第15話 In Los Angeles
L・Aに渡った当初、佑俐は特殊メイクの専門学校に通う傍ら、伯母からは実践的なメイクの指導を受けた。
その道のプロによる徹底的な指導の下、佑俐の才能は徐々に花開き、将来有望なアーティストとして注目を浴びるようになる。
元々絵が得意だった佑俐は、特殊メイクの部品に頼らずとも、芸術的なメイクを次々に編み出していき、そしてついに「憧憬」という作品で将来の足掛かりとなる賞を受賞した。
生きているキャンパスは、時として思いもよらない効果をもたらし、佑俐を夢中にさせる。
メイクをしている間、モデルから応募作品のコンセプトを聞かれ、佑俐は考え考えこう語った。
「憧れは、現実をしらないまま胸の中で思い描くからこそ美しいと思うんです。現実の残酷さを知っても尚、消すことのできない想いに苦しめられて、相手を憎んでしまうのなら、何も告げず情熱が自然に消えるまで秘め続けている方がよかったんじゃないかと……そんな風に心が壊れてしまう前の純真な思いを表現できたらいいと思います」
モデルは茶化したりすることもなく、真剣に佑俐の言葉に耳を傾け、思いやりに満ちた微笑みを浮かべながら言った。
「あなたは根っからのアーティストなのね。辛い思いをも表現せずにはいられない。もちろんそこらのアーティストと比べ物にならないほどの才能があるのは言うまでもないけれど。形にしてみようと思う気になったってことは、気持ちに一区切りがついて、その思い出から距離を置いて眺められるようになったってことじゃないかしら。あなたの過去が救われるよう、私も作品の一部になりきるわ」
美しい景色の絵をバックにして、まるで絵に溶け込んでいくようなメイクを施されたモデルは、憧れとも諦めとも取れるような切ない表情を浮かべ、作品に命を吹き込んでくれた。
映画界と結びついているアーティストスクールのコンテストで受賞すれば、履歴に大きな箔がつき、依頼される仕事の内容も違ってくる。
在学中であるにも関わらず、佑俐を指名する仕事が少しずつ入るようになり、少しも奢ることのない姿勢が、作品とともに周囲から評価されるようになった。
この業界において、日本人の手先の器用さと誠実さに定評があることも、佑俐にとっては強い味方になったようだ。佑俐は、評価を築いた先達に感謝しながら、日本人であることを武器にして、時には強気で自分を売り込んだ。
普段は整い過ぎるがために、ツンと澄ましているように取られる顔も、ビジネスチャンスとあれば愛想の大盤振る舞いをする。
全ては、たった一人を見返してやるために。
晧良の手が届かないほど大きな存在になって、セックスだけを求める相手ではなかったと思い知らせ、軽く扱ったことを後悔させてやる。
前に前に自分を押し出そうとするこの激情が、プライドなのか、恨みからなのかは分からないけれど、ただ一つ分かっているのは、心を切りつけられたあの瞬間に、区切りなんてつけられないということだ。
忘れるもんか。忘れてやるもんか。
真っ暗になった過去はコンテストの受賞だけじゃ救われない。今に世界中に配信する映画のクレジットに名を上げて、輝いている自分を日本にいるお前に見せつけてやる。
思い描く未来を手にいれるため、佑俐は伯母の人脈も利用することも憚らなかった。
もちろんコネ以上に佑俐の持つ才能と売り込み方が功を奏したのだが、活躍の場はどんどん広がっていき、卒業前には大手エージェンシーとの繋がりを作ることに成功した。
卒業後佑俐は、映画界で名前を知らないものがないほどの有名なメイクアーティストに師事し、最新技術に触れながら能力を磨いてゆく。独立後は伯母の沢田友里恵のビューティーサロンの二階を借りて、個人オフィスを立ち上げた。
新しく編み出す芸術的なメークは数知れず、既存の技術にアイディアを加えて見栄えをグレードアップさせてしまう佑俐は、天才の名をほしいままにして、L・Aに渡って六年が経つころには、ドラマや映画に引っ張りだこのメイクアップアーティストに成長していた。
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