第11話 解ける苦悩
今回の伯母の講義は、夏休みを利用して短期留学をしにきた生徒たちに行う初歩的なものだった。
これまでに携わった映画の仕事の体験談で生徒の関心を引きつけ、これから何回かに分けて行う講座の内容について軽く説明する。
普通のメイクと女優メイクの違い、弱点を隠すのではなく活かす方法などは、女性の美しさの秘訣を覗けるようで、男の佑俐でも興味深い。女性であれば尚のこと、食いつき方が違う。目をランランと輝かせて話を聞いた後の質問の多さ、鋭さに、佑俐は圧倒されそうになった。
質疑応答が終わると、生徒たちにとってはお待ちかねの本場でしか体験できない実技になり、場が沸き立った。
まずは伯母が人の肩から頭部までを象ったトルソーを前にして、顔の形や肌の色の違いによる注意点を話しながらメイクを施すのを、全員が瞬きするのを忘れたようにジッと見つめる。メイクアップを知らなかった佑俐は、顔を作ることの大変を知っただけでなく、女性を描くときにも使えそうだと感じてメモを取った。
伯母のレクチャーが終わった後、生徒たちにとってはいよいよ実技の本番になり、二人で一組になってお互いの顔にメイクをする。当然のことながら、生徒ではない佑俐は一人あぶれてしまった。
どうせなら実技も体験してみたかったと残念に思いながら、周りを見回す佑俐の前に、トルソーが置かれた。
「一人で見ているだけだと退屈するでしょう。このトルソーを使って好きなメイクをしていいわよ。メイク道具は窓際の長テーブルの上にあるし、飾りや造花も好きな物を使っていいわ」
「ほんと?ありがとう伯母さん。やりたくてうずうずしていたんだ」
佑俐はすぐに道具を机の上に運んだ。
髪の毛の無いのっぺらぼうのトルソーに向かい合い、どんな仕上げにするかイメージを膨らませる。
男でもなく、女でもなく、印象的な外観もないせいで、トルソーには個性がない。
描いても描いても自分が望む境地に達することができず、中途半端で没個性の佑俐の絵は、人の記憶に残らないところがトルソーと同じだ。将来に咲くはずの花や実も期待できない空っぽの中身と、虚ろな雰囲気も似ているのかもしれない。
それならば、トルソーにだけでも、花を咲かせてやろう。壁の花にならないように、思いっきり派手で美しい花に。
佑俐は、長テーブルの隅にまとめてあったワイヤーと造花を席に持ち帰り、それらで作った花冠を頭に盛り付けてみた。
「ふふっ。面白い。頭にイメージが涌いてくる」
アイブロウを使って人の顔を描いていく。平面に描く絵と違って、額や鼻の高さ、頬骨や顔の形などが立体化されているので、まるきりオリジナルの絵を描くようにはいかないが、ここの生徒ではない佑俐にとって、競い合ったり、評価を気にする必要もなく描けるのは気持ちがよかった。
無知の今だからこそ勝手気ままに創作することができる。自分を覆ってしまった芸術の知識や技法の殻を、突き破る勢いで創作してやろうと思い、佑俐はアイディアが浮かぶままに顔を描き入れ、装飾していった。
途中で教室に入ってきた誰かが、伯母と会話をするのが聞こえたが、佑俐は自分の手が塗り込める色彩により、表情の無いトルソーに命が吹き込まれる様子に夢中になっていて、注意を払わなかった。
頭と顔が出来上がると剥き出しの肩が気になり、佑俐はまた長テーブルの上を物色するために席を立ち、お目当てのものを見つけた。
鮮やかな黄緑色の端切れをトルソーの肩に巻きつけて、糸を解いて垂らしてみる。完璧にするには背景の色も必要だ。それも普段使わないとびっきり目を引く配色がいい。
佑俐は撮影した作品を、絵を描くためのアプリに読み込み、肩布を解いた糸に葉っぱを描き足したり、髪の毛の代わりに花冠からつる草を垂らして、背景と併せた。
今までにない大胆な彩色は、佑俐のお気に入りだ。後ろから近づく足音に気づいた佑俐は、伯母が来たと思って、スマホの画面を上げて、見てと声をかけた。
ハッと息を飲む音がして、ビューティフル!と英語が続く。
伯母じゃない声に焦って振り向いた佑俐の目に、見知らぬ年配の女性が映った。
「私はこの学校の校長をしているミランダ・デービスです。あなたの作品は素晴らしいですね。ここの生徒になりませんか? 奨学金も用意させていただきます」
校長の声を聞いた伯母が、すぐに佑俐の席に飛んできて、校長から渡された佑俐のスマホを覗いて目を見張った。
「佑俐。あなたこんな才能を一体どこに隠していたの?」
周りの生徒も見たいと言い出し、佑俐の作品は教室の前のスクリーンに映し出された。あちこちから賞賛の言葉が漏れるのを聞き、佑俐は夢を見ているのではないかと思った。
「佑俐、この作品にテーマはある?」
伯母の問いに佑俐は躊躇わずに答えた。
「
「咲くわ。きっと。あなたの未来は夢と希望の花で一杯になる」
クシャっと顔を歪めて俯いた佑俐の肩に、ミランダ校長の手が置かれた。
「運を掴みなさい。才能があっても活かせる場がなければ、あなたの才能が見いだされたこの瞬間も過去に埋もれてしまう。あなたが望む未来を手に入れるために、私たちはあなたを応援します。待っていますよ」
佑俐は思わず頷いていた。
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