めまして、天野佑俐と申します。晧良君にはいつもお世話になっています。ご家族がお休みのときにお邪魔してすみません。これ皆さんで食べてください」
「まぁ、ありがとう。気を使って頂きすみません。うちはみんな自由業だから、気兼ねしないでいつでも遊びにいらしてね。それにしてもいつもがっしりした水泳部の子たちが来てたから、天野君みたいにきれいな子がくると、ドキドキしちゃうわ」
「ほんと、礼儀正しいし、晧良も見習ってほしいくらい」
「俺は姉さん以外には、礼儀正しいの」
横から口を挟んだ晧良の姉と晧良のやり取りを聞いて、佑俐は明音を思い浮かべた。姉と弟の組み合わせでも、応酬は同じなんだと可笑しくなった。
「あっ、佑俐君って、近寄りがたいくらいきれいなのに、笑うとかわいいのね。私は晧良の姉の里奈です。よろしくね」
晧良の姉は多分父親似なのだろう。玄関の上がり框に立っていても、晧良より数センチ低く、かわいい感じでかなりもてそうだ。
「姉さんはよろしくしなくていいから。佑俐、姉に気を許しちゃだめだぞ。とんでもないことに巻き込まれるからな」
「一か月ぶりに帰ってきたのに、憎まれ口叩くなんて酷くない? 背ばっかりすくすく育っても、中身が竹みたいなんだから」
「空っぽっていいたいんだろ。姉さんに優しくするとろくなことがないから、このくらいで丁度いいんだよ」
佑俐は堪らずに噴きだしてしまった。
「すみません。俺と妹の会話そのままだったので、つい……」
「や~ん。私も、こんなかわいい弟が欲しかった。上がって、上がって。あとでいい物見せてあげるから楽しみにしていてね」
やれやれと肩を竦める母親の前で、里奈に腕を引っ張られた佑俐は、慌てて靴を脱ぐ。
「姉さん、勝手に俺の佑俐に触らないでくれ。腐食する。部屋へも立ち入り禁止だからな。邪魔しないでくれよ」
その言い方はヤバいんじゃないかと言おうとした佑俐は、晧良にがしっと肩を組まれ、地下にあるオーディオルームへと続く階段に連れていかれた。
これは誤解を受ける。俺だって誤解したくなる。体温と爽やかなオーデコロンの香りに包まれて、佑俐は眩暈を覚えそうになった。
背後で里奈の無邪気な声があがり、続いて母親の声が狭い階段の壁に反響する。
「きゃ~っ。お母さん大変。晧良が芸大でゲイに目覚めたわ」
「まるで親父ギャグね。小説家の娘ならもっと言葉のセンスを磨いた方がいいわ」
自由な感じの家族を微笑ましく思い、肩に感じる晧良の腕の重みから気が逸れた時、晧良が階段の天井を見上げて、大きなため息をつく。不意に耳元で長いため息を吐かれたために、佑俐の背筋を甘い痺れが走り、勝手に身体がブルッと震えた。
「ああ、ごめん。父が今撮影に出ていて、オーディオルームが閉めきったままだと母に聞いたから、除湿を頼んでおいたんだ。ちょっと冷えすぎているみたいだな。階段まで冷気上がってきてる。少しの間だけドアを開けておこう」
オーディオルームのドアを開け、晧良が佑俐を中に通す。ダウンライトの落ち着いた部屋は、ライトの下にいかなければ佑俐の赤い頬を見分けにくくしてくれるだろう。佑俐は安堵の吐息をそっと漏らした。
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