第9話 メイクアップアーティスト スクール

 前期試験が終わった七月中旬、佑俐は伯母の沢田友季江が待つロサンジェルスへと飛び立った。

 L・A空港で出迎えてくれた伯母は、母より一回り以上も歳が上なのに、メイクアップアーティストとという職業柄、磨かれた肌に施したメイクがバッチリときまり、細身のパンツスーツ姿は四十代前半で通りそうだ。


 同胞の自分が若いと思うくらいだから、アメリカ人からみれば伯母は三十代かはたまた二十代後半ぐらいに見られるかもしれない。

 その伯母がアメリカ人らしい笑みと言ったら変だけれど、白い歯を見せて大きく笑いながら、両手を広げてウェルカムしてくれるものだから、佑俐もぎこちなく両手を広げ、いい匂いのする伯母と抱き合って挨拶をした。


「佑俐、いらっしゃい。長いフライトお疲れ様」


「友季江伯母さんお久しぶりです。今日からお世話になります」


 それにしても、Tシャツとイーサンズが殆どの空港で、伯母のパリッと決めた姿はとても目立つ。自分を迎えるためだけにオシャレをしてくれたのだろうかと疑問に思っていたら、伯母が気まずそうに謝った。


「ごめんね佑俐。来て早々悪いけれど、今日仕事の代役を頼んでいた相手が隊長を崩して、私が行かなくちゃいけなくなったの」


「それって、映画の仕事?俺のために休もうとしてくれていたの?」


「今日のは映画会社とタイアップしているメイクアップアーティストスクールで、講座があるの。家まで送っていくから、荷解きして待っていてくれる?」


「俺も行っちゃだめかな?伯母さんが教えているところを見てみたいな」


「学長に聞いてみるわね。多分オッケーだと思うけれど、時差は大丈夫?」


「大丈夫。課題を仕上げるのに徹夜することもあるから、慣れてるよ」


 伯母が学長に連絡を入れて、佑俐のことを話すと、学校の中を見て回れる見学許可証を発行してくれることになった。

 伯母の運転する日本車に乗り、空港から市内にあるスクールまで小一時間。車窓から見る日本とは違う風景に、遠くまで来たことを改めて実感する。

 スマホを取り出し、現地時間に合わせようとしたところで、晧良から来たメッセージに気がついた。


 一瞬会いたい気持ちが噴き上げる。

 間をあければ、晧良への気持ちが薄れるなんて思ったのは間違いだった。

 一緒に撮った写真は一枚も無いけれど、それさえ必要ないほどに、晧良の顔は佑俐の脳裏に焼き付いてしまっていた。

 ふと気を抜いた瞬間に、まるで忘れるなとでもいうように、少し眦の吊り上がった晧良の顔が、表情豊かに佑俐の意識に語りかけてくるのだ。


「何を熱心に見ているの?彼女から?」


 突然伯母から声をかけられ、スマホを持つ手がぴくりと揺れる。


「違うよ。友達から。こっちに来ることを言わずに来ちゃったから、メッセージを読みづらいんだ」


「あら、どうして黙ってきたの?学生同士なら海外に滞在することを話せば、盛り上がるんじゃないの」


「普通はね……でも、俺たちは、普通じゃないっていうか、その…喧嘩したんだ。最初の計画では、あいつも映画好きだから、こっちに来るのを内緒にして、あいつの好きなものを土産に持って帰って驚かせるつもりだったんだ。でもちょっと意見の食い違いですれ違ってしまって……」


 唇を噛んだ佑俐をバックミラー越しにチラリと見た伯母は、途切れた佑俐の言葉を引き取った。


「L・Aに来ることを内緒にしたことで、これ以上溝が開くのがいやなのね」


「うん。そんな感じ。わざと秘密にしたんじゃなくて、喧嘩してからあいつを避けていたし、相手も忙しいみたいだったから、邪魔しちゃ悪いと思って、言えなかったんだよ」


「ふぅん。前に失恋したときには、そんな深刻な顔をして話さなかったけれどな~」


 佑俐がミラーに映った伯母をジロリと睨みつけると、伯母は笑いながら言った。


「サプライズまでして喜ばせようと思った大事な相手なら、はやいとこ仲直りしなさいね」


「……うん」


 伯母には敵わないと思いながら、晧良のメッセージを読む。てっきりゼミの仲間たちとの飲み会だと思ったのに、予定があえば二人でどこかに行かないかと書いてあった。

 二人という響きにすぐに期待してしまうあたり、自分はどれだけお目出たい奴なんだろうと苦笑いする。晧良が予定を開けて待たないように、佑俐はL・Aにいることを返信したが、バイト中なのか、仲間たちと出かけているのか、既読にならなかった。


 そうこうするうちに、メイクアップアーティストを養成する学校に着いた。

 外観から凝っている建物の入り口をくぐると、プロになってからの活躍を紹介する映像がテレビ画面に流れている。その傍らには、講師たちの写真と、講師陣が関わった映画のポスターが展示されていて、映画好きの佑俐はフラフラとそちらに引き寄せられてしまい、伯母に連れ戻された。


 受け付けに行く途中で目に入ったのは、大きな掲示板だ。映画のアシスタント募集の張り紙が沢山貼られていて、在学中から映画に携わりながら、キャリアを積めるようだ。

 面白そうだ!夢を抱く人間たちのパワーがこの建物に溢れている気がする。

 伯母の講義を受講するメイクアップアーティスト志望たちの情熱を、佑俐は紙に写し取りたい要求に駆られた。

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