第6話 止まらない情熱

 どうにかしていたんだ二人とも。

 晧良の家から逃げるようにして学生用のワンルームに戻った佑俐は、ベッドの上に突っ伏した。


 本当は実家に泊まるはずだったのに、とても家族の顔を見る勇気がなくて、急用ができて行けなくなったと母に電話で伝えた。

 何があったのか心配されたけれど、課題の提出日を間違えていて、時間がなくなったと嘘をついた。


 全てはあの同人誌のせいだ。

 晧良の手から同人誌を取り上げようとして失敗し、理由を聞かれて焦るあまりに誤魔化すこともできず、佑俐は真実を打ち明けた。


「ごめん。水泳部を見学に行ったのは、妹から攻めのイメージが晧良だって聞いて、絵を描くために会いに行ったんだ」


「それで、俺が誘っても二度と水泳部に来なかったのか。二年の夏に見学っておかしいとは思ったんだ。だから本当に水泳に興味があるのかと思って誘い続けたんだけれど、お節介だったわけだな。ちょっとショックだ」


「ごめん。内容が内容だけに、本当のことが言えなかったんだ。晧良に泳ぎを教えてやるって言われたことは嬉しかったんだよ。それだけは信じてくれ」


 晧良の信頼を失うのが怖くて、佑俐は晧良の太い腕をぎゅっと掴んで揺さぶる。戸惑い気味の表情を浮かべながら、晧良が掴まれた腕と必死に信じて欲しいと訴えかける勇気の顔を見比べた。


「分かった。落ち着けって。内容を見てから許すかどうか決める」


「えっ?見るの?」


 普通の男がBLに興味を持つはずがないと思い、素直に絵を描いたことを告げて謝ったら、何とかなるんじゃないかと思っていた。ちゃっかりした性格の姉か妹がいると、お互い苦労させられるよなと笑って許してくれるんじゃないかと期待したのに、晧良は同人誌をパラパラと捲り、佑俐が描いたイラストを見始めた。


 小説の内容はある衝撃的な部分を除いてうろ覚えだが、晧良を模した攻めと自分に似た受けが、どこで何をしている絵を描いたのかは、しっかりと覚えている。佑俐は焦って同人誌を取り上げようとした。


「ちょっと、見るなってば」


「乱暴に引っ張るな。姉のなんだからな。破ったら理由をしつこく聞かれるぞ」


 それを言われると手を出せず、佑俐はイラストが現れそうになると、ページの上に手をかざして邪魔をするしかない。


「なんで、そんなに必死になって邪魔をするんだ?表紙絵だって、男同士だけれど、相手を思う気持ちが表情に出ていて良い絵じゃないか。佑俐の作品なら、俺はどんな絵だって平気だと思うぞ」


「それは、見ていないから言えるんだよ」


「ああ、もう、面倒くさいな。じゃあ見えなきゃ焦らなくて済むだろ」


 いきなり佑俐は左手を引っ張られ、晧良と向かい合わせのまま膝に倒れ込んだ。

 胴体だけが膝に乗る形で、佑俐の頭と腕はソファーに投げ出され、仕上げとばかりに晧良が佑俐の身体を両肘で抑え込む。


 胴と胴がクロス状にぴったりと重なって、佑俐は余計に焦ってジタバタ暴れたが、暴れるほどに肘の圧が強くなる。ついに抵抗を諦めた佑俐が、背を逸らし、首を捻って晧良を見上げると、晧良が本を持ったまま瞠目しているのが見えた。


 どのシーンだ?着替えか?それともキスをされて感じている場面だろうか?

 心拍数が上がり、顔が熱くなる。こんなに密着していたら晧良に伝わってしまうというのに……

 気持ちが悪いと突き放されはしないだろうか?不安になって、一度は逸らした目を再び晧良に向けると、晧良はイラストだけでなく文章まで読んでいるようだ。


「ちょ、ちょっと、晧良。読むなよ。その主人公たちは俺らに似ているから、読んだ後、変に意識するとやりにくくなるだろ」


「あぁ……うん。これは、すごいな。話には聞いたことがあるけれど、本当に気持ちがいいのか」


 これは、やばい。指で中を刺激されて、受けが身悶えしている場面に違いない。思い浮かべた佑俐は、顔がかっと燃え上がるように感じた。

 あの場面は読んでいても身体の奥に熱が溜まった。

 普通なら自分で触れることはない部分に快感のしこりが隠れていて、前立腺と呼ばれるそこを刺激されると、堪らないほどのエクスタシーを感じるという情報は、ノーマルな男でも知っている。


 でも、本来なら体験するはずのない雑学上の知識なのに、自分が主人公に仕立てられ、その部分を弄ったり、感じさせられたりすれば、イメージがかき立てられて文章に生々しさが増す。


 ダウンライトの陰になってはっきりしないが、晧良の頬も心無しか紅潮しているように思える。今度こそ取り上げなければ、その先は晧良似の男が、受けの後孔に己を押し込むシーンになる。

 晧良が本に気を取られ、抑える力が緩んだのを狙って、佑俐が仰向けに寝返り、晧良の腕を掴んで上身体を起こした。

 力を抜いていたせいでバランスを崩した晧良が、せっかく起き上がった佑俐の上に倒れ込む。


「おい、危な……」


 目の前に晧良の顔が迫り、佑俐は目を見張った。ぎりぎりでぶつかるのを止めた晧良は、佑俐に圧し掛かったまま動こうとはしない。ドクドクとお互いの心臓の音が激しくぶつかりあい、目に欲望が溢れ出す。脚に触れた部分が硬くなっているのは、刺激的な本を読んだからだ。自分に欲情しているわけではないと知りながら、佑俐は晧良が男になっている時の顔を見たいと思った。


「俺も、興味がある」


「……な、なにを」


「あの部分で本当に感じるのか、試してみたい……気がする」


 ハッと息を飲む音がして、晧良の喉ぼとけが上下に動く。掴んだ腕に力を込めて引き寄せると、晧良は抗うこともなく、顔を寄せてきた。

 目を閉じた佑俐が感じるのは、胸に感じる晧良の重みと、唇に触れた柔らかな熱だ。角度を変えてついばまれるうちに、佑俐の唇が自然に開き、晧良の熱い舌が侵入して歯列をなぞった。

 

 ぬるっとした感覚に、欲望に流されていた佑俐の意識が、一瞬現実に引き戻され、大変な過ちを犯そうとしていることに気づく。

 高校時代に佑俐は付き合っていた女の子とキスも経験済みだが、あの時は彼女とキスしたいというより、誰でもいいからキスしてみたい気持ちが勝っていた。

本やH系サイトで知った情報と実際の感覚がどう違うのか、頭の片隅で冷静に判断している自分がいたように思う。


 結局彼女には、佑俐は顔と同じで中身も冷たいと言われてフラれてしまい、失恋めいた気持ちになったのだが、絵を描くことですぐに立ち直った。

今思えば、かわいそうなのは自分ではなく、経験するために利用された彼女の方なのだと分かる。なぜならあの時と違って、今の佑俐には観察する余裕なんて微塵もないからだ。


 晧良の目や身体から発する欲情を感じた途端、沸騰して噴きこぼれる湯のように欲望が込み上げた。ただ、目の前の男にどうにかして欲しくて、考える間も無くあられもないことを口走ってしまったのだ。


「何を考えている?」


 こうなった経緯に思考が走った佑俐を、晧良が低い声で責めるように耳元で問う。息を吹き込まれ、ジンと首筋から肩へ痺れが走る。佑俐は思わず首を竦めた。


「佑俐は耳が弱いんだな。さっき俺がため息をついた時にブルっと震えたろ。除湿で冷えた空気のせいかと思ったけれど、感度がいいんだな」


 再び耳に口を近づけようとする晧良を、手のひらで押し返し、佑俐は焦ってどもりながら聞いた。


「あ、晧良ちょっと待ってくれ。人格変わってないか?も、もうやめよ。俺、ちょっと好奇心が湧いただけで、やっぱり友人同士でこんなことしたら駄目だと思う。ほ、ほら、もしかしたら、またお母さんか里奈さんが入ってくるかもしれないし」


「鍵はかけてあるし、この部屋は防音だ。俺は確かにやる気になるとSっ気が強くなるみたいだ。付き合った相手から言われたことがある。特に普段性欲とは無関係に見える佑俐のようなきれいな顔を、感じさせてめちゃめちゃに崩してみたいという願望は計り知れないな」


「お、落ち着け。そ、それは男なら誰でも持っている欲望だ。俺もそう思う。だから俺は性欲と無関係じゃないって分かったろ?晧良の好みを満たすのは、きっとバージンの女の子だって」


 宥めるように晧良の腕をトントンと叩いて、佑俐は起き上がろうとした。途端に肩を押さえつけられて、ソファーに沈む。佑俐は言葉を失った。


「今更逃げようったって遅い。さっきの超絶色っぽい顔で殺し文句を言われたら、冗談でしたで済まされないぞ。何て言ったか復唱できるか」


 佑俐の頬が真っ赤に染まった。

「言えるか」


「だよな。俺だって幻聴かと思ったぐらいだ。なら、俺が代わりに言ってやる。あの部分で本当に感じるのか、試してみたいと、佑俐は誘ったんだ」


「ご、ごめん。無かったことに……」


「できるわけない。最後までやれると思わないけれど、少しだけ付き合え」


 晧良が、佑俐のジーンズの上から硬くなっている部分をスルッと撫ぜた。

ひゃっと声を出しそうになったのを堪え、佑俐は唇を噛んで晧良を睨みつける。晧良の目が眇められ、口元が上がった。

 佑俐の耐えている顔は、Sっ気を発動させている晧良にとってごちそうのようだ。気が付いた佑俐は、嚙みしめていた唇を解いて、素っ気なく横を向く。心は動揺しまくりなのに、表情を消した佑俐を見て、晧良が喉でクックッと笑い顔を寄せた。

 弱い耳殻に舌を這わされ、耳たぶを軽くかじられた時に、佑俐は堪らずに声を発した。


「……あっ。や、やめ……」


 耳はダメだと首を振る佑俐を、晧良が執拗に攻める。同じ個所を弄られていると感覚が鈍ったようになり、ホッとした途端、耳の穴に舌を入れられ、佑俐の身体が反り返ろうとする。狭いソファーに縫い留められている佑俐は、身体を動かすこともできず、感度がますます鋭くなっていくばかりだ。


「もう、無理。耳やだ」


 一生懸命訴えた佑俐に、晧良がうっそりと微笑みながら言った。


「じゃあ、今度はこっちな」

「あっ……あ…ん」


 いつの間にか主張している胸の尖りを指が触れるか触れないかのタッチで、掠めて行く。うずうずと疼く感覚が何か形になるのを待っている自分に気がつき、佑俐は身体をねじって逃れようとした。

それを咎めるように、ぎゅっと乳首を掴まれたから堪らない。下腹まで届いた甘い電流に佑俐は腰をひくつかせた。


「あれっ?ひょっとして達ったか」


「そんな、胸だけで……い、いくわけない」


「男も女もここは性感帯だって聞いたことがあるぞ。ジーンズを汚すといけないから拭くか」

 晧良は器用な手つきで、ボタンもファスナーもさっさと外し、下着の上から佑俐に触れた。


「まだ大丈夫だったみたいだな」


「うっ……ぁあ…触るな」


「でも、このままじゃ、帰れないだろ」


 下着を押し上げている佑俐の硬い部分を、晧良が片手でやんわりと握り、上下にさする。佑俐はその手を押さえて、首を振った。


「だめだって。でちゃう」

「ほら、これで押さえてろ」


 テーブルの上に載った箱からティッシュを何枚か引っ張り出し、晧良が佑俐の手に握らせる。ひょいと下着のゴムを捲られ、勢いよく飛び出した淡い色の欲望は、先端からぷくりと露を滲ませていた。


 その露を揺り込めるように晧良の指が先端をこねまわす。ジンジンする刺激に射精感が募るが、先端だけの愛撫では達することができず、佑俐は思わず腰を振った。

 上から佑俐の痴態を余すことなく見つめる晧良の瞳が燃えるように鋭さを増す。ティッシュを握った手を取られ、欲望の先端に持っていかれた。抗う気持ちは失せ、今はもう達きたくて仕方がない。口では言えない催促を、佑俐は潤んだ目で晧良を見上げ、欲望の塊を晧良の手に擦りつけて表した。


「達きたいか?」


 分かっているくせに、わざわざ聞くなと睨みつけるが、期待した屹立がピクリと震えた。

ここは素直なのにと揶揄する晧良に、熱く滾ったものをリズミカルに扱かれて、佑俐は迫り上がる絶頂の予感に腰を突き上げる。


「んんっ…あぁ…ア~~ッ」


 狭隘きょうあいを駆け抜ける白濁の噴出に、目の前がスパークして、ガクガクと脚腰が大きく揺れた。

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