第3話 国際電話
小さな思いつきが、息吹く時を待ってましたとばかりに他のことに繋がっていくことがある。佑俐が映画のフィルムを見せてもらう約束を取り付けた夜、
家庭的な母の美和と違い、姉の友季江は小さな頃から社交的で、高校の時に交換留学生としてアメリカに渡った。
まだネットで気軽に世界の情報を得られる時代でもなかったので、ホストファミリーの妹が中学生なのに化粧をすることに驚いたそうだ。
今は日本もアメリカとさして変わりはないのかもしれないが、ずらりと揃ったメイク道具に興味を覚え、妹のメイクを手伝ううちに、彫の深い外国人へのメイクアップの仕方を覚えていったという。
日本に帰ってからもメイクの楽しさが忘れられずに、その道のプロになると決め、高校卒業と同時に再渡航して、ホストファミリーの世話を受けながらプロの資格を取った強者だ。
伯母の繊細で丁寧なメイクの仕上げは評判がよく、あるセレブを担当してから有名人の顧客を持つようになり、映画の仕事を受け持つまでになった。
佑俐には憧れの伯母だった。
「久しぶりね佑俐。一人暮らしには慣れた?って言ってもまだ一か月にもならないわね。大学は楽しい?」
「ああ、こっちは食べるものに不自由してるだけで、何とか楽しくやってるよ。伯母さんも元気そうだね」
「ふふっ。こっちはパワフルに自己表現していないと埋もれちゃう国だもの。それはそうと、さっき妹から聞いたんだけど、佑俐は[舞台・映像・企画プロデュース]のゼミに入ったんですってね。参考になるかもしれないから、一度映画の本場を見にいらっしゃいよ」
「ほんとに?俺、映画大好きだから、撮影とか見れたらすごく嬉しいんだけど。伯母さんの仕事場にお邪魔してもいいの?」
「仲のいいスタッフに頼んであげるわ。どう来る?」
「行く、行く! 絶対に行く!」
これは、晧良と話す話題が得られるぞと、佑俐は渡米が楽しみになった。
あいつが好きな俳優を聞き出して、サインなんかもらえたら、羨ましがらせることができるかも。
もちろん、うんと見せびらかした後には、本当は晧良への土産だよって渡してやれば、あいつはどんなに感激するだろう。考えるだけで浮き浮きしてくる。
だとしたら、根ほり葉ほり好きな俳優を聞くよりも、今度あいつの家を訪ねたときに、飾ってあるものから推測するほうが、成功率は高くなりそうだ。となると、渡航することは黙っていた方がいいな。
頭の中で次々に悪戯を思い浮かべて、にやついていた佑俐は、伯母の心配そうな声で我に返った。
「佑俐。聞いてる? 黙り込んでどうしたの? 断ったって気分を悪くしたりしないから、無理しなくてもいいのよ」
「あぁ、違う、違う。行ってからの夢が脳内で暴走しちゃって、トリップしてたみたいだ。すごく楽しみ。本気で計画立てていい?」
「もちろんよ。佑俐に会えるのを楽しみにしているわ。妹にはメールしておくから、佑俐も電話して、お父さんからも了解を取ってね」
「うん。そうする。ありがとう。楽しみにしてる」
電話を切ってからも佑俐は、また悪戯を思い描いて、晧良がどんな顔で悔しがるかを想像しては、口の両端をにんまりと上げる。
口を開くとクールなイメージが壊れると言って、佑俐にダメだしをした明音が、この様子を見たらきっと大袈裟な仕草で目を覆ったことだろう。
今の佑俐には、映画の現場を見るよりも、晧良の反応の方が楽しみだった。
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