第24話 愛の残像 1-2
一同が向かった先は、雰囲気とスタッフの対応が良いと評判のイタリアンレストランだった。
入り口付近で、佑俐と晧良、イーサンとミッシェルの二組がばったりと出会い、佑俐が日本から訪ねてきた晧良を二人に紹介して、ハグと自己紹介を済ませた後、一緒に食事をする筋書きをスムーズにこなす。
あらかじめ手配してあった個室へと移動する際に、客たちの視線が佑俐たちに集まった。
中性的で透明感のある美しさを持つ佑俐の横には、野性味と知性をブレンドさせたスタイルのいい晧良が並び、いかにも陽気なアメリカ人らしいイーサンと、現役モデルで通りそうなほど存在自体にインパクトがあるミッシェルが続く。そのあとをカメラが追うため、一体何の撮影が始まるのだろうと店内がざわついた。
ミッシェルや晧良は、カメラ慣れしているために堂々としているが、佑俐は作品ではなく自分自身を写されることには慣れてはいない。イーサンが緊張気味の佑俐に気が付き、斜め後ろから「マスクを貸そうか?」と囁いてきたので、あやうく噴き出すところだった。
モダンイタリアンテイストの個室には、ピリッと効くスパイスのように、ビビッドカラーの絵や調度品が配置されていて、スタイリッシュな雰囲気を演出している。
この店を紹介してくれたアシスタントから聞いた話では、店のオーナーはもちろん、店の内装を手掛けたインテリアコーディネーターもイタリア人らしい。
今まで会ったイタリア人を含め、彼らはカラフルな色合いを、どんな物にも調和させる能力を持っているのではないかと、辺りを見回しながら佑俐は思った。
テーブルを挟んで、佑俐と晧良の向いにイーサンとミッシェルが席に着く。食事のオーダーを済ませ、運ばれてきた食前酒のカクテルで乾杯をする。打ち解けて言葉も砕け、会話が弾んだところで、ミッシェルが晧良に踏み込んだ質問をした。
「アキラはその歳でタレント事務所のCEOだし、ルックスもいいから、かなりもてるでしょ? これを言っちゃ嫌われるかもしれないけれど、ご両親が芸能関係で活躍されているから、アキラ自身は映画に初出演とはいえ、女優やタレントから猛烈にアプローチされるんじゃない?」
佑俐の視界の端で、佐藤ディレクターが焦る様子が見える。凪咲の件があったばかりなので、余計なことを言い出さないかと気が気じゃないだろう。
いざとなればカットの声がかかり、スタッフが上手く編集してくれることを知っている佑俐は、晧良がどう答えるかに興味があり、口を挟まなかった。
イーサンは、スマホの翻訳アプリを作動して、ミッシェルの日本語を同時に英語に変換させた文章を読んでいる。ミッシェルの質問に確かにと同意してから、悪戯っぽい笑顔で質問をかぶせた。
『主演女優さんとかに、目をかけられたりしないのかい?』
お~い、イーサン。そこまで相手を限定すると、ヤバいって。あんまり突っ込むとNGがでるぞ~。
注意するために、机の下で向かい側に座ったイーサンの足を蹴っ飛ばす。佑俐の制裁に顔をしかめるイーサンを目撃した晧良が、質問の答えを考えるフリで口元に手をやり、笑いを隠した。
「凪咲さんは、俺たちが学生時代にSNSにあげた動画を見て、フォロワーになってくれたらしいんだ。顔合わせの時に聞いてびっくりしたよ。だから親身になって色々アドバイスをしてくれるんだ」
なるほど、そういういきさつがあったのかと、全員が頷く。だからといってあの態度は少々行き過ぎで感心しないし、晧良に執着し過ぎているのではないかと佑俐は今後を危ぶんだ。
「ミッシェルは俺がもてると誤解しているみたいだけれど、今まで仕事が忙しくてよそ見をする暇がなかったからね。俺は一人の人だけに思いが通じればいいと思っている」
さりげなく晧良が佑俐に視線を送る。際どい質問をさらりとかわす会話術に加え、お前のことだよと匂わせるところがスマート過ぎて、佑俐の頭の中に、実は晧良は恋愛に慣れているのではないかという疑問が湧き、思わず心にもないことを口走ってしまった。
「今の言葉を聞いてときめかない女性はいないんじゃないか? 好感度アップでファンが増えるぞ~。これからは沢山の女性と仕事をするわけだから、仕事漬けの反動で、誰かと噂になったりして……」
「仕事漬けは続きそうだから、どうだかね。実は温めていたドラマ用の脚本をプロデューサーに見せたら通してくれたんだ。大学側とタッグして有望な才能を開発する企画も進行中だし、今の俺には時間がいくらあっても足りないよ。遊びの恋愛はしない」
不安からバカな質問をしてしまったと、佑俐は少し恥ずかしくなった。まっすぐに佑俐を見つめ、佑俐だけを追いながら、いつの間にか晧良は自分の世界を大きく広げて佑俐の横に並んでいた。
手がけた脚本がヒットすれば、サラブレッドの血を引くことが話題を呼び、芸能界の寵児と持てはやされることは間違いないだろう。
どうりで国民的女優の凪咲が、手を出そうとするはずだ。
「そっか。すごい活躍ぶりだな。晧良は大学時代も人をまとめるのが上手かったし、いい案もどんどん出して、みんなに頼られていたものな。今回の役どころもそんな感じなのか?」
本当は本を読んで内容は知っているし、晧良の役も把握しているけれど、ここらで脱線していた話をさりげなく映画に戻す。ディレクターが大きく頷くのが見えた。晧良は首を振りながら内容を語り始める。
「いや、俺は単なる当て馬的な存在で、人間じゃなくて、海を追われた人魚の末裔という変わった役どころなんだ。内容を簡潔に説明すれば人魚姫の童話をベースに、男女の愛憎劇が繰り広げられる現代ファンタジーという感じかな」
「へぇ~。人魚役は普通女なのに、男から見ても男らしい晧良がやるのか。しかも海を追われた人魚の末裔という設定が面白いな。ラブシーンはあるのか?」
「気になるか?」
「アホ! 俺に聞いてどうするんだ。ファンの代弁をするならイエスだ」
頬に熱を持ちそうで、わざと冷たくあしらうと、晧良が笑いながら、どうかな~と首を傾げる。
映像になるかどうかは別にして、本の中にはキスシーンはあったはずだ。ショーの演目を練習する晧良と、見学をしに来た凪咲との水槽ごしのキス。幻想的でとても切ないシーン。
思い出している間に話が進んだようだ。思い描いた空想は、イーサンの質問でかき消された。
『人魚の末裔とヒロインは、どうやって出会ったんだ? おおまかなあらすじを教えてくれ』
晧良が佐藤にどこまで話していいのか確認をすると、編集するから全部話しても大丈夫だと答えが返った。晧良が了解して、語り始める。
「俺が演じる人魚の末裔も、婚約者のいるヒロインに叶わない恋をする。ヒロインは船旅が好きで、クルーズ船で海外を航海中に嵐にあって海に放り出され、人魚に助けられるんだ」
『王子ではなくヒロインが助けられるところが違うけれど、人魚姫のストーリーと同じだな』
「ああ。違うのは、人魚がヒーローとヒロイン二人の前で泡になることだ。その死を悼むことで、主演の二人が強く結ばれる」
『それは……残酷だな。確かその部分をユウリが担当するんだっけ』
イーサンが佑俐に訊ね、佑俐が力強く頷いた。
「ああ、その通り。ラスト近くで、晧良の演じる人魚が亡くなるんだ。俺が担当する特殊メイクの出番だよ。期待してろ。壮絶美しい人魚にしてやるからな」
晧良が眩しいものを見るように目を細めて佑俐を見つめ返し、頼むよと答える。ミッシェルにもっと詳しくストーリーを知りたいとせがまれて、晧良が再び口を開いた。
大原凪咲が扮するのは、資産家の娘で大事に育てられたため、二十二歳になっても現実よりもロマンスを夢見がちな女性だ。
父親の勧めでIT企業を経営する男性とお見合いをして、頭脳明晰、容姿端麗の文句のつけようのない相手にときめきを感じて婚約をするが、心のどこかでお見合いではなく、運命の出会いがあるのではないかと思っている。
ヒロインの婚約者は彼女のために船を買いクルーズを企画していた。ある日、クルーズ企画の参考にするために、他社の海外クルーズに参加した二人は、突然の嵐に巻き込まれ、ヒロインの方が海に落ちてしまう。ヒロインは薄れゆく意識の中、きらめく鱗や大きな尻尾を見る。
目が覚めたのは病院の一室だった。
感激した婚約者は、目の前でヒロインが波に飲まれ、海流に流されて姿を消した時に、自分も飛び込もうとして、船員に止められたこと、嵐が静まってから辺りを捜査したが、見つからずに絶望したことを話した。彼女がかなり離れた砂浜に打ちあげられて奇跡的に助かったことを聞いて、狂喜したという。
ヒロインがおぼろげな記憶を辿りながら、人魚に助けられたかもしれないと話すと、ヒーローは、その逸話を宣伝に使い、人魚を巡る旅を作ったらどうかと提案した。
ヒロインは命の恩人を金儲けのために使うことに反対したが、企業人であるヒーローは、金の算段に余念がなくなり、それに幻滅したヒロインはヒーローの下を離れることにした。
行先を決めるために入った旅行会社で、手にしたパンフレットに載っている水中ショーにひかれて、ラスベガスを行き先に決める。そこで晧良に会うのだ。
ヒロインは水の中を人魚のように自由に泳ぎ回る晧良に夢中になり、何度もショーに通う。晧良も美しいヒロインに惹かれていく。
ところがヒーローがヒロインを探し当て、晧良の存在に嫉妬する。普通の人間では考えられないほどの潜水記録を持つ晧良と、現地に伝わる伝説を結び合わせ、晧良が人魚の末裔ではないかと検討をつけた。その結果……
「ヒロインから手を引かせようとしたヒーローが俺に勝負を持ち掛ける。ヒロインの心にまだ婚約者への恋慕があるのに気づいた俺は、勝負に挑んで消えるんだ。ラストはヒーローが心を入れ替えてヒロインと結ばれる。アンデルセンの人魚姫は国によってラストが違うけれど、親が書いたものながら、日本人のイメージする人魚姫は、幸せになれないんだなと思ったよ」
ミッシェルがストーリーに感じ入った様子で、目をキラキラさせながら言った。
「ラスベガスのショーに生きる人魚の末裔なんて、すごくドラマチックだね」
「ああ、ラスベガスのショーに出すっていうのは、佑俐が大学生の時に出したアイディアで、母が気に入って佑俐に使う許可をもらったらしい」
「へ~っ。ユウリの……じゃあ、ラストの幸せまでお願いすればよかったのに」
そんなことを言われても、あの時は晧良とヤバい状況になって逃げ出そうとしたところを、晧良の母に引き留められたから、あてにされないように大袈裟な設定を嘯いたんだ。
「あ~っ。う~んと、そうだな。でも、俺が言ったのはラスベガスのショーに出したら現代風で面白そうと言っただけで、その後、感動的な話を考え出されたのは美嶋朝来先生だから、俺のせいじゃないぞ」
しどろもどろに答える佑俐に痺れを切らし、横からイーサンが割って入る。
『確かにアメリカが舞台なら、ハッピーエンドでもいいけれど、悲恋だから心に訴える物語もあるからね。で、どんな伝説が絡むんだ?』
「俺の祖先の人魚姫はね、声ではなく、美しく光り輝く宝石のような鱗と引き換えに、魔女から人間の脚を手にいれるんだ。でもお約束通り、海の王の怒りを買ってしまう。人魚たちの居所を人間に教えないように、海に浸かれば泡となって消えるよう、本人ばかりか子孫にまで続く呪いをかけられてしまうんだ。人魚姫は結ばれた人間と共に海から遠い内陸の湖で幸せに暮らし、子供を設けたというのが伝説」
『なるほど、それで人魚の末裔が、海から離れたラスベガスにいるんだな。きっと超人的な泳ぎを活かして、ラスベガスの水中ショーでスターになったんだろうな。現実(リア)と重なるけど、ひょっとしてアキラも本物の人魚の末裔だったりして‥‥‥』
「んなわけないだろ!」
くったくなく笑う晧良に佑俐は見惚れた。こんなに明るい笑顔を引き出したイーサンに、軽い嫉妬さえ抱く。今の気持ちのまま、あの地下のオーディオルームに戻れたら、混乱することなく晧良の情欲に自分を委ねていただろう。
もっと触れて欲しいと願い、最後までいったかもしれない。
お互いに気持ちが通じ合ったのに、それ以上の関係を築くことができないのは辛すぎる。誰かが二人の間に入り込む前に、もっともっと晧良を自分のものにしておきたいし、晧良のものになりたい。
そう思ったら、人魚の境遇に同情心が湧いた。
相手を思う気持ちがありながら、声を出せなかった原作の人魚姫は、恋焦がれる王子に、どんなに気持ちを知ってもらいたかったことだろう。おとぎ話と分かっていても、救われない身の上が可哀想すぎる。
「なぁ、晧良。声を失った人魚は、どうして他の方法で気持ちを伝えなかったんだろう?」
突然切り替わった話に戸惑うように、晧良が他の方法?と問い返した。
「ああ。本当に失いたくないのなら、筆談でも、字が書けないなら絵でもいい、何かアクションを起こせなかったんだろうか」
「起こしていいなら、そうしていたんじゃないか?王子には婚約者がいた。人魚は王子の幸せを願って身を引いたんだ」
「でも、婚約者の女は、王子が命の恩人だと誤解した王女だろ。人魚はそれを知っていて名乗り出なかった。もしかしたら、人魚は元は人間でないことや、身分も違う王子に引け目を感じていたのかな」
言ってからしまったと思った。
佑俐は進みたくてもできないもどかしさを人魚姫に重ねたつもりだが、先に成功した佑俐に晧良が手を出せなかったのではないかと邪推したように取られかねない。
ああ、恋をすると、万が一でも相手に嫌われたくなくって臆病になるんだな。
いくつもの新しい企画を展開している晧良には、当てはまるはずもないのだが、佑俐はそっと晧良の顔色を窺う。
晧良が考え込んでいる様子に、焦りを感じたとき、晧良の真剣な眼差しが佑俐を捉えた。
「そうだな。行動も起こすことができず、相手の幸せを願うしかできないことほど、苦しいことはない。俺が本物の人魚なら、……自分の気持ちをどう届けるか考えるだろう。役の上でも、切ない思いを伝えられるように努力するから、撮影の時に感じてくれ」
「お、おう。楽しみにしてる」
落ち着け! 映画の話だと思いながら、晧良の言葉が胸の中に染みていた。
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