第14話 襲撃03

 アリオ・トーマ・クルスとは何者なのだろうか。一見すると可憐な貴族令嬢だが、殺気立つダヴィデや黒服たちの前へ悠然と進み出る胆力もある。気品あふれる優雅な仕草も相まって、レイラにはアリオが神話で語られる戦乙女ワルキューレに見えた。そして、アリオのただならぬ存在感に気づいたのはダヴィデも同じだった。



──この女、ギャングに銃を向けられて笑ってる。まるで、楽しんでいるみたい。これって……。



 ダヴィデはアリオに戦闘狂のドン・ニコラと同じ雰囲気を感じた。アリオを見ているだけでひたいに冷や汗が浮かんでくる。心の奥底では本能が『逃げろ』と告げていた。しかし……。



──コイツはいずれニコラのところへ向かう。今、斃さないと大変なことになるわ。



 アリオの危険性を察知したダヴィデは恐怖心を捻じ伏せて大声を上げる。



「撃つのよ!! 撃ちなさい!!!!」



 ダヴィデの怒声が轟くと怯えていた黒服たちは我に返って引き金をひく。しかし、一斉射撃が始まると斃れたのは黒服たちだった。



「「え!?」」



 ダヴィデとレイラは目の前で繰り広げられる光景に目を疑った。黒服たちはお互いの身体に向かって銃弾を放ち、次々と斃れてゆく。同士討ちは最後の一人が斃れるまで続いた。それは、アリオがすでに『幻視の術』を発動させていたからだった。黒服たちがアリオの榛色はしばみいろの瞳を見た瞬間、勝負は決まっていた。



「警告はしたわ」



 銃声がやむとアリオは無感情につぶやいた。そして、黒塗りの車の影へ顔を向ける。視線の先にはネイトがいた。



「銃を握らなかったのは正解ね。あなたは利口だわ」

「うぅ……」



 ネイトは腰を抜かして座りこみ、両手を耳に当ててガタガタと震えている。レイラはネイトに気づくと大声を上げて駆けよった。



「ネイト!! なんでここにいるの!?」

「レ、レイラ。俺、俺……」



 ネイトは涙目になってレイラを見上げる。凄惨な光景をたりにした恐怖で顔をクシャクシャに歪めていた。



「ネイト、早くここから逃げて。リッキーのところへ行くの。わかった?」

「う、うん……でも、レイラは?」

「わたしも後から行く。だから、早く行って」

「……わかった」



 レイラが優しく語りかけるとネイトはつまづきながらも駆け去ってゆく。しかし、いつの間に先回りしたのか、ネイトの進路にダヴィデが立ち塞がった。ダヴィデはトンファーで自分の肩をポンポンと叩きながらネイトを見下ろした。



「『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』に入りてぇんだろ? だったら逃げてんじゃねぇよ」



 ダヴィデは口調が変わっている。汚いものを見るような目つきで言うと、すぐさま思いきりトンファーを一閃させた。グシャという音がしたかと思うと、ネイトの顔がねじ切れるようにひしゃげた。


 鮮血は飛び散らなかったがネイトはその場に力なく斃れた。鼻と目の縁からは血が筋のようになって流れ出ていた。ダヴィデはネイトの頭に足を乗せると何度も踏み潰した。


 

「大事なときに逃げるヤツはクズだ!! 女、子供も関係ねぇ!! このゴミクズが!! クズ、クズ、クズ!!!!」



 ダヴィデは仲間を失った怒りもこめてネイトを踏みつける。そして、あらためてアリオへトンファーを向けた。



「まずは、アンタの脳みそをぶち撒ける。そして、次は執事服のガキを犯しながら殺す」 



 ダヴィデはトンファーを構えながらレイラへ語りかけた。



「レイラ、油断はできないわ。二人がかりでいくわよ」

「……」

「……レイラ?」



 意外なことに、家族ファミリーであるはずのレイラは答えなかった。レイラは呆然とダヴィデの足下、ネイトの死体を見つめていた。 

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