第25話 愛の残像 2-2
二日間の撮影は無事に済んだ。明日の朝には晧良が日本へ帰ることになる。昨夜は撮影に割いた時間を取り戻すべく、夜中まで作業に掛かりきりになり、事務所に近いアパートメントの部屋に戻った時には、くたくたに疲れていた。
それでも、晧良がここへ訪ねてきてくれないだろうかと期待していたのだが、晧良からのメッセージに打ち砕かれた。
晧良が佑俐を訪ねるために部屋を出ようとしたところ、まるで見張っていたかのように凪咲のマネージャーに摑まって、凪咲と三人で飲むことなったというのだ。メッセージを読み終わった佑俐は、四文字ワードで罵った。
くそっ! 一体あの女、晧良をどうしよっていうんだ。晧良に気がないのは目に見えているはずなのに、マネージャーまで巻き込んでストーカーまがいのことをするなんて、頭がイカれているとしか思えない。
今日は夕刻に撮影が終わった後、ディレクターから打ち上げに誘われたのだが、作品の引き渡し日が迫っていて断らざるを得なかった。
伯母が用意してくれた軽い夕食を取り、二階の工房ですぐに仕事に取り掛かるも、晧良はまた凪咲に付き合わされているのではないかと想像してしまって不愉快に。イライラが募って作品に影響が出ないよう、気分転換をするために何度も休憩を取るはめになった。
ようやく作業を終わったのが二三時過ぎで、部屋に戻ってシャワーを浴びた。
もうじき午前〇時半。会いたい気持ちを持て余し、ため息を漏らした時に、辺りを気遣うようなノックの音が聞こえた。同時にSNSにメッセージが届く。
晧良だ!
喜びに突き動かされるように玄関に走って、扉を開けた。と同時に晧良が中に飛び込み腕の中に抱きこまれれる。
「佑俐。会いたかった」
「俺も。たった半日しか経っていないのに、何日も経ったみたいだ。明日から映画のロケが始まるまで、一月半も会えないなんて耐えられそうもないや」
「俺もだ。時間があれば会いに来たい。佑俐も日本に来れそうだったら、連絡をくれ」
うんという返事は、晧良の口づけに飲み込まれた。
口内を蹂躙するような遠慮のない口づけに息だけでなく心までも吸い込まれそうだ。静まり返った玄関に水温と不規則な息遣いと押し殺した声が響く。背中からつま先までジンジンして、どうにかなりそうだ。佑俐は晧良の首に腕を回し、晧良の舌を絡めとった。
こすれ合う表面。主導権を取り返すように上あごを擦られる。ピリッと快感が走り、腰がズンと疼いた。カクンと膝が落ちる。後ろに回っていた晧良の手に、力の抜けた佑俐のボトムが載る形になって、谷間が強く刺激された。
「あっ……あぁ」
自分が上げた甘い声に耳を塞ぎたくなるが、両手は晧良の首にしがみついたままで、放せば崩れ落ちてしまうだろう。
脚を捻るように背中を壁に押し付けられ、尻を揉まれながら、口内を貪られる。
ズキズキと主張を始めた部分に、硬いものが触れた。
今は少しの刺激だけでも堪らなく感じる。身を捩って逃れようとするが、狙いを定めるように擦り会わされる熱塊の正体を知り、佑俐は無意識のうちに腰を回すようにして、晧良のものに萌した自分のものを擦りつけていた。
「抱きたい」
耳に晧良の熱い欲望が注がれる。
佑俐はガクガクと頭を縦に振りながら、力の入らない腕を晧良の首から外して、右横にあるベッドルームを示す。
ぎゅっともう一度強く晧良に抱きしめられ、額に額に口づけを落とされる。晧良が震えるため息を漏らした。
「長かった。ようやく佑俐を自分のものにできる」
晧良の声に涙腺が刺激されて、涙ぐみそうになる。晧良に支えられながら歩き出そうとしたとき、静寂を突き破る不穏なチャイムの音が鳴り響いた。
顔を見合わせ、まさかと声を出す間もなく、今度はドアが乱暴に叩かれる。外で男性のくぐもった声が聞えるが、反抗するような女性のヒステリックな声が上がった。
「晧良くん。いるんでしょ? ここを開けて!」
背筋が粟立ち、火照っていた身体の熱が一気に冷めた。眉をしかめてドアを睨みつける晧良に向かって、佑俐は思わずヤバくないか?と訊ねる。
「凪咲さんのマネージャーから口止めされたんだが、凪咲さんはSNSの中傷を読んで、不安定になっているらしい」
「あ、ああ。昨日、本人が言ってたな。あれ本当だったんだ」
「そうみたいだ。顔合わせのときは、そんな素振りもなくて、本当にしっかりした良い先輩だと思っていたんだが……」
話している最中にも扉を叩く音と、チャイムを連打され、さすがに放っておくことはできなくなった。真夜中に女性が押し掛けて叫んだとあれば、佑俐の評判にも関わる。
ロックを外しドアを開けると、凪咲は佑俐を一瞥してから背後にいる晧良へと視線を移し、にっこりと笑った。
「明日の朝日本に帰るのに、夜中にどこへ行ったのかと心配したわ。日本と違ってこちらは安全じゃないんだから、行動を慎まないといけないのよ。晧良くんに何かあれば、人選のし直しから始まって、みんなに迷惑がかかるし、一緒についていてあげた私の責任にもなるわ。さぁ、ホテルに一緒に帰りましょう」
言っていることはもっともだが、晧良は男だ。マネージャーが気が付いて追ってきたからいいようなものの、女性が一人で出歩く方がよっぽど危ないのが分からないのだろうか?
凪咲の後ろで、マネージャーが手を合わせて、頭を下げている。こんな調子で映画は大丈夫なのかと心配になった。
佑俐の肩に晧良が手を置き、すまないと小声で囁く。
「佑俐、ロケが終わるまで待っていてくれ」
今はまだ八月中旬で、晧良が来るのは9月下旬だ。一か月半も先なのに、このまま行ってしまうなんて!
横をすり抜ける晧良の腕を、思わず掴んだ。晧良が目を見開いて立ち止まるが、何か言わなくちゃと思っても、代わりの言葉が探せない。たった一言、行かないでくれと言いたいのに。ようやく押し出せたのは、元気で……だった。
凪咲がかいがいしく晧良の世話を焼こうする姿がドアの外へと消える。
コツコツと響く足音が遠ざかっていくのを、佑俐は放心状態で聞いていた。
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