第17話 報復

 アリオ・トーマ・クルスとは何者なのだろうか。一見すると可憐な貴族令嬢だが、殺気立つダヴィデや黒服たちの前へ悠然と進み出る胆力もある。気品あふれる優雅な仕草も相まって、レイラにはアリオが神話で語られる戦乙女ワルキューレに見えた。そして、アリオのただならぬ存在感に気づいたのはダヴィデも同じだった。



──この女、ギャングに銃を向けられて笑ってる。まるで、楽しんでいるみたい。これって……。



 ダヴィデはアリオに戦闘狂のドン・ニコラと同じ雰囲気を感じた。アリオを見ているだけでひたいに冷や汗が浮かんでくる。心の奥底では本能が『逃げろ』と告げていた。しかし……。



──コイツはいずれニコラのところへ向かう。今、斃さないと大変なことになるわ。



 アリオの危険性を察知したダヴィデは恐怖心を捻じ伏せて大声を上げる。



「撃つのよ!! 撃ちなさい!!!!」



 ダヴィデの怒声が轟くと怯えていた黒服たちは我に返って引き金をひく。しかし、一斉射撃が始まると斃れたのは黒服たちだった。



「「え!?」」



 ダヴィデとレイラは目の前で繰り広げられる光景に目を疑った。黒服たちはお互いの身体に向かって銃弾を放ち、次々と斃れてゆく。同士討ちは最後の一人が斃れるまで続いた。それは、アリオがすでに『幻視の術』を発動させていたからだった。黒服たちがアリオの榛色はしばみいろの瞳を見た瞬間、勝負は決まっていた。



「警告はしたわ」



 銃声がやむとアリオは無感情につぶやいた。そして、黒塗りの車の影へ顔を向ける。視線の先にはネイトがいた。



「銃を握らなかったのは正解ね。あなたは利口だわ」

「うぅ……」



 ネイトは腰を抜かして座りこみ、両手を耳に当ててガタガタと震えている。レイラはネイトに気づくと大声を上げて駆けよった。



「ネイト!! なんでここにいるの!?」

「レ、レイラ。俺、俺……」



 ネイトは涙目になってレイラを見上げる。凄惨な光景をたりにした恐怖で顔をクシャクシャに歪めていた。



「ネイト、早くここから逃げて。リッキーのところへ行くの。わかった?」

「う、うん……でも、レイラは?」

「わたしも後から行く。だから、早く行って」

「……わかった」



 レイラが優しく語りかけるとネイトはつまづきながらも駆け去ってゆく。しかし、いつの間に先回りしたのか、ネイトの進路にダヴィデが立ち塞がった。ダヴィデはトンファーで自分の肩をポンポンと叩きながらネイトを見下ろした。



「『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』に入りてぇんだろ? だったら逃げてんじゃねぇよ」



 ダヴィデは汚いものを見るような目つきで言うと、すぐさま思いきりトンファーを一閃させた。グシャという音がしたかと思うと、ネイトの顔がねじ切れるようにひしゃげた。


 鮮血は飛び散らなかったがネイトはその場に力なく斃れた。鼻と目の縁からは血が筋のようになって流れ出ている。ダヴィデはネイトの頭に足を乗せると何度も踏み潰した。


 

「大事なときに逃げるヤツはクズだ!! このゴミクズが!! クズ、クズ、クズ!!!!」



 ダヴィデは仲間を失った怒りもこめてネイトを踏みつける。そして、あらためてアリオへトンファーを向けた。



「まずは、アンタの脳みそをぶち撒ける。そして、次は執事服のガキを犯しながら殺す」 



 ダヴィデはトンファーを構えながらレイラへ語りかけた。



「レイラ、油断はできないわ。二人がかりでいくわよ」

「……」

「……レイラ?」



 意外なことに、家族ファミリーであるはずのレイラは答えなかった。レイラは呆然とダヴィデの足下、ネイトの死体を見つめていた。 



×  ×  ×



 レイラは一瞬、何が起きたのかわからなかった。いつもならダヴィデの行動を予測できそうなものだが、『ネイトに早く逃げて欲しい』という甘ったるい感情が隙を生んでいた。



──わたしのせいでネイトが死んだ……。



 愛する弟分の死はレイラを愕然とさせた。周囲では次々と人が死んでゆく。両親、クラッチ兄弟、そして今度はネイト。レイラは蔓延る死の中心にいた。それこそ、『冷たい死神メル・デロサ』という異名そのものだった。



──わたしは何をやっているんだろう……。



 最初は自分の無力さを痛感したレイラだったが、やがて心の奥底でふつふつと怒りが滾るのを感じた。レイラはダヴィデを睨みながら、薄い唇を微かに動かして問いかける。 



「ねぇ、ダヴィデ。家族ファミリーって何?」

「今さら何を聞いてんの。家族ファミリーとは血よりも濃い絆で語られるものよ!! だから、家族をられたらやり返す!! 絶対の掟よ。わかるでしょ??」



 ダヴィデは苛立ち紛れに答えた。そもそも、レイラと問答をしている余裕なんてない。目の前にはアリオという強敵がいる。しかし、レイラはアリオを見向きもしなかった。



「そうね。家族の報復は絶対の掟だわ……」



 レイラは独り言のようにポツリと呟いた。そして、右手で腰の後ろに隠し持ったダガーを引き抜く。結局のところ、レイラも感情にまかせて暴力を振るうギャングの一人だった。ネイトを失った喪失感と怒りをダヴィデへ向ける。



「てめぇはネイトを殺した。わたしの弟を殺したんだ。わたしとニコラの協定はたった今、破られた」



 レイラの口調がかわった。暗い声色で言いきると地面を蹴る。



「な、何をする気なの!?」



 ダヴィデは驚いてトンファーを身構える。しかし、レイラはすでにダヴィデの懐に飛びこんでいた。ダヴィデの顎下にダガーの切っ先を突きつけると、柄頭つかがしらに掌底を思いきり打ちこむ。


 すべてが一瞬の出来事で、ダヴィデに『暴虐トンファー』の能力を発動させる時間はなかった。ダガーは顎から頭部の中枢へ向けて深々と突き刺さる。



「ハニフンノホ(なにすんのよ)……」



 ダヴィデは白目を剥きながその場に両膝をついた。致命傷を負っても戦意だけはあるらしく、レイラへ向かってトンファーを一閃させる。レイラはトンファーをかわすと再びダガーの柄に触れた。その瞬間、今度はダガーの剣先から無数の剣撃が繰り出され、ダヴィデの脳内をズタズタに引き裂いた。勢いが余ったいくつかの刃風は頭部から外へ飛び出し、血と脳みそを周囲に撒き散らした。



「に、にほは(ニ、ニコラ)……」



 ダヴィデはトンファーを手放し、ダガーの刺さった喉を掻きむしりながら斃れる。ダヴィデの巨体が地面に転がると辺りは急に静かになった。レイラはダヴィデの死体に歩みよるとダガーを引き抜いた。そして、今度は剣先をアリオへ向ける。



「アリオ、すぐにこの街から出て行って。そうしないと……」

「わたしを殺すのですか?」



 アリオは何事もなかったかのように平然としている。転がる死体を無感情に眺めながらレイラへ尋ねた。

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